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顔合わせの裏側で

「……そうか。ご苦労だった」


 アーニャを連れてアライベルに帰ってきたリットの報告を受け、アライベル王国の宰相ニード・シウス・ロラディオンは静かに頷いた。


「私からもお前に言わねばならん事がある」

「なんでしょう?」


 宰相の執務室には宰相ニードと彼の首席補佐官であり長男であるリットしかいない。話を他人に聞かれる心配はなかった。


「例の事だが、無事解決のめどが立ったそうだ。お前が不在の間にエリザがうまくやったようだな」

「ッ!? では、我々の計画も……!」

「ああ。滞りなく進められる」


 ニードは口角を吊り上げた。リットもにやりと笑う。もしそれを目にしていた第三者がいたら、ついにロラディオン公爵家がクーデターを起こすのかと息を飲んだ事だろう。それほどまでに二人の笑みは下衆かった。


「三か月前から計画していた、ヴィークスとアリアの誕生会は来週ですからね。ヴィークスの熱が下がって本当によかったです」

「せっかくの誕生会に主役が熱を出していては可哀想だからな。ヴィークスが寝込んでいたら、アリアも落ち着かないだろう」


 そんな笑みのまま、親子は和気あいあいと来週に迫った子供達の三歳の誕生日の予定を話す。貴方達はもっと普通に話せないのかしら、とはリットの母でありニードの妻であるキャミィの言だ。たわいもない会話にも大仰な言い回しを使ったり意味ありげな笑みを浮かべたりするから勘違いされるのよ、と彼女は常々言っているが、ニードはおろかリットにもその自覚はないためどれだけ苦言を呈しても意味はない。

 リットの長男、ヴィークスは昨日から風邪気味らしく少し熱を出していた。ただの風邪が一週間も長引くはずがないし、もしそんな事になるならそれはもうただの風邪ではないのだが、子供を溺愛しているリットにとってはそんな事に気づく余裕もなくひたすらに我が子の身を案じていた。

 幸い自分がクラウディスに行っている間に熱は下がったようだが、念のため今日は終業時間になったらすぐに帰宅する事にしよう。リットはそう固く心に決める。ディウルスに晩酌に誘われていた気がするが、リットの中での優先順位は国王(ディウルス)より家族なので何の問題もなかった。


「二人が社交界デビューを済ませていたら、大々的に夜会を開けるのですが……それが残念でなりません。アーニャ様にも二人の事を紹介したかったのですが」

「そう言うな。家族水入らずで祝うのもいいものだぞ。来客の対応などせずに、子供達の事だけに集中できるからな」


 どれだけニードがあくどい笑みを浮かべていようとも、今の彼の頭にあるのは可愛い双子の孫の笑顔なのだ。決して王位の簒奪や国王の暗殺などを考えているわけではない。


「それもそうですね。今しか味わえない時間ですし、最高のパーティーにしなければ」


 誕生会に出す料理の事を考えながら、リットはふとアーニャの事を思い出す。危うさを醸し出すほど線の細い姫君に栄養をつけてもらうには、やはりおいしい食事が一番だろう。


(……せっかくですし、明日のおやつはヌスシュネッケンにしてアーニャ様にもお渡しいたしましょう。ヴィークスの好物ですし……アーニャ様にも喜んでいただけるかもしれません)


 アーニャは未来の王妃であり、いずれは国母となる娘だ。だが、リットは六つ年の離れた彼女の事を無自覚のうちに庇護すべき子供として見ていた。


*


「あ、ルルク様とベストルじゃん。どうした?」

「嫁入り道具の確認をしようと思ってさ。で、そこの……エバさん、だっけ? エバさんにちょっと手伝ってもらいたいんだ」


 アーニャの部屋に着いて荷ほどきをしていたエバの前に現れたのは、黒いローブをまとった眼鏡の青年と彼のローブの裾を握る隻眼の青年だった。何もない空間から、文字通り突然現れた見知らぬ青年達―眼鏡の青年は使者の一人だったので顔だけはわかるが―にエバは戸惑いを隠せない。


「別にいいけどよ、転移魔術はやめろって。びっくりするだろ」

「い、一応宰相閣下と陛下の許可は得てるんだ! 不法侵入じゃねぇぞ! それに、こんな事するのは今回だけだからな!」

「結界魔術のチェックも兼ねてるんだよ。不審者が転移魔術でお姫様のところに来たら困るだろ? この部屋、結構色々な防犯系の魔術が張ってあるんだけど、突貫工事だったせいで不具合が多いみたいだからねー。簡単すぎるせいで不具合が起きやすいのが魔法陣派の悲しいところだよ。ねえ、ベストル?」

「うるせぇ黙れ。その代わり、魔法陣は手が加えやすいから応用が効くんだよ! 汎用性の欠片もねぇ術式派にはわからねぇだろうけどな!」

「こんなところで喧嘩すんじゃねぇよ。で、結果は?」

「合格。僕しか通れなかったしね。帰るときはちゃんとドアから出て行くし、その時には僕でも通れないように結界を直しておくから見逃してくれないかな?」


 だが、アリカをはじめとした侍女達は彼らの事を特に忌避観なく受け入れていて、それどころか侍女の中には黄色い声を上げている者までいる。彼女達ににこやかな笑みを返して手を振り、ルルクと呼ばれた青年はエバに近づいた。ベストルと呼ばれていた青年はエバに軽く頭を下げるが、彼はエバに用事はないらしく部屋の隅に行って何かをしようとしている。


「はじめまして。僕は宮廷魔術師のルルク・メスティア・ストレディス……まあ、ミリリの弟って言ったほうがわかりやすいかな。僕はお姫様付きの側近になるわけじゃないけど、これから何かとかかわる事になるだろうから姉さんともどもよろしくね」

「エバ・アンスです。よろしくお願いいたします」


 ミリリの弟だと言われて見ればルルクの髪色や目の色は彼女と同じだし、顔立ちにも彼女の面影がわずかにある気はするが、あまり似ているようには感じられない。ミリリが愛想よく笑うか、ルルクが仏頂面になればもっと姉弟らしくなるのだろうか。


「エバさんはお姫様との付き合いは長いよね? お姫様の私物も大体わかるかな?」

「もちろんでございます」

「それはよかった。……アリカ、ちょっとここに色々出していい?」

「別にいいけどよ、ちゃんと片付けてくれよ?」


 それだけ言って、アリカはさっさと自分の仕事に戻る。それにしても、嫁入り道具は運ばれたもので全部だったはずだ。そもそも今エバ達がやっていたのが嫁入り道具の荷ほどきだったというのに、ルルクはこれから何をさせようとしているのだろう。エバはいぶかしく思いながらルルクを見つめた。


「《空間連結》《接続:五十五番目の物置》《名称:お姫様への贈り物(いやがらせ)》《解放》……で、えーと……《整列》」


 ルルクは床を指さして何かを唱える。その瞬間、アーニャの嫁入り道具として用意した品々がずらりと並んだ状態で現れた。まだ荷ほどきの途中だったために見当たらなくても大して気にしていなかったのだが、まさかこれらはルルクが保管していたのだろうか。それなら荷物の中にないはずだ。だが、さすがにその行為は見過ごせない。


「貴方、これをどうやって……!」

「おっと、それは知らないほうがいいと思うよ? クラウディスの名誉のためにも、ね」

「……ッ」


 ルルクは悪戯っぽく微笑むが、紫の瞳は欠片も笑っていない。その迫力に飲まれ、エバは思わず口をつぐんでしまった。その一瞬の隙を見逃さず、ルルクは話を進める。


「この中にお姫様が大切にしてた物はある? そうでないものはこっちで処分したいんだけど、構わないかな?」

「……理由をおうかがいしても?」

「言いにくい事だけど、ここにあるものは全部()()()()()()()んだ。大事な物ならきちんと処理してから返すけど、大して思い入れがないものなら捨てちゃったほうが楽だろう?」


 花嫁が国から持ってきた品々を着いて早々勝手に捨てようとするとは何事か。だが、ルルクの言っている事の意味が読み取れないエバではなかった。

 エバはもともとアーニャの母である第三王妃ネルに仕えていた侍女で、アーニャの事は赤子の頃から知っている。アーニャが今まで受けていた嫌がらせの数々も、とても一国の王女に対するものだとは思えないアーニャへの待遇も、すべてエバは傍で見ていたのだ。何もできない無力な自分に唇を噛んで強く拳を握ったのは一度や二度ではない。そんな彼女は経験則からルルクの言葉に隠された真の意味をたやすく読み取った。


(他国に嫁いでまで、国の方々は姫様を冷遇しようというのですか……!?)


 事を荒立てようとはせず、しかししっかりと対応するアライベル側には頭が下がる思いだ。それに比べてクラウディスの人間は一体何を考えているのだろう。嫁入り道具に細工をするなど、花嫁の恥となるだけではなく自国の品性さえも下げる行いだというのに。


「……わかりました。では、そのようにお願いいたします」

「仕分けるときは気をつけてね。なるべく素手で触らないように、いらないものだけ脇に避けておいてくれれば後は僕がやっておくから」


 エバは深々と頭を下げ、ルルクが出した品々の選別を始める。ルルクとベストルは部屋のあちこちを検分し、「魔法陣はよくわかんないなー」「あっちいってろ、作業の邪魔だ!」と言い合いながらごそごそと何かをやっていた。その間にもエバ以外の侍女達は荷ほどきを進める。

 そうしているうちに、アーニャとともにディウルスの元に向かったはずのリアレアとミリリが帰ってきた。だが、ウィザーとアーニャの姿はない。


「あら? ルルク、ここで何をしているの?」

「仕事中」


 ミリリの疑問にルルクはそっけない一言を返す。しかしそれで納得できたのか、ミリリはそれ以上何も言わなかった。


「お姫様は?」

「お話中」

「……陛下がお二人でお話をしたいとおっしゃられたので、わたくし達は席を外したのです」


 ルルクの質問に対するミリリの返事は彼と同じく簡潔なものだった。さすがにそれでは言葉足らずだろうと思ったのか、ミリリの横でリアレアがもう少し詳しく事情を話す。もっともルルクはミリリの言葉ですべてを察していたらしく、リアレアの話は主にエバに向けられていたが。


「二人っきりか……なんにもねぇといいんだけどな。陛下がアーニャ様の地雷を踏んでたらどうするよ」

「その時はその時ですわ。陛下とのお話はアーニャ様も希望なさっていましたし、わたくし達では止める事などできませんもの」

「あー……うん、そりゃ仕方ねぇな。陛下が余計な事を言っちまわねぇように祈るしかねぇや」


 リアレアはアリカと困ったように顔を見合わせながら衣装部屋に消える。嫁入り道具の仕分けを続けながら、エバはミリリに疑問をぶつけた。


「すみませんが、ウィザーはどちらにいるのでしょう?」

「ウィザーならレイディズ……私の副官が宮殿の中を案内しているわ。貴方も後でアリカに案内してもらわないとね」

「そうだな。じゃあその作業が終わったら、あたしと一緒に来てくれよ」

「かしこまりました」


 その時、衣装部屋から悲鳴じみた叫びが聞こえた。リアレアだ。同種の戸惑いは衣装箱を開けた侍女達にも訪れていた事なので、エバとしては身を縮こまらせる事しかできない。 


「あー……言い忘れてたなぁ……。リアレア、そのうちイーゼを呼んでおいてよ。これから何かと物入りだろうしさ」


 衣装部屋のドアを開け、ルルクが苦笑交じりに告げる。呼ばれた名前は商人か何かだろうか。言われなくてもそのつもりです、とわずかに怒気を孕んだ声が聞こえてきた。

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