僕と変人
僕は今、酷く暇している。
外はちらちらと雪が降り、正直どこかに出かけたい気分でもない。
無駄に広いリビングで芥川の『羅生門』を五回ほど模写していた。そろそろ川端の『伊豆の踊り子』に戻ろうと思ったとき、ギシギシとドタドタの混じり合った階段を降りる足音が耳に届く。
音の主はリビングの戸を開けると、僕を指差し言い放った。
「ジェンガしよう!」
何故かうちで暮らしている従姉妹の鈴音。短い黒髪を後ろで一つに束ねている。
毎日毎日飽きもせずに何らかの遊びを提案……というか強制してくる変人である。
僕に選択肢などないことを知ってるかどうかはわからないが、きらきらと目を輝かせる彼女は小学生のように無邪気だ。
僕は机上の小説を片付け、ため息ひとつで提案を承諾した。
慣れた手つきでジェンガを組んでいく。
既に何十回と行っているため僕としては正直飽きているのだが、鈴音はいつも楽しそうにプレイするのだ。
組み終わったところでジャンケンもなしに鈴音のターンから始まる。これがうちルール。
右へ左へ身体と共に短いポニーテールを揺らしながら、野生のヒョウのようにジェンガを凝視する鈴音。
何故初めから考えているのか、毎度のことながら不思議に思う。
先々を見据えて最善の選択を考えている……というわけでもないだろう。
天才将棋士やルービックキューブの世界記録保持者などなら話は違うが、彼女はただの変人だ。
「見えた!」
何が見えたのかはわからないが、ようやく彼女は動き出した。
小さな指で一つのパーツをタワーから引き抜き、それを一番上に縦に置いた。
「よし、うまくいった」
「うまくいったじゃなくて、横にしようよ」
「ルールにそんなこと書いてないじゃん」
「まあ、いいけど」
勝負の結果はやらずともわかり切っていることだし。
数分後。
歪な形を絶妙なバランスで保ったジェンガタワーは彼女の一手によって崩壊した。
「ああああああああ!」
バラバラになったタワーの残骸を信じられないものでも見るような目で見つめる。
頭を抱えがっくりとした様子の鈴音。
勝負事に関しては鈴音に負けたことがない。
だからこそ自由にやらせているのだ。
「負けた人が片付けるルールは守ってね」
「それは守るもん!」
小学生のような少女は最後にこう告げて家を飛び出していった。
「次は絶対勝ってやるんだから!」
僕はその時を気長に待たせてもらうとするかな。