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パパと娘の魔導奇譚  作者: nico
魔導奇譚の始まり
8/16

008

「ユーリがいない!?」


 それに気が付いたのはユーリが猫に釣られて店を出ていってしまってから30分程経ってからであった。

 いつからいなくなってしまったのか二人には正確な時間を知る術は無かったが、ユーリの姿を最後に見たのが議論を始める少し前だったことから、それ以降である――という情報は得ていた。

 それを得たからと言っていなくなってしまった事実が消えることは無いのだが。

 二人で言い争っていても(らち)があかないという事で、ユーリに意見を求めようとした時にユーリが傍にいない事に気が付いた。

 少なくとも店内にはいるだろうと二人はユーリの姿を探したが、どこを探してもユーリは見つからなかったのであった。ユーリ失踪の事実に気が付いた時の二人の顔色はまさに蒼白であった。


「と、とにかく探そう! ここにいないのなら外だ」

「う、うん!」


 慌てて店外に出るが、この店は大通りに面している為人通りが多い。パッと見渡しただけではユーリがいるのかどうか判断がまるでつかなかった。

 ユーリと同じくらいの視線になるまでしゃがんで見てみるが、道行く人たちの足が見えるだけであった。


「どうしようどうしよう……。私の所為だ……。私がユーリちゃんから目を離しちゃったから……」

「お、落ち着こう。とにかく今はユーリの身の安全を確保するのが最優先だ。反省するのは後からだって出来る!」


 ユーリが消えた原因が分からない二人の脳裏に真っ先に浮かんだのは『災禍の魔女』マリス・ディザスターの存在であった。

 アレンが言うにはマリスは復活を目論んでおり、どのような手を使ってでも己が器としてのユーリを奪いに来ると予想されているのだ。ユーリをその脅威から守る為に二人はこの一週間警戒を続けてきたというのに、つまらない言い争いの隙を突かれてユーリを奪われたとなったら、笑い話にもならない。

 ユーリ失踪がマリスの仕業かの断定は出来ないが、二人がそう思ってしまうのは自然なことであった。


「今は――15時前か……。日が暮れる前には何とか見つけ出したいな。暗くなると死角がどんどん増える」

「そうだね。とりあえず、二手に分かれて探しましょう。1時間後、ユーリちゃんが見つかっても見つからなくても一旦この場所に集合って事にしよう」


 二人は頷きあうと、二手に分かれて捜索に走る。

 この街は広い。あらゆる可能性を考えて捜索しなければユーリの存在を見落とす可能性が十分にあるのだ。ユーリの好きそうな小物店から食べ物屋、はたまた近くの店のトイレからごみ箱の中まで、すぐに考え付くような場所を探していく。

 焦りと緊張が高まっている二人の視野が狭まっているという事もあり、見つからないままあっという間に時間だけが過ぎていく。

 最初の1時間が過ぎ、ユーリがいなくなった店の前に集合するも、二人の近くにはユーリの姿は無い。

 更に捜索範囲を広めて再度二手に分かれる事になった。

 道行く人にユーリの特徴を伝えて聞き込みをするも、それらしい子供を見かけたという情報は得られない。いよいよ背後にマリス・ディザスターの気配を感じ始める二人であったが、それを確認する術すらないのだ。


「クソっ! ユーリ、どこにいるんだ」


 無事を祈りつつ探すしかないが、時間はどんな時も平等に、そして無慈悲に流れていくものである。

 少しずつではあるが、夜が近づいてきていた。



 小さなその体を目一杯動かして、純金で出来ているような綺麗な髪を持つ少女は猫を追跡していた。

 その少女――ユーリは両親が店内で熱い議論を交わしている間に人生初の冒険に出かけている真っ最中なのであった。

 店外へ出たユーリをまず待ち構えていたのは人の波。ユーリが後を追う猫はその波の合間を手慣れた様子でスルスルと流れるようにすり抜けていく。

 ユーリも猫の行動を見よう見まねでやってみるが、横に流れていく人の波を縦に抜けようとしているのだ。上手くはいかずに何人もの人とぶつかってしまう。

 だが猫を追う事に夢中なユーリはそんなこと気にも留めず、流れを押しのけるくらいの勢いで進んでいき、視界から猫を外すことなくその場所を突破することに成功した。

 猫は後を追いかけてくる小さい人間が煩わしいのか、後ろを一瞥(いちべつ)すると、すたすたとペースを上げて歩いて行ってしまった。


「待ってよ猫ちゃーん」


 どうしても猫と遊びたいユーリは、必死でその後を追う。

 そこから先はまさに冒険であった。猫の通る道は人が通るようには出来ていない。建物と建物の隙間であったり、積み上げられたガラクタの上であったり、はたまた塀の上であったりと、とにかく普通の道ではない。しかし、大人の体躯であったならば通れないような細い隙間も、ユーリくらい子供の体躯であれば少し無理をすれば通ることが出来る。

 そして何より、ユーリの身体能力は意外にも高く、あらゆる障害物を何とか攻略出来てしまっていたのだ。結果としてそれが原因で元の場所から随分と遠くまで来てしまったのだが、ユーリにはまだその自覚が無かった。

 いつまでもついてくる人間に対し、猫もだんだん諦めてきたのだろうか、後ろを良く振り向くようになっていた。


「ここまで俺についてこられてた人間は初めてだぜ。しょうがねぇな。最後の難関を越えられたら、諦めてお前さんに撫でられてやるよ。だが、野良猫としての矜持だけは譲れねぇ。最難関を用意させて貰うぜ」


 とでも言いたげに、猫は小さな細い裏路地へ入っていく。

 それを追いかけていくユーリの目の前に現れたのは、ユーリの身長の三倍はあろうかと思われるフェンスであった。

 猫はそのフェンスの下に空いている小さな穴を潜り抜け、その先で振り向いてユーリの動きを観察するように見ていた。

 流石にその穴は猫が一匹通るのが精いっぱいという程小さな穴であり、とてもユーリが潜れるようなサイズではなかった。自然、ここを通り抜けるにはこのフェンスの上を越えていくしかない。

 建物と建物の間に挟まれている為、他の場所からここを通り抜けるという事も出来そうに無い。

 それを確認したユーリは、意を決してフェンスをよじ登り始める。

 だんだん高くなる視界に少しの恐怖心が芽生え始めたが、それを上回る冒険心がユーリの体を突き動かしていた。大人からしたら大した高さでもないフェンスだが、ユーリからすれば十分脅威的な高さである。それを見ている者がいれば即座に止めに入るような危ない事をしているが、この場所に人気は無い。

 裏路地の更に奥といったような場所であった。


 どうにかフェンスの頂上まで登ったユーリであったが、次は降りるという作業が待っている。

 飛び降りるにはあまりに高く、それは決行不可であった。視覚的恐怖に少し身震いしたが、ここまで来て諦めるという選択肢は最早ユーリには無い。

 戻るにしろ進むにしろどの道降りなければいけないならば、進むことを選ぶのは当然と言えば当然であった。

 慎重に、ゆっくりと足をフェンスに引っかけながら降りていく。猫はその様子を逃げることなく見ていた。猫が逃げていかないことを確認したユーリは、俄然やる気を出し、どうにかこの難関を突破することに成功したのであった。


「やった! 出来た!」


 ユーリがフェンスを越えられた達成感に浸っていると、一つため息をついた(ように見えた)猫が、ユーリの元へと歩いてきた。

 そしてその足元へ座る。


「はん。人間にしちゃなかなか根性のある奴だな。しかたねぇ。猫に二言はねぇんだ。約束は守るぜ。ほら、好きなだけ撫で撫でしやがれってんだ」


 と言った(かのようにも見えた)猫は、座っていた体勢からゴロンと寝転がり、お腹を見せた。


「うわぁ。猫ちゃん触らせてくれるの?」


 お腹を優しく撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうにしている。

 ユーリはひとしきり猫の毛並みを楽しむと、目的を達成したからであろう。火の着いた興奮から少し醒めてきた。

 そして冷静になってきた所で、周囲を見渡してみる。

 だが、そこがどこなのかすでに自分には分からず、どうやって帰っていいのかも分からないような状態に陥っている事にようやく気が付いた。


「パパ? ママ? ここ、どこ?」


 路地裏が暗いということもあって分かりにくいであろうが、ユーリにもまた、夜が近づいてきていた。



 その部屋に集まっていたのは三人の男であった。

 暗闇に紛れるようにして、出来るだけ気配を消すようにしている。

 部屋とは言っても、そこはとても部屋とは呼べるような環境ではなかった。窓ガラスは割れて床に散らばっているし、壁は所々剥がれてボロボロになっている。空き瓶やごみもそこら中に転がっている。

 端的に言えばここは廃墟であった。

 この辺り一帯は、先の『災禍大戦』によって損害を受けた区域であり、住宅が密集しているということもあって取り壊しがなかなか進んでいない廃墟群であった。

 有用な活用の検討はされているが、他にも優先して修繕しなければいけない地区もまだ多く残っており、手つかずになっている。

 そんな場所だからこそ、このように誰にも見つかりたくない者が集まってしまうのだ。


 その三人は同じような仮面を着けている。特徴のないのっぺりとした黒い仮面であり、素顔は全く分からないようになっている。

 その中の一人は、少し興奮したような声で他の二人に話しかける。


「俺、こういうの初めてなんだよな。へへへ。なんか緊張してきた」


 その男は少々落ち着かない様子でそわそわしている。

 そんな様子を見たもう一人の男も、同じような心境を吐露する。


「俺もだ。話には聞いてたけど、実際に立ち会うとなると緊張するぜ」


 これから行われることに対して浮足立つ二人に対し、朽ちてボロボロになったソファに腰かけていた三人の中で最も余裕のありそうな男が釘を刺すように口を開く。


「おい、お前らが連れて行けとしつこいから特別に連れてきたんだ。ヘタ打って邪魔するのだけは止めろよ? これは俺の将来も掛かってんだ。当然、お前達のもだがな」


 その言葉を聞いて、そわそわしていた二人は姿勢を少し正す。

 遊びではないのだ。これから行われることは、こんな場所で行わなければいけない程機密性の高いもの。それを考えれば浮足立っている場合ではない。それを思い出させるような一言であった。

 この三人組のリーダー格は間違いなくソファに座っている男であった。

 態度からも風格からも、他の二人とは違うものを持っているのは傍から見ても容易に判別がつくであろう。それは仮面を着けていても分かる。


「お、おう……。分かってるって。足を引っ張るような真似だけはしねぇよ。ヤバイ事してるってのは俺たちも分かってんだ」

「分かってるんならそれでいい。とにかく余計なことはするなよ? 俺の見立てだと、今から来る奴は相当ヤバイ道歩んできてる。まだ数回会っただけだが、飄々(ひょうひょう)としているようでまるで隙を見せねぇ」

「お前がそこまで言うなんてな……」


 リーダー格の男の言葉に息を飲む。好奇心でここまで来てしまった事に少しだけ後悔の念を感じ始めてきたが、もう現場まで来てしまっているのだ。後には引けない事は重々承知の上であった。

 そしてその会話からしばらく経った時、その廃墟の部屋のドアが静かに空いた。

 リーダー格の男以外に緊張が走る。

 三人が視線をやった先にいたのは、全身黒ずくめの格好をして帽子を目深に被っている男であった。

 薄暗い部屋の中では相手の表情はまるで読み取れない。こちらは顔全体をすべて覆う仮面をしているにもかかわらず、その男の表情の方が読み取りにくいと感じてしまう程、不気味な男であった。


「おやおや? 本日はご友人もご一緒ですか? お初にお目にかかります。(わたくし)、そちらの方に贔屓にしてもらっております単なるブローカーでございます。以後、お見知りおきを」


 両手を上げるようにしてオーバーなリアクションを取るその男の態度からは余裕が窺える。その様子を見ただけでもリーダー格の男を除く二人は、こいつが相当ヤバイ人間だという事を察知した。

 仮面をしており、部屋も薄暗い。三人の中で誰が誰なのかなど見分けるのは容易ではないはずなのに、それを一瞬で真ん中の男が知り合いだという事を看破したのだ。

 経験値が違うと悟った。


「すまんな大所帯で。本来なら俺とあんただけの取引なんだが、こいつらがどうしても現場に来たいとせがんでくるもんでな。許してくれ」

「いえいえ、お気になさらず。こちらとしては一向に構いませんよ。ただ、現場では何が起こるか分かりませんので、今後このような事がある場合は何が起きても自己責任である――というお心構えだけはして来てくださいね?」


 脅すようなことを言って申し訳ありません――そう言ってペコリと頭を下げる。

 その様子を見ただけでたじろいでしまう程、この男と現場の空気に圧倒されそうになる。


「わ、分かった。邪魔だけはしないように俺たちは大人しくしてるよ。な?」

「あ、ああ」

「そうですか? まあ、こちらとしては取引さえ出来れば何人いらっしゃっても問題は無いので」


 異様な空気が支配するこの空間で、怪しい取引は進んでいく。

 それが良くないものであるのは明白であった。だからこそこのような場所なのだ。人が絶対に来ない、来る用事もないような場所。

 そう考えているからこそ、こうして取引を行っているのだ。

 そう――普段は人気が無い場所であったからこそ。


 ガタン!


 という音が部屋に響いた。

 その音に慌てて振り向く中にいた男たち。

 視線の先にいたのは、年端もいかない女の子であった。


 その女の子の髪は純金で出来ているかのような、綺麗な色をしていた。

少しずつ読んでくださる人が増えている事が嬉しい。

励みになりますね。

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