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パパと娘の魔導奇譚  作者: nico
魔導奇譚の始まり
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010

 間に合った――とは口が裂けても言えなかった。

 確かに客観的に見れば間に合ったと言っても良いようなタイミングではあっただろう。

 しかし、何を持って『間に合った』というのかは人それぞれであり、この場合――センリにとってはとても間に合ったとは言えなかったのだ。

 ユーリの姿を見れば分かる。

 服は所々ほつれ、黒く汚れている。膝や腕は擦りむいて血が滲んでいる。

 そして何より――泣いている。

 初めて会った時からいつも笑顔でいるユーリ。たまにわがままを言って泣きそうな顔にはなるけれど、それでも泣いている姿を見るのは初めてであった。

 自分の事ではないのに、これ程胸が締め付けられるような気持になったのはセンリにとって初めての経験であった。

 今まで感じたことの無い感情が湧き上がってくるのが分かる。少しでもユーリから目を離してしまった自分に酷く腹が立つ。センリはユーリのそんな姿を見てそう思った。

 それと同時に、今殴った二人組の男への怒りが爆発しそうであった。一発では到底足りない。


 センリがこの現場に遭遇できたのは偶然であった。

 ユーリがいなくなった店から範囲を広げて探してみたものの、一向に目撃情報が上がってこなかった。そこでセンリとリルナの二人は裏路地を中心に探すことに決めた。これだけ誰にも見られていないという事は、人気の無い所に迷い込んでいるから──という推察からであった。

 連れ去られてしまったという可能性もあったが、後者の場合探し出す術が無い。つまりは前者の可能性を信じて捜索を続けるしか無かったという訳だ。

 そしてそれが功を奏した。

 所々に残されていた子供サイズの靴跡や、フェンスに引っ掛けた時に破れたのか、服のほつれた繊維などが見つかったのだ。それを頼りに付近を捜索していた所、男の怒号と走る音が聞こえてきた。声のする方へ急いで向かうと、そのタイミングでユーリが魔法で突き飛ばされたシーンを目撃することになったのだ。

 何があったのかは知らないし、分かる訳も無い。もしかしたらユーリが悪い事をしてしまったのかもしれない。だが、そんな事はどうでもよかった。問題なのは男二人が寄って(たか)って小さな女の子に暴力を振るったという点のみ。

 例え作られた関係なのだとしても、センリにとっては自分の娘なのだ。相手を殴るのに躊躇は無かった。


 突如として殴られた男たちは仮面の上から顔を抑えながら、殴られた拍子で倒れていた体を素早く起こす。


「て、テメェ!!」


 激高した一人がすぐにでも襲い掛かってきそうに叫ぶが、それをもう一人の男が静止させた。

 何かに気が付いたようなような仕草を見せる。


「待て、良く見ろ。こいつは――」


 そう言われて少しだけ平静を取り戻した激高した方の男は、センリの方を見ているようであった。仮面の所為で視線がどこを向いているかは定かではないが。

 その隙にセンリはユーリの前に立ち、背中を向けながらユーリに声を掛ける。


「ユーリ、ちょっとそこでそうして待っててな。今俺が何とかするから」

「パパ……、あのね、私ね……」

「ユーリの言いたいことは分かってる。だからそれはまた後でな。それに俺からもユーリに言わなきゃいけないことがあるから」


 センリと再会できた安心感からか、ユーリは全身の力が抜けたようにぐったりとしている。それでもセンリに謝ろうとしたのだろう。悲壮感がユーリから伝わってくるようで、思わずセンリはその言葉を止めた。元はと言えば目を離してしまった自分に非があるのだ。謝らなければいけないのは自分だ――センリはそう思っていた。

 だが、そういう話はこの場を切り抜けてからである。

 目の前には謎の仮面を被った二人組。今分かっている事は、この二人はユーリを追いかけて危害を加えようとしているという事のみ。

 ここでセンリが取れる選択肢は二つあった。

 一つはユーリを抱えて逃げる。もう一つは戦う。

 ユーリがいるのだ。普通に考えれば逃げる方が得策だろう。だが、状況が不味い。まず、ユーリを抱えて逃げる事による機動力の低下。それに加えて相手の出方である。ユーリに対して躊躇なく魔法による攻撃を加えてくるような相手だ。この二人がどの程度の魔法を使えるのかは分からないが、逃げるとなったらまず間違いなく撃ってくるだろう。

 抵抗する事も出来ず二人ともやられる公算が高い。

 ならばセンリが取るべき選択肢は一つしかなかった。

 そもそも、一発殴っただけでは気が済んでいないのだ。妙な仮面を被っているが、それを壊して素顔を暴いてやる――と、センリがそう決心したところで、目の前の二人組に動きがあった。

 何やらひそひそと相談しているようであったが、ようやくセンリに意識を向けたようだ。

 そしてそれは何やら余裕を感じるような態度でもあった。

 少し違和感を感じる程に。


「おい、テメェが何者かは知らないが、そのガキを寄越せ」

「痛い目見ないうちにな」


 何かを話して完全に平静を取り戻したようであった。奇しくも仮面が防具の役割を果たしてしまっていたようで、センリの一撃は思ったほどのダメージを与えられていなかようである。

 センリは仮面の二人組を睨む。拳を強く握り、臨戦態勢に入った。


「そう言われて、はいどうぞ――なんて言う訳ないだろ。頭に来てんのはこっちの方なんだよ。ユーリに痛い思いさせやがって」

「ああ、はいはい。そういうのいいから。さっさと来いよ。どうせ勝つのは俺たちだしな」


 それを皮切りに、センリは一直線に走り出す。


「――『ストレングス』!」


 センリが使える魔法の中でも唯一マシな効果を発揮する身体強化魔法――ストレングス。それを発動する。本来の効果からは格段に劣るが、それでも何も無いよりは良い。

 ストレングスによる身体強化を行った足で踏み込み、拳を突き立てる。

 狙いは初撃を受けて激高していた方である。少しでも冷静さに欠ける者を狙うことで先の立ち回りを有利に進める為であった。片方が冷静さを失えば連携は取り辛くなる筈だ。


「それが攻撃? 舐めてんのか? ああ?」


 だが、センリの攻撃は相手に届くことは無かった。

 『風魔法・ブレスウォール』。初級の中でも比較的高位に位置する風属性障壁魔法の一種だ。センリの拳は相手に当たる前に展開されていた空気の壁を殴っていたのだ。

 いくら強化魔法を纏っていても、素手でその障壁を突き破るだけの力は無かった。


「お返しだぜ。ウインドウブロウ!!」

「ぐっ!?」


 横に控えていたもう一人の男が放った魔法で突き飛ばされ、センリは壁に激突する。

 更に追い撃ちをかけるように、ブレスウォールをそのまま突き出す。結果、センリは廃墟の壁と魔法の壁に挟まれる形になってしまった。

 押し返そうともがいてみるが、先ほどの全力が通らなかった魔法である。びくともしない。

 ストレングスが通常の効果を発揮してくれていれば結果は分からなかったであろうが、センリにはこれが限界であった。


「はっ! 動けねぇだろう? 俺たちはそんじょそこいらの魔導士とは訳が違うんだよ。『お前』に破られるような軟な魔法じゃねぇ」


 しかし、ここで諦める訳にはいかない。センリには守らなければいけない存在が出来たのだ。

 無理でも無謀でも、諦めるという選択肢だけは取れない。

 それはセンリがアレンの背中を見て学んだ事だから。世界中の誰もが全てを諦めてしまうような状況の中で、アレンだけは世界を諦めなかった。共に過ごした時間は短かったが、それでもセンリはあの背中から学ぶことはあったのだ。

 親の背を見て子は育つ――というのなら、尚更ユーリに諦める姿を見せる訳にはいかない。


「――おおおおおおおおおおおおおおお!!」

「なっ!?」


 僅かにだが、センリが魔風の壁(ブレスウォール)を押し返し始めた。

 腕からミシミシという音が聞こえてくるが、そんなことはセンリにとってはどうでもよかった。


(娘一人も守れないような親父には――絶対になりたくないんだよ!)


 そんな思いがセンリの魔法に変化をもたらせ始めたのだ。それは本人も気付かない程微細な変化ではあったが、落ちこぼれの烙印を押されたセンリにとっては途轍もなく意味のある出来事であった。

 それに気付くことがまだ出来ないのも、(ひとえ)にユーリを助ける事に全神経を集中しているからであろう。

 だが、そんな変化を待ってくれるほど、戦いは甘くない。


「馬鹿が! 調子に乗ってんじゃねぇよ! 強化魔法ってのはこう使うんだ!」


 先ほど冷静に相方を止めた方の男は、センリと同じストレングスを唱える。

 そして強化した体から強烈な蹴りが繰り出された。そのタイミングを見計らって激高していた方の男はブレスウォールを解除した。

 結果、センリの胴体に一撃が入る。

 魔法の精度、解除のタイミング、それに伴う連携。敵ながら見事なものであった。確かに自分たちで言うようにそんじょそこいらの魔導士ではない――そう思わせるに十分な攻撃だった。

 ストレングスの正常な効果が発動した一撃である。センリの使う魔法とは段違いであった。「がはっ!」と、センリは息を強制的に吐き出させられた。相手を黙らせるにはこれだけでも良かったのだが、男たちは追撃を止めなかった。

 続けて暴力の嵐がセンリを襲う事になる。

 顔に、腹に、足に、強化されて威力の上がっている攻撃が降り注ぐ。


「オラオラオラァアアアアア! さっきまでの威勢はどうしたよ?」

「パパっ!?」


 ユーリの悲痛な声が聞こえる。

 センリも必死でガードしているが、到底防ぎきれるものでは無かった。

 自分の無力がこれ程悔しいと思ったことは無い。魔法がまともに使えない事がこんなに悔しいと思ったことは無い。

 これが自分一人ならいい。だが、今はそうではないのだ。

 センリの敗北はそのままユーリの危険に繋がる。

 薄れ始める意識のなか、それでもユーリだけは逃がさなければ――そう思い、センリは捨て身で目の前の男たちの足元に飛び込み、足を掴む。

 少しでもいい。一秒でもユーリが逃げる時間を作る為に。

 ユーリが助かる道だけは――絶対に諦めない。


「ユーリ……、逃げろ……」


 ユーリの体力が限界に来ているのは分かっていた。転んだ衝撃で体が傷だらけなのも見た。

 だが、それでもセンリはユーリにそう言った。

 戦って勝てれば良かった。しかし現実は甘くない。ユーリに一人で逃げる体力が無いと分かっていたからこその戦いだったが、それも破たんした。

 今のセンリでは勝てないのだ。

 だから這ってでもいい。とにかく逃げろ――センリはそうユーリに訴えた。


「離せテメェ!」

「無駄なあがきをしてんじゃねぇよ! お前の後はあのガキの番だ!」


 容赦のない蹴りがセンリに浴びせられる。

 こんな奴らの標的がユーリに移ったとしたら、冗談ではなく殺されるだろう。何をしたらこれ程の行動に出られるのだろうか? どんな事があれば幼い子供に容赦のない暴力を振るおうと思うのだろうか?

 それほどヤバイ案件にユーリが関わってしまったのだろう。


 仮面の中にある顔は、きっと酷く恐ろしい形相になっていることだろう。それが感じ取れる程に膨れ上がった狂気をセンリは察知していた。


「パパッ!! パパッ!! いやぁあああ!!」


 そんなセンリを見て、ユーリは泣き叫んでいた。

 目の前で父親が酷い目に遭っている。しかもその原因を作ってしまったのは自分だ。そんな状況を見て、まともな状態ではいられない。

 ましてや自分だけ逃げるだなんて――ユーリには出来なかった。

 痛む体に鞭打って、ユーリは立ち上がる。


「ダメだユーリ……! そのまま逃げろっ!」


 そんなセンリの静止も、すでにユーリの耳には届いていなかった。

 今のユーリにあるのは、センリを助けたいという思いと――心の中に沸く激情だけであった。

 ゆっくりと歩き出すユーリ。だがそれは逃げる方向ではなく、センリのいる方向にであった。それに気付いた男たちは仮面の下でにやりと笑う。

 追う手間が省けたとでも思っているのであろう。

 すでに男たちは暴力を振るうことで完全に抑制の効かなくなってしまっている興奮状態にあった。そんな状態の男二人に対するは、小さな女の子。

 勝ち目などない。

 だがそれでもユーリは立ち向かうと決めたのだ。

 そしてそれはとんでもない変化をユーリにもたらす事になるのだった。


「――パパをいじめるな!!」


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