召還された巫女
「ハルト!」
「?」
同い年くらいの男が人をかき分け目の前で意味の分からない言葉を投げかけた。
私が首を傾げているうちに護衛共が男を捕縛しようとしたが、それを難なくよけている。
ぴゅう、と賞賛の意を込め口笛を吹くと男は私の目を見て、もう一度言った。
「俺の名はハルト! ……ハルト・シドー」
「!」
目を見開き、男を凝視する。
「俺と来てくれ」
差し出されたその手を。
私は躊躇いなく取った。
+++
気づいたときには魔方陣の中。
周りには脂の乗ったおやじと死にかけの爺さんばっかり。
ふと、さっきまで私を叱っていたはずの旦那を捜す。
足下に急に出てきた魔方陣が光りだしたとき、旦那は庇うように私を抱きしめていたはず。
なのに、今は一人。
急に怖くなった。
俯きそうになった私の顎を掴んだのは一人の青年。
「あなたが、巫女か。私はギルバート・エル・フォン・ディライザ。巫女たるあなたと対を成す存在だ」
「ああ? つーか気安く触んな」
べしっとギルバートとか言う男の手を払い思い切り睨んだ。
伊達に昔不良少女やってたわけじゃない。
高校では皆怖がって先生以外に話しかけてくるやつなんて一人もいなかった。
セミロングの髪は金髪に染め、青いカラーコンタクトは常備。
しかし今は成人したのでつけまつげは二枚づけから一枚に減らした。
金髪は譲らない。気に入ってるし。
目の前の絶対染めてなさそうな本物の金髪碧眼を睨み続けていると、にやりと口を歪めた。
「……巫女と言うのはこうも威勢がいいものなのか? まぁ、いい。か弱い乙女を連れ回すより遥かにやりやすかろう」
「殿下、この者本当に巫女なのでしょうか」
下品すぎる、とおやじ共が口々に言うが知ったこっちゃない。
ふん、と胡座をかき眉をしかめ続ける。
はっとギルバートが笑う。
「俺の事はギルと呼べ。俺はこの国の第三王子であり、第一騎士団団長……そして今代の巫女と共に世界を救う者だ」
「……はぁ?」
何言ってんのこいつ、と態度で示したつもりだがギルバート……ギルは自信満々の笑みで手を差し伸べてきた。
「俺と共に。世界を救おう」
とりあえず立ち上がる為にその手を取ってしまったのが運の尽き。
突如魔方陣が光りだし……私には歴代巫女の記憶と知識と力が備わってしまったのだった。
+++
ようするに、私は”規格外”になった。
ギルには劣るがいきなり剣が使えた。
この世では誰も使えない治癒能力が備わった。
魔法は使えないが、召還術が使えて魔物が使役できた。
もう語られない昔の歴史がわかる。
……と言ったようにとにかく人生こんなに楽で良いのかと思うくらいの規格外。
そしてギルが言うには、今この世界は魔物が蔓延っているらしい。
元々人と魔物が住む世界は区切られているのだが、その境目にある”水晶”が黒く濁ってしまったそうだ。
結界としての役割を果たしていた水晶が濁り、力が衰えた事で魔物達が人間の世界にまで浸食し人々を襲っている。
その結界の濁りを癒し、元に戻せるのはこの世でただ一人、巫女だけ。
水晶まで巫女を護り、各地で起こっている魔物達の問題を片付ける為に選ばれたのがギル、と言うことらしい。
ぶっちゃけどうでも良いのだが、世界中を回れると聞いて私は「行く」と即答した。
魔方陣の中には私の旦那もいたのだ。
もしかするとこちらの世界に一緒に飛ばされた可能性がある。
旦那を捜す片手間に問題を解決すればいいだろう。
こんな軽い気持ちで旅に出た。
私と、ギルと、第一騎士団の皆と。
しかし私は自分の覚悟の無さをすぐに自覚した。
目の前で死んで行った人々。
この世の者とは思えない悍ましい凶暴な魔物達。
私の中の巫女達の記憶が、意思が。
私を咎め、断罪した。
それでも私に巻き込まれたであろう旦那を探し続けた。
ただ、想いを自身の胸だけに留めた。
苦しいのは私だけじゃない。
力のある私が、何もせずに傍観するのは……もはや罪だ。
私情で救える命を軽んじる事などできない。
”命”とは、儚く、大切な贈り物。
きっと優しい私の旦那は、今の弱い自分を赦さない。
護れる命がそこにあるのに護らないなんて、旦那は絶対悲しむ。
待ってて。
この世界を平和にして、すぐに迎えに行くから。
だからいつもみたいに、よく頑張ったねって言って優しく抱きしめて。
頭撫でで、いっぱい褒めて。
そのために、私頑張るから。
頑張るけど、あなた以上に大切なもの、私にはないから。
……だから、どうか、私が見つけ出すまで無事で居て。
+++
水晶の浄化を果たした私は授かった”力”の一部を無くした。
それでも規格外なことに変わりはないが。
世界に平和を取り戻した私はまるで戦場から凱旋した聖女・ジャンヌダルクのよう。
王都の民によって出来た人だかりはまるで遊園地のパレードのごとく。
出立したときの半数以下で帰ってきた私たちを民は歓喜して迎え入れた。
それに答えるがごとく隣に立つギルと友に笑顔で手を振る。
作り物の笑顔の下で、私は旦那の事ばかり考えていた。
私は平和を取り戻した。
もう、いいだろう。
このまま王城に帰れば巫女と言う立場上雁字搦めになるだろう。
そんなことごめんだ。
今すぐにでも旦那を捜しに行こう。
今まで一緒に戦ってきた仲間を見る。
そして、隣に立つギルを見つめる。
「? どうした、ナツキ」
私の名を呼ぶ彼に微笑みを返す。
「ギル、今まで……」
ありがとう。
そう言って、踵を返し逃げようとしたその時、人々の罵声が聞こえた。
「おい、押すな!」と口々に言う怒鳴り声がひと際強くなった瞬間、原因であるであろう人間が私たちの目の前に押し出されるように出てきた。
真っ黒な髪に、紺色の瞳をした青年はまっすぐに私を見て声を張り上げた。
「ハルト!」
「?」
なんだろう?
皆が私を護ろうと彼を捕まえようとする。
私、もう護ってもらうほど弱くないけど。
ギルも私を引き寄せ背に庇おうとするが、その腕をひょいと避ければギルが睨んできた。
それより、見なよ。
あの子結構強いみたいよ?
死線をくぐり抜けてきた第一騎士団の攻撃を避けてるし。
賞賛の意を込めて口笛を吹けばギルが思いっきり睨んでくる。
おーおー怖い怖い、と肩をすくめた瞬間だった。
「俺の名はハルト! ……ハルト・シドー」
「!」
目を見開き、凝視する。
聞き覚えのある名前。
「俺と来てくれ」
差し出されたその手を拒む理由なんて一つもない。
愛馬の腹を蹴り、ハルトの手を取り馬上に引っ張る。
後に乗ったのを確認し、また愛馬の腹を蹴る。
ギルが怒っている。
でもそんなことどうでも良かった。
「どっちに行けば良い?」
「こっちだ。まずあそこへ向ってくれ。俺の馬がいる」
ハルトに誘導され辿り着いた村。
ここだけは何故か魔物の被害が無く、ほとんど素通りした。
そんな村の外れに、水車のある小さな小屋があった。
ハルトが馬を鞍に入れ、その扉を開けた。
「ただいま、───」




