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使者達の思惑

「アーニャ姫の輿入れに同行する従者は、二人のみだと伺っております。間違いありませんか?」


 謁見の間から客間へ移動し、リットは前に座ったバルトロイに尋ねる。バルトロイはくつくつと笑った。


「余は従者をつけようとしたが、アーニャが拒んでしまったのだ。アーニャは、少し気難しいところがあってな。嫁入り道具も、大したものを持たせられなかった。なにせ準備期間が短かったものでな。ディウルス殿が気を悪くなさらないといいのだが」

「では、足りない品を送るご予定は?」

「アーニャは華美なものや贅沢を好まない。新しくドレスや宝飾品を用意しようとしたら、そのぶんの費用は別の場所に回してくれとせがまれた。優しい娘だから、余計な気を回したのだろう」

「……さようでしたか」

 

 第四王女アーニャ・クラウディスの輿入れにあたって、これ以上金をかける気はない。そう言外に告げられ、リットは思わず目を細める。バルトロイはわずかに顔をこわばらせたが、リットは気にも留めなかった。

 別の場所とはいったいどこの事なのか。順当に考えれば、姫君は己が贅沢をするために大金を使うぐらいなら貧困にあえぐ民を救済するために用立ててほしいと願ったのだろう。そして父王もそれを受け入れ、民への援助を行った。だが、これはそれほど美しい話ではないとリットの勘が言っている。

 浮いた金の行きつく先は、他の王族の遊興費かはたまた貴族の懐か。民衆のために使われた可能性はまずないだろう。そもそも王女の輿入りが質素なものになったのは、本当に彼女の意志なのか?

 王女の輿入れについて、クラウディス王国に比べて歴史の浅いアライベル王国が侮られているという気はしていた。だが、王女の輿入れが質素なものになったのは、時間的に厳しい要求をアライベル側がしたからでもある。準備期間の短さを理由の一つに挙げられてしまっては、その点についてリットが不満を言う事はできない。バルトロイがアーニャの慈悲深さも理由の一つとしているなら、深く切り込まずにおとなしく乗っておくべきだ。


「では、足りないものや新たな従者はこちらで揃えさせていただきましょう」

「う、うむ。よろしく頼む」


 脂汗をぬぐいながらも鷹揚に頷くバルトロイには目もくれず、リットは思案の海に沈む。王妃となる少女、アーニャにつける従者はすでに決まっていた。そのうちの二人、女官長リアレアと近衛騎士隊長ミリリは今日連れてきている。今こうして自分がバルトロイと話している間に、彼女達はアーニャに挨拶をしに行くだろう。

 クラウディス王国の滞在時間として予定していた時間は最長で二時間だった。あまり長居する気はない。目的さえ果たす事ができればそれでいいのだから。

 そもそもリット個人としては、もっと短くてもいいくらいだ。むしろ一刻も早く国に帰りたい。だが、自分達がクラウディス王国とアライベル王国を繋ぐ転移魔術を発動させるためには最低でも一時間は必要だと魔術師達に泣きつかれたし、クラウディスの要人達と顔を合わせる時間も必要だったので、リットもしぶしぶ二時間で妥協したのだ。

 リットがこうして楽しくもない会談をしている間に、連れてきた魔術師達が転移の陣に魔力を注ぎ終えるはずだ。そしてその裏では、街に向かった侍女シャロン達と密命のために単独行動している魔術師ルルクが――――


(……とにかく、今はルルクさんの報告を待ちましょうか)


 アライベルの宮廷を陰で操る者の一人とまで言われる、若き宰相補佐官はどこまでも黒く歪んだ笑みを浮かべた。


*


「……どう思われますか、ミリリ様」

「別に何も。私達は私達の仕事をするだけよ。この国で王女様がどんな扱いを受けていようが、それは私達が口を挟む問題じゃない。むしろ事態をややこしくするだけだわ」


 異国の宮廷を、二人の女が連れ立って歩いていた。騎士服に身を包んだ、赤みのかかった金髪の美しい女の名はミリリ。その愛らしい響きの名前とは裏腹に、研ぎ澄まされた刃あるいは触れたら切れてしまうほどに冷たい氷を思わせる雰囲気の女騎士だ。その隣を歩く瑠璃色の髪の女リアレアは、ミリリの醸し出す刺々しい空気を中和するように柔らかくおっとりとした佇まいの女だった。


「鬼の宰相補佐官様の機嫌、今最悪なのよ。貴方もわかっているでしょう? 余計な事をして、帰国を長引かせるわけにはいかないわ。とばっちりはごめんですもの」

「そうでしたわね。あの方は本当に、乙女の敵ですから……。リット様の『拷問』には、何があろうと招待されたくありません」


 リアレアは自身の腹部に手をやり、物憂げにため息をつく。ミリリもわずかに顔を歪めた。彼の機嫌を損ねる事、それは二人にとって最大の恐怖の訪れを意味している。二人とも、リットの報復の恐ろしさは身に沁みてわかっていた。


「私は余計な詮索なんてしないし、する気もないわ。どんな女が妃になろうが構わないもの。彼女が国にとって……陛下にとって不利益な存在にならなければね。それは貴方も同じでしょう?」


 ミリリは冷たい声音で問いかける。リアレアはやれやれと肩をすくめながらも、否定しようとはしなかった。


「……あら、どうやらこの部屋がアーニャ様のお部屋のようですわ」


 不意にリアレアは足を止めた。ミリリも立ち止まり、リアレアの視線を追った。部屋の前には兵士の一人もいなかったが、リアレアは事前に王女の部屋の案内を受けている。その彼女がそう言うのだから間違いないのだろう。

 咳払いをして、リアレアは王女アーニャのドアを叩く。よく通る声が廊下に響いた。


「アーニャ様、いらっしゃいますか?」


*


「こっちかな、っと」


 ミリリ達がアーニャの私室を訪れたのとほぼ同時刻。黒いローブをまとった青年が、ふらふらと王宮の中をうろついていた。眼鏡の奥の紫の瞳は物珍しげにきょろきょろと動いている。その足取りから、彼がこの城に慣れた者でない事は明白だった。


「……よし、あそこか。じゃあ君達、道案内ありがとう。また面白い話、聞かせてくれると嬉しいな」


 青年は虚空に向けて手を振り、人当たりのいい笑みを浮かべる。そのまま物陰に隠れた彼が窺うのは、とある部屋のドアだった。


「《五感干渉:視覚》《認識齟齬》《視認不可》」


 歌うように呟きながら、青年は一歩足を前に踏み出す。部屋の前には二人の兵士がいた。だが、どちらもその不審な青年には目もくれない。

 青年は何でもないような足取りで部屋に近づく。ドアはあっさりと(ひら)いた。


「ん? なんでドアが(ひら)いてんだ?」

「どうせ風だろ?」

「はあ? 風なんて吹いてねぇだろうが」

「じゃあなんだってんだ。誰もいねぇだろ」

「そりゃそうだが……」


 兵士達は怪訝そうに顔を見合わせながらもドアを閉めようとする。青年はすでに室内に入っていた。しかし兵士達が彼に気づく事はない。彼らはすでに、青年の術中に嵌まっていたからだ。


(クラウディスの兵士も、大した事ないなぁ)


 青年は閉じていくドアの向こうに消える兵士達に憐れみの眼差しを向ける。その視線すらも、兵士達が察する事はついぞなかった。


(……この程度の国なら、僕一人でも陥落()とせそうだよ)


 第四王女の輿入れのために準備された品々が収められた部屋。誰にも知られず目的地にもぐりこんだ青年は、指先を宙に走らせる。


「《元素召喚:光》《照明》」


 その指先からいくつもの光球が現れる。たちまち室内は明るく照らされた。

 青年はぐるりと室内を見渡して、爬虫類じみた笑みを浮かべる。しかし紫の目は微塵も笑っていない。


(……ふぅん。ずいぶんつまらない()()ちゃ()ばっかりだね)


 青年がまず手に取ったのは、時代がかったオルゴールだった。年代物ではあるが、大切に手入れされているというのが見て取れる。きっとアーニャが大事にしている品なのだろう。

 凍てつくような笑みを浮かべたまま、彼は革製のベルトケースからナイフを取り出した。謁見の間で目が合った、可愛らしい異国の姫君。彼女の顔が苦痛に歪み、悲痛に嘆くさまを想像するだけでぞくぞくしてくる。瞳を細めた青年は嘲るようにひとりごちた。

 

「こういうくだらないものは、未来の王妃には似つかわしくないよ――だから、いらないよね?」


 ――――ぱきぃん、と。軽やかな音が、反響した。

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