表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黙って笑え。それ以外は望まない  作者: ほねのあるくらげ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/67

仕組まれた罠

 厳重に張られた結界魔術の合間を縫ってアーニャの部屋に侵入したシアルフィは、寝台の上でぐっすりと眠る姫君の姿を捉えた。アーニャの寝顔は安らかそのもので、ちょっとやそっとでは起きないように見える。漂う百合の香りは安眠を誘う芳香剤だろうか。

 部下達に合図し、シアルフィは音もなく寝台に近づいた。眠るアーニャに手を伸ばす。しかし彼の手が脇に寄せられた布と布の間を越えようとした瞬間、何か硬いものに弾かれてしまった。


「ッ!?」


 驚いたシアルフィは慌てて手を引っ込める。異変に気づいた部下達がざわめくより早く、激しいめまいが彼らを襲った。視界が歪み、足場が揺らぐ。ぐるぐると世界が回る中、シアルフィ達はたまらず膝から崩れ落ちた。


(結界魔術……いや、干渉魔術か!)


 吐き気をこらえながら、シアルフィは悔しげに顔を歪める。シアルフィが最も得意としている魔術も、精神や五感に直接作用する干渉魔術だ。それなのにこうして敵の魔術師の術中にまんまとはまってしまった。それが悔しくて仕方ない。


「おとなしくするっす!」


 シアルフィ達が次の行動に移せる間もなく部屋の扉が荒々しく開け放たれる。侵入者を知らせる魔術も使われていたのだろうか。解除しきれなかった……察知できなかった魔術の罠の存在に歯噛みしながら、シアルフィはなんとか立ち上がった。

 騎士の数は五人。普段なら制圧しきれない数ではないが、今は干渉魔術による妨害を受けている。部下達もろくに動けないだろう。この状態で下手に抵抗するのは危険だ。


(せめてアーニャ姫だけでも……!)


 転移魔術の詠唱をしつつ、タイミングを計りながらばっと寝台のほうを振り返る。そこでシアルフィはまた別の異変に気づいた。つい先ほどまで眠っていたはずのアーニャが起き上がったのだ――――剣を構えて好戦的に笑って。

 そこにいたのはまったくの別人だった。彼女をアーニャだと誤認するよう魔術が使われていたとしたら、最初からそこにアーニャはいなかった事になる。

 一体いつから幻覚の魔術が使われていたのだろうか。もしかすると、今夜自分達がここに侵入する事までもアライベルの人間にとっては予想の範疇だったのかもしれない。最初から最後まで彼らの手のひらの上で踊らされていた可能性に気づき、シアルフィの心が一瞬敗北感で塗りつぶされた。

 それに気づいたシアルフィは慌てて心を強く保とうとするが、相手はその隙を見逃さない。鋭い剣筋がシアルフィの急所を断とうとする。ほとばしった鮮血だけを残し、シアルフィは数名の部下とともに命からがら逃げだした。


*


 こんなに厳重な魔術がかけられていたなんて聞いていない。そんな叫びを聞きながら、舌打ちをしてミリリは剣を下ろす。叫び声の主はすぐにウィザーに切り伏せられ、うめき声を上げて倒れた。

 全員を捕まえる事はできなかった。魔術師らしい青年の詠唱を妨害して、逃げる人数を最小限に抑えられた事は不幸中の幸いだが、そもそも取り逃しがあった事自体が失態だ。そんな上官の苛立ちを感じ取ったのか、残りの侵入者達の制圧を終えたレイディズが苦笑しながら剣を鞘に収めた。


「隊長、落ち着いてくださいよ。ストレディス侯爵の魔術のおかげで被害は出ませんでしたし、それでいいじゃないですか」

「……でも、取り逃した連中がまた侵入してくるかもしれないじゃない」


 ミリリは不満げに唇を尖らせるが、まあまあとレイディズになだめられて渋々と剣を収める。残された侵入者達の意識はしっかりと刈り取られていた。そのうちの一人を縛り上げていたウィザーが、不意に何かを思い出したように顔を上げる。


「もしまた不審者が来ても、これだけ厳重な警備がしてあるなら大丈夫じゃないっすか?」

「甘いわね。その過信が悲劇を生むのよ。物事に絶対なんて保障はないもの」


 ミリリはそう言うが、やはりウィザーにはそれは杞憂としか思えなかった。

 今ウィザー達がいる部屋は、それを幻覚を見せる魔術によってまるでアーニャの部屋のように見せているだけで、本当はさしたる家具もない殺風景な部屋だ。もし何者かがアーニャの部屋やディウルスの部屋、あるいはそれ以外の重要な部屋を目的地として転移魔術を使った場合、強制的にここに転移させられるようになっている。使用された転移魔術を即座に解析して侵入者の目的地に合わせた幻覚魔術を使い、まるでその部屋に転移できたかのような錯覚を起こさせるのだ。そうした部屋は他にもいくつかあり、どれだけの襲撃者が来ても対処できるようになっている。

 もちろんアーニャの部屋には、これらの魔術以外にも多くの守護の魔術がかかっている。その魔術もすべて複製して再現しているらしい。ウィザーには魔術的な知識はまったくないが、とても大掛かりで複雑な魔術が使われているというのはなんとなく察せられた。

 これほどの魔術を行使できる事こそが国の抱える宮廷魔術師の力なのかと思ったが、さすがにこれほどの術者はそうそういないらしい。ウィザーが聞いたところによると、アライベルの国内では二人しかいないとか。そのあまりの難しさから汎用性もなくて半永久的な実用化は難しいそうだが、少なくともウィザーにとってはアーニャさえ守れるならなんだってよかった。


「さあ、早くこいつらを連れていきましょう。こいつらには聞かなきゃいけない事がたっぷりありますからね」

「任せたわ。私は逃げた連中を追うわね」


 ミリリの言葉にウィザーは不思議そうな顔をしたが、レイディズが縄を引きずって部屋の外に出たのを見て慌ててついていった。他の騎士達も侵入者達を連行していく。連行は彼らに任せ、ミリリは窓を開け放った。

 

(……敵の狙いと所属が一向に掴めないわ。結界魔術が薄くなったと思ったなら、ルルクが死んだ事が原因でしょうけど……それならお祖父(じい)様の事を知らないって事よね。知っていたら、そんな勘違いをするわけがないもの。それとも、よほど自分に自信があったのかしら)


 ミリリの祖父にして養父、現ストレディス侯爵は凄腕の魔術師だ。もともと魔術の名家であったストレディス家の当主の名に恥じない力を持つ彼には、彼の弟子であるルルクはもちろん魔術の才能のないミリリも一目置いている。

 しかしストレディス侯爵はあまり表に出る事をよしとしない性格だし、彼が好んで使用する魔術や研究している分野はいずれも地味なものばかりだ。そのせいで全体としての知名度は低く、孫のルルクが派手なせいもあって侯爵の存在は霞んでいる。それでもアライベルにおけるストレディス家の魔術師という名前自体は知らない者がいないほど有名だし、仮にルルクの身に何があっても身内ならすぐにその穴を塞げるはずだ、という程度の想像力は働くだろう。侵入者達が老侯爵を警戒していないなら、アライベルの貴族社会とは遠い場所からの刺客だという証明だ。


(だけど毒殺未遂と無関係と判断するなら、あまりに食いつきがよすぎるわ。まだルルクが死んだって噂が流れてから一日程度しか経っていないのよ?)


 侵入者達の恨み言から、彼らが結界魔術の薄くなる瞬間を狙ってきたのは明白だ。そして今この時期に実行に移したという事は、ルルクが死んだ噂を真に受けていたからだという可能性がもっとも高い。

 あの晩のヘイシェルアール家の夜会で、ルルクは猛毒の仕込まれたゼクトを飲んでしまったせいで血を吐いて倒れた。その光景を目撃していた者はルルクが死んだと思っただろう。だが、彼は厳密に言えば人間ではない。人間を殺すための毒は、結局のところルルクの命を脅かすほどの影響も後遺症も残す事はなかった。いや、正確に言えばある程度のダメージは負ったようだが、それだけだ。ロゼルが取り乱しながらも行った処置のおかげもあって致命傷には至らなかった。今の彼は、心配性な祖父やロゼルの懇願やリットの策略で部屋に引きこもって寝台の上でごろごろしているだけだ。

 アーニャも参加するはずだった場所で起きた事件であり、なおかつ被害に遭ったのが実弟だという事でミリリも騎士団長アッシュから事件の捜査をするよう内密に命じられたのだが、元気そうな弟の様子を見ているととりあえず一発殴りたくなってくる。もちろん元気な事に越した事はないし、もし毒を飲んだのがロゼルやアーニャやあるいはディウルス、とにかく普通の人間だったらと思うと恐ろしいのだが、それとこれとは話が別なのだ。

 そんな内情はどうあれ、人目があるところで派手に倒れたのだから当然のように王宮内はルルクの死の噂でもちきりだった。ヘイシェルアール家やロゼルの名誉にもかかわってくるので早々に真実を明かして真犯人を捕まえなければならないが、それまでは王宮内をゴシップが駆け巡る事だろう。侵入者達がそのゴシップを真に受けたなら、彼らがすぐに動き出したのもうなずける。だが、貴族社会に縁遠く情報源がないはずの彼らにそんな事が可能だろうか。

 考えられるのは一つだ――――彼らは、毒殺事件に加害者側としてかかわっている。

 しばらくはルルクの生死を伏せるよう、リットはディウルスに進言した。それはルルクがいない事で少しでも王宮内の警備が緩んだ事を期待した者や、王に信頼される魔術師(ルルク)の死によって王家に有害な行動を取る者を炙り出すためだ。

 基本的な結界魔術はともかく、王宮にどれだけ厳重な魔術がかけられているかは一握りの者しか知らない。ストレディス侯爵を警戒して静観するなら捨て置いても大丈夫だ。たとえ実際に行動を起こした者がいても、予想される被害はほぼなかった。だからこその罠だったのだが、どうやらミリリ達が想定していたより大きなものが釣れたようだ。

 毒殺未遂事件の犯人の見当はまだついていない。あれは無差別だったのか、ディウルスはもちろんアーニャも参加するはずだった夜会でそんな事をした理由はなんなのか、そういったこまごまとした事を考えればもっと容疑者の幅は広がるが、少なくとも現状もっとも怪しくもっとも犯人から遠いのはハルトラスだった。

 ハルトラスは精霊に嫌われる体質の人間だし、精霊達はヘイシェルアール家に近づかない。ルルクの無事を確認してから即座に動いたとはいえ情報収集は難航している。もしかするとハルトラスはまったくの無関係かもしれない。事件発生からまだそう日が経っていないのもあり、真相の解明にはもう少し時間がかかりそうだ……と思った矢先の襲撃事件を解決への手掛かりとして見るのは気が早すぎるだろうか。


(……なんにせよ、アーニャ様をおびやかすものは早く取り除かないとね)


 アーニャは何も知らなくていい。ディウルスはそれを望んでいるようだし、ミリリとしても同じ気持ちだ。余計な心配の種など抱え込まないほうがいいだろう。

 ミリリは精神を集中して、先の魔術師が使った魔力を辿る。ミリリに魔術は使えない。しかしその代わり、他人の魔力を感知する事ができる。それは彼女に流れる精霊の血のおかげというより、ストレディス家の人間としての才能だろう。騎士服を脱ぎ捨てて自らの姿を鷹に変えたミリリは、あの魔術師が残した魔力の残滓を頼りに夜風を切って前に進んだ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ