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唯一の君へ  作者: 小宵
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義父と義母

ハルト視点

 そんなに年も変わらないナツキが母親面をする。

 はっきり言って抵抗がある。


 父の死以来、ナツキは俺の母親になろうと必死だ。

 

 俺は騎士団に入団するつもりだったので、王都に呼んでもらえたのは正直助かる。

 しかし、城に住む事になろうとは思いもしなかった。

 しばらくして騎士団の宿舎に移ったら盛大に文句を言われたが、騎士団の訓練に度々顏をだすのだから今までと会う頻度は変わらない。

 

 騎士団に混ざって訓練するナツキとギルバート殿下を眺める。

 ナツキもまぁまぁ出来るが、ギルバート殿下は桁違いだ。

 楽しげにナツキの相手をしている。


 ……父よりも、よっぽどお似合いに見える。


 そう一瞬でも思ってしまった自分が嫌で首を振る。


 ナツキはつり目がちの目は日によって色が違う。

 最近では黒が多いか。

 髪はもっと変だ。

 毛先は金色なのに顏周りは真っ黒。

 みっともないと言えばもうちょっと伸びたら切るの! と怒りながら言っていた。

 気が強く、しなやかな身体、そしてコロコロ変わる表情や気まぐれな態度は猫を連想させる。

 貴族のお偉いさんを覗けば、皆に愛されすかれている。


 ……ギルバート殿下が良い例だ。

 どうみてもナツキが好きだろう。

 なんと言うか、目線が、態度が「好きだ」と言う気持ちがだだ漏れである。

 第三王子ではあるが此度英雄となったギルバート殿下への求婚者は後を絶たない。

 五人いる王子達はそれぞれに優秀で仲がいいらしいが、顔の作りがギルバート殿下だけ違う。

 他の王子は母親似……つまり中世的なきれいな顔をしているのに対し、ギルバート殿下だけ陛下に似てどこか男臭く身体も大きい。

 まぁ、顏の造形が整っているのは皆変わらないが。

 

 以前ナツキに聞いた事がある。

 ギルバート殿下とはどういう間柄か、と。

 すると一言「相棒」と言う。

 色恋ではないのかと聞くと、きょとんとしたあと何故か大爆笑し、「年下とか無理っ!」と満面の笑みで答えていた。

 ナツキは今年二十八と言っていた。

 ……ギルバート殿下とは五つ違いか。


 そんな思考に耽っていると、ナツキがいつの間にか目の前にいた。


「ハルト、稽古しよう」

「ああ、よろしく頼む」


 ナツキがむっとする。


「お母さんに対して偉そう! 口の聞き方がっ!」

「……辞めてくれ」


 言っておくが俺はギルバート殿下と同い年だ。

 いくら父と結婚していたからと言っても、母は無理だ。

 はっきりいって姉弟の年の差。

 このやりとりを見慣れている騎士団内だから良いが、初めて見る人には理解できず、はっきり言ってこちらも説明するのが面倒くさく気まずい。

 男としての多少のプライドも邪魔しているが、何よりこの目の前の存在はこの国の……世界の宝であり、唯一の武器である”巫女”なのだ。

 本来ならば口も聞けないような遥か雲の上の存在だ。

 そう、親しげにできるものではない。

 今でさえ妥協しているのだから。


 世界の唯一。

 要とも言える巫女を父の最愛の人だと確信したのはいつだっただろう。

 

 初めはその年齢差に「まさか」と思ったが、召還された巫女の名前は”ナツキ”で、聞こえてくる噂も父が語る”夏希”に酷似していた。

 召還士の質が落ち、才能あるものがいなかったため、今回の召還は複数人の召還士が参加したと聞く。

 その時は勘でしかなかったが、後にギルバート殿下から聞けばその勘は当たっていた。

 一つの魔方陣に何人もの召還士が力を注いだ事により”道”が歪になってしまったのだ。

 召還士の一人が……もしかすると複数人かもしれないが、「あの頃に巫女がいれば被害が少なくすんだのに」と思いを込めてしまい、違う時間軸の道まで出来てしまったのではないかと言う事。


 離ればなれになった父とナツキは同じ世界の……異なった時代に召還されてしまったのだ。


 そして二人にとっての悲劇は始まる。

 ……だが、俺にとっては幸運だった。


 父が好きだ。

 心から敬愛している。

 

 優しく、穏やかで、俺にありったけの愛情を注いでくれた。

 それでいて包み隠さず、全てを話してくれた。

「夏希ちゃんに会いたい、寂しい」と言って駄々を捏ねる父の姿は今でも苦笑ものだ。

 冗談のように言葉にして、本心を、溢れ出る激情を留めているのが分かったから。

 俺もずっと「俺も母さんに会ってみたい」などと他愛ないやり取りを繰り返した。


 ナツキも好きだ。

 こちらも敬愛している。


 父の代わりにナツキを一生護り抜くつもりでいる。

 だが、ナツキは俺を一生護るつもりのようだ。

 ……この世界に”巫女”以上に護らなければならない存在などないのだが……。

 俺の母親になろうと努力しているナツキははっきり言って可愛らしいものなのだが、これを言うと「母親としての威厳が!」と嘆くので言わない。

 母として認める事は難しいが、家族だと思っている。

 父と同じように無条件の愛情を注いでくれるナツキに嬉しさと同時に照れてしまって上手く返せないが……たまには「母さん」と呼んでもいいかもしれない。

 俺がそう呼ぶとき、ナツキは誰にも……いや、父にしか見せた事がないだろう幸せな顏で笑う。

 その笑顔が見たくて。

 特別なときだけ、俺はナツキを母と呼ぶ。



 

 俺を構うのが面白くないのか、ギルバート殿下がこちらを睨んでいた。

 

 親子宣言をしているからとはいえ、年頃の男女二人。

 嫉妬してもおかしくはない。

 

 ナツキには幸せになってもらいたい。

 

 今はまだ、嫌だけれど。

 ギルバート殿下と添い遂げる日が来ても俺は心から祝福する。

 

 父の前でしかナツキは泣かなかった。

 

 父が死んでからナツキは一度も泣いていない。

 全てをさらけ出しているようで、肝心な部分を隠してしまうナツキのような人間には吐き出す場所が必要だ。

 ……父の腕の中のような場所が。



 以前殿下の為にナツキの好みの男を聞いた事がある。


「私、料理できないからさー。料理できる男子がいいなー。冬夜は上手だったよー……え? 知ってる? ああ、そりゃそーか」 


 などと言うから、手料理を披露すれば、もの凄く喜んだ。

「冬夜の味だぁ……」とリスのように頬袋を膨らませながら。


 それを第一騎士団の皆に自慢するものだから。

 俺は何故か料理好きと言う事になっている。

 別に必要性がなければ作りたくないのだが。

 

 これを聞いたギルバート殿下が密かに城の料理長に料理を習い始めたとか。

 

 健気だ。


 俺はナツキが再婚するならギルバート殿下を推す。

 不憫だしな。

 国にとっても一番いい組み合わせらしい。




 父の死期を悟ったとき、間違いでもいい、連れてこなければ後悔する、そう思った。

 

 父を、父の言う”夏希”に会わせてあげたかった。

 俺の存在が寂しさを紛らわせられるなら、それでもよかった。

 ただ恩返しがしたかった。

 父の不安を一つでも取り除いてやりたかった。

 

 あなたの”夏希”はちゃんと生きてここにいる、と言う事を。


 

 

 ナツキの刃を受け流す。

 今ではナツキよりも強くなった。

 ナツキは……弱くなった。

 少しずつ、力が無くなってきている。

 水晶を浄化した今、必要の無くなった力を身体に仕舞込むように。

 それでも女の身でありながら騎士団で通用するぐらいの力量はある。

 

 魔物の討伐もほぼ終わり、平和な世が近づけば貴族共のくだらない私欲の争いが始まった。

 巫女としての力が衰えても民から絶大な人気を誇り、平和の象徴となった”巫女”は俺の想像する以上に利用価値のある存在らしい。


 巫女である前に、”椎堂夏希”と言うこの一人の女性を……母を、護ると俺は自身の剣に誓う。

 

 どうか、あなたも幸せになってくれ。








 

 

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