ヒロインの邪魔をしようと思ったのですが、何かおかしいです
乙女ゲーム「イケメン王子〜禁断の恋〜」の悪役令嬢、シーヴ・エリクションに転生しました。
そりゃあもう、ふっと、突然にやってきたのです。そして私はそれを、なんの躊躇いもなく受け止めて、こうして生きているのです。
記憶の混乱なんかも危惧した事がありましたが、そんな事は一切無く。
ゲーム中のシーヴ・エリクションとは違う環境に、やはりゲームの世界とはいえ現実なのだな、と思いました。
悪役令嬢、シーヴ・エリクションは冷淡なイメージでした。それは、彼女のとりまく環境も同じで。必要最低限の会話、というよりはやり取り。夜会のシーンでの、彼女と父親の会話もそんな感じで。
ヒロインへイジメをする姿も、淡々として、逆に恐怖を感じさせるものでした。
しかし、私の父親はとても優しいですし、婚約者のアルマンド・ラッタリーノも、この国の第一王子で忙しいのに、時間を割いて会いに来てくれます。もちろん友人達も優しく、夜会では主にスイーツの話に花を咲かせています。
このメンバーでは、イジメなんて出来るはずもありません。つまり、ゲームの中の盛り上がる場面である断罪のシーンも無くなるだろうと、幼い私はほっとしたものです。
しかし、今は違います。たとえ断罪される事になっても、私はヒロインの邪魔をしなければなりません。
攻略対象は5人。
私の婚約者である、アルマンド・ラッタリーノ。程良く鍛えられた身体に、優しい顔立ちをしています。顔の通りに優しく、しかし責任感、正義感に溢れた人です。
次に、アチェロ・カサノバ。隣国の第二王子ですが、第一王子が王位を拒んでいる為、次の王はこの方だと思われております。隣国、マグナデゼルトは砂漠に囲まれた国ですが、貿易により国が潤っており、人々もおおらかな性格をしたものが多いようで、人気の観光地です。自国、アイルラヴィーユは水に恵まれている為、互いに無いものを補っている関係で友好の証として、こちらへ留学に来ています。褐色の肌をしており、背が高めで賢い少年です。
ルチオ・ジョルジェーリはアチェロ・カサノバの兄、つまりマグナデゼルトの第一王子です。が、流石に王子2人が同じ国にいる事は他国からあまりよく見られないので性を偽っています。アチェロより体格が良く、同じように褐色の肌をしていますがどことなくルチオ・ジョルジェーリの方が人懐っこいような雰囲気があります。あまり座学は得意では無いようで、王位はアチェロに譲るつもりですが、ヒロインとくっついた場合はヒロインの為に王位を受け継ぎます。
レオニード・マナエンコフは雪国、ビェールィスヴィルートの王子です。真っ白な肌に金色の長髪、美しい、と言った方がピッタリくるイケメンです。が、性格は腹黒く、ヒロインが最終的にレオニード・マナエンコフとくっつく事を選ぶと周りが反対できぬよう、笑顔で外堀をガッチリと掘り固めたりします。
最後に、アラベル・ブラディ。シャッスフリエールの王女です。シャッスフリエールは狩猟によって生活している国の為国王も狩りに出かけるのですがその時に不幸な事故にあい結局王家の血筋はアラベル・ブラディという女子だけでした。あまり男女の差別が無い為、アラベル・ブラディが王位を継いでいます。ゲームでは唯一の百合ルートでありますが、攻略対象者の中では一番のイケメンだと個人的には思っています。
ゲームは学園内での恋ですが、何故これだけ、各国の王子が集まっているのか?と疑問に思われる方もいると思います。それはアイルラヴィーユが世界一の魔法大国である、という事実からです。
そう、このゲームは中世ファンタジーなのです。とは言っても、中世の設定はふわっとしているし、魔法要素も出てきませんでしたが。
しかし、現実で言えば魔法の無い生活など考えられず、どの国にも王国魔術師がいるのが当たり前なくらい重要なものになっています。
さて、長かったこの世界の話は終わりにして。
何故、私がヒロインの邪魔をしなければならないのかについて説明させて頂きます。
ヒロインは王道、庶民です。高い魔力故に技術を身につければ王国魔術師になれるのでは?と学園に来ます。そうして、攻略対象者と恋に落ち、身分差も超えて愛に生きるわけですが、それでは困ります。
なぜならどの王子、王女にも、婚約者がいるからです。
アラベル・ブラディ王女はきちんと婚約者には説明をし、頭を下げ、立派な相手をあて納得してもらっていましたが他の方々は違いました。
婚約者がいるにも関わらずヒロインと親密になり、一方的に婚約破棄する。ゲームだから穏やかにいっていますが現実はそうはいきません。王子の婚約です、それなりの理由があります。
私の婚約だって、大きくなりすぎたエリクション家との友好の為です。それを破棄されては貴族達は王家派とエリクション家派に、勝手に別れてしまうでしょう。最悪内紛になってしまいます。
それは困るのです。なんとしても止めねばなりません。
あまりしたくはありませんが、お父様に頼み込み、ゲームの通り護衛を3人連れ学園へ入学します。
ヴィルジニー・バーテン、ヴァシリー・ゴルィシェフ、そしてアロンソ・アルヴァレス。
皆、頼りになる護衛です。迷惑をかけることになりそうなのはわかっているので、先に謝っておくと不思議そうな顔をされました。理由は説明できませんが、本当にごめんなさい。
入学式を終え、受付近くの所で、ヒロイン、エステル・リューンベリが登場します。
ほら、来ました。可愛らしい亜麻色のふんわりとした髪に、大きな瞳。ぱたぱたと小走りになっていて、私にぶつかりそうになります。サッと、アロンソがエステルを抱きとめる訳ですが。
パッと大きな瞳が前を向き、私を見る事でより大きく瞳が開かれ、ごめんなさい!と謝ります。そこに意地悪く私が嫌味を言う訳ですが・・・。
あら?
エステルはアロンソを見て、顔が近かったからでしょうか、赤くなっています。パッと俯き、次に私を見ました。
「あ、あの、申し訳ありません。シーヴ様」
「いいえ、怪我は無いかしら?」
驚いて間違えてしまいました。ここは学園内で走るなと叱らなければいけないのに。
「はい、この方が受け止めてくださったので。有難うございます」
アロンソに頭を下げるエステル。アロンソはそういう事に慣れていないので、しどろもどろになりながらも怪我が無いのなら良かった、と返していました。
頭を上げたエステルは、本人に分からないようにチラチラとアロンソを見ています。頬を赤らめて。
ちょっと待って、その様子じゃまるで。
「アロンソの事が好きみたいな様子じゃない」
思わず口に出してしまっていました。気づいた時には遅く、アロンソは硬直しているし、エステルは顔を真っ赤にさせています。
しばらく妙な空気が流れたが、ヴィルジニーが気を利かせてくれた。
「・・・・・・何か、用事があったのでは?」
「あ、そ、そうでした。すみません、失礼させて頂きます」
「え、ええ」
「・・・・・・あ、あの、よろしければ、その、お話をさせて頂いても・・・・?」
それは、アロンソと?と聞きそうになったが飲み込んだ。二度も失敗を繰り返す訳にはいかない。
「もちろん。ここで待っていますわ」
「はい、有難うございます!すぐに行ってきますね」
「ええ、でも、走らないでくださいませ」
はい、とはにかみながら去っていく姿は非常に可愛らしかったです。きちんと走るなとも言えたし良かったです。
ほっと息をつくと、ヴァシリーがアロンソに話しかけます。
「良かったな、可愛らしい子じゃないか」
「っば、馬鹿言え!まだ子供だろうが!だいたい、」
「ちょっと!勤務中でしょう!」
ヴィルジニーが叱る事で、2人が頭を私に下げたました。
いいの、と手を振ります。
ヴィルジニーは気の利く女性です。ヴァシリーも少しお調子者ではありますが、忠義心の強い男性です。
2人は美形ですが、アロンソは、なんていうか、ゲーム内でも浮いた存在でした。
彫りの深い顔に、ガッチリとした筋肉のついた身体。褐色の肌を持っていて、前世では中東系ゴリラとか呼ばれてしまっていました。ゲームにはモブでさえ美丈夫に描かれているのに、アロンソだけは別の絵師が描いたかのようにガッチリしたおじさんです。
しかし、ヒロインやシーヴ・エリクションを叱ったりしていて、優しく真っ直ぐな男性として描かれています。まあ、シーヴ・エリクションには黙りなさいと言われ、すぐに黙ってしまうというヘタレぶりも見せていましたが。
確かに浮いた存在ではありましたが、あくまでモブです。むしろ人気はありませんでした。
でも、エステルの様子じゃ、本当に、恋をしているようでした。まさか、まさか、気のせいですよね?だって、アロンソは30代だし、と自分を説得させていましたが。
エステルを自分の部屋に招き入れ、護衛も下がらせ2人でいると、エステル様の方からカミングアウトされました。
「ね、シーヴ様って転生者でしょう?わたしもなんです」、と。
呆気にとられていましたが、それならと私は質問しました。
「そうです。あの、エステル様は、あの5人の中から誰かを選ぶおつもりですか?」
「いいえ、そんな、婚約者のいる方とあえて恋をしようとなんてしません」
ほっとしました。ええ、しますと言われたらどうしようかと思いました。
そんな私を見てエステル様は笑い、敬語をとっていいか、自分の事はエステルと呼んで、と言います。私はもちろん頷きました。前世の事を話せる、友達ですから。
「シーヴは、あのゲーム好きだったの?」
「はい。でも、アルマンド様はゲーム関係なくお慕いしています」
「あはは。ねぇ、シーヴも敬語とってよ」
「あ、この口調はお父様に対してもそうなんです。お気になさらないでください」
「そう?」
「はい。あの、エステルはあのゲームが好きだったのですか?」
ドキドキしながら聞くと、エステルはニヤッと笑って言いました。
自分は、アロンソが目的であのゲームをしていたのだと。
固まった私を置いてエステルは語ります。
パッケージの裏にのっていた画面画像のアロンソを見て買う事を決めた事、アロンソを見る為だけに全ルートをクリアし何度もプレイしたこと。
ヒロインに転生した時も、アロンソに会えると喜んだこと。しかし、ゲームと現実は違うものだから、一目アロンソを見たらそれで終わりにしようと思っていた事。
「でも、その・・・・信じてもらえないかもしれないけど、一目惚れしちゃったの。アロンソと付き合う為に、アロンソに会いに来ていい?」
ダメとは言えません。だって、マズイ事なんてありませんから。アロンソは独身で、子供が欲しいと言っていたこともあります。
頷くと、エステルは可愛らしい笑顔を見せてくれました。
びっくりしています。だってエステルとわたしは同い年で、16の筈です。私の周りには、そんな年上の人を好きになる人なんていませんでしたから。
エステルは私にアロンソの好みを聞いてきました。私はそれに答えていきます。なんだか、アロンソを売っている気分です。
まあでも、アロンソもこんな可愛らしい人をお嫁さんに出来るし、いいのかもしれません。私は笑いながら、エステルとの会話に意識を持ち始めました。
アロンソ、良かったですね。この国では16歳で嫁ぐのは学園に行っていても不思議ではありませんから、今年中に長年憧れていた結婚ができるかもしれませんよ。