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黙って笑え。それ以外は望まない 作者:ほねのあるくらげ

 

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望まれない王女

 産声が響く。寝台に横たわった女は荒い息を繰り返しながら天井を見つめていた。

「ネル様、おめでとうございます!」

 侍女が駆け寄る。その背後には赤子を抱いた医者がいた。女は目だけぎょろりと動かし、鋭い声で尋ねる。

「男よね?」
「……ッ!」

 侍女は言葉を詰まらせ、救いを求めるように年老いた医師へ視線を向ける。医師は思わず目を伏せたが、それでも震える声を紡いだ。

「妃殿下、恐れながら申し上げます。お生まれになったのは、大変元気な……女の子でございます」
「なん……ですって……?」

 女は目を見開く。誕生したのは第四王女、それはにわかには受け入れがたい宣告だった。
 どうして。誰もがお腹の子は男だと言ったのに。その言葉を信じていたのに。まさか女が産まれるなんて。
 頼りにしていた魔術師達や医師達が途端に胡散臭いものへと姿を変える。もう何も信じられない。縋るもののなくなった女は、ただ怒りに染まった目を医師の腕に収まった小さな塊へと向けていた。
 ああ、忌まわしい。元気な男児を……第三王子を産むはずだったのに。王子さえ産めば、王妃としての立場がようやく盤石なものになる。ほかの王妃が産んだ二人の王子達を亡き者にする事などたやすい。王子達がいなくなれば、きっと自分の子が王になれる。そして自分は王母としてゆるぎない権力を振るえるようになる――――そんな未来を思い描いていたというのに。

「……なさい」
「はい?」
「殺しなさいっ! 王女などいらないわ! ……何を呆けているの、さっさと首でもひねって今すぐその耳障りな泣き声を止めなさいよぉっ!」

 血走った目でそう叫ぶ女の気迫に飲まれ、医師は一歩後ずさった。侍女もかたかたと震えているが、それでも気丈に女の視線を遮った。

「おっ……おやめください、ネル様! お身体に障りますっ!」
「エバ……! 下級、貴族のっ、行き遅れの……あなた、ごときがぁっ……! 第三王妃の、このわたくしに……意見、するなどっ……」

 女は侍女を振り払おうとするが、その動作は弱々しい。憎悪に満ちた言葉を吐いてはいても、すでに彼女の体力は限界なのだ。
 侍女もそれを理解しているからこそ、必死に女をなだめる。彼女に何かあってはいけない。たとえ彼女がどんな人物であろうと、自分の主人である事に変わりはないのだから。

「……顔を、見せなさい。どうするかは……それから決めても、遅くないわ……」

 やがて暴れるのをやめ、女は静かに呟いた。しかしその目はらんらんと輝いている。宿っているのは明確な殺意だ。きっと医師が赤子を彼女に近づけたなら、その瞬間彼女は我が子を(くび)り殺すのだろう。それほどまでに、彼女にとって娘という存在は疎ましいものなのだから。
 だから医師は侍女に目配せをした。侍女も小さく頷き、女をしっかりと抑え込む。間違っても女の腕が届かないように注意を払いながら、医師は生まれたばかりの子供を母親に示した。

「……お気を確かに、妃殿下」

 赤子は泣きじゃくっていた。ふっくらとした赤い頬には透明な雫が伝っている。そしてその、涙で潤んだ瞳の色は――――

「ああ、あああぁぁぁっ……!」

 女は顔色を変えた。その目に映るのは怒りでも、殺意でもない。絶望と恐怖だけがそこにあった。

「呪い、なの……!? これが、あの女の……? それなら……本当に、あの女は……!」

 生まれたばかりの幼子の、父にあたる男の目は宵闇の色だ。娘はその色を受け継いでいた。けれどそれは右目だけの話で。左目の色は、両親のどちらにも似ていない金色だった。
 右の瞳を夜とするなら、まばゆく輝く左の瞳はさながら月だ。その双眸は美しいが、それ以上に禍々しい。左右で異なる目の色の子供が産まれるなど異例の事態なのだから――――しかも、よりによって黄金の瞳だなんて。

「産まれたそうだな」

 看護師に連れられてやってきた王は、寝台の上の()()()の妻に目をやった。すっかり青ざめた女はかちかちと歯を鳴らす。誰もが知っていた。黄金色の瞳が意味するものを。

「へい……か……?」

 なんと取り繕えばいいのだろう。王子を産めなかったどころか、呪われた王女を産み落としてしまった。このままでは母娘ともども城を追い出されてしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければ。

「ほう、女か。よくやった、ネル」
「……え?」

 霞む視界の中で必死に思考を巡らせていた女の動きが止まる。よくやった? 一体何を? 

「これ以上王子はいらないからな。世継ぎとその予備、この二人だけで十分だ。三人目など無駄な争いの元だろう。その点王女なら使い道が多いから、何人いても困る事はない」

 王は笑った。その場の誰もが背筋を凍らせる中、彼だけが悠然と佇んでいる。
 侍女は心の中で呟いた――――この男は、本当に赤い血が流れているのだろうか。

「どれ、顔をよく見せてみろ。……ん? これは……」

 我が子の異変に気づいた王はわずかに顔をしかめる。しかしそれはほんの一瞬の事で、渋い顔はすぐに歪んだ愉悦に塗り替えられた。

「くっ、はははははは! 面白い、面白いぞサリエッタ! 死してなお、その力は我らを蝕むか! ならば私はその力に敬意を表し、お前がかけた呪いを信じてやろう!」

 王は狂ったように笑い、王女は狂ったように泣く。幽鬼のように青白い顔をした第三王妃は、わななきながら王の言葉に耳を塞いだ。

「あの魔女の名を、口にしないでくださいませっ……! お願いです、お願いですから! どうか王の名において、この不吉な子を、生まれてこなかった事にしてください、陛下ぁ……」
「いいや。サリエッタはおのが命をもってして、自らが魔女だと示して見せた。ならば次は私達がそれを信じる番だろう? そもそも、はじめにあの女を魔女として糾弾したのはお前ではないか」
「そ、それは……!」

 女は言葉に詰まった。以前ついた嘘が重くのしかかる。そう、その嘘があったから、娘を産みたくなかったのに。娘を産む事が怖かったのに。男を産むしか、道はなかったのに。
 かつて彼女は罪を犯した。仕えていた女主人を裏切り、その夫と不貞を働き、そして嘘をついて女主人を死に追いやり、自分がその後釜に座った。
 女主人――――王の三番目の妃はその死の間際、自分を裏切った夫と彼の子を身ごもった女に向けて呪いの言葉を吐き捨てた。たとえこの身が朽ちてもいずれ必ずお前達の前に現れて、永遠に苦しめてやると。生まれてくる子が娘なら、その魂には私が宿る。王女の死は国の滅びを意味するだろう。呪われた王女を前にして、私を陥れた罪を悔いるがいい――そう言って嗤った彼女の、怒りと屈辱に燃える瞳の色は黄金だった。

「――この娘は、反逆の魔女サリエッタの愛し子だ。生まれながらにして魔女に取り憑かれ、破滅を呼ぶ呪いにかかった娘だ。決して死なせず、最低限の環境だけ与えて育てるがいい。名前は……そうだな。巡る因果の娘(アスタニア)からとって、アーニャとでもしておけ」

 それだけ言って王は部屋を後にする。残された女は、泣き止まない赤子に恨みがましい視線を向けていた。

 * * * * *

 望まれなかった第四王女の誕生から十七年の月日が過ぎ、不気味な赤子はぞっとするほど美しい少女になっていた。
 しかし城中のほとんどの者は彼女を愛そうとしない。どれほど見目麗しくても、中身は恐ろしい魔女の魂を宿した化け物なのだ。好意的な感情など抱けるはずがなかった。
 何も喋るな。楽しそうに笑うな。その呪われた姿を見せるな。気味が悪い。周囲からそう言われ続けて育った王女は、次第にその心を閉ざしていく。
 王女が産まれてからの王の治世は、あまり幸福な時代だとは言えなかった。干ばつ、飢饉、嵐、反乱。ありとあらゆる厄災が国を襲った。王族や有力貴族達も何度も暗殺の憂き目にあったし、彼女の母であった第三王妃も不審死を遂げた。誰もが第四王女の呪いのせいだと囁き、不吉な金の瞳を恐れていた。
 彼女は父王にとっても忌まわしい存在だった。どれほど強気に振る舞ったところで、彼もしょせんは人の子なのだから。
 たとえ相手が抗えない強大な力であろうとも、王たる者は人前で怯えてはいけない。そう自らを律するも本能的な恐怖は抑えきれず、それを隠すために冷徹で計算高い王を演じるものの、本質的な部分は変えられなかった。そう、王もかつて自分が裏切った前妻の呪いに恐れをなしていたのだ。
 王女が年ごろの娘になったとき、宮廷魔術師達や神官達はようやく第四王女の呪いを無効化する方法を見つけた。呪いは国内だけのもので、国さえ出れば無効化できる、と。
 王はそれを信じた。それが真実だろうか偽りだろうがどうでもよかった。それしか縋れるものがなかったし、もう王女の顔を見たくなかったからだ。
 魔女を思い出させる黄金の瞳を持った、不吉な呪いを体現する娘。彼女を手元に置きたくはない。だから王は考えた――――すべて他国に押しつけてしまおうと。
 第四王女を死なせるわけにはいかない。彼女が死ねば国が滅ぶ。もちろんそれを知るのは王とごく一部の者だけだ。彼女が王女である限り公に命を狙われる事はないし、この国を滅ぼそうとして第四王女の命を狙う者もいないだろう。嫁入り先で死ぬような目に遭ってしまえば意味がないが、同盟の証という形で嫁がせれば相手国が神経質なまでに守ってくれるはずだ。
 それに、魔術師達や神官達の言葉が真実なら、第四王女が他国で死のうがこの国に呪いが及ぶ事はない。まさにいい事づくめだった。

「愛し合う者達を引き裂くのは忍びないと、我が王は申しています。……特別に想う相手のいらっしゃらない王女であれば、どのようなかたでも構いません」

 円卓の向こうにいる青年の言葉を聞き、王は心の中でほくそ笑んだ。なんと甘いのだろう。公に認められない関係など、引き裂かれて当然だというのに。だが、今はその甘さに救われた。
 これで体よくあの呪われた娘を送り出せる。文句など言わせはしない。相手さえいなければ誰でもいいと、向こうから言ってきたのだから。
 おそらくこの青年は、自分の失言にも気づいていないだろう。これが別の国の老獪な古狸なら、逆にこちらが言質を取られていたかもしれない。うまく言質を取れてよかった。

「ちょうどいい娘がいる。第四王女のアーニャだ。今年十七歳になる末娘で、ディウルス殿と年周りもちょうどいい。アーニャならば、必ずや期待に添えられる事だろう」
「……第四王女殿下、ですか」

 血を思わせるような赤黒い瞳を細め、青年は静かに口角を吊り上げた。その瞬間、王は不安に襲われる――――何故、この男はこうも勝ち誇ったように笑っている?
 彼は異国からやってきた使者で、祖国では宰相補佐官を務めているという。しかしその宰相というのはそもそも彼の父親であり、しょせんは親の威光で地位を手に入れた若造だ……そう侮っていたのは失敗だったのかもしれない。そうではなく、若くして宰相補佐官の地位を戴くほどの敏腕だと気を抜かずに接するべきだったのだろうか。

「……」

 青年は、自分の背後に控えていた護衛である女騎士に意味ありげな目配せをする。赤みがかかった金髪の女騎士が小さく頷くと、青年はすぐに向き直った。

「それでは、我らがアライベル国王ディウルスとクラウディス王国王女アーニャ様の婚姻をもって、同盟の締結といたしましょう。婚約中の今はまだ、同盟は仮初のものという事でよろしいですね?」

 何かあるのか。自分の知らない、何かが。まさかあの呪われた娘を手中にする事こそ、彼らの本当の狙いだったのか。
 いや、そんなはずはない。何故なら伝えていないからだ。彼の国とこの国は今までほとんど交易がなかった。自分が国王ディウルスとやらの顔を知らないように、相手も娘の顔を知らない。生まれつきの呪いの事も、左右で色の異なる目の事も、この青年が知っているはずがないのだ。
 そう恐々とする王を嘲るように、異国の青年は平然と今後の予定を並べ立てる。モノクルの奥の右目は禍々しく歪んでいた。その目に魅入られた王は魂を吸い取られたかのように黙って頷く事しかできない。

「……そうだ。バルトロイ国王、最後に一つだけよろしいですか?」
「あ、ああ」

 娘はたったひと月でかの国に向かい、半年間の婚約期間の時点からそちらで過ごすという。短すぎる準備期間。早すぎる婚約期間。まるで結婚を()いているような、慌ただしい日程に嫌な予感が増幅しているというのに、まだ何か言いたい事があるとは。

「我々は、クラウディスからやってくる王妃を歓迎します――たとえ貴方達にとっては厄介払いに過ぎないとしても、ね」

 身体中の血が凍った。呆然とする王に、嘲笑を浮かべる青年。すべてを見透かす血の瞳は、まるで悪魔の(まなこ)のようで。
 ――――クラウディス王国王バルトロイ。呪われた娘アーニャを異国に嫁がせる事が吉と出るか凶と出るか、この時の彼にはまだわからない。
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