第7話 運命の足音
『猫目石』にシュヴァルツブルク要塞攻略の勅命が下り、兵舎内は俄に喧噪を増した。
アキラは首都『サクソン』まで皇帝の勅書を取りに行かねばならず、宮廷まで直接足を運ぶこととなった。
往復に1週間程の道程だが、アキラの命令で、それには俺も同行することとなった。
アスペルマイヤー、バックハウスの両大佐に留守と出征の準備を任せる形となり、不安を禁じ得ない俺は、再三、再考を求めたが、アキラの考えは変わらなかった。
「ぐだぐだ言うな。ボクが来いと言ったら、おまえも来るんだ」
俺は、アキラ・キサラギの副長だ。強く言われては引き下がるより外ない。
「エルも連れて行くけど、いいよな」
「……はい」
アキラ・キサラギは『エミーリア騎士団』の准将だ。立場上、身の回りに信用できる者を置きたい気持ちは分かる。家人であるエルが選ばれるのは喜ばしいことでもある。しかし、軍関係の問題にエルを関わらせたくない俺としては、複雑な気持ちだった。
アキラに行動を管理されているのではないか。
その疑心を拭えぬまま、俺は一時、『猫目石』の兵舎を離れ、一路首都『サクソン』へ赴くこととなった。
馬車にはアキラの他に俺とエル。計三人が乗り合わせ、その警護には第七連隊から一個中隊……約二〇〇人が当たっている。
道中、アキラはすこぶる上機嫌だった。
「楽しいね。キミと一緒に旅行できるなんて、思いもしなかったよ」
「遊びに行くんじゃないんです。もっと、気を引き締めてくださいよ」
そう、問題はそれだ。
冬の到来の近い今の時期、出征の勅命が下るとはどういうことなのか。
俺の個人的な悩みは置いて、現在、一番気掛かりなのはそれだ。
『シュヴァルツブルク要塞』は堅固な『要塞』だ。攻略にはそれなりの時間と人員を必要とする。
『攻城戦』の経験の浅いエミーリア騎士団が、冬の到来が間もないこの時期に出征して、よい結果を出せるとは思えない。
味方の将兵も、きっとやる気にならんだろう。
大勢を動員し、多量の物資を食い潰してまでやる価値があるとは思えない。
――負けてこい、ということだろうか。
一瞬、考えて打ち消す。それはありえない。
『要塞』の攻略には多大な人員を必要とする。動員される人員は、最低でも『軍団』レベルになる。数としては大体十万人程度の兵員が動員されることが予想される。
『軍団』の総司令官には『中将』が指揮官として充てられる。猫目石もその『中将』の指揮の元、戦うことになるだろう。
それほどの大規模な出征を行うとしては、今のこの時期は少し――いや、かなりおかしいとしか言いようがない。
……きなくさい匂いがする。
何らかの謀略の気配がする。思いもかけぬ事態に巻き込まれるのではないだろうか。
サクソンに向かう馬車の中、思索に耽る俺に、アキラが言った。
「どうしたの? 難しい顔して。キミらしくないよ、そんなの」
「アキラ……この時期の勅命は……」
アキラは、にっこり微笑んだ。
「うん、おかしいね」
「…!」
思わず俺は鼻白む。
だが、アキラに慌てた様子はない。つまり、アキラには今後の展望があるのだ。
アキラは頬を染め、照れたように、もじもじしている。兵舎を出てからは、ずっとそんな感じだ。もじもじしながら言った。
「キミとエルにだけ言うけど……内乱が起こるんだよ」
「……内乱?」
「うん。フォン・カロッサがついに起つ」
「――エル!」
これは間違っても聞かれてよい話ではない。エルに素早く下知して、周囲を警戒させる。
アキラはフォン・カロッサと言った。
つまりこれは……現エミーリア騎士団団長であり、元帥であるヒルデガルド・フォン・カロッサを含めたカロッサ一族郎党のことだ。
動悸がした。そして胸に沸き上がる強い昂揚感。
ついに来たのだ。時代の裂け目とも言える時が。
「キミの膝に座ってもいい?」
「はい」
アキラを抱き寄せる俺を、エルがちらりと一瞥し、馬車の出入り口近くに腰掛ける。
アキラの話ではこうだ。
皇位継承権第二位のフリートヘルム・フォン・カロッサ公爵は皇帝である兄ハルトムート三世の不予に際し、ついに野心を露にし牙を剥く、というのだ。
「皇帝不予の噂は聞いてましたが……」
「まだ余裕はあるみたいだね。衰弱が酷いらしいけど……そして、皇帝の息子は未だ四歳。まあ……ボクが彼でもそうするだろうね」
「ですが、それと要塞攻略の話は、どう繋がるんですか?」
「んっ、お腹をさすってくれると嬉しい……」
俺はアキラの腹をすりすり考える。
これは……最高にして最大のチャンスだ。アキラ・キサラギが、もしその小さい身体に大きな野心と夢を持ち合わせるならば、これが飛翔の、最初にして最後のチャンスになるだろう。
アキラは、はあっと悩ましげに息を吐く。
「フォン・カロッサは……自分の軍勢以外の兵員を、一時、遠ざけたいんだよ……この勅命には、そういう裏がある……」
「……」
なるほど。自分以外の勢力を一時追い払い、その間に実権を握る、ということか。
「……カロッサの決起の時期は……?」
「皇帝の、崩御と……ぅんっ……同時になるだろうね……」
「准将……もう少し、真面目にお話しされては……」
エルが呆れたように首を振る。
「ごめん……でも、嬉しいんだ……ボクがいて、エルがいて、そしてレオ、キミがいて……ようやく、ここまで来れた……」
「では……」
俺は息を飲む。否が応にも胸が高まるのは、武人としてのこらえ切れぬ性分か。それともやはり、俺も男ということなのだろうか。
アキラ・キサラギは細く長い息を吐き出した。
「勿論、このボクも起つ。レオ、幼帝を押さえるぞ」
「…はっ」
ついに来た。
アキラ・キサラギがついに起つ。
胸が震える思いだ。万感の念がある。こんなにも、俺は武人だったのだ。それがこんなに誇らしく思えたことはない。
時代の風雲児アキラ・キサラギの飛翔の瞬間を、隣で体感できる。
「兵力が足りませんが……」
「構わない。このレースは早い者勝ちになる。ボクと同じことを考えるやつもいるだろう。直属の第七連隊が鍵になる。幼帝を手中に収め、兵権を奪取してしまえば、カロッサとも五分に渡り合える」
「はっ……」
これまで傭兵として、騎士として、数々の死線を抜けて来たつもりだ。その集大成とも呼べる戦いを前に、どうしようもなく胸が震えてしまう。
これでも、俺は勘が働く方だ。
その勘が告げている。
俺は、この戦いを生きて終えることは、できない。
◇ ◇ ◇ ◇
「この出征に意味がないわけでもない」
アキラは言う。
「カロッサからすれば、一番避けたいのはアルフリード側の介入だろうからな」
「なるほど……」
俺たちの気分は関係ない。出征してしまえば、そのこと自体が、アルフリード側に対する強い牽制になるというわけだ。
「勅命には皇帝の玉璽が必要ですが……」
アキラは腹の上に置いてある俺の手を握った。
「……玉璽は既にカロッサの手にあると見るべきだろうな」
「……」
既に玉璽はカロッサの手にある。
これは大きな問題だ。
勅命に玉印がある以上、どんなに嫌でも『シュヴァルツブルク要塞』に出征せねばならないし、皇帝崩御の後も、カロッサは先帝の遺志を受け継いだのは己だと強弁することもできる。
一番たちが悪いのは、カロッサの陰謀を見抜いているこの状況にあってなお、カロッサの意のままに動かねばならないということに尽きる。
そして出征せねばならない以上、
「行動の限界点を見切らねばなりませんね……」
「それが一番難しい問題だ」
つまり皇帝崩御の時期だ。シュヴァルツブルク要塞に居ては、崩御の報を受けた時は、既に手遅れだろう。
かと言って、崩御前に行動してしまえば野心を疑われる。
ベストなのは皇帝崩御の時期を前以て知ることだが……
アキラは、ぎりりと歯を食いしばる。
「その問題をクリア出来るやつが、一人だけいる……」
「はい……」
イザベラ・フォン・バックハウス。
『呪術師』だ。
◇ ◇ ◇ ◇
空を見つめていた。
能天気な馬鹿のように。
或いは、レオンハルト・ベッカーのように。
だが、レオンハルト・ベッカーのようには、涙は流れない。
きっと、人が人のために流す涙は、美しいのだ。
イザベラ・フォン・バックハウスは、涙を流したことがない。少なくとも、彼女自身が知る限り。
苛立ちに曇ることはあっても、その深く青い瞳が、涙に濡れたことは一度もない。
思い返せば、レオンハルト・ベッカーはいつも空を見上げていたように思う。
四年前、拾って来た猫の娘が、なかなか食事を取らないと言って。
三年前、ジークの期待を裏切って申し訳無いと言って。
二年前、昔馴染みの仲間が死んだと言って。
一年前、戦で大勢殺したと言って。
レオンハルト・ベッカーは零れそうな涙を堪えるため、空を見るのだ。
彼の持つ、黒耀石の瞳から、涙が零れる。
壊れ、あどけなく笑うジークのために。
そして――イザベラのために――。
人が人のために流した涙は美しい。少なくとも、イザベラはそう思う。
では、レオンハルト・ベッカーが、イザベラ・フォン・バックハウスのために流した涙の価値はいかばかりか。
そのことを考えると、イザベラの胸は捩れ、張り裂ける。
出征が近づき、第八連隊の兵舎は忙しい。主に、工作、兵站、伝令を担うイザベラの部隊は尚のこと、出征の準備に忙しい。
冬将軍の到来を間近に控えたこの出征、勝ち目はない。
こんな無駄な出征に手間を割くのはイザベラの好むところではない。準備は部下に一任してある。
当然、暇を持て余したイザベラは、何をするでもなく、兵舎の屋上から、ただ、空を見上げる。
空が藍色の趣を見せ、星が瞬くようになっても、イザベラはただ、空を見る。
やはり、涙は流れない。だが、星たちは色々なことを教えてくれる。
やがて、一つの星が落ち、周囲の星たちが輝きを増すこと。その周囲の星に、イザベラの星も含まれること。
占星術は得意でないが、嗜みのあるイザベラには分かる。
時代が変わろうとしているのだ。
くだらない。
イザベラは眉を寄せる。
星々は、イザベラの知りたいことまでは、教えてくれない。
その翌日のことだ。
アキラ・キサラギが皇帝の勅書を携え、首都サクソンから帰ってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
アキラと俺、エルの三人がサクソンから帰り、早二日が経過しようとしている。
イザベラの調略を薦める俺に対するアキラの反対が原因で、この意味のない二日間の停滞を生んでいる。
「性悪女の手は借りたくない」
アキラがそんな駄々を捏ねる間にも、事態は進行する。
『猫目石』は既に出立の準備を終え、団長であるアキラの号令を待つのみとなった。
再三に渡る俺の諌言に、この二日間のアキラはぴりぴりと苛立っている。
「やつのおまえを見る目が気に入らない」
「なんですか、その理由は。そんな詰まらない理由で大局を見誤らないで下さいよ」
「詰まらないとはなんだ! ボクら二人の間に、あのエルフは関係ないだろう!?」
「だから……」
結局、俺はアキラの説得を諦め、独自の判断でイザベラに接触することにした。
ここ最近のアキラは睡眠時間を多く取るようになっている。隙を突くのは容易い。
エル曰く。
「満足すれば、猫が寝るのは当然のこと」
元の強い怠惰の悪癖も相俟って、猫の特質が強く出ているのだ。
朝早く出仕する俺は、立ち並ぶ投石機や据え置き式の弩弓等の攻城兵器を横目に、第八連隊の兵舎に向かう。
ちなみに俺個人に対する第八連隊への出入り禁止は解かれていない。だが、出征間近のこの時期に、『猫の懐刀』である俺の行動を制限するような者は、風紀部に拘わらず、何処にもいない。当然だ。彼らとて戦争に行くのだ。色事の取り締まりで騒ぐのは平時に限られる。
第八連隊の副長の話によれば、隊長のイザベラは、ここ最近は、ずっと兵舎の屋上で事の成り行きを見ているらしく、あまり真面目に出征の準備を進めてはいないらしい。
……今回の出征の意味を看破していると見て間違いない。やる気のなさはその現れだ。
だがそれならそれで話は早い。
協力を条件に、イザベラが取引を持ちかけて来るなら、こちらの目的は達せられたようなものだ。空取引という言葉もある。なんとでもする自信はある。
特長のある青いトーガに、ぴったりとしたレギンスを纏い、イザベラ・フォン・バックハウスは魅入られたように空を見上げていた。
何かあるんだろうか……。
俺もイザベラの隣に立ち、同じように空を見上げてみる。
いつもと同じ、青い空が広がるばかりだ。特に珍しい何物もない。
「うひゃぁっ!」
素っ頓狂な声を上げたのはイザベラだ。
気づいているのかと思ったが、どうもそうではなかったようだ。
「あっ、あっ、あんた……救急箱、いっ、いつからそこにいたのよう!」
これは面白い。
あの性悪女ことイザベラが、耳まで真っ赤になって、本気で動揺している。
「な、何、にやにやしてんのよ! 救急箱のくせに!」
しまった。顔に出ていたようだ。これはこれで、可愛いものがあるが、今日はエルフを観覧に来たのではない。
「申し訳ありません。何やら物憂げな表情で空を見上げておられたようなので、つい……」
……さて、どうするか。
知恵者バックハウス――性悪女バックハウスを相手取り、元傭兵の俺がどこまでついて行けるやら……。
イザベラは胸に手を置き、深く大きい呼吸を繰り返している。
「実は、イザベラさまに個人的なお願いがございまして……」
僅かな自嘲が込み上げる。
元傭兵のこの俺が、エルフ相手に小細工などと……よくもまあ、付け上がったものだ。ここは一つ――
「皇帝の崩御の時期が知りたいのです。イザベラさまなら、何か方法をご存じだと思いまして、今日は伺った次第です」
「…………」
イザベラは、胸に手を置いたままの姿勢で、しばらく惚けたように俺を見つめていたが、
「あっ、あんた、馬鹿じゃないの? それって、それって――」
不逞の企みがあると言っているようなものだ。イザベラは、その明け透けな物言いに驚いたのだろう。
「はい、イザベラさまの思うとおりでございます」
こんなことは話していればばれる。小細工は無しだ。正面からぶつかる。ぼんくらの俺が頭を使ったからと言って、知恵比べでイザベラに勝てるとは思えない。
「それって、ちょっ、え? あのおかしな猫が、蜂起するってこと?」
「……」
その質問に答えることはできない。いざとなれば、この身を切る。或いは――この場でイザベラを斬り捨てる。
俺は僅かに笑みを返す。
イザベラはなぜか、非常に困惑した様子で、何度も手を揉み絞った。
「え? え? 待ちなさいよ……あんたが、それを聞きに来るって、ことは……え? そういうことなの? あんたも行くの?」
「……」
アキラ・キサラギが起つ。
そう聞いた時、己に対する未練は切って捨てた。そもそも命を惜しんで、国取りができるか。
平民出のいやしい傭兵上がりのこの俺の、命の価値など知れたもの。
一代の風雲児の見せるうたかたの夢に咲いて散る。それも一興。
これが俺の選んだ運命だ。
もはや、何の苦悩もない。おそらく俺も、『何者』かになったのだ。
さあ、『知恵者』イザベラ・フォン・バックハウス。
おまえもこの時代の裂け目に居合わせた『何者』かではあるのだ。
俺は命を張っている。
おまえも命を張ってみろ。
◇ ◇ ◇ ◇
「あっ、あんた、馬鹿じゃないの!? あんたみたいな雑魚が――どうなるか分かってんの? ねえ!?」
「……そんなに簡単にやられてやるつもりはありませんが……」
これもまた本音だ。
命懸けと自殺願望は、まったく違う。自らの行為に酔うつもりは無い。雑魚は雑魚らしく、全力で、手段を問わず戦い抜く。
俺はその先にあるものが見たいのだ。
「イザベラさま、重ねて申し上げます。ご協力を、願えますか……?」
低く言う言葉の先に、殺気が籠もる。これは、『そういう』話し合いだ。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、ねえ…!」
イザベラは長く美しい金髪を振り乱して言った。
「ついて行けないわよ……あんたは、一体なんなのよ……」
おかしなことになって来た。あの、イザベラが涙ぐんでいる。
「俺ですか? あなたの言葉で言うなら、ニンゲンです」
それは戦う者だということを示している。
「わかんない! わかんないわよ! 私が聞きたいのはそんなことじゃない! 私は、あんたをそんなふうに思ってない!」
「……?」
ついに、イザベラの青く深い瞳から涙が溢れ出した。
そしてイザベラの言葉の意味が、よくわからない。
俺がこの場で殺意を持ち、交渉していることを非難しているのだろうか。
イザベラが、つっと歩み寄り、華奢なエルフと思えぬほどの力強さで俺の肩を掴んだ。
「ねえ! 今からでも遅くない! 私のものになりなさいよ! あの卑しい猫が、フォン・カロッサに勝てるわけがないんだから!」
確かにそうだ。この決起は勝ち目が薄い。
フォン・カロッサは『軍』を所持している。旅団クラスの兵力しか持たないアキラのことなど気にも止めないだろう。
だが、今起たずして、いつ起つのだ。
アキラは決意した。この胸に抱いた風雲児の決意したことだ。俺はそれに準じる。
イザベラが俺の肩をゆらす。
「ねえ、ねえ…! あんたが馬鹿なのは、もう十分分かった。だから、ね? もう、やめて? 何も死にに行くことないじゃない、ね?」
「…………」
俺におかしな執着を持っていたのは知っていたが……。
イザベラが更に詰め寄って来る。
「ねえ、あんたのためだったら、何だってやって上げる。父上だって、あんたのために始末したんだから、ね?」
「俺の、ため?」
泣き濡れた顔に笑みを浮かべ、イザベラは言った。
「そうよ。あの男が私を使って、あんたの居場所を割り出させたの。だから、死んで当然。ね? 私は、何だってあんたのためにしてあげる。だから、ね? もうやめよう?」
「…………」
「あんたの涙は、もう見たくない。あんたの流れる血は見たくないの……ねえ、レオンハルト……」
イザベラは、初めて俺の名を口にして、その後は、ただ泣き崩れた。
生まれて初めて泣く赤子のように、頑是なく。
ここに居るのは、恋に狂ったただの女だ。
買いかぶったか。『知恵者』バックハウスは何処へ行った?
だが、これはこれで利用価値がある。
イザベラの髪を撫でながら、その細い腰を引き寄せる。
「あっ……」
僅かな抵抗を飲み込み、落とし込むように口づける。
求めに応じるように、イザベラの手が首に絡み付く。
もう、何も感じない。
この身に背負う裏切りも、苦悩も、俺を止めることはできない。
俺はレオンハルト・ベッカー。
『猫の懐刀』だ。
◇ ◇ ◇ ◇
先陣が『第五連隊』のジーク。中陣が『第八連隊』のイザベラ。後詰めにアキラの直属である『第七連隊』の順に『猫目石』は進発を開始した。
街道沿いに国境に入り、道中、他の部隊と合流し、規模を大きくして行く。最終的には『軍団』レベルの規模になるだろう。
目端の利く者は、この出征に意味を感じないようで怠慢甚だしいが、俺はそれを敢えて止めずにおいた。
秋も終わりに近づき、風には冬の寒気が混ざり始めている。
迫り来る寒気の影響か、右足がしくしくと痛み出してくる。
今回の出征にはアキラの要請で、エルも同行することになった。
女性の将校が身の回りの世話のため、侍女を帯同することは珍しいことではない。その一人にエルが選ばれた。
このことに関しては、アキラも交え、三人で大揉めに揉めた。
やむを得ずエルに修道院入りの許可を出した俺に対し、アキラとエルの反発は苛烈を極めた。
「エルはボクの家族も同然だ。キミの言うことでも、そればっかりは承服できない!」
と、アキラは肩を怒らせ、一方エルは、
「少佐……どうしても、というならば、エルを切って行かれて下さい……」
と言い出す始末だ。
そういう顛末で、エルは『猫目石』に従軍することとなった。
エルが来る以上、俺は絶対に勝ち、生き残らねばならない。
その決意をあざ笑うかのように、吹き付ける寒気が右足の古傷を悪化させて行く。
行軍の内容は、国境を越える当たりまで接敵の恐れがないため、旅次行軍となる。
人馬の疲労を避けるため休養に重きを置き、兵器の愛護に留意する内容であるため、大事を取って騎乗での行軍を避け、馬車でエルを含む少数の非戦闘員と共に従軍する事になった。
不甲斐なさに口を噤む俺の右足を揉み解しながら、エルが言う。
「少佐、張りが取れません。また杖を使われますよう……」
運命の足音が聞こえて来る。
レオンハルト、絶対に、お前を逃がしはせぬぞ、と嘲笑っている。
行軍の最中、エルは甲斐甲斐しく俺に尽くした。この出征ではアキラの侍女であるはずが、俺だけの世話を焼くことに終始した。
「エル……すまん」
言葉少なく言う俺に、エルが答えを返す事はなかったが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
イザベラからは、アキラに内密で頻繁に手紙が届く。
手紙の内容は、呪術で知り得た現在の皇帝の容体と、俺の身体を気遣う内容だ。そこには多分に己の心情を綴る言葉が書き連ねられており、戦時であるというのに、些か気の抜ける思いだった。
イザベラの寄越す情報の大切さを思えば、返事をさぼるわけにも行かず、俺はそのことにも頭を痛める嵌めになった。
自由の利かない右足のお陰で、この手紙の返事にもエルを頼らなければならない。
エルは手紙の内容こそ聞かないものの、使いを頼む度に、
「少佐は、きっと、ろくな死に方はなされないでしょう……」
と呟く。身に積まされる思いだった。
アキラは首都サクソンに伸ばした自らの情報網を頼りに、フォン・カロッサの動向と皇帝の容体を探って入るようだが、イザベラのもたらす情報より遅れたものが多い。
俺とイザベラが内密理に繋がっていることはアキラには秘密にしてある。故に、皇帝の容体に関する限り、俺が一歩先を行く形となっている。
そのアキラだが、夜間になると度々、癇癪を起こし、設営した己の天幕に俺を呼び付ける。
「何で、おまえと居られないんだ!」
「行軍中ですよ? 同衾するわけに行かないでしょう……」
「ふざけるな! なんなんだ! おまえの態度は! ボクがどんなに寂しい思いをしているか、想像できないのか!?」
これさえなければ、素晴らしい上官なのだが……。
猫目石の副長である俺には、小さいが専用の天幕が宛てがわれている。
その天幕には、俺の身の回りの世話のため、エルが付けられることになった。
適当な従騎士を選んでそいつをこき使おうと思っていたのだが、それはエルの矜持が許さないらしい。
行軍中にも拘わらず、エルを同伴しているためか、夜は気が緩んでしまう。
「少佐、何か暖かいものをお持ちしましょうか?」
「ああ、おまえも飲むといい」
行軍中であるため、夜間とはいえ、エルはもう休めとは言わない。
副長には行軍中の仕事もある。行軍病――凍傷や疲労から来る疾病が発生していないか。不足している物資はないか。兵站は上手く機能しているか。それらの報告書に目を通す俺の足に、エルが膝掛けを被せて来る。
「冷えます……」
「……アルフリードは雪国だからな。これから、もっと寒くなる」
そろそろ、行動の限界に達する。行軍を止めるなり緩めるなりしなければ……。
そんなことを考える俺の肩に、エルがそっと手を置いて来る。
「少佐……」
軍用椅子に腰掛け、見上げる形になった俺に、エルが唇を合わせて来る。
つっ、と伝う銀の滴をなめ取りながら、エルが耳元で囁く。
「エルは……いつになったら、少佐に情けをかけてもらえるのでしょう……」
「……」
殺したいと憎むほどの男に尽くし、抱かれたいと望むエルの気持ちは、俺にはよく分からない。
憎愛というやつだろうか。それは、俺を酷く息苦しくさせる。
鞭打たれたかのように、エルの顔が歪む。
「もう、我慢できません…」
命をくれてやると決めた女の言うことだ。最大限、尊重してやりたい。
再び、唇を合わせて来るエルに応えながら、ぐっと身体を抱き寄せる。
人殺しのレオンハルト・ベッカー。
裏切り者のレオンハルト・ベッカー。
それらの事実が、俺を苦しめることは、もうない。
「ああ……レオンハルトさま……」
ただ、俺は……重苦しいのだ。
歓喜に打ち震えるエルの喘ぎを受け止めながら、胸の重苦しさに封をする。
この胸の重苦しさも、息苦しさも、終わる日が近い。
それを約束する猫の女を胸に抱き、また、一日が終わる。
◇ ◇ ◇ ◇
決戦の日が近い。
エミーリア騎士団における『軍団』は、四個『師団』を基幹とする。
一個『師団』は、四個『旅団』から成る。
今回、出征したのは四個『師団』。約九万六千人の将兵が『シュヴァルツブルク要塞』攻略に参加していることになる。
アキラ・キサラギのような准将が計十六名。師団長として『少将』が四名。総司令官として『中将』が一名。
『猫目石』は既に『中将』率いる『軍団』に吸収されている。アキラの旅団内における指揮権も総司令である『中将』に一部委譲されることになる。
アルフリードの国境に近づき、計二一名の将官クラスによる軍議が開かれることになった。
俺も、アキラ・キサラギの幕僚として軍議に参加し、膨れ上がりつつある兵員の再編成を具申し、行軍の足を止めた。
これはただの方便だ。
行動の限界をここと定めた俺の独断だ。
フォン・カロッサの蜂起を控え、開かれた軍議は異様な物々しさに溢れている。
将官の中には、我こそが、と思う者もいるようだ。野心を抱くのはアキラだけではないようだ。
その物々しい雰囲気漂う軍議の中で、全軍の足を止める発言をするのは、後の禍根となりかねない。普段なら、発言すら許されないだろう将官ばかりのこの軍議において、士官である俺の発言が通ったのは、皆一様にこれ以上進軍の必要性を感じていないのが一つと、だらだらと長引くばかりで方向性を持たぬ軍議に皆苛立ちを感じていたのが大きな理由だ。
「馬鹿共め……!」
軍議終了後、ほっとしたように指揮部隊へ帰って行く将官たちの後ろ姿を睨み付けながら、アキラは口汚く罵った。
「これだけ雁首並べて、指針すら決められないのか!」
「アキラだって発言しなかったじゃないですか。要塞攻略は勅命ですからね。皆、面と向かって刃向かうのは嫌だったんですよ」
「うるさい!」
『猫目石』の本陣にある天幕で二人きりになった途端、アキラはいつになく大きな癇癪を爆発させた。
「お前、自分の発言が意味していることが、分かってるのか!?」
「はい」
「二心を疑われた際、真っ先に切り捨てられるのは、お前なんだぞ!」
「はい」
「……!」
アキラは押し黙り、手に持った鋼鉄製のタクトを折り曲げた。小柄でありながら、すごい腕力だ。
「お前……何でも、はいはい言えば、ボクが納得すると思ってるだろう……?」
ばれてる。
「しかし、誰かが言わねばならないことでしたし……」
「それでもだ! お前が言うべきじゃなかった!」
「気にしすぎですよ、アキラ。少し落ち着きましょう」
アキラは曲がったタクトを放り投げ、いらいらと天幕の中を歩き回った。
「……それで、足はどうなんだ?」
その質問に、俺は笑みを返す。右のブーツの拍車を杖でコツリと叩いて見せた。
「大丈夫です。一応、大事を取って杖を使ってますが、急場には対応できます」
嘘だ。
右足は膝が固まってしまい、これでは棒杭が付いているのと同じだ。こうしている今も疼痛が酷く、杖がなければ立つことさえままならない。
「本当だろうな……?」
アキラは低く言う。
「レオ……おまえ……勝つ気がないんなら、今からでも追い返すぞ……?」
言葉の内容とは裏腹に、アキラのコバルトブルーの瞳は、不安の色に震えている。
「らしくないですよ、アキラ。自信がないんですか?」
「違う……! そんなんじゃない……ボクは、ただ……おまえが居ないと……」
あの、強気の固まりのような、アキラ・キサラギが弱気になっている。
関係を持ってから、アキラは精神的に安定している。だが出征してからは互いに忙しく、二人の時間を持てなかったことに、不満を抱いているのだろうか。
アキラを抱き寄せる。
「大丈夫。アキラが勝ちます」
譬え、これから一敗地に塗れようと、そのまま終わるアキラ・キサラギではない。
「なんてったって、俺がついてますからね」
「こいつ……!」
悪戯っぽく笑って見せると、ようやくアキラの頬に笑みが浮かんだ。
きっと分かっているのだ。
その身に宿す野生の本性が、間近に控えた決戦を前に、震えているのだ。
きっと分かっているのだ。
別れがもう、間近にあることを。
◇ ◇ ◇ ◇
アルフリードへの国境を前に、部隊の再編が行われることとなった。
将兵たちは既に厭戦気分に囚われており、その動きには覇気がない。
その最中、第七連隊の大隊長三人を俺の天幕に呼び出した。
アキラはぎりぎりまで説明はいらないと言った。俺もそう思う。咄嗟の判断で付いて来られない者は、後々、災いの種になるかもしれない。
アキラは自らを追い込み、負けたときのことは考えないようにしているようだが、副長の俺はそういう訳にも行かない。
考えられる全てに手を打つ。
フォン・カロッサの蜂起。
それに連られる形ではあるが、ついにアキラが起つ。
そう告白したとき、大隊長の三人には動揺はなかった。
「まあ、いつかはやるだろうと思っとったよ」
「猫の大将、欲張りっすからねぇ」
「今更だぞ、神父の息子。俺たちが怖じけづくとでも思ったか?」
第七連隊は結成当初からアキラ・キサラギの子飼いの軍勢だ。特に不思議はない。アキラも彼らを信じるからこそ、事前の説明を省いたのだ。
「まあ、俺らみたいなごろつきが、大将の下以外で、騎士なんてやってられませんからねぇ……」
「そういうことだ」
「大将が夢見るってんなら、俺らも見るしかねえだろう」
苦く笑う。
俺がしたいのは、その意思確認ではなく、もしもの時の決め事だ。
その時、俺が最後まで残って指揮を執る。
その時、アキラを縛ってでも逃がす。
そして、もう一つ。
「ウチのメイドのことなんだが……個人的な願いになる……」
前者二つの要請に関しては黙って聞いていた馬鹿共だったが、最後の一つには、あからさまに呆れた表情になった。
「副長……あんた、戦より先に、女に殺された方が似合いなんじゃないんですか?」
「神父の息子よ……お前の罰当たりも、ここに極まったんじゃないか、ええ?」
「で、どっちがよかった?」
最後の一人の発言には、杖で頭をぶっ叩いておいた。
「そんなのじゃない」
嘘だ。そんなのだ。だから死なせたくない。
「彼女は……エルは……」
過去、未だ傭兵だった時分の作戦で小さな村を焼き払ったこと。エルはその村の生き残りであること。強く俺を憎んでいること。
そしておそらく、最後の時、エルのやりそうなこと。
馬鹿共は、時折何か言いたそうに口を開こうとしたが、最後まで黙って聞いてくれた。
「最初で最後の我が儘だ。頼めるか?」
「この馬鹿野郎」
というのが彼らの答えだ。
準備万端整った。これでもう、待つだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
後顧の憂いを断ち、静かにイザベラからの最後の知らせを待つ俺の元へ、その報告が届けられたのは、朝早くの出来事だ。
第五連隊の騎士数名が、人目を避けるようにして陽も上がらない内から、俺の天幕へと訪れた。
第五連隊の大隊長三名に副長の四名だ。誰も『第五連隊』の運営を成す面では重鎮の顔触れだ。
天幕に通しながら、エルに茶の準備をさせる。
四名は何度も顔を見合わせ、続いてエルの顔を見る。
男の士官が己の天幕に女を連れ込むことは、そう珍しいことではない。彼らも男だ。身に覚えはあるはず。それが気まずそうにしている。
……人払いを、ということだろう。
早朝ということもあり、着衣の乱れた俺を気に掛けるエルに、一度外に出るよう命じる。
「で、望み通りにしてやったわけだが……どうかしたか?」
旅団内部での位置付けは俺の方が上だ。そのこととは関係なく寝起きの不快さから、横柄な口の利き方をする俺に、四名は口ごもり、互いに肩で肩をつつきあっている。
第五連隊は第七連隊と同じように、勇武を売りにする連隊だ。その様を見るからに、余程言い辛いことなのだろう。
ややあって、大隊長の一人が、重々しく口を開いた。
「じ、実は、アスペルマイヤー隊長が、い、いません」
「ああ?」
「あっ、アスペルマイヤー隊長が、行方不明になりました……」
「なんだと?」
俺は頭を抱えた。
日々の雑務とイザベラにかまけ、ジークの方をおざなりにしていた。そして彼らの様子から察するに、ジークが居なくなったのは、昨日今日の話ではなさそうだ。
「いつから居ない!」
つい声を荒げる俺に、四名はまた肩をつつき合う。
「さっさと答えんか!」
「ひゃっ! 四日前……からです」
「な、なんだと……」
四日前というと、全軍による軍議が行われた日だ。俺やアキラの隙を突いて出て行ったのだ。これはつまり……。
「馬鹿共が! 軍法会議ものだぞ! お前ら!」
苛立ち紛れに怒鳴る俺だが、これは単純な敵前逃亡などではないだろう。
「お、俺たちは、てっきり、副長のとこに居ると思って……」
「――! 下種が!」
四名のエルを見た時の不審な態度はそれが原因だったのだ。ここにジークが居ると思っていたのだ。そのため、人目を避けた早朝訪問というわけだ。
「エル! エル!」
ぼんやりしては居られない。天幕から飛び出し、エルを呼び付けると同時に、周囲で警戒に当たる第七連隊の騎士たちも呼び付ける。
エルには、至急、アキラの元へジーク失踪の報を届ける命令を出すと同時に、第五連隊の指揮官四名の身柄を拘束してしまう。
「覚悟しろよ! 譴責や訓戒などで済むと思うな!」
起こってしまったことは、もうどうしようもない。
ジークの失踪、不在という事実をどのようにして今後に生かすかだ。
この機に乗じて、第五連隊の指揮系統を分解してしまう。皇帝崩御の際、指揮系統のない第五連隊は対応出来ず、派手に混乱を起こして他の部隊の足止めをしてくれるだろう。咄嗟に思いつくのはその程度だ。
杖を片手に大声で喚き散らす俺の元へ、一騎の使者が現れる。
『第八連隊』の騎士だ。腕に赤い腕章をしている。イザベラからの合図だ。皇帝の容体が急変したことを知らせる報だ。
「くっ……なんて、慌ただしい……」
イザベラからの手紙には、皇帝の容体の急変、フォン・カロッサの動向が書きなぐられてある。余程、急いだのだろう。インクが所々かすれている。
――今。
今、動かねば全てはふいになる。
ナイトガウンにレギンスのいかにもな風体のまま、俺は杖を片手に足を引きずりながら、自らアキラの天幕に向かう。
「少佐!」
アキラの天幕からエルが飛び出して来て、俺の腰を支える。
「准将が至急のお召しです」
それに強く頷き掛け、アキラの天幕に入った。
◇ ◇ ◇ ◇
「ああ、レオ……」
アキラは一つ欠伸をして、大きく伸びをする。
「クソ犬がいないんだって……? そんなことより、エルの身体から、キミの匂いがぷんぷんする理由を聞きたいな……」
「今はそれよりも――」
アキラは俺を遮って、エルに飲み物を頼んだ後、席を薦めてくる。落ち着け、ということだ。
「まあ、エルならいいかな……元々の約束だったし……」
アキラは、ごくごく自然に俺の膝に腰掛ける。
「約束?」
この二人には何らかの約定があるようだ。急場だが、つい思考が逸れてしまう。
「アキラ、皇帝の容体が急変しました。意識がありません」
「……」
アキラは二、三度腰を揺すって、しばらく考え込む様子だったが、
「その情報はどこから?」
「俺独自の情報網です。信頼できる情報かと……」
「ふう、ん……」
と、またしても考え込む様子のアキラに、エルが「どうぞ」と茶を振る舞う。
「エル、ずるいぞ。ボクが、どれだけご無沙汰だと思ってるんだ?」
「……」
アキラの追及に、エルは答えず、笑みを浮かべて一礼する。
「よくはないけど……我慢しないとな。エルも我慢したんだし……」
「フォン・カロッサが門閥貴族共を煽って、兵力を糾合しています」
「けど、これは……なかなか、忍耐を要するな……」
「こちらの思惑は、もうばれていますね」
ここにいる『軍団』勢力は、フォン・カロッサが危険と見なした勢力の殆どなのだろう。だとすると、カロッサが首都の防御を固めてしまう前に反転、急襲しなければならない。
皇帝の崩御を待っていては遅い。
「アキラ……ご決断を」
「独り占め……でもエルは……一つに……」
駄目だ。会話が成立していない。アキラはぶつぶつと何やら呟いている。
不意に、アキラはエルを睨み付けた。
「エル、バックハウスはどうなってるんだ?」
「……予定通りに……」
何の話だ? イザベラ? 嫌な胸騒ぎがする。
この猫二匹は、何を企んでいるんだ?
いや、今は考えるな。それよりも――
「レオ、第七連隊を集結させろ。反転する」
「――ははっ。それでは……」
アキラ・キサラギは深く頷いた。
「一路、首都サクソンを目指す。荒っぽく行くことになる。遅れたやつは置いて行け」
はじまった!