013
魔法具――それは、アークガルドにいくつも存在しているアイテムの総称である。
種類や用途は様々であり、主に魔法発動における補助的な役割を果たす。
剣や盾といった装備型や、液体などの摂取型、はたまた罠などの設置型がある。一般的に広く使われている物で言えば、火の魔法を込めてある『火石塊』が分かりやすいだろう。これは主にキッチンで火を起こしたい時に使用する石型の魔法具である。軽く魔力を込めると石から火が出るのだ。それを利用して料理をしたりする。
このように生活の一部として使われている物から、戦闘に特化した効果を持つ物まで、その種類は多岐に渡る。非常に便利だが、しかし魔法具は誰にでも作れる訳ではない。
魔法具の核となる魔石や素材に魔力を込めることが出来る者にしか魔法具は作れないのだ。それを生業としている者を『製作術士』という。
魔法具には古くに作られた物も多く存在し、中には非常に危険な効果を持つ魔法具も存在する。そのような物を一般に流通させる訳にはいかないのは誰が考えても分かるであろう。
その考えを元に、現在では市場に流通する魔法具の認定制度を広く採用している。『魔法協会』に認定されていない魔法具は売買が禁止されており、認定のない魔法具を公の場で使用したり、所有していた場合、罰則が与えられる事があるのだ。
しかし、闇のルートではそのような認定を受けていない違法な魔法具の取引が今でも行われているという。悪意ある『製作術士』によって製造された危険な物が高値で取引されているのが現状である。
◆
「馬鹿かお前ら!」
廃墟の部屋から怒号と机を蹴りあげる音が聞こえてきた。
ガランとした廃墟内にはその音がよく響く。叱責の声を上げたのは、この場所で怪しげな取引を行っていた仮面の男たちのリーダー格と思われる男であった。
深くため息をつき、ボロボロのソファにぶっきらぼうに腰を掛ける。その所作からも相当な怒りを内側に溜めている事が分かる。
「……ガキ一人も連れて来られないなんてよぉ。お前らどれだけ無能なんだ? おい? 仮にも俺の計画に加わってんだぞ。その上、あの魔法具まで無くすたぁ、いよいよ手に負えねぇ間抜けだな」
この男の怒りは最もだと、叱責を受けている仮面の男二人は理解している。
正直、焦ってはいた。
慣れない闇の世界の一端を覗いて興奮と緊張はあった。そこで起きた突然のトラブル。見られては行けない現場を見られたのだ。
しかし相手は年端もいかない子供であった。焦ってはいたが、それでも捕まえる事は出来るだろうとどこかで考えていたのだ。
しかし結果を見れば男たちの失敗は明らかであった。叱責を受けても仕方がない。
だが、言い訳のひとつでも言いたくなるような状況になってしまったのも事実である。あの子供が普通の子供であったのなら何も問題は無かったのだ。
問題なのは、あの子供が普通ではなかった――その点だ。
恐る恐るではあるが、二人組の男たちは口を開く。
「わ、悪いと思ってるよ俺たちも。途中までは良かったんだ。だが、あのガキ只者じゃなかった。見たこともない魔法を使って、急にデカくなりやがったんだ。それに、とんでもなく強力な魔法をいくつも習得してやがった……。信じられないかもしれないけど、事実だ」
「……只者じゃない、ね。まあ、それは理解してやるよ。この現場に結界魔法すり抜けて入ってこれるガキが普通じゃない事くらい俺にだって分かる。だが、それでもガキ一人に後れを取るようじゃ、どの道この先お前たちの将来に希望はねぇぞ」
仮面の下の表情は見えないが、それでも酷く冷たい視線が突き刺さるようであった。
一瞬身震いした男たちであったが、もう片方の男が今の言葉を聞いて話を付け加える。
「ひ、一人じゃ無かったんだ。あのガキの保護者を名乗る奴がいた。それと、逃走を手伝った女が一人」
「保護者だ?」
「あ、ああ。あのガキの親と言っていた。しかも、そいつは俺たちも良く知ってる奴だった」
「……誰だ? 言ってみろ」
示し合わせるように二人組は頷きあい、その名を口にする。
そしてその口から出た名前は、確かにリーダー格の男も知っている人物の名であった。
「センリ・クロウリー」
「センリ? あの『英雄』の子か」
「そうだ。間違いない。あれは『英雄』アレン・クロウリーの息子にして落ちこぼれで有名な、センリ・クロウリーだった。もう一人の女は一瞬だけしか見えなかったから誰なのかは分からなかった……」
どうしてその名を知っているのかと言えば、この男たちの素性がそれを知り得るだけの環境にあるという事を示唆している。
その名を聞き、そしてあの子供の親だと名乗った事から、様々なことが考えられる。だが、どういった事情がそこにはあり、どのような関係があるのかなど、考えても分からない事の方が多い。
リーダー格の男は暫くの間何かを考察しているようであったが、一つ、これからすべきことの目途は思いついたようであった。
「……よし。そこで何が起こったのかは大体理解した。確かにガキ一人じゃ無かったんだろう。だが、そいつが落ちこぼれだったって話なら、お前らの無能さが浮き彫りになっただけだぞ。俺がこれから動くにあたって、お前らみたいに使えない奴は邪魔だな」
そんな言葉に男たちはギョッとする。
これから何が起こるのかが分かってしまったようである。そしてこの二人は知っている。目の前の男はやると決めたら一切の躊躇をしない男だという事を。
それが例え仲間でも、使えない、邪魔だと認定されてしまえば関係ないのである。
それでもそんな男が立てた計画に参加したのは、その男が非常に優秀であったからに他ならない。普段から見えない仮面で本性を隠し、目的の為には何だってするような狡猾さを持ち合わせている。
この男に付いていけば、自分たちも高みに行けるかもしれない――そう思ったのだ。
「ま、待ってくれ!? 挽回するチャンスをくれ! あのガキは絶対に捕まえるし、魔法具だって探し出す!」
「そ、そうだ! もう油断はしない! 次は必ず――」
ボウッ!! という音と共に、真っ赤な炎が手のひらの上に出現する。
リーダー格の男はソファから立ち上がり、ゆっくりと二人組に近づくように歩みを進める。
二人は冷や汗を流しながら後ずさるが、目の前の男からハッキリ感じ取れる殺気の混じった視線によって逃げ出すことも許されないようであった。
「別に殺しはしねぇよ。ただ、少し罰を与えるだけだ。これで再起不能にならなかったらいつでも戻ってこいよ。そしたらその時はまた使ってやる」
そういって男は炎を纏った腕を振りかぶる。
その炎は瞬く間に肥大化し、二人組の全てを飲み込まんと襲い掛かったのであった。
「待ってくれアルヴェン!! 俺たちはまだやれ――」
そんな声をかき消すかのように、炎の魔法は対象を燃やした。
その炎は任意で操作されているようであり、部屋を覆い尽くすほどに巨大化していたのにもかかわらず、一切燃え広がることもなく鎮火したのであった。
炎が消えた後に残っていたのは、大やけどを負って意識を失っている焦げた人間だけであった。
それを見下すように、男は呟く。
「名前を呼ぶんじゃねぇよ。仮面を着けてる意味が無くなるだろうが。馬鹿が」
◆
センリとリルナは大人バージョンのユーリから得られた情報をまとめていた。
①ユーリは禁忌魔法『アクセルタイム』によって自身の成長を操ることが出来る(生命の危機や感情が大きく揺れた時のみ自動で発動する)。
②センリの魔力は封印によって出力に制限が掛けられている。
③ユーリの『アクセルタイム』は、ユーリが信頼してる者になら任意で発動させることが出来る(ユーリが身に着けていた、アレンが魔力を込めた魔石を使うことで発動可能)。
④ユーリが持つ魔力はあまり多くない。
⑤ユーリの持つ魔法知識はアレンから受け継いだもの。
「それと、⑥この魔法具はあの連中が持っていたもの――と」
あらかたユーリから話を聞いたところで、宣言していた通りにユーリは子供の姿に戻ったのであった。
服も、もともと着ていたものに戻っていた。
そしてユーリが負っていた怪我だが、綺麗さっぱり治っていたのだ。ユーリに先程あった出来事についてもう一度聞いてみるが、大人状態の時の記憶があまり無いらしく、よく分からないのだそうだ。
何かと謎が多いが、これは追々検証していく必要があるだろう。
何はともあれ無事に元の姿に戻ったユーリは、酷く疲れていたのか今は泥のように眠っている。
それも無理は無かった。小さなユーリにとっては今日一日は大冒険のような日となったのだから。
そんなユーリを寝かせた後、センリとリルナはユーリが拾ってきたという魔法具について調べようとしているところであった。
リルナはその紫色の魔石を手に取り観察する。
「……これ、認定証が入ってない。使うまでもなく違法魔法具だね。正規品なら『魔法協会』のマークが刻まれている筈だから。これがそんなに昔の物とも思えないし」
ここ数十年の間に製造された魔法具には『魔法協会』の認定証が刻まれることになってる。それが無いものは違法魔法具か、遥か昔に作られた古代品かのどちらかである。
リルナが今手にしているものは、どうみても最近作られた物のようであり、古代品にはとても見えないのであった。
「違法魔法具――か。これであの時の異変に納得がいく。明らかにあの強化魔法の効果量は異常だった」
「だとすると、それがこの魔法具の効果だね。使用者の技量を越えた魔法効果を付与する、ブースターみたいなものかも。だけど、それだけの効果を得られるとしたら、何か副作用がありそうなものだけど……」
「それを使って検証する訳にもいかないしな」
「うーん……。でも、これだけじゃユーリちゃんを襲った奴らがどこの誰なのか分からないね。手がかりが少ない。違法な取引をしていたのは間違いなさそうだけど」
「手がかり――か」
そこで、センリは一つ考えていた違和感を話す事にした。
それは先ほどの戦闘中に聞いた相手の言葉の中にあった違和感である。
「多分だけどあの連中、俺の事を知ってた」
「え? どういうこと?」
「あいつらと交戦中に、俺は相手の魔法をくらって身動きが取れなくなったんだ。その時に、『お前に破られるような軟な魔法じゃねぇ』って確かに言った。だけど、それは変じゃないか? 俺とあいつらが初めて会ったのなら、こっちの能力を相手は知らないはずだ。だけど殆ど戦ってないのにも拘らず、俺にその魔法を破る力が無いと知っているかのような言い方だった。まるで俺が落ちこぼれだと知っていたから出た言葉みたいな」
「つまり、相手はセンリの事を知っていたってこと? 確かにセンリはアレン様の子供で、顔を知っている人がいるかもしれない。でも成績まで知っている人となると限られてくる。もしかして」
二人は一つの結論に達した。
それを示し合わせるように、センリは言葉にして確認する。
「ああ。あの二人は、グリフォルス魔法学園に所属する誰かの可能性が高いと思う」
「……もしもこの仮説が正しければ、グリフォルス始まって以来の不祥事になるかもね。違法魔法具の闇取引なんて」
センリ達は恐らくすでにこの件の渦中にいるのだ。
このまま放っておいても、現場を見てしまったユーリに何かしらの危害が加えられる可能性が高い。だとすれば何としても解決しなければけないだろう。
しかし相手がグリフォルスの関係者の可能性が浮上してきたことで、より一層警戒心を持って事に当たるべきであろう。
証拠はまだ殆どない。自警団や学園サイド訴えたところで信じて貰えない可能性が高いだろう。
それに、その話をするにはどうしてもユーリの事も話さなければいけなくなるのだ。それがユーリの為にはならないことは明白であった。
「とりあえず、これからどうするかを考えましょう」
今夜は眠れぬ夜になりそうであった。