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パパと娘の魔導奇譚  作者: nico
魔導奇譚の始まり
15/16

015

 アルヴェン・マトマイン。

 彼は生まれながらにしてエリート街道をひた走ってきた。

 両親は共に『魔法協会』で働いており、地元では教育熱心な事でもよく知られている。幼い頃から高度な魔法教育を受け、人の上に立つべく育てられてきたと言っていい。

 その期待通りにアルヴェンは成長してきた。難関と言われているグリフォルス魔法学園に入学し、中等部二年時には『最優秀生徒(エクセラーナー)』に選出されている。

 授業態度は至って真面目であり、教師陣からの評価も高い。一部生徒からは裏表が激しいとの情報もあるが、しかしそれは優秀な生徒を嫉んでの陰口だと判断される事が多いという。長いグリフォルスの歴史の中でもままある事例であるからだ。

 更に今年度からクラス委員長に就任するや否や、クラスの成績は急上昇。人を纏め上げる事にも長けており、それが現在の成績に繋がっているとされている。


「――完全なる優等生じゃないか」


 センリはそう呟く。

 リルナと共に調べた2―Aのクラス委員長。赤い髪が特徴的な男、アルヴェン・マトマインについての情報だ。

 調べれば調べる程、穴の無い完璧な人物像が浮かび上がってくる。入学してから一切の不祥事もトラブルも確認出来ず、普通に考えれば今回の件に関わっているとは思えない。

 しかしセンリもリルナも、そのあまりにも完璧な情報に違和感を感じていた。

 特にリルナは直に何度かアルヴェンと接したことがある。その時に感じた感覚も踏まえて、そう思うのだ。


「情報だけ見れば――ね」


 ユーリ襲撃の事件からもう五日が経とうとしていた。

 相手側からの干渉は一切無い。このまま何も無ければいいのだが、それは楽観視し過ぎであろう。嵐の前の静けさという言葉もある。

 しかし、そんな時間を使って2-Aに関する情報はあらかた調べられたと言っていいだろう。その結果得られたのが僅かながらに怪しいと思われる情報が二つだけ。

 一つは成績が上がっている生徒がクラス内でも半分程だということ。

 確かにクラスの平均点で見れば『上がっている』という判断で間違いないだろう。しかし、上がっていない生徒との差が明らかに大きくなり始めている。これには何か理由があるのではないだろうか? という疑問を呈することが出来る。

 もう一つが、2-Aには現在休学している生徒が二人いるという事実。

 調べてみればその生徒二人は今週から休学しているらしいのである。理由は火傷による入院である。魔法訓練を自主的に行っていた時に魔法が暴発して怪我をしてしまった――という事らしい。

 それは偶然なのか、ユーリを襲った相手は二人、今休んでいる生徒も二人。あの襲撃があったのが先週末であり、二人が休学となったタイミングも同じくらい。

 これをどう取るかである。

 勘ぐりようによってはいくらでも勘ぐる事は出来るだろう。もちろん偶然という可能性は大いにあるし、そう考えるのが一般的であろう。しかし、あの二人組の発言や、得られた情報から感じ取れる雰囲気が繋がっているようにセンリもリルナも思うのであった。


 今二人がいるのはセンリの家である。

 リビングに座って話している最中であった。ユーリはすっかり傷も癒え(身体的な傷は次の日には完治していたが)、今は上機嫌でリルナの前に座っている。それをリルナは後ろから抱きしめるようにしてくっついていた。

 当然だが普段は別の家に住んでいるのだ。こうして夜にリルナがセンリの家にいる事は珍しい。そのあたりの事情をユーリはどう考えているのか分からないが、子どもながらに気を遣って聞かないようにしているのかもしれない。

 だからリルナがいる今日はご機嫌なのであった。


「でも、やっぱり私は怪しいと思う。というか、闇取引をしていたのは2-Aの生徒だって思い始めてる。アルヴェン・マトマイン――彼がクラス委員長になってから伸び始めた成績、この魔法具の効果、休学した二人の生徒。繋げようと思えば繋がらなくもないと思う。それには決定的な証拠が無いけど、それでも」

「確かにな。感覚だけで言えば俺も同じ意見だ。あっちから何かしらの接触があれば分かりやすいんだけど、こっちにこの魔導具があるからか、慎重になっているような感じもする」

「相手もこれを只落とした――とは思っていないでしょうしね。あのタイミングで無くしたのなら、私たちが持って行ったと考えるのが普通だから。これを自警団や魔法協会に届け出ないか見張っているのかも」

「……なんにせよ、この魔法具が今のところ相手に対する牽制にはなってるってことか」


 今二人の手元にある魔法具は明らかに違法魔法具である。これを持って使用者を突き止めれば、あとは自警団に丸投げすることが出来る。その時は匿名で突き出す事が望ましい。ユーリの存在を公の組織に知られるのはリスクが付き纏うからである。

 だが、これ以上膠着(こうちゃく)状態が続くのは避けたい。いつまでも気を張り詰めていては本当に大事な時に力を発揮出来なくなってしまうからだ。

 それだけは避けたかった。


「とりあえず、もう少し視野を広げて調べてみよう。何か他の手掛かりが見つかるかもしれないし」

「そうだね。無事に解決できればいいんだけど」

「お話終わった?」


 話しに一区切りついたタイミングで、ユーリが口を開いた。


「あ、うん。ごめんねユーリちゃん、退屈だったでしょ?」

「ううん。今日はママもいるし、嬉しいよ!」

「はうっ!? ユーリちゃんが可愛過ぎて鼻血出そう……」


 段々この可愛いものを見た時に起きる、リルナのキャラ崩壊にも慣れてきたセンリは「ティッシュはそこなー」という相槌を入れる。


「お話終わったなら一緒にお風呂入ろうよママ!」

「え? お風呂って、一緒にって、私と?」

「うん」

「で、でも、いいのかな?」


 人の家でお風呂に入る――という経験をリルナはしたことが無い。あまりに壁もなくセンリと接しているので忘れがちであるが、リルナは貴族の出身である。そのような経験が無いのも当たり前と言えば当たり前であった。

 困惑したような表情を浮かべたリルナがどうすればいいのか分からず、視線をセンリに向けて助け船を要求してくる。


「リルナが良いならそうしてやってよ。人の家の風呂が苦手――とかだったら、無理しなくていいけど」

「あ、ううん、それは平気――じゃ、じゃあ、ユーリちゃんと一緒に入ろうかな……?」

「やったぁ!」


 満面の笑顔で嬉しそうにするユーリ。記憶の中ではどうなっているのか分からないが、これが初めて母親と入るお風呂なのだ。そういうのもユーリの思い出になってくれればいいと、センリは思う。

 ユーリの素性が何であれ、今こうして目の前にいるのは可愛らしい普通の少女なのだ。その少女の幸せを願う事が世界に対する裏切りだとは、センリには思えなかった。


「じゃあ、パパも一緒に入ろうよ!」

「「ええ!?」」


 屈託のない笑顔で、ユーリは言う。

 それはきっとユーリにとっては当たり前で、そしてとても大事なものだから。


「だって家族だもん!」



「大体調べはついたな」


 間接照明の明かりがぼんやりと部屋を照らす。

 そこに集まっていたのは幾人かの男女であった。当然、互いが顔見知りであり、信頼しきっている仲間同士である。それと同時に、共犯者――でもあった。

 その中の一人、この集団のリーダーである男。それはアルヴェン・マトマインその人であった。

 そう。ここに集まっているのは2-Aの中でもアルヴェンの計画に乗った、まさに選ばれた人材たちであった。


「あの馬鹿二人については問題ない。怪我は魔法の暴発によるものだと口裏合わせるように良く言い聞かせてある。そこから俺たちの計画が漏れる事はねぇ。安心してくれ」


 アルヴェンは自らが制裁を下した二人について、そう説明する。

 それはつまり脅したという事だ。傍から見れば恐怖政治のようなやり方であるが、不思議とその暴力的なやり方に異を唱える者は一人もいなかった。


「アルヴェンは正しい事をしたぜ。俺もお前の立場だったら、同じことをする。使えない奴はこの計画には要らないからな」

「そうだな。まあ、良かったんじゃないのか? 早い段階で馬鹿が抜けてくれてさ」


 自分たちはあの二人のような事にはならない――と、考えているようであった。自分たちは優秀で、下手なマネなど絶対にしないという自信から、そのようなやり方を目の当たりにしても関係ないと割り切れているようであった。

 一般的な思考からは少しずれているようにも思える。

 前置きは終わり――と言わんばかりに、アルヴェンは一呼吸置いたのちに話し始める。


「今問題になってるのは、正体不明のガキに取引現場を見られた事を発端としている。その場で捕えられれば良かったんだが、それも失敗に終わっている。話を聞く限りじゃあ、ただのガキとは思えない。居場所も分かりゃしない。だが、そのガキの関係者と思われるのが一名判明している」

「センリ・クロウリー。『英雄』アレン・クロウリーの子供――か」

「そうだ。それともう一人、現場からその二人の逃亡を手伝った女がいたそうだが、十中八九間違いない。リルナ・ホーリーソングだ」

「ああ。それもアルヴェンの言う通り、間違いないだろうな。ここしばらくクロウリーの周囲を探っていたが、あいつとホーリーソングが最近一緒にいる事が多いってのは、少し噂になってるくらいだ」


 この集団も、センリ達と同じように情報収集を行っていたのである。

 センリはともかくとして、リルナの実力は良く知っているメンバーだ。あからさまな尾行や盗聴行為などは相手に気付かれる事は分かっている。感付かれない周囲からの情報収集を積み重ねて、そのような確信に至ったという事だ。

 

「いいか? 恐らくあの馬鹿どもが無くしたという魔法具は、クロウリーかホーリーソングのどちらかが所持している筈だ。まずはそれを炙り出す。ガキの存在はまだ確認できていないが、関係者だというのなら炙り出すついでに出てくるだろう」

「……そうだな。あれが向こうの手にあるのは良い事じゃない。あいつらもまだどうするか考えが定まってないようだし、協会に渡される前に奪わないとな。それと、現場を見たガキも、相応の口止めが必要だ。そんなガキに俺たちの将来を潰されてたまるか」


 そこから先はこれから実行する行動の話し合いであった。

 膠着状態が続くのは好ましくないという判断である。情報収集に手間取ったが、相手が出方を窺っている間に事を運ぶつもりであった。

 センリとリルナ、そして謎の少女の存在。それがどんな関係なのかまでは掴む事は出来ていないが、それでも慌てる必要があるのだ。今この集団が行っている事が外部に漏れれば、全てが終わるのだ。それだけは阻止しなければいけないというのが共通する考えであった。

 例えどんな事をしてでも――。


 そんな危険な思想に至ってしまっている事が、すでに異常なのだが、それに気付く者は誰一人としていなかった。それが魔法具の副作用だと気付く者は――皆無なのであった。


「それでアルヴェン、決行はいつだ?」


 アルヴェン・マトマインはそんな仲間の言葉を聞いて、ニヤリと笑う。


「決行は今週末だ。なに、相手は『英雄』の子とは言っても只の落ちこぼれだ。俺たちが負ける事なんて万に一つもねぇよ」


 それは慢心からなのか、本当に自信があるからなのか。失敗を微塵も疑わない強い言葉であった。

 センリが付け入る隙があるとしたら、まさにそこしかないのであろう。


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