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パパと娘の魔導奇譚  作者: nico
魔導奇譚の始まり
7/16

007

 平日におけるユーリの居場所をどうするかという問題を、リルナに怒られたその日の内に決める事にした。

 センリの家にやってきたリルナと共に考え、とりあえずあの古い図書室が良いだろうという結論に至った。人の出入りが殆ど無く、あったとしても見回りの教師が戸締まりの確認に来るだけで、中を隈なく観察するということは無いのが実態である。

 加えてあの図書室には書庫が併設されており、隠れる為のペースには事欠かない。


 朝一番、教師すら出勤していない時間帯に学園へ行き、ユーリを図書室へ隠す。当然、結界魔法を張るのは忘れない。


 ユーリのご飯はリルナが弁当を用意することになった。

 何故ユーリの認識がそうなったのかは分からないが、それでもママと呼ばれて懐いてくれるのがこれ以上ないくらいに嬉しいらしく、異様に張り切っていた。


 問題は下校時であったが、殆どの生徒が帰るのを待ち、ユーリに『隠密魔法・スニーク』を掛けて存在感を掻き消した上でセンリとリルナが壁を作るようにしてユーリを隠しながら、門をくぐった。


 当のユーリはというと、近くに自分の両親がいるという事で特に問題なく、安心して図書室で過ごす事が出来ているようであった。

 元々半日ほどではあるが一人で留守番した経験もあるのだ(しかも洗濯と食器洗いまでこなしていた)。そこは心配していなかった。


 現状のままで良いとは思わないが、とりあえずしばらくはこの生活を続けるしかない。


 そんなこんなでようやく休日である。

 登校するのも下校するのも、毎日が緊張の連続であり、ここはゆっくりと休みたい所だが、そうはいかないのであった。

 何故なら本日は、リルナの発案で買い物に行くことになったのだから。


「ユーリちゃんの私物が全然ないでしょ? 服とか下着とか靴とか鞄とか。とりあえず必要な物を買いに行かなきゃ」


 そういう話になり、本日は三人で買い物に繰り出しているという訳だ。

 この一週間の生活では、センリやリルナの服の袖を切ったり、丈を短くしたものをユーリに着せていた。下着はリルナが買ってきてはいたが、それでも多いとは言えない。だから本日は生活必需品をメインに買い物をするのである。何といってもユーリの私物と言えば最初に着ていた赤いワンピースのみなのだから。


 休日という事もあって人通りは多いが、その分人ごみに紛れてしまえばセンリ達も動きやすくはなるだろう。更に知り合いに会う確率を下げるため、グリフォルス魔法学園から随分と離れた商店街へと足を運んでいる。

 このグリフォルス魔法学園がある街『ルカセオ』は、メイフォラ大陸の南方にある街であり、大陸の中でもトップ3に入る大きさを誇っている。それ故に店も多く、選択肢も多い。

 年間を通して気候が良いのも特徴であり、それがこの街を発展させた一つの要因でもあった。


「えっへへー。パパとママとお出かけー」


 ユーリは朝から非常にご機嫌であった。

 それもそうである。平日の間は毎日同じ部屋に、言い方は悪いが一日中閉じ込められているようなものなのだ。暇つぶしに落書き帳や絵本などは置いてあるが、それも毎日となれば飽きてくるだろう。

 ユーリの身を守る為とはいえ、ユーリにも知らず知らずの内にストレスが掛かってしまっているのかもしれない。だから今日は外に出て買い物が出来るという事でユーリはご機嫌なのであった。


 今はユーリを真ん中に挟んでセンリがユーリの右手、リルナが左手を繋ぐ形で歩いている。時折二人を見上げては嬉しそうに笑っている。


(……普段はそうわがままも言わないし、こういう時くらいユーリの好きなもの買ってあげるか)


 まずは必需品の買い物そっちのけで、ユーリのしたい事や食べたいものなどを聞き、徹底的にそういう店を回ることにした。

 アイスが食べたいと言えばアイスを食べ、絵本が見たいと言えば本屋へ行った。

 絶えず笑顔の花を咲かせているユーリに釣られ、センリとリルナもまたずっと笑っていた。

 何気ない日常の一コマ。センリは何だかとても幸せな気持ちになっている事に気が付いていた。自分が小さい頃経験できなかった『普通』を、今ユーリを通して経験する事が出来た。

 物心ついた時からアレンは戦地で戦っており、センリはよく親戚の家に預けられていた。別にそこで疎まれていたという訳ではない。だが、やはり小さいながらも壁のようなものを感じており、心の底から笑ったという記憶があまりない。

 今、ユーリやリルナと過ごしているこのような時間を、センリは知らずに育ってきたのだ。休日に家族と過ごすという『普通』の時間が、これほど嬉しく、そして楽しいものだと初めて知った。それが例え偽りの繋がりであったとしても、今感じているこの気持ちまで偽りであるとはセンリは思えなかった。


 昼食はリルナが弁当を作ってきていたのでそれを大きな噴水のある公園で食べた。

 外で食べるごはんに、ユーリは終始はしゃぎっぱなしである。「ママのお弁当いっつも美味しいから好き!」と、屈託のない感想に、リルナは我慢できず「可愛い可愛い可愛いぃいい!」とユーリを抱きしめて頬ずりをしていた。

 普段、普通に過ごしている時はクールな印象をリルナに対してセンリは持っているが、いざユーリの事になると暴走しがちな面があるという事を、この一週間で良く理解していた。どうやら可愛いものに目が無いようなのである。

 お昼を食べ終わった三人は、そのまま公園で少し休憩することにした。

 ユーリは今、噴水の中に入って水で遊んでいる。その様子をベンチに座りながら二人は見ていた。

 そんな時、リルナはぽつりと言葉をこぼす。


「……何だか、こういうのを幸せって言うのかな?」

「え?」

「私ね、こんな風に誰かと休日にお出かけするとか、経験が無いの。確かに私たちが生まれた時にはまだ大戦の真っただ中で、終結してからも何かとゴタゴタが続いていたけど、そういうのを差し引いても、私は家族とあまり接点が無かった。結構ね、うちって特殊な家庭だったんだ。だから今、こうしてユーリちゃんとセンリと過ごす時間がとっても楽しくて、ふとそんな事を思った」


 まあ、センリの家と比べたら私なんて大したことないけどね――と、冗談っぽくそう言うリルナ。

 その時センリは、まだ自分はリルナの事をあまり知らないという事に気が付かされた。終わったと思われていた『災禍の魔女』が絡むような大きな出来事に巻き込んでしまったのにもかかわらず、文句の一つも言わずに進んで協力してくれるこの少女の事を、まだあまり知らないのだ。


 「俺も、こういう経験はしてこなかったよ。親父は小さい頃から家にあまりいなかったし、母親に関しては顔も知らない。生きてるのか死んでるのかも聞いてないし、聞かされてない。だから親戚の家によく預けられてた。別にそれが嫌だったわけじゃないけど、どうしても本当の家族って感じがしなくてあまり馴染めなかった」

「……そう、なんだ。なんだか、そういう点では私とセンリって少し似てるのかもね。まあ、境遇はあまり似てないけど、家族との関わり方とか、そういう所が。私の家は自分で言うのもあれだけど、地元じゃ結構名のある家みたいで、代々続く――いわゆる貴族みたいなものなんだ。だから小さい頃から魔法の練習とかやらされてきたし、一通りの作法は学んできた。でも、私の姉が歴代のホーリーソング家の中でもダントツに優秀で、何をやらせても凄い成績を収めるような人だった。それが問題だったのかも」


 リルナはそう言いながら首に掛けてあるロケットペンダントを取り出す。

 それはセンリがあの日拾ったペンダントであった。それをリルナは開けて、中に入ってる写真をセンリに見せる。

 そこには幼い頃のリルナと、リルナに良く似た人物が映っていた。


「この人が私の姉なんだけど、私は優秀すぎる姉と常に比較される毎日だった。姉と同じことをやっても姉以上には出来ないし、うまくいかない。自然に、両親は姉の教育の方に力を入れるようになっていった。私がグリフォルスの中等部に入るころには、私に対する期待とか、そういうものは一切なくなっていたよ。私に対する接し方もどこか壁を感じていたし、憐れむような目で見られることもあったなぁ。だから私は家族とあまりうまくいってないんだ。血の繋がりはあるのに、それだけじゃ難しいこともいっぱいあるんだね」


 リルナにも複雑な事情というのがあるようであった。

 姉との関係は口にしなかったが、姉との写真を大切そうに持っているのには、何か思う事があるのだろうとセンリは考えていた。

 思わぬところで互いの身の上話をしてしまった。だが、良い機会にはなっただろう。これからユーリの事で協力していく上で、互いの事は知っておいた方が良い。ほんの少しだけ、センリとリルナの距離が縮まったようにも思えた。


 リルナは少し湿っぽくなってしまった空気を変えるように、センリに笑顔を向ける。


「だから、ユーリちゃんにはそういう思いをして欲しくないんだ。だって辛いからさ。家族と仲が悪いなんて。私たちといるだけであんな風に笑ってくれるのなら、私はあの笑顔を守りたいと思うよ。たとえユーリちゃんが『災禍の魔女』のクローンでも、ユーリちゃんにはそんなの関係ないもの」

「だな。俺もそう思う」


 ここでふと、センリはアレンの言っていた言葉を思い出す。

 『きっとユーリはお前に色んなものを与えてくれる筈だ』

まさにその通りだと思った。知らず知らずの内に、センリはユーリから色んなものを与えられているようであった。

 この何でもないような時間などが――まさにそう。


「よし、それじゃあ買い物の続きに行こうか」

「うん」



 三人は本来の目的であるユーリの衣料品を買いに行くことにした。

 子供服を多く取り揃えてある店を、いくつかリルナが事前にピックアップしていたので目的地へはスムーズに到着することが出来た。

 まずは下着に関してだが、センリは専門ではないので(専門だったらヤバイ)リルナに一任することになった。

 ユーリの好みを聞きつつ、よさそうなものを選んでいくが、そこはやっぱり女の子。ユーリに似合いそうなものがあると次々と目が移っていくようで「これも可愛い。あ、こっちも。これとこれも! あー、ユーリちゃんに似合うものが多過ぎて困る!」と言いつつも、顔は嬉しそうであった。

 センリは下着に関しては口出しできないので、その様子を店の外から眺めていた。


 結構な時間を使ったが、良いものがたくさん買えたとリルナは非常にご満悦な様子であった。

 それから靴下を選んだり、靴を選んだりした後に、メインである服を選んでいく事になった。


 しかしここで一つの問題が発生したのだ。

 それは――


「ユーリちゃんにはこっちの服の方が似合うって! センリが選んだのはちょっと幼すぎ!」

「いーや、こっちだって! このくらいの感じでちょうどいいと思う!」


 ユーリに自分の着て欲しいものをそれぞれ選んでみたのだが、如何せん感性が互いに違うのでバトルが勃発してしまったのだ。

 一度にたくさん買い過ぎてもダメなので、採用枠には限りがあるのだ。それ故に自分の意見を通したいという親の煩悩的なものがそうさせるのか、二人の意見は平行線を辿ったままなかなか前へ進まなかった。


 だが、これがいけなかった。

 ユーリの事に夢中になって意見が対立してしまうのは良いが、その肝心のユーリ自体に意識を向けることをこの時の二人は忘れてしまっていた。

 二人が熱い議論を展開している中、ユーリは店の中を一人でうろうろと歩いていた。

 見る物すべてが珍しく、新鮮で、楽しそうに色んなものを見て回る。

 その時である。


「にゃー」


 店の外から入ってきたであろう猫をユーリは見つけた。


「あ! 猫ちゃん!」


 触ろうとして手を伸ばすが、プイっとそっぽを向いてユーリの元から離れて行ってしまう。


「待って猫ちゃん」


 その後をユーリは追いかけていく。

 子供は一つの事に夢中になると他の事は目に入らなくなってしまうものだ。この時のユーリの行動を責める事は出来ないだろう。

 普段はいう事もちゃんと聞くし、しっかりした子のイメージがセンリとリルナの中にはあるが、しっかりしていると言ってもまだ子供なのだ。

 この場合、目を離してしまった二人に落ち度があると言えた。


 猫が歩いて行った先は店の外。

 自然とユーリもまた店の外へと出て行ってしまったのである。

 その頭の中には猫と遊びたいという事以外考えられなくなってしまっていた。


 熱い議論を続ける二人は、まだその事に気付いてはいなかった。

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