表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/67

連合王国へ

 報告書を眺め、リットは眉間に深いしわを刻んだ。クルーブ公国に放っていた間諜からの報告で、かの国からやってくる伯爵令嬢は婚約者から婚約破棄を言い渡された事、それにより祖国での結婚は望めない身となってしまった事、そして実は伯爵家の養女だった事は掴めた。だが、レスクヴァがどういった経緯でピアロース家にもらわれたのかがどうやってもわからないのだ。

 まるで最初から存在しなかったかのように、レスクヴァ・ピアロースになる以前の経歴がすっぽり抜け落ちている。不気味で仕方なかった。かといって、それ以外に不審な点があるわけでもない。これ以上の調査は無理だと部下も音を上げていた。


(……とはいえ、何かきな臭いんですよねぇ)


 警戒を解く気はない。クルーブ公国でこれ以上情報が得られないなら、大本であるガルガロン帝国で情報を集めるまでだ。

 ガルガロン帝国に放っている間諜からの報告はまだ来ない。何せあそこは仮想敵国の総本山だ。その属国に過ぎない北の国々での諜報活動ならともかく、帝国での活動が難航するのも仕方ないだろう。今はただ報告が届くのを待つほかなかった。帝国からの情報で今回のレスクヴァの来訪の件の裏が明かされるといいのだが。

 転移の魔法陣を使用するため来訪自体は一瞬だが、レスクヴァが来るまであと三日の猶予がある。彼女に貸す迎賓館の一室の準備も含め、アライベル側の受け入れ態勢はすでに完璧だった。アーニャにもレスクヴァの事は伝えてあるし、大陸の微妙な情勢についてはアーニャも理解してくれているらしい。不用意にレスクヴァに近づく事はないだろう。仮にレスクヴァのほうからアーニャに近づこうとしても、騎士がそれを許さないだろうが。

 レスクヴァが何のためにアライベルに長期滞在するのかはわからない。それが平和的なものなら一向に構わないが、もし彼女アライベルに仇なすというのなら、その時は。


「……できれば、陛下とアーニャ様が国外にいる間に憂いが取り除けるといいんですけどねぇ」


*


「着いたぞ、アーニャ。ここがレンブリックの宮殿だ」


 アーニャの手を取ってディウルスは転移の魔法陣から下りる。見慣れない石造りの空間に、アーニャは好奇心にうながされるままきょろきょろと周囲を見渡した。見渡すと言っても金の左目を髪や装飾品で隠しているため視界はいつもより狭いが、これがクラウディスにいたころでは平常だったので特に不自由はしなかった。

 アーニャとディウルスはアライベルの友好国、レンブリック連合王国に来ていた。レンブリックの国王の誕生日を祝う宴のためだ。予定では今日から一週間ほどはこの国に滞在する事になっている。レンブリックにはディウルスの妹がいるというので、アーニャも少し楽しみにしていた。彼女はディウルスとアーニャの婚約を祝う宴に来ていたというが、結局アーニャは会えなかったからだ。

 レンブリックの者達からの歓迎の言葉を受け、アーニャ達は迎賓館の三階に案内された。滞在中はここで過ごせばいいらしい。まだ婚約期間だという事を加味してか、ディウルスと部屋は別だった。荷物を運んでもらいながら、アーニャは窓の外を眺める。眼下には薔薇の咲き誇る庭園が広がっていた。薔薇はレンブリックの国花だ。国の威信を象徴するように咲いた赤い薔薇は遠目から見ても美しい。間近で見たらどれほど素敵だろう。

 しばらく薔薇を見つめていると、女官の一人がディウルスの来訪を教えてくれた。これからレンブリックの王とその婚約者に挨拶をしに行くという。レンブリックに来た時点ですでに身だしなみは整えられているので、アーニャは慌てずにディウルスについていく事ができた。


「ロイドは……まあ、いい性格をしているだけで根は悪い奴じゃないぞ。食えない奴だがな」


 道中、ディウルスはレンブリックの王ロイド・ベルディネスについてそう評した。ディウルスとロイドは旧知の仲であるらしく、アライベルとレンブリックが友好国である事もあって個人的にそれなりの付き合いがあるらしい。


「あいつも俺の婚約者につまらない嫌がらせをしようとは思わないだろう。ニードも睨みを利かせているだろうし、お前が心配する事はないさ」

「ニード様が?」


 その息子であるリットは国で留守番だが、ニードはアーニャ達とともにレンブリックに来ている。だが、アライベルの宰相がどうしてレンブリックの王に対して発言力を持つのだろうか。首をかしげるアーニャに、ディウルスは苦笑いで教えてくれた。


「ロイドの大叔母、先々代の王妹がアライベルに嫁いだんだ。その嫁ぎ先というのがロラディオン家でな。ロイドの祖父がニードに目をかけていた事もあって、従伯父(じゅうはくふ)のニードにロイドは昔から頭が上がらないらしい」

「そうだったんですか。……あれ? という事は、リット様はロイド陛下のはとこなんですか?」

「そうなるな。だが、異国の王族の遠縁なんてそう珍しいものでもないぞ。公爵位を持っている家なら、家系図を遡れば多分どこかで他国の王族が出てくるんじゃないか? 昔、ある政策の一環で、アライベルでは色々な国の王族から花嫁や花婿を迎える動きがあったんだ。そういった縁組は今も続いているが、以前ほど盛んではなくてな。他国の血が流れる者が多いのはその時の名残だ」


 国境が地続きだと、侵略活動はもちろん和平のための行動も取りやすくなるらしい。海に囲まれて育ったアーニャには理解しがたい慣習だ。少なくともアーニャの知る限りでは、異国とはいえ王族の血が流れる貴族などいなかった。もしいたら、それはクラウディス王族に対する謀反の格好の旗印になっていただろう。アライベルで反乱が起こらないのはそれだけ王家に対する信頼が篤いのか、あるいはアーニャの知らない対抗策が取られているからなのだろうか。


「もちろんたとえ傍系であっても本国で王族として扱われていた者が嫁いだり婿養子になったりする例はまれで、基本的には“王家の血を引く貴族”が来るのが主流だったようだが。下から数えたほうが早いが一応王位継承権はある……そのぐらいの者達がよく来たらしいぞ。あの政策が始まったころにはまだアライベルも大陸での確固たる地位を築いていなかったが、祖国に残って他の王族に埋もれるよりも小さな新興国に行って大国から来た者として歓待されたほうがいいと判断されたんだろうな」

「そうだったんですか……」


 そもそもクラウディスには、血を混ぜるべき周辺諸国が数えるほどしか存在しなかった。アーニャのように大陸に嫁がされた王女のほうがまれだ。その数少ない先例達だって全員他国の王族のもとに嫁いだはずなので、やはりクラウディス王家の血は他国の貴族には流れていないだろう。


 先導していたレンブリックの騎士が扉の前で歩みを止める。どうやらここがロイド王の待つ部屋らしい。ディウルスとシェニラを除けば他国の王族に会うのは初めてだ。いや、ロイドをはじめとしたアライベルの友好国の王達とはアーニャ達の婚約を祝う宴で挨拶をしたはずだが、あの時はもう立っているだけでいっぱいいっぱいだったので他国からの来客の顔などろくに覚えていない。きちんと意識を保っている時に挨拶をすると考えると、やはりこれが初めてだった。


「久しぶりだなディウルス。元気そうで何よりだ。アーニャ姫もお変わりないようで安心した」


 アーニャとディウルスを出迎えたのは黒髪の少年だった。おそらく年はディウルスよりアーニャのほうが近いだろう。リットのはとこだと思って見ると、確かにどこか彼に似ているような気がする。主に整っているのに悪人顔という意味で。

 ロイドの傍らにはおっとりとした佇まいの美しい少女が微笑んでいる。ロイドと同い年ぐらいの少女だ。ロイドには婚約者がいると聞いていたが、きっと彼女がそうなのだろう。


「お前もな、ロイド。それにしても珍しいな。エルフィア姫を伴って来るなんて」


 前の宴には連れてこなかったのに、とディウルスが皮肉げに笑うと、ロイドは大げさに肩をすくめた。


「リフィーがどうしてもアーニャ姫に挨拶したいと言うから仕方なくな。……できる事なら、そなたの目には触れさせたくなかったのだが。そなたがリフィーに心を奪われても、余は何もしてやれんぞ」

「俺の目にではなく、自分以外の男の目には、の間違いだろう? それに、その心配は無用だ。俺にも婚約者がいる。他の姫君に目移りしようとは思わんさ」

「そうか、それはよかった。さすがの余も、姫君を巡って友人と争いたいとは思っておらん」

「奇遇だな。俺も同じだ。ついでに言わせてもらえば、俺だってアーニャを連れてくる事には――――」


 当人達を前にしてするべきやりとりなのかは定かではないが、ディウルスとロイドの間で唐突に婚約者自慢が始まってしまった。ロイドは熱を帯びた口調で、ディウルスは淡々として語ってくる。リットの血縁者だと思えばロイドの愛情の深さも予想できたが、ディウルスがここまで自分の事を見ているとは予想外だった。聞かされる褒め言葉は寝耳に水のものばかりで、ディウルスはいつもそんな風に思っていたのかと考えると耳まで熱くなってきた。しかしロイドの婚約者である少女は微笑を絶やさないまま平然としている。そういうものなのだろうか。


「ロイド様もディウルス様も、それぐらいになさってくださいなぁ。わたくし、まだアーニャ様にご挨拶もしていないんですよぉ?」


 言い争いにも似た男達の自慢話を止めたのは、まとわりつくような甘い声だ。おそらく人によっては不快にすら感じるかもしれないその声の主はロイドの婚約者で、つい、とロイドの服の裾を軽く掴みながら、ちらりと横目でアーニャを見ている。


「ああ、それもそうだな。すまなかった」

「……悪い、アーニャ。ロイドが勝手な事ばかり言うから、むきになってしまった」

「い、いえ。その……嬉しかった、です。とっても」


 ディウルスは照れくさそうにそっぽを向く。アーニャも真っ赤な顔をしながらぎこちない口調でそれだけ言った。そんな二人を見ながら、少女はにっこりと笑みを深める。


「アティース公爵家が長女、エルフィア・アティースと申しますぅ。よろしくお願いしますねぇ、アーニャ様ぁ」

「あ、ええと、クラウディス王女アーニャ・クラウディスです。こちらこそよろしくお願いします、エルフィア様」


 耳慣れないせいだろうか。その可愛らしくも特徴的な高い声がアーニャの心にざらりとした異物感をもたらす。声だけで人を判断したいわけではないが、慣れるまでは少しエルフィアとの会話に苦労するかもしれない。


「ねぇロイド様、アーニャ様と二人でお話しても構いませんかぁ? ロイド様もディウルス陛下とお話ししたい事があるんでしょぉ? その場にわたくし達がいても仕方ありませんし……ねぇ?」


 祝いの言葉もそこそこに、エルフィアはそう切り出した。アーニャとしてはなんとなくエルフィアと二人きりになりたくなかったのだが、ロイドは一も二もなく賛成したしディウルスも異を唱える気はないようだ。もちろんエルフィアの事が嫌いだというわけではないので、これも彼女に慣れるためだと割り切ってアーニャもそれを受け入れた。

 応接間の扉が閉じる。アーニャとエルフィアに付き添う騎士は―少なくともアーニャの目に見える範囲には―いなかった。「この時期は特別な薔薇が咲いているんですよぉ」と言いながら楽しげな足取りで薔薇園に向かうエルフィアに相槌を打ってついていきながらも、異国の地で見知らぬ少女と二人きりになった不安感をぬぐう事はできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ