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黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第四章

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嵐の予感

* * *


「……トール。貴方が起こしてきた数々の厄介事が、僕の耳に入っていないとでも?」


 若々しい端正な顔に色濃い疲れを宿し、青年は眼前に立つ人物を睨みつけた。しかしトールと呼ばれたその男は薄ら笑いを浮かべるだけで、咎めるような青年の言葉に反省するようなそぶりは見られない。


「誰に何を吹き込まれた、我が兄よ。私の旅の記録はシアルフィを通して包み隠さず報告させていただいたはずだ。そこに我が兄のお手を煩わせるようなものはなかったと記憶しているが?」

「シアルフィが貴方の子飼いだというのはよくわかっている。彼の報告は信用できない」

「おお、なんという事だ! あれほど私によく仕えてくれる男が、我が兄からはこれほど嫌われているとは! 兄よ、貴殿は何か勘違いされているようだ。シアルフィほど忠実な男はそういない。奴の人となりを知れば、兄もきっと考えを改めてくれる事だろう」

「ああ、そうだろう。シアルフィは確かに忠実だ――()()()()


 芝居がかったトールの仕草に、青年は深々とため息をつく。ふざけた笑みのまま、トールはエメラルドの瞳を意地悪そうに輝かせた。


「ほう。では、こういう事か? 我が兄は私の忠実なしもべを信用しておらず、あろうことか誰に吹き込まれたかもわからない嘘偽りだらけの報告のほうを信じている。では、我が兄にそんなほらを吹き込んだのは誰だ? 用心深い我が兄が信用に足ると判断した人物……すなわち我が兄の配下か?」

「……」

「しかしこの弟は、旅の仲間に兄の手の者がいたとは聞かされていない。すなわち兄は私にも内密で、己の配下を私につけたという事になる。まるで私に対する間諜のように! しかし考えてもみろトールよ、まさか兄が弟を信じていないというわけではあるまい。そのような事をする必要などないではないか。つまり今私が立てた仮説はまったくのでたらめにすぎん。私がこうして疑心に走るのもまた、我ら兄弟の仲を裂こうとするおぞましい敵の策略なのだ!」

 

 青年は答えない。それはトールの言葉が真実である事の肯定であると同時に、どう言えばトールの機嫌を損ねずに済むかわからないから生まれた沈黙だ。それをわかっているからこそ、トールは道化師のようなわざとらしい態度を崩さない。


「……貴方は僕を困らせたいがために、もめ事を起こすんだな。思えばいつもそうだった。貴方はそうやって、僕の頭を悩ませる」

「素直に言えばいいじゃあないか。我が弟トールよ、お前はひどく目障りだ。これ以上邪魔をするなら殺してやる、とな」

「僕はそんな事は、」

「綺麗事はもううんざりだ。兄よ、お前が何を思い何を目指しているかはどうでもいい。私は私の思うように生きる、ただそれだけだ。それが結果的にお前の足を引っ張る事になろうが私の心はちっとも痛まないし、お前に道を譲ろうとも思わない。私には関係ないからな」


 トールは不遜に言いきった。傲慢そうなエメラルドの瞳から目をそらし、青年はやれやれとこめかみを押さえる。これ以上わがままなトールに付き合ってはいられなかった。


「さあ、話はそれだけか? なら私は行くぞ。まだ予定していた旅程の半分も終えていない。用事が済んだら私はすぐに国を発たねばならん」

「行かせないと言ったら?」

「くだらんな。兄よ、お前に私を止められるとでも? 初めに私を国外に追い出そうとしたのは、お前のような臆病者にへつらう口だけ達者な腑抜けどもだという事を忘れたのか?」

「忘れてはいない。トール、忘れているのは貴方のほうだ。……僕の発言は、彼らの決定を上書きできる」

「……ほう」


 トールは面白そうに目を細める。眼前の青年が、思ったより力をつけていた事。それを悟り、トールは心の中で呟いた。


(用を足しに一時的に帰国したつもりだったが……どうやら予定は変更する羽目になりそうだな)


 恐らく兄は軟禁めいた待遇でもって自分をとどめておくのだろう。これからしばらく国外に渡る自由は与えられない。自分はおろか、自分が一番信用している従者ですらも。

 考える。どうすれば望みは叶うのか。劇的な演出でもって麗しの姫君を救出し、その心を射止めるつもりでいたが……こちらが囚われの身になるとは予想外だった。

 いや、会いに行けない事は障害ではない。アライベルで働いてもらう駒の用意はシアルフィがしている。()()とシアルフィの関係を兄は知らないし、兄を動かす事自体はシアルフィに命じればどうとでもなる。兄本人にその気はなくても、兄が信頼している側近を操ってしまえばいいだけだ。自分は国で待っているだけでいい。予定の変更とそれに伴う新しい計画の算段を立て、トールは踵を返した。


「貴方は何も変わらないな。こんな時世だからこそ、僕らは協力しなければならないのに……貴方はそれすら否定するんだ。それほどまでに僕が、父が、この国が嫌いか?」


 背後から聞こえてきたのは何かに縋るような兄の声だった。それを鼻で笑いつつ、トールはこともなげに言い放つ。


「まさか。嫌いなわけがないじゃあないか。ここは私が生まれ育った国であり、私にとって兄と父は血を分けた家族だぞ? いくら兄とはいえ、下世話な憶測で人を語るのは感心しないな」

「……そうか。貴方はやはり、この座にふさわしくない人のようだ。僕は今、僕こそ貴方の兄でよかったと心から思ったよ」


 トールの真意は別にあると察した青年は、すべてを諦めたように深いため息をつく。トールは嗤うだけだった。

 結局、トールは一度も振り返る事もなくその場を去った。そんなトールに、残された青年の呟きは届かない。


()()。何を企んでいるかは知らないが、これ以上貴方の好きにはさせないからな」


* * *


「クルーブ公国からの客人だと?」


 リットから渡された密書を読みながら、ディウルスは思わず声を上げた。クルーブ公国はディウルスが現状もっとも警戒している北の大国、ガルガロン帝国の属国にあたる国だ。近々そのクルーブ公国からある伯爵令嬢が留学に来るという。余計な問題を抱えたくないディウルスとしては黙って追い返したいところなのだが、そうはいかない。届けられたのがクルーブの大公による令嬢の紹介状だけならよかったが、ガルガロンの皇帝からの密書もあるのだ。今まで沈黙を貫いてきたガルガロンの真意が読めず、ディウルスは小さく唸った。リットからの報告を聞いていたアッシュとヴィンダールも渋い顔をしている。

 ガルガロン帝国の若き新皇帝ヴィーザルからは、その伯爵令嬢の身元を保証するほかにディウルスが婚約した事に対する祝福と祝福が遅れた事に対する詫び、そして両国の平和と友好を願うような文面が届けられていた。しかしこれは非公式の文書だ。無視する事はできないが、だからといって公的な意味があるわけではない。祝いの言葉も願いの言葉もどこまで本気かわからなかった。


「件の令嬢……レスクヴァ・ピアロースですが、少し素行に問題があるようです。しかし調べたところでは、これといって特別な力や身分があるようには思えませんでした。国に置いておけないような醜聞を作ってしまった娘に対する救済措置と見るのが妥当かと。もちろん調査は続けますが、少なくとも現状では害らしい害は見受けられません」

「はぁ……。その令嬢とやらは迎賓館に滞在してもらえ。監視は少し多いくらいでいい。単身でアライベルに乗り込むくらいだ、何かとんでもない隠し玉を持っているかもしれんぞ。くれぐれも油断しないようにな。それと……決してアーニャに近づかせるな」

「承知いたしました」


 さりげなくディウルスのアーニャに対する呼称が変わっている事に気づき、リットは心の中で喝采を叫んだ。先日教会に行ったときに二人の心に変化があったらしい、というのはアッシュとルルクから聞いている。喜ばしい事このうえない。しかし手放しに喜んでいられないと、リットは表情を引き締めた。


「陛下、念のためお伺いしますが、ヴィーザル王の花嫁についてはいかがいたしますか?」

「……花嫁?」


 はて、あちらの皇帝が結婚したなどという報告があっただろうか。眉根を寄せたままディウルスが顔を上げると、リットは苦笑を浮かべた。


「ひどく婉曲した表現ではありますが、ヴィーザル王はアライベルの令嬢との結婚を打診しています。結婚により両国の関係を平和的なものにしたい……同盟締結の意思を示しているのかと愚考する次第です」 

「そうなのか。まったく気づかなかったぞ」

「そんな事だろうと思いました」


 惑わす言葉を大量に用いられて慎重に隠された裏の意味まで読み取れと言うのはこの愚直な王には無理難題もいいところだろう。だからこそリットがいるし、その自覚があるディウルスもリットを軽んじようとはしない。腹の探り合いなどという面倒な事に適性のないディウルスの、その能力を高める事など誰もが早々に諦めている。そんな事、ディウルスができなくてもリット達がやるのだから何の問題もなかった。だから今日もディウルスは、最も信頼している優秀な文官の意見を仰ぐ。


「どう答えるべきだと思う?」

「気づかないふりをするべきかと。しょせんこの文書に公的な拘束力はありません。いわばこれは口約束も同じ事です。そんな不確かなものに我が国の淑女を委ねるわけにはまいりません。ですから、結婚についての返答は避けるべきでしょう」


 知っていてあえて無視する事と、そもそも知らない事の間には大きな違いがあるのだとリットは語る。つい最近それを身をもって知ったと言えなくもないディウルスとアッシュは引きつった笑みを浮かべた。その場にいなかったヴィンダールとリットはそんな二人を不思議そうに見ている。


「同盟の締結は、かの皇帝を正式な場に引きずり出してからでも遅くはありませんよ。……喪が明けてからまた皇帝が公式に同じ打診をするのなら、我々もきちんと誠意を持って対応せねばなりませんが」

「そうか。ならそうしよう。……いざその時になってすぐ対応できるよう、早めに動いたほうがいいか?」


 北の覇者ガルガロン帝国との同盟関係はディウルスも喉から手が出るほど欲しい。そんな彼の心中を察してか、リットは冷たい笑みを浮かべた。


「どの家のご息女に打診するか、お考えはありますか?」

「お前に任せるが……あえて言えば、すでに恋人がいる者を避ける事と……それと、シェニラはヴィーザル王のもとに嫁がせたくない事ぐらいか。王族が全員他国の者と縁づいてしまえば、国内から不満が上がるかもしれないからな」


 ディウルスはクラウディス王国の王女アーニャと婚約しているし、ディウルスの妹マリベーラもレンブリック連合王国の公爵夫人になっている。いずれも同盟の締結、あるいは強化のために結ばれた関係だが、他国ばかりを重視したあげく国が荒れるなど笑えない冗談だ。できれば国内での結びつきも強くしたい。するとリットはディウルスの答えに満足したかのように微笑を浮かべる。


「でしたら、シェニラ殿下はワーエント辺境伯の嫡男のもとに嫁がせればよろしいかと。ワーエント辺境伯はエスラシェとの国境を守る護国のかなめ。ワーエント家にシェニラ様が降嫁されれば、ワーエント家を重用しているという格好の宣伝になりますし、他の貴族の士気向上にも繋がるでしょう」

「それはいい案だが……ワーエント辺境伯の嫡男といえば、シェニラの近衛騎士じゃなかったか?」

「……イリーシスさんとは、個人的に親しくさせていただいておりますので」


 じっと目を細めたディウルスに、リットはそれ以上何も言おうとはしない。リットの返事はディウルスの質問に対する答えになっていないが、それを一足飛びさせた質問の回答にはなっていた。

 きっとディウルスの知らないところで、王妹シェニラと彼女の近衛騎士テトル・エア・ワーエントは密かに想い合っていたのだろう。シェニラの侍女イリーシスを通じてその事を知ったリットが、すかさずディウルスの考えに賛成する形で二人の仲を後押したと。イリーシスとリットがどういう仲なのかは知らないが、どうせ二人は刺繍を愛する会とかそんな感じの集団に属しているに違いない。


「いまだ未婚で婚約の予定もなく、家格も問題ない令嬢の名簿を近日中にまとめてまいります。その中からヴィーザル王の花嫁候補をお選びください。陛下の決定をもってして、その家にご息女と皇帝の結婚を打診いたしましょう」

「ああ、頼む」


 リットを退室させ、ディウルスは深く息を吐く。ようやくアーニャの事に集中できると思ったら、他国からの横やりのせいでまた心配事が増えてしまった。やはり結婚式を挙げるまで安心できる日は来ないという事か。そんなディウルスの心中を代弁するかのように、ヴィンダールがぽつりと呟いた。


「……そのレスクヴァとやらは、わざわざアライベルまで何をしに来るのかのう。余計な火種を持ち込んでこなければいいんじゃが」

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