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パパと娘の魔導奇譚  作者: nico
魔導奇譚の始まり
11/16

011

 目の前で起きた光景が信じられないでいた。

 それを見たのがセンリだったから――ではなく、センリの立場に例えば他の誰かがいたとしても同じような感想を持ったであろう。

 風だ。

 風が吹いたのである。

 いや、ただの風というよりはつむじ風に近いものだっただろう。

 こんな場所でなんの前兆もなく起きたその現象に説明を付けるとしたら、誰かが魔法を使ったのだろうという説明が適当である。ただし、この巻き起こっているそれが『風属性』に類する魔法かと問われたら、『分からない』というのがセンリの素直な感想であった。

 魔法とは、望んだ結果に対して効力を発揮するものである。

 だとすれば果たしてこの風は何を望んだ結果起こったものなのだろうか?

 例えば上級魔法に位置する火属性魔法『アストラルフレア』は、大火力を一瞬にして広範囲にまき散らす魔法である。火属性魔法であるからして、それを唱える理由としては何かを燃やしたいからであろう。

 それが『目的』である。

 だが、アストラルフレアが発動したことによって上昇気流が発生し、雲が出来て、雨が降る。

 この現象は果たして望んだ『結果』と言えるだろうか?

 同じことがこのつむじ風にも言えるのではないか?

 つまり、この風は誰かを『攻撃』しようとして発生したものではなく、何か他の『目的』を果たした過程で起きた単なる副産物的な現象なのではないのかと。

 ではその目的が何なのかという話なのだが、それこそが本題であり、今まさにセンリの目の前で起きている信じられない光景なのであった。


 この風の中心点――それはユーリだった。

 ユーリが叫んだ瞬間に風が巻き起こり、その姿を隠してしまった。

 それと同時にその風はセンリを除く仮面の男二人だけを後方へ吹き飛ばしたのである。


「――これはっ!?」

「くっ!?」


 それはまるで、「丁度良く風が起きたからそれを操って利用してみた」と言わんばかりに完全に誰かの意図の元操られた風であった。

 そしてその誰かというのは、この場においてユーリしかいないという事だ。

 『目的』を果たしたからであろう。徐々に風は収まり、姿を隠していたユーリが現れる――筈だった。


「――え?」


 だがそこにセンリの知るユーリはいなかった。

 そう。いなかったと言っていい。

 何故ならそこにいたのは、純白のドレスを身に纏った長く綺麗な金髪の女性――だったからだ。

 美しいという言葉が服を着てそこに立っているかのような容姿。存在感が圧倒的であり、他の何かと比べる事すらおこがましいと思わせられる程である。

 だが、まだ少し少女のような幼さも含んでいるようであり、年齢を見た目から推察するにセンリと同じくらいと思われる。

 センリの知るユーリの姿は無い。まるでこの女性と入れ替わってしまったかのように。

 センリとその女性の目が合った。

 そしてうつ伏せになって倒れているセンリの元へ歩いてくる。


「……パパ。ごめんなさい。私の所為でこんな酷い目に遭わせちゃって」

「っ!? ユーリ、なのか?」

「うん。私だよ」

「その姿は一体――?」

「ごめんパパ。説明は後。今の私は冷静に見えて最高に怒ってるから」


 その女性はユーリであった。

 何が起こったのか分からない。センリの知るユーリはいなかったが、センリの知らないユーリがそこにはいたのだ。大人の階段を何段飛ばしで上がってしまったのだろうかという程、見違えた。

 ユーリは倒れているセンリの前に立ち、今吹き飛ばした仮面の男たちを睨みつける。

 男たちも突然姿を変えたユーリに対して驚きを隠せないでいた。


「……何なんだよお前は――いったいどんな魔法を使ったんだ!」


 そんな問いかけには一切答えず、ユーリは静かに戦闘態勢に移行する。

 

「パパ。少し『借りる』ね」

「え?」

「超接続魔法――『コネクト』」


 ユーリがそう言った瞬間、二人の体が淡く光りだした。

 その瞬間である。


 『接続の許可要請が届いています。許可しますか?』

「ッ!?」


 センリの脳内にそんな文字が浮かんできた。

 状況からしてそれはユーリが唱えた何らかの魔法の効果なのであろう。何が何だかわからないが、今はユーリの事を信じるしかない。センリはその問いに対してイエスの選択をする。

 『接続許可を確認――個体名:ユーリ・クロウリーと個体名:センリ・クロウリーの接続を開始します』

 次にそんな文字が浮かんできたと思った瞬間、奇妙な感覚がセンリを包み込んだ。

 体の感覚もおかしい。まるで自分の体の中にもう一人別の誰かがいるかのような、誰かと繋がっているような――そんな感覚である。


「ありがとうパパ。ちょっとそこで待っててね。これであいつらを倒せる」


 そう言って、ユーリは手のひらを仮面の男たちに向ける。

 その所作を見た男たちは、背筋に冷たいものが走るのが分かった。本能がヤバイと告げている。警告のアラームが音量全開で脳内に鳴り響いた。

 危険だという事が分かっただけでも優秀であろう。相手の力量を正しく把握する能力は戦闘においては非常に重要な要素の一つなのだから。

 だが、分かったからと言って逃げ切れるものとは限らないのもまた事実。


「『グラビティ』」

「ぐあっ!!」

「がっ!?」


 重力操作魔法『グラビティ』。

 対象に掛かる重力を最大で20倍程度まで引き上げる事の出来る魔法である。それは相手の体重が60kgあったとしたら、体重が1200kgになるのと同等である。拘束魔法の一種ともいえる。

 ただしこの魔法は習得もであるが扱いも非常に難しく、ランク的には上級魔法に位置している。

 アークガルドにおいて魔法は日常の一部であるが、この世界に暮らす大半の人々は下級に位置する魔法までしか使えないと言われている。

 魔法の専門学校に通って初めて中級以上の魔法を扱えるかどうか――というのがこの世界の常識である。しかし名門グリフォルス魔法学園の生徒でさえ、中級までは扱える者が多いが上級になると途端にその数は減る。才能やセンスのある者のみが中級の壁を突破できるのだ。

 だが一つ知っておいて欲しいのは、ランク分けの意味である。単純に威力が高いから中級や上級に位置しているのではない。確かにそれもあるが、一番重要なのは習得の難易度である。上のランクに位置していればいるほど習得難易度は増す。

 威力だけの話をすれば、魔力コントロールの精度と魔力の質が高ければ下級魔法でも中級魔法より威力が出る事だってあるのだ。


 つまり何が言いたいのかと言えば、上級魔法を見る機会など、ましてやその身に受けることなど稀な事なのだ。普通に生きている限りにおいて、まず体験することの無い魔法である。

 グリフォルスに在籍している者であればそのような機会もあるであろうが、一般の人々であれば戦地以外では有り得ない。


 上から降りかかるような凄まじい重みに耐えかねて、仮面の男たちは四つん這いの姿勢になって必死でその重みに抵抗していた。

 だが、自分の体重の20倍に達する重みに耐えられるはずもない。ストレングスで強化していてもこの魔法の前では微々たる効果しかないのだ。


「ぐああああああ!!」

「ぬぐううううう!!」


 必死に抵抗している男たちを、ユーリは上から見下ろすようにしていた。

 グラビティは扱いが非常に難しい。少しでも対象の座標がズレれば他の物に重力操作が移ってしまう。ここが廃墟群という場所であることを考えれば、一歩間違えれば建物の倒壊を招くほどの魔法である。

 だがそんな魔法を難なく扱うユーリ。余裕すら感じられる。


「重力と地面に挟まれる気分はどう? さっきパパにした事と同じことをしてあげる。でも、あなた達にはこの魔法を跳ね返せるだけの力は無い。パパと違ってあなた達にそういう力は無いの」

「……こんのっ! クソがぁあああ! 舐めてんじゃねぇぞおおお!」

「おおおおおおおおおお!」


 本来であれば、この魔法跳ね返すだけの力のある者など限られている。解除や解呪といった類の魔法をぶつけて逃れる方法や、身体強化魔法を極限まで高めて物理的に無効化する方法などが挙げられるが、そんな芸当の出来る者などそうはいない。

 だが、次の瞬間である。

 必死の抵抗を図る仮面の男たちに変化が起こったのである。


「……なんだ? 何か様子が――」


 目の前で見ていたユーリは言わずもがな、センリもまた、その変化に気付き始めた。

 ピクリとも動かせないでいた仮面の男たちの体が、徐々に立ち上がり始めたのだ。それは驚愕すべきことである。解除系の魔法は使っていない。そのような干渉をユーリは受けていないと判断した。

 つまりこれは身体強化魔法の効果であろう。体重の20倍の重さを押し返すだけの身体能力にまで強化したという事だ。

 それと同時に、間近で見ていたユーリだけが気付いた事があった。

 男たちのポケットから何やら紫色の光が漏れていたのである。それは男たちの踏ん張りに呼応するように光が増加しているように見える。


「お前みたいな訳の分からん奴に、この俺たちが負けるかぁあああああ!」

「そうだ! 俺たちは選ばれた人間なんだ! 邪魔をするな!」


 グラビティは発動を続けている。だが、男たちは自由に身動きは出来ないものの、ついには完全に立ち上がったのだ。

 地面が陥没するほどの威力を発揮する魔法に対し、力技でそれを攻略しようというのである。常軌を逸している。

 だが、そんなことは今のユーリには何の意味もないのであった。確かに少し驚いたが、それだけである。それ以上にユーリは怒っているのだ。他の事など頭に入ってこない。

 目の前で父親を痛めつけられた。自分の事はどうでもいい。だが、心配を掛けてしまった上に必死で守ろうとしてくれた優しい父親に酷い事をしたのは許せない。

 ユーリの中にあるのは煌々(こうこう)と怒りに燃える激情だけであった。


「うるさい。あなた達が何者で、何でこんなことをするのかなんて知らない。だけど、パパにしたことだけは許さない」

「ゆ、ユーリ!? 待てっ! 少し落ち着け!」


 そんなユーリの様子を見て、センリは慌てて声を掛ける。

 先ほどユーリが掛けた魔法の効果なのか、そんな感情がセンリに流れ込んでくるようであった。それをダイレクトに受け止めたセンリは、今のユーリが非常に危ない状態である事を察知したのだ。

 ユーリがこれから何をしようとしているのかも、何となく想像が出来る。

 そしてそれをしてしまえば、ユーリはきっともう後には戻れなくなる。


 だが、ユーリにはセンリの言葉が届かなかった。

 怒りに身を任せてしまっているのだろう。冷静に見えるがその実全くの逆である。

 相手はグラビティの効果に何とか対抗できているようではあるが、完全に自由という訳ではない。抵抗する事に必死であり、言ってしまえば他の攻撃に対しては無防備なのだ。

 だからこそユーリは畳み掛けるように魔法を重ねようというのである。

 魔力の渦がユーリの体を覆い始める。それは途轍もない程の魔力量であった。魔力が可視化するほどに練られているという事実。

 普通は魔力は目に見えない。感じることでその存在を把握するものだ。だが、高密度に練られた魔力は時として可視化するのだ。

 それは仮面の男たちをギョッとさせるには十分であった。

 あれだけの魔力で一体何をしようというのだろうか? ましてや今の仮面の男たちはこの上級魔法(グラビティ)に抵抗するだけで精一杯なのである。

 センリは直感した。次にユーリが放とうとしている魔法が直撃すれば、あの仮面の男たちは確実に死ぬ。親として、人として、子に人殺しなどさせる訳にはいかない。

 だが、それを止める術が今のセンリには無いのだ。


「ユーリっ! ダメだ! 止めろっ!!」


 センリの言葉も空しく、ユーリは魔法の発動に入る。

 これが放たれれば周囲の損害も多大なものになるだろう。だが、止まらない。止められなかったのだ。


「これで終わりだよ。アストラル――」


 まさにユーリから魔法が放たれようとした瞬間であった。

 寸前のところで、ユーリの魔法は不発に終わることになったのだ。

 それは何故か?

 理由は単純である。それは、ユーリが驚いたからである。

 だが、驚くのも無理は無い。

 何が起こったのかと言えば、自身の上空から仮面の男たちとの間に巨大な氷の壁が降ってきたのだ。接触を断つような形でそんなものが急に現れたら、いくらユーリが激情に駆られ冷静でなくとも、驚きのあまり魔法の発動が失敗してもおかしくはない。


 そしてその氷の壁を降らせた張本人もまた、上空から飛来する。

 敵の増援かと警戒を高めたユーリであったが、その姿を視認した瞬間に一瞬にして警戒をレベルを引き下げた。

 地面に着地したその人物は、連れ去るようにしてユーリを、そしてセンリを担ぎ上げて一目散にその現場から走り去ったのである。


「間に合ってよかった」


 電光石火の早業で全ての危機を回避する事に成功したのは、リルナ・ホーリーソングその人であった。

なるべく二日に一回は更新したい……。

出来れば一日一回が理想ですが……。

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