004
現れたと言ってもそれはユーリのように直接触れられる訳では無かった。
何故なら現れたのはアレンを映した映像だったからだ。
どうやらユーリの胸元に付いている石が映像を出力しているようで、そこから空中に映像が映し出されている。
「う、嘘……。アレン様!?」
「親父……」
「で、でもアレン様は、前大戦でもう……」
リルナは少し言い難そうにしながらセンリを見る。
言いたいことは分かっている。それがとても言い難いことだというのも分かる。だからセンリは余計な気を遣って欲しくないと思い、リルナの言葉の続きを自らの口から発する。
「ああ。死んだはずだよ」
だからこそ二人は驚きを隠せないでいる。
センリの言う通り、『英雄』アレン・クロウリーは『災禍大戦』の最終決戦にて死亡しているのである。それは周知の事実であり、覆ることの無い現実であり、そして史実でもあった。
ここでセンリは思い至る。魔法をどのようにして使ったらそれが可能なのか分からないが、自分を呼んだ声の正体がアレンだという事に。懐かしいと感じる筈であった。実の父親の声を聞いたのは10年ぶりなのだから。
『初めに言っておくが、これはリアルタイムの映像じゃない。魔石に俺の思念を込めて作った映像だ。恐らく現実の世界では俺はもう死んでいるだろう。まあ、それ自体は良いとして』
良くは無いだろう……と思った二人だったが、この映像がリアルタイムではないと知らされたばかりなので言っても無駄だという事は分かっていたので敢えて口にすることは無かった。ほんの少しだが冷静になれたような気がする。
そんな事を知ってか知らずか、映像の中のアレンは話を続ける。
『この映像を見ているという事は、お前――もしくはお前達の前には一人の女の子がいる筈だ。いきなりの事で混乱していると思う。その子が誰なのかも分からない状況だろう。だが、俺から一つだけ願い事があるんだ。その為にセンリ、お前の前にその子を送った』
「……願い事? 親父が、俺に?」
英雄である父が落ちこぼれである自分に何を願うことがあるというのだろうか? センリは素直にそう思った。もしも父に出来ないことがあるとするのなら、それは自分にだって出来ないだろうと思う。だが、ハッキリと名指しでアレンはセンリに何かを頼もうとしているのだ。それが冗談ではないことが、映像に移るアレンの表情から分かる。
『簡潔に言おう。まずはその子が誰なのか』
ようやくユーリという少女の正体が明かされることになる。
だが、次にアレンが口にする言葉は、世界を震撼させるだけの衝撃を持っていた。
その話を聞けばこの世界に生きる者ならば誰もが耳を疑い、誰もが驚愕の表情を浮かべるであろう事が想像するに難くない程に。それ程に強烈な事実がアレンの口から飛び出したのだ。
『その子は、『災禍大戦』の首謀者であり、最強にして災厄の魔導士。たった一人で世界終焉をその手で実現させようとした――『災禍の魔女』マリス・ディザスターのクローンだ』
「「ッ!!?」」
声すら出なかった。
驚きが大き過ぎて先ほど少しだけ取り戻したと思っていた冷静さなど全て吹き飛んでしまった。
『災禍の魔女』マリス・ディザスター。
その名前を口にすることすら許されない地域がある程に、恐れられている名前。前大戦を世界に仕掛けた張本人であり、アレンが止めていなければ確実に世界を滅ぼしていたであろう程の魔導士。
そのクローンが、ユーリだと言ったのである。
衝撃が抜け切らぬ間にも、アレンの話は続く。恐らく今の話を聞いて、センリが動揺しているであろうことも分かった上で、話を続ける。
『俺はマリスとの最終決戦で、奴の最後の言葉がどうしても気になった。体も限界に来ていたが、残された時間を使って探索を行い、そしてクローン体を発見した。クローンを見つけた時に予想は確信に変わったよ――マリスは復活を目論んでいる。どのような方法を使って魂をクローンに移し替える気だったかは分からないが、もしもの時の為に用意していたんだろう。俺はそのクローンに、作り上げた記憶を付与し、体を本に封印して飛ばした。お前が成長するのを待ってから封印が解けるように細工してな』
「何で、そんな面倒な事を……」
『災禍の魔女』が非常に危険な存在だという事はアレンが一番分かっていたはずだ。だったらクローンを発見した時点で破棄する事も可能だったはず。それなのにそうはしなかった。
だがその行動こそが、アレンの言う願い事に繋がるのであった。
『これは世界に対する俺の裏切り行為だと思われても仕方がないようなことだ。その認識はある。だが、俺はどうしてもマリスの事を救ってやりたかった。それが俺には出来なかった。だからこそ、そのクローン――ユーリと名付けたその子を、救ってやって欲しいんだ。俺が出来なかった事をお前に託したい。それが俺がお前にする願い事だ』
『災禍の魔女』を救え――それが父から子へ託された願いであった。
あまりにも突拍子もなく、あまりにも突然の出来事である。今の話が真実なのであればまさに世界に対する痛烈な裏切り行為であろう。危険な芽を摘まず、あまつさえ守ろうというのだから。
『お前には親父らしいことは殆どしてやれなかった。こんな親父のいう事なんか聞きたくないかもしれないが、それでもきっと、お前ならやってくれると信じている。当然危険が付き纏うことになるだろう。どのような手を使ってでも必ずマリスはユーリの体を奪いに来るはずだ』
「そんな……。アレン様でも倒しきれていなかっただなんて……。でも一体、どんな方法でそんなことが可能になるの? 死者の完全な蘇生は世界で一件も成功したという事例は無いし、そもそも死者の蘇生は禁忌とされてるのに……」
『そしてもう一つ、ユーリには強力な魔法が掛けられている。あの時には時間がなく、少ししか解析出来なかったが、俺はそれを『呼応の呪縛』』と仮称した。効果は恐らくマリスとの結び付きの強化だろう。自分に近しい存在と強制的に同調するような仕組みになっていた。残念ながら解除は出来なかった』
申し訳なさそうな表情をするアレン。
だが、『英雄』と称された程の魔導士であったアレンにすら解除できなかったというのであれば、それは他の誰でも難しかったのではないかと思われる。
ここまで話したところで、魔石から出力されている映像にノイズが走り始める。
『……どうやら思念を込められるのもそろそろ限界のようだ。最低限の事しか話せなかったが、最後に一つだけ。俺が何故ユーリに作った記憶を与えたのか――だ』
この時何故かセンリは、今からアレンが話そうとしている事こそ本当に重要な物ではないのかと感じていた。それはきっとセンリがアレンと血の繋がった親子であるからだろう。
共に過ごした時間は短かったのかもしれない。だが、確かな繋がりをこの時センリは感じていた。
『ユーリは元よりマリスの器として造られた。故に感情もなく、まさに人形のような状態だった。だから俺は思ったんだ。ただこの子を守るだけならこの状態のままでもいい。だが、それが本当の意味でこの子を救うことになるのか? ってな。そしてその答えはノーだった。だったらどうすればこの子を救えるかと考えた時、答えはすぐに出たよ』
アレンはまっすぐに前を見据える。その目は確かにセンリを見ていた。この映像を魔石に込めたのは恐らく戦地であり、センリの姿など見えはしなかっただろう。だがその目の先にはきっと成長したセンリの姿が映っていたのではないだろうか。
そう思わせる程、まっすぐ前を見ている。
『家族だ』
簡潔に、力強くアレンは言った。
『ユーリに必要なのは家族だ。自分が帰る場所であり、自分を認めてくれる家族がユーリには必要だったんだ。繋がりのきっかけなんて何だって良い。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に食べて、一緒に寝て、一緒に過ごして。そういう当たり前を与え合える家族がいることこそ、この子を救う唯一の方法だと思った。そしてそれはお前にも言えるんだ――センリ』
「――俺、にも?」
『俺はお前を一人にしてしまった。お前の元へ帰ることが出来なかった。それだけが心残りだ。きっと辛い思いもしてきたと思う。だからセンリ、お前にも家族が必要なんだ。きっとユーリはお前に色んなものを与えてくれる筈だ。故にユーリにはお前を父親だと認識させた。一方的ですまんが、どうやら思念を込められるのはこれで限界のようだ。だからセンリ、あとは頼んだぞ」
お前になら出来る――そう言った所で、アレンの映像は終わった。
静かになる部屋の中。
センリもリルナも、今話された衝撃的で膨大な情報の波を整理するのでいっぱいいっぱいであった。
「……なんか、凄い話を聞いちゃったね」
「そうだな……。突拍子もなくて、未だにちょっと信じられないけど」
「それで、私思ったんだけど、今の話をユーリちゃんに聞かせてもよかったの……?」
「あ……」
それは良くは無いだろう。ユーリはアレンから記憶を付与されている。つまり自分をセンリの娘だと思っているのだ。普通に自分がクローンであり、造られた存在だと聞かされてしまえば記憶を付与した意味が無くなるだろう。
しかし、その心配は無かった。
「……パパ? どうしたの? ぼーっとしてるよ?」
「え? あ、ああ。なんでもない……。ていうか、ユーリ? 今の話聞いてた、よな?」
「話? 何のお話?」
ユーリはキョトンとした表情を浮かべていた。
本当に二人が今聞いていた事がユーリだけ聞こえていなかったようであった。
「……どういうことだ? ユーリには今の映像が見えてなかったってことか?」
「おそらくこれもアレン様の細工ね。秘匿したい情報を特定の人物にのみ遮断するなんて、一体どんな魔法なのか想像もできない」
何の話か分からないユーリは、おもむろにベッドから降り、センリ――ではなく、椅子に座っているリルナの膝の上にちょこんと座った。突然の幸運――ではなく行動にリルナは小さく「はわわわわ……!?」と感激の声を漏らす。
そしてユーリは下からリルナの顔を覗き込むようにして――
「ママもお顔がぼーっとしてるよ? 大丈夫?」
そう言った。
「あ……うん。大丈夫だよ。ユーリちゃんは優しいね……って、ママ!?」
「うん。ママはユーリのママでしょ? えっへへ」
衝撃の連発にセンリとリルナは互いに目を合わせあう。
困惑の表情を浮かべる二人に対し、ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべるユーリ。
どうやらアレンが仕込んだ魔法には、まだまだ説明されていない部分が多くあるのでは? と、二人は同じことを考えていたのである。
意思疎通の出来た夫婦のように。
◆
「それじゃ、色々ありがとう。それと、なんだか巻き込んじゃってごめん」
「ううん。それは別に良いよ」
あの後、ユーリがお腹がすいたと言うのでリルナが自宅にあった食材を使ってぱぱっと簡単な晩御飯を作ってくれた。
三人で囲む食卓など、センリには久しぶりな光景であり、とても新鮮な気分になった。
そういうのも含めてありがとう――なのだ。
ユーリはというと、ご飯を食べてひとしきりはしゃいだ後に電池が切れたように眠ってしまった。
今はセンリの背中で眠っている。
「……これからどうするの?」
「分からない。親父の残したあの映像もあれから二度と起動できなかったし、もしもあの話が真実なら、これを正直に第三者に話したところで信じてもらえないか、信じてもらえたとしてもユーリの立場は悪いものになってしまうと思う」
「そう、だね。正直言って私もまだ頭の中が整理しきれていない部分も多いし。私も出来る限り協力するから、ユーリちゃんが不幸にならないような道を探しましょう。こんなに可愛い子が世界から拒絶されるのなんて、見たくないから」
「うん……」
この状況に、もしもセンリが一人だったらどうなっていたか分からない。巻き込んでしまった感が強いとはいえ、こうして相談できる相手がいる事が、センリにとってはとても心強いことであった。
そうして、この場はとりあえず解散する事にした。
一晩寝て、情報と頭の整理をしようという事になったのだ。ユーリはセンリの家で預かることになった。というのも、リルナが住んでいるのは実はグリフォルス魔法学園の女子寮なのだ。
入る時と出る時には他の生徒に見つからないように相当苦労したのだ。
その点、センリの住んでいる家屋は遠い親戚筋が昔使っていた家であり、小さいながらも一軒家なのであった。ユーリを預かる分には都合がいいのである。
「それにして親父の奴、本当に身勝手だな……。俺の意見なんてまるで介入する隙も与えずに全部丸投げしやがって」
「あ、あははは……。ま、まあ、確かにそうだね……。でも、アレン様はやっぱり凄い魔導士だよ」
「何で?」
「だって、ユーリちゃんを見つけたのも、魔石に思念込めたのも、記憶を付与したのも、本に封印して転送したのも、全部『災禍の魔女』との死闘の後――ってことでしょ? そんな状況の中でこれだけ先を見据えて全てをこなすなんて、途轍もない事だよ。アレン様の武勇伝は良く聞くけれど、こうして体感してみて初めて分かった。君のお父さんは間違いなく世界最高の『英雄』だよ」
「……そう、かな」
正直、『英雄』アレンが自分の父親という実感はあまりないのだ。だが、あれだけ自分の事を信じてくれていたのには驚いた。不思議なもので、何故だかとても嬉しかったのだ。
そしてその凄い父親が自分に託した少女。ユーリの存在は世界にとっては脅威に成り得るのかもしれないが、託された以上、何もしないなんて選択をするほどセンリは薄情ではなかった。
(とりあえず、今日は眠ろう)
とにかく明日からだ。
今後の事を色々と決めていかなければいけない。スケールが大きすぎて、自分がその渦中にいることなど実感がまるで湧かないが、とにかく今は休もう。センリはそう切り替え、背中で安心しきったように眠るユーリを想う。
きっと、一番大変なのはユーリなのだろうと。
もう少しテンポよく進めたい……。難しいものです。