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猫とワルツを  作者: ピジョン
第3章 愛が流れる
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第6話 最後の切り札

 エミーリア騎士団への復帰が間近に近づいている。

 既に旅団へと帰って行ったアキラからは、毎日のように手紙が届く。その内容は、俺の不在に対する恨みつらみが半分。もう半分は起こった出来事についての考察や意見を求める内容だった。

 身体はともかく、頭の方は無事なんだから、そちらの方は、しっかり働かせろ、ということだ。

 我ながら、いい上官を持った。憎たらしくて涙が出そうだ。

 まずは復活したジークについての私見。彼女の俺に対する個人的な感情はさておき、その行動から察することのできる思考や、これから予測される行動などを手紙に書いて送り返した。

 テオドール・フォン・アスペルマイヤーの失踪の証言は偽証だが、これは咄嗟の判断で出来ることではない。その後、門地を引き継いだことからして、この事実は彼女の政治的野心や権力に対する執着を示唆するものではないか。

 果たして武人のジークがそこまで考え得るだろうか。ここでもやはり、イザベラの姿が脳裏にちらつく。

 そして、イザベラのことに関しても言及しておいた。

 俺自身、未だ療養中の身のため、現在のイザベラの状況について言及することは出来ないが、それでも一層の警戒を促すことは出来る。

 イザベラ・フォン・バックハウスは、エルフである。

 エルフという生き物は、『魔術』を使う。

 『魔術』は地、水、火、風の『エレメント』を用いたものの他に、『妖術』『呪術』『託宣』『奇跡』『仙術』の五つがある。

 問題は、イザベラ・フォン・バックハウスが個人の資質として、どの系統の『魔術』を得意とするかだ。

 イザベラがどの系統の『魔術』を得意とするかは未だ判明していない。通常、エルフはそのプライドの高さから、能力を誇示する傾向がある。

 だが、イザベラはそれをしていない。つまり……彼女の能力は、大っぴらにできるものではない。知られると、周囲に警戒を及ぼす類いのものであることが考えられる。

 俺の予想では、イザベラ・フォン・バックハウスの得意とする『魔術』は『呪術』だ。

 陰ながら人を呪い、行動を覗き見ることのできる『呪術』は、どこへ行っても忌避される。イザベラが扱う『魔術』が『呪術』であるならば、能力を隠していることの説明にもなる。

 『呪術』により一層の注意をされたし。

 そしてバックハウス、アスペルマイヤー、両名の共謀に警戒されたし。

 その思いを手紙に書き記した。


「密書になさいますか?」


 俺の仕事の性質上、手紙を出す場合、エルには、いつも気を使わせることになる。

「いや、かまわない。そのまま出してくれ」

 この程度のことはアキラも考えているだろう。イザベラの方でもこの手紙の内容に興味は覚えまい。その思惑から、エルには通常の書簡として処理するよう指示を出す。

「少佐、見て……かまいませんか?」

「ん? なぜ? ……いや、うん、そうだな、読んでおいた方がいい」

 今回の手紙に限り、エルがなぜ中身を気にしたかは謎だが、イザベラが使う『魔術』が『呪術』であるならば俺の周囲にも注意が必要だ。


「……」


 エルのスカートの裾から覗いた長い尻尾が、ひくひくと動いている。


「呪術、でございますか……」

「そうだ。抵抗策を練らんとな」

「それは必要ありません」


 首を傾げる俺に向かって、エルは、にこっと微笑んだ。


「エルも准将も、猫でございます。猫に呪いは効きません」


 確かに、猫の獣人、というより祖先の『猫』という生き物は厄除けや魔よけとして珍重されていたらしいが……。


「俺は、どうなるんだ?」

「エルと准将、どちらかの側からは離れられぬよう、お気をつけください」

「……」


 どうやら俺は、とても猫と縁が深いようだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 旅団に帰った俺を待っていたのは、アキラの抱擁だった。

 兵舎にある俺の部屋の前で、しばらく待っていたらしい。人目も憚らず、俺の胸に抱き着き、しばらく無言だった。

 遠目に物影からちらちらと窺う馬鹿共の姿が見える。

「アキラ、人目がありますから……」

「そんなこと、どうでもいい。おまえはじっとして、ボクを受け入れろ」

「准将、お部屋の中で、ごゆるりと楽しまれては?」

 エルが余計なことを言う。

「……そうする」

 アキラは、なんだか元気がない。頷いて、鼻を軽く啜る。

「何かありました?」

「……たりない。たりないんだ……」

 ぶつぶつと呟くアキラに促され、ようやく部屋に入る。


 しばらくぶりの我が家に、なんだか、ほっとしてしまう。兵舎に帰って落ち着くとは、俺は骨の髄まで軍人になってしまったようだ。

 アキラの肩を抱くようにして居間に行く。右足を少し引きずるせいで、抱き着かれたままでは歩きにくい。


「取り敢えず、座れ」

「はいはい」


 促され、ソファに腰掛ける。その途端、アキラが馬乗りになって来る。


「今のボクには余裕がない。余計なことは言うな」

「はいはいっ、て――」


 アキラはためらうことなく、唇を俺に押し付けて来る。

 いつものように乱暴で、一方的な凌辱。一方的な愛。行為はエルが茶を持って来るまでの間、延々と続いた。


「……すごい……二週間ぶり、これは……うん……」


 そしてまた、アキラは眠る。

 きっと、この行為はアキラには強すぎるのだろう。


「はあ……やはり……」


 と、行為を見ていたエルが大きく息を吐く。


「あのとき、少佐の蛇を食べておくべきでした」


 またわからんことを。アスクラピアのことだろうか。あれは食べる物ではない。ではエルはなんのことを言っているのだろう。背徳的なことを言ってるのだけはわかる。

 そんなことを考える俺の頬を、エルが、がしっと鷲掴みにする。


 そして――あの日、お預けになった口づけを交わす。


 しっとりと絡み付くような、全てを味わい尽くすような、そんな口づけだった。


「……准将の味もします」


 そう言って、濡れた視線を逸らさぬまま、エルは唇の回りをゆっくりとなめる。


「まあまあ、でございます。……准将は、少し刺激に弱すぎます。これではエルの番はいつになったら来ることやら……」

「ん……」


 と胸の中でアキラが身じろぎし、俺の背中に冷たい汗が伝う。


「んん……エルか……キミだけだぞ……おすそわけは……少し、眠るから……」

「はい、おやすみなさいませ。准将」


 そう言い残し、エルは、ふらふらと怪しげな足取りで去って行く。


 ……いかん……頭の中が、真っ白だ。


 しかし、この二人、一体どういう関係だ? 面識は余りないはずだし、療養所でも殆ど口を利いていた様子もなかった。だが、二人の間には確実に友誼が存在する。

 わからん。俺には特殊過ぎる。猫の誼みは理解できん。


 今日、一日だけで二人と――なんて日だ。




◇ ◇ ◇ ◇




 望もうが望むまいが、朝というものはやって来る。

 療養明けの俺は、エルに用意させた軍用の杖をつきながら、溜まっているであろう仕事をこなすため、執務室へ向かう。


「副長! 帰って、きた……」

「派手にやられたそうだな! 神父の息子って、おい……」


 馬鹿共の挨拶に切れがない。閉じたままの左目と、引きずる右足が気になるのだろう。

 気遣ってくれるのは嬉しいが、俺も男だ。同情は嬉しくない。

 やれやれ、と俺は立ち止まる。


「おお、すかたんども。まだ生きてたのか」

「……」


 皆、痛々しそうに目をそらす。


「戦場じゃ、目玉の一つ、足の一本無くすくらい珍しくないだろう。しけた面するんじゃない」

「そう言うがよぉ……」


 馬鹿共の言いたいことはわかっているつもりだ。

 俺たちは傭兵上がりの戦争屋。殺して幾らの商売だ。五体に不備が生じたら、それが潮時。だから、この俺の様子に色々と思う者も多い。


「なんだ? この足のことか? これならその内、治る。走れるようにだってなる」

「目玉は……どうにもならんだろ……」


 隻眼で通用するのは天才的な才能を持つ者か、余程努力と習練を積んだ者に限られる。俺は天才でなく、努力をする時間があるわけでもない。


 わかってる。

 わかっているんだ。

 それでも留まるということが、どういうことかは。そして、馬鹿共も、そのことの意味を理解している。


「まじかよ、副長……」

「俺……副長に命助けてもらったこと、あるわ……」

「やばいって、誰が団長抑えんだよ……」


 馬鹿共がぞろぞろと集まって来る。


 俺は、空を見る。


 馬鹿――仲間たちも、空を見る。


 しばらく、そうしていた。



◇ ◇ ◇ ◇




 その日のアキラは、ずっと俺の膝の上にいた。


「アキラ? その、執務ができないんですけど……」

「何もしなくていい。ボクのために、そこで、じっとしていたらいいんだ」

「そういうわけにもいかんでしょう」


 そっと、アキラの背後から書類を覗き見る。


 軍事法制関連の書類だ。

 ニーダーサクソンは、元々は専守防衛の中立国家だ。『エミーリア騎士団』の主な活動内容が医療活動であったこともあり、戦うための軍隊は国境を守備する程度しか保持していなかった。

 事情が変わったのは三年前からで、北の大国『アルフリード』との間に結ばれていた不可侵条約が破棄されたためだ。

 その後、国境を挟んで大小の小競り合いを繰り返して来たが、この『エミーリア騎士団』は、あまり『占領』『統治』の経験がないため、その手の軍事法制が整備されていない。

 だが、今はやっている。これはつまり――


「ついに、大きく打って出ますか」

「……ああ、アルフリードは内政に不安を抱えているからな。上層もこれを契機と見たんだろう。領土を削ってやって、その返還を条件に新しい条約でも結ぶのかもな」

「新しい条約、ですか? ぴんと来ませんね。どうせなら、ガツンと領土拡大しちゃえばいいのに」

「まだ中立国家だからな、うちは」

 ふむう、と俺は、アキラのお腹をすりすり考える。

「……ボクのことがわかってきたようだな……」

「なんのことです? って、それアキラが一人で決裁しちゃっていいんですか?」

 アキラは頬を緩め、持っていたペンを投げ出した。

「思っていたより、いい椅子だ。なんか、こう、下っ腹が暖まる感じがする……」

 そう言って腰を揺する。


「だから、立ちますって」

「座っているのに、おかしなやつだ」

「……で、先の書類ですけど、アスペルマイヤー、バックハウス両大佐と検討して、それから結論出した方がいいと思うんですけど」

「んっ……あの二人のことはいいよ」


 なぜかアキラの声が少し悩ましく聞こえる。


「……二人は、俺が帰って来たこと、知ってますか……?」

 イザベラはともかく、ジークは毎日のように手紙を送り届けて来たのに、帰って来た今朝になって何の連絡もない。

 アキラは、きゅっと眉を寄せた。

「二人には、この兵舎への出入りを禁じてある。案外簡単に了承したぞ?」

「なんでそんなことを……」

 アキラは、ぱっと膝から飛び降りた。


「知れたこと。アスペルマイヤー伯爵は、お前を暗殺しようとした。いくら、お前を助けたからと言って、その娘であるヤツが、お前と顔を合わせるのは対外的にもまずいんじゃないか?」


 正論だ。アスペルマイヤー伯爵の門地をジークが引き継いだ以上、俺と懇意にすることは、ジークに取ってプラスにならない。内通の疑惑でも掛けられれば、一連の事件を画策したとも取られ兼ねない。


「バックハウスのやつは、風紀部に目を付けられてる。これはおまえのせいだ。うん、おまえが悪い。ボクは悪くない」


 何故かアキラは視線を逸らす。


「ああ……」


 なるほど確かに。当事者の一方である俺が営倉入りで、いくらイザベラが門閥貴族でおとがめなしだからとは言え、その後もそうとは限らない。

 おかしな嫉妬や執着から来る行動ではないようだ。

 納得して頷く俺に、アキラは言った。


「おまえは、もう、何も考えなくていいんだ。何も気にしなくていい。そんな身体じゃ、役には立たないだろ?」


 それは、何げなく放たれた一言だった。

 余りにも軽い調子が、俺の心に投げかけた波紋は大きく――


「どうしたんだ。固まって……」

「いえ、俺は……」


 見る見る内に、アキラの顔が青白くなって行く。


「ちっ、違う! 今のは違う! ぼ、ボクはそういうつもりで言ったんじゃない!」

「はい……」


 いや、正論だ。こと軍事に関する限り、アキラ・キサラギの見解は、いつだって正しいことがほとんどだ。

 組織というものは個人の存在に拘わらず、どのような形にしても、なんとかやって行くものだ。俺が居なければ駄目、などということはない。


 退役。


 その考えが一気に現実味を帯びて来る。


「やめろ! そんな遠くを見る目で、ボクを見るな! おまえの残った目は、ボクをそんな目で見る為に残ったんじゃない!」

「アキラは正しいですよ? 胸を張っていて下さい」


 涙すら浮かべ、身振り手ぶりで必死に訴えるアキラに笑みを返す。


 俺だけか。未練があるのは。何もしなくていい、と言ったアキラの同情が、今の俺の現状を指し示す全てなのだろう。

 これでも、剣一つで身の上を立てて来たつもりだ。次の出征が終わり次第、などとのんびりしたことを考えていたが……。

 同情されるとなれば、話は別だ。これでも、決断力だけはあるつもりだ。


 肩から、ふっと力が抜ける。今朝方、馬鹿共にも気遣われたばかりだ。


「アキラ……」

「や、やめろ……! その先を言うんじゃない!」


 アキラは身を小さくして上目使いで俺を睨み付けて来る。小さな身体全体で、俺の言葉を拒絶しようとしている。

 だからこそ、俺は告げねばならない。この小さな時代の風雲児が、俺に対する執着故に、行く先を誤らぬように。

 震えるアキラの肩に、そっと手を掛けた。


 その瞬間――


「あああああああああああああああああああああああああ! なんでわからない! ちがう! ちがう! あれはただの言葉のあやだ! おまえがボクから離れることは、絶対に許さない! 絶対に許さない! その先を言ってみろ! 絶対に許さない!」


 それは、正に、爆発。

 コバルトブルーの瞳が、黒い狂気の炎に燃えている。


「言うな! 足を切るぞ! 足を切って飼ってやる! おまえはボクのものだ!」


 その迫力に俺は息を飲む。

 アキラ・キサラギという人物は、その小さな身体の中に、どれだけの狂気を秘めているのだろう。

 俺はどうなるのだ?

 決して逃れられぬ運命というわけか?

 だとしたら、俺は踊り続けるよりほかない。

 この狂った猫のワルツを――



◇ ◇ ◇ ◇



 そして、夜。


「少佐、そろそろお休みに……どうかされました?」


 背中越しにエルの言葉を聞きながら、未だ痺れるような感のある、働きの悪い右足を摩る。

「……今日、団長に役立たずと言われてしまってな。少し、落ち込んでいたところだ。気にしないでくれ、俺は立ち直りが早いのだけが信条だからな」


 いかん。エル相手にぼやくとは、俺も相当参ってるようだ。


「役立たず……? 少佐が、でございますか?」

「いや、いいんだ。本当のことだ」

「本当?」


 窓ガラスに映るエルの肩が小刻みに震えている。そしてなぜか、今夜の彼女は食い下がる。


「何が本当なのですか?」

「目が潰れて、足を引きずるようになった騎士のことだ。そんなことより、何か暖かいものを持って来ては――」

「少佐がそのような在様になられたのは、少佐のせいではございません。それに、足は治ります。それを……!」

「怒るな。もう、どうにもならん。それより――」

「仕返しなさいませ、少佐」


 ええ、俺の頼みは無視ですか……って、今、エルは何と言った?


「力及ばずながら、エルがお手伝いいたします」


 はっきりと意思表示したエルは、いつものように無表情だった。


「むきになるな。もういいんだ」


 足を切るとまで言われたからな。そこまでされてはかなわん。どうにでもなれ、というのが現在の俺の心境だ。


「……どうしましょう。ああ、それがよいかもしれません……」


 ぶつぶつと呟きながら、エルは去って行く。


 そして、また一日が終わる。若干の不安を残したまま……。




◇ ◇ ◇ ◇




 また新しい朝がやって来る。

 俺が失ったものは大きい。気を取り直して、新しい何かを手に入れなければならない。


「副長!」


 杖をつき、出仕する俺を、一人の騎士が呼び止める。

「なんだ?」

「はっ! 私は第五連隊の者です。お時間を少々、よろしいでしょうか?」

「……かまわんが……」

 俺を呼び止めた騎士は、全身をきっちりとした礼装で固めてある。殺伐とした軍用のそれでなく、何らかの式典時のように胸には勲章を飾り、マントやトーガには高そうな質のよい生地のものを使ってある。脚絆レギンスも清潔で、見た感じでは卸したてのように見えた。


「こちらへ……」


 騎士は、門閥貴族にするかのように、恭しくこうべを垂れる。


 『第五連隊』の隊長はジークだ。……嫌な予感がする。


 先導され、『第五連隊』の兵舎へ向かう。

 通路の端に、これもまた正装の騎士たち立っており、平時であれば敬礼のみに留まる挨拶が今朝は膝を折り、まるで王侯貴族に対するような恭しさだ。

「おい、これは何の茶番だ……」

「あちらへ。隊長がお待ちです……」

 俺の質問に先導する騎士は答えず、他の騎士に倣って通路の端で膝を折る。

 曲がり角を曲がると、赤いカーペットが敷き詰められた通路に出た。ぎょっとして、その前方に視線を滑らせていくと、そこには――



 通路の端に立ち並ぶ第五連隊の騎士たちが一人残らず抜剣し、剣の切っ先を天に向ける形で直立している。

 空いた口が塞がらなかった。

 その立ち並ぶ騎士たちの向こう――赤いカーペットの終点には、一人の銀髪の騎士が膝を折ったままの姿勢で微動だにせず、じっと何かを待っている。あれは……

「……ジーク?」

 なんの真似だ? 何かするだろうと思っていたし、何かあるとも思ったが、これは予想を遥かに超えている。しかも、この後の展開が、まるで予想つかない。

 カーペットを踏み締め、急いでジークの元へ向かう。

「大佐、これは、どういうことですか?」

「…………」

 ジークは膝を折ったままの姿勢で、俯いて答えない。

「あの、大佐?」

「…………」

 沈黙を貫くジークに、一人の騎士が歩み寄り、耳打ちする。


「……隊長……副長が来られました……」

「え? いつ?」

「今です……目の前におられます……」

「まだ……心の準備が……」


 全部聞こえている。何の茶番だ。俺は少し呆れてしまう。

「大佐、用件がなければ、小官はこれで帰りますが……」

「ま、待ってほしい!」

 ジークは一度、びくりと震え、意を決したように立ち上がった。その瞳が――


 鮮血の赤。


 深紅の紅。


 ぎくりとした俺は、慌てて退こうとするが、未だ不自由な右足が杖にぶつかり、転倒しそうになった。

「危ない!」

 ぱっ、と飛び出したジークに抱きとめられるようにして支えられる。

「…………」

 ジークと目が合う。

「レ、レオ、いつも私を驚かすのは、やめてほしい……」

 こちらの台詞だ。これではあの結成式典のダンスの続きのようじゃないか。

 身じろぎして離れようとする俺に、ジークが言った。


「あ、怖がらないで。目は、あれ以来戻らないんだ。特に、その……いや、今は少し興奮しているかもしれないけど……乱暴はしない」


 目の色が戻らないだと? いつも昂揚している――戦闘態勢ということか?


「大佐……離れてください」

「なぜ? レオは……ああ、そうだね。まだ、早いね」


 少し名残惜しそうに、ジークは二、三歩引き下がった。

 ほう、と一息つくジークに、一人の騎士が花束を差し出す。


 あれは……薔薇? 薔薇の花束か? 何のために?


 ジークは受け取った薔薇の花束を両手で胸の前に持ち、切れ長の目元を、きりりと引き締め、俺を見つめ直した。


「…………」


 なんだ? 何をするつもりだ? いかん、何故か焦ってしまう。自分でも、頬に血の気が上がって来るのが分かる。くらくらする。

 その目を回す俺に、ジークが言った。


「ずっと、この日を待っていた。私はこの日のために生まれて来た。

 私、ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは、

 貴方――レオンハルト・ベッカーを愛している。

 受け取ってほしい」


「……」


 差し出された薔薇を受け取りながら、俺はもう、ぶっ倒れそうだった。


 堂々。


 それ以外に言葉が見つからない。そして俺は、ここまで真っすぐな愛の告白を受けたことがない。きっと、この日のために備えたのだろう。吐き出された言葉には、これっぽっちも淀みがなかった。


 しなやかな肢体に、八頭身のすらりとした体型の背筋を伸ばし、ジークは両頬を羞恥の色に染めている。

 やはり、きっちりとした騎士の正装を身に纏い、皇族の式典にでも出席するのではないかというくらい、騎士としてめかし込んでいる。


 目の前が、ちかちかする。だが、これだけは言っておかなければならない。


「ジ、ジーク……あなたのされようは、男のものです……」


 ジークは再びその場に膝を折る。


「そんなことを言われても、私はこのやり方しか知らないし、これ以外のやり方をする気もない。だから、このままの私を受け入れてほしい」

「ああ、しかし、しかし! ジーク、困ります……!」


 蹲り、膝を折ったままの騎士たちが、ぼそぼそと何やら言い交わしている。


「……おい、堕ちるぜ……賭けるか?」

「ああ……乗った……しかし、うちの隊長もなかなかやるねぇ……」

「まさか本当にやるとはな……」


 くそっ、連隊でグルか。しかし、堕ちるとは何事だ。俺はそこらの小娘ではない。浮かれた町娘とも違う。だが……ジークを、はっきりと拒絶出来ないのも事実だ。


 そこへ更に、一人の騎士が進み出て、ジークに小さな小箱を渡すのを見て、俺は悲鳴を上げそうになった。

 ジークは強く頷き、その小箱を受け取る。決意を秘めた強い目付きだった。


「私、ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは、

 貴方、レオンハルト・ベッカーにこの剣と忠誠を捧げることを誓う。

 この生涯を賭けて、貴方を幸せにすると誓う。

 私と結婚してほしい」


 ひどい動悸がする。なんだ、俺は。ときめいているのか!? 女になった気すらする。


「堕ちるぞ……」


 うるさい馬鹿共め。だが、自分でもこれ以上ないくらい赤面しているのが分かる。

 ジークが囁く。


「迎えに行くって、手紙に書いたよね?」


 確かに、そう書いてあった。それは認める。アキラの読む気にもなれない手紙とは違い、ジークの手紙は全て読んだ。それも認めよう。


 だから、その小箱を開くのだけは、やめてくれ。


 いよいよ切羽詰まったその時、背後から――


「アスペルマイヤー! きぃさぁまぁぁぁぁぁ!」


 聞き慣れた声がする。これは悪魔の声だ。ひどく怒っている。きっと、地獄からやって来たに違いない。

 ジークが、ぽつりと呟いた。


「後少しだったのに……つまらない……」



◇ ◇ ◇ ◇



「ジーク! 逃げて下さい!」

 このまま行けば、ジークとアキラは、血で血を洗う修羅場を展開することになる。

「今、いいところなんだ。レオの頼みでも、それはできないね」

 ジークは、ゆったりと言い放ち、自然な動作で腰の剣に手を掛ける。

 後の都合など知ったことか、とその顔に書いてある。…やる気まんまんだ。


「アスペルマイヤー! おまえだけは、この手で殺す!」


 その背後からの声に、全身の毛が総毛立つ。アキラのこれほどの怒りに満ちた声を俺は、今まで聞いたことがない。

 だが、なぜ? なぜ、そんな全てを知っているような……


 覚悟を決めて、振り返る。


 必殺の黒いオーラを身に纏い、未だ抜刀こそしていないものの、アキラは、元々吊り目がちな目を更に吊り上げ、修羅のような形相だった。

 その背後でイザベラが、にこやかに手を振っているのを見て、頭をレンガでぶっ叩かれたような錯覚を覚える。


 ……性悪女が! なんてことをしてくれたんだ!


 この身体を盾にするよりほかない。兵舎内で刃傷沙汰を起こすわけには行かない。


「アキラ! 落ち着いて下さい!」


 決死の覚悟でアキラに抱き着く。


「レオ、離せ! このけだものの顔を引き裂いてやる!」


 大声で喚き散らすアキラの瞳は、ぎらぎらと殺意の炎に燃えているが、俺を傷つけるつもりはないようだ。俺の足に気配りをしているのか、抵抗は弱い。


 ぎりぎりだ。アキラの限界は、すぐそこだ。


 張り詰めた一本の糸が、なんとかアキラの理性を繋げている。それが切れてしまえば、俺を傷つけることも厭わなくなるだろう。


「嫉けるね……」


 アキラを抱き締める俺の背後で、ジークが押し出すように低く呟く。


「レオ……あまり焦らされると、我慢できなくなってしまうよ……」


 杖をかなぐり捨て、渾身の力でアキラを抱きとめながら、足を引きずりこの場から立ち去る。最後に、イザベラがこう言った。


「頑張ってね、救急箱」


 大声でジークへの殺意をぶちまけるアキラを抱き、俺は必死で第七連隊への兵舎へ引き返すのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 人間、頑張れば修羅場もなんとかなるものだ。

 暴れ回るアキラを、なんとか執務室に放り込み、吹き出した汗を手で拭う。


「……」


 そのアキラだが、執務室に入った途端、今度は急に無口になった。俺の首っ玉にしがみつき、腰に足を回した姿勢で動かない。

 低く、地獄の闇からはい出た影のように、アキラは呟く。

「レオ……求婚、されたのか……?」

「え? あ、はい」

 耳元で、ぎりっとアキラが歯を食いしばる音が聞こえる。


「今日、アスペルマイヤーを殺す。あいつはボクのものに手を出した。もう、生かしてはおけない……」

「アキラ……」

「この世で、最も惨たらしいやり方で、やつを殺してやる……! 目をくりぬき、舌を引き抜き、五体という五体を寸刻みに切り刻んでやる!」


 これは……もう……俺の手には負えない……。


「俺はジークの求婚を受けるつもりはありません。アキラ、お願いですから、そんな物騒なことを言わないで下さい」

「ジーク……? やつのことか……!」


 駄目だ。呼称一つで、ひどく反応している。


 営倉から脱出したあの日、運命を変えることが出来なかったのが悔やまれてならない。


「決闘だ。やつも断らないだろう……」


 確かにジークは断らないだろう。そして、どちらか一方が永遠に姿を消す。


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーとアキラ・キサラギ。

 どちらも、今の俺を語る上では欠かせない恩人だ。


 俺に切れるカードは、あと一枚。


 これも時間稼ぎにしかならんだろう。これだけはやりたくなかった。だが、この時代の風雲児を、俺への詰まらぬ執着から、道を誤らせるわけには行かない。


 アキラ・キサラギの隣に侍る以上、一瞬でも長く、彼女が時代の風雲児でいられるために、俺は最後のカードを切る。これでもう、俺の手札はすっからかんだ。

 アキラの耳元で、そっと囁いた。


「愛しています……」



◇ ◇ ◇ ◇



 その言葉のもたらした効果は劇的だった。


「え?」


 驚愕。アキラの顔にはそれしかなかった。


「レ、レオ、今、なんて言ったんだ?」

「はい、俺は――」


 大きく一つ深呼吸して、アキラの、ぱっちりと見開かれたコバルトブルーの瞳を、真正面から覗き返す。


「アキラ、あなたを愛しています」

「………」


 アキラは俺の首に回した手の力を抜き、ちょっと離れようとして、それから少し迷う素振りを見せ、今度は腰に手を回し、そっともたれ掛かるようにして、俺の胸に顔を埋めた。


「もう一度、言ってほしい」


「……あなたを愛しています」


「もう一度」


「愛しています」


「ボクだけか?」


「あなただけを、愛しています」


 アキラは、俺の胸に顔を埋めたまま、深呼吸を何度も繰り返した。とても穏やかで、静かで、それでいて平安に満ちた呼吸だった。


「アスペルマイヤーを意識するのは、もう、お止めください」

「……うん」

「あなたは、アキラ・キサラギです。瑣事に拘泥して、自らを貶めることはお止めください」

「……うん」

「アキラ、愛してる」

「うん」


 アキラは苦しそうに、胸に手を当てて、ふらふらと己の椅子に腰掛けた。

 頬を赤く染め、俯きかげんに言った。


「今日は、ボクの邸宅ウチに泊まって行ってくれ」

「はい」


 これで俺の命運は定まった。もはや、変わりはせぬ。力尽き、命果てるのが先か。

 それとも――




◇ ◇ ◇ ◇



 十年前。

 レオンハルト・ベッカーという名の少年が、傭兵稼業に就いて未だ、間もない頃。


 ニーダーサクソンの首都、サクソン。


 古く寂れた城下町サクソンの一角。『オールドシティ』とも呼ばれるそこは、未だ建築様式の古い木造の家が立ち並んでいる。

 当時のニーダーサクソンでは、内政面の不安が経済を圧迫し、それが数多い浮浪児を生み出す土壌となっていた。

 経済の不安定から来る家族の崩壊。酒浸り、借金、育児放棄。理由は様々だが、子供達は、そんなものから逃げ出し、自由な街角での浮浪児としての生活を選ぶ。アキラもその中の一人。

 アキラはアキラ。それ以外の何者でもない。自分のことに関しては、猫の獣人の血を引いていることと、アキラ……『晶』という名が、今はもう失われて久しい東方の大陸のものであるということだけしか知らずにいる。

 未だアキラがキサラギでない時分のお話し。


 浮浪児の増加は、当時のニーダーサクソンに取っては深刻な社会問題であった。取り分け、オールドシティでは増加の一途を辿る浮浪児たちが起こす問題が首都サクソンにおいて大きく取り沙汰されている。

 窃盗、売春、薬物売買、色々だ。

 浮浪児たちは、あまりにも自由な生活と引き換えに、よく死んだ。

 貧困から。或いは、薬物、不衛生。家の前でたむろされると邪魔だから、そんな理由で殺されることもあった。


 浮浪児たちの着衣が匂い、不快である。


 ある貴族が発したこの言葉が原因で、街頭の『浄化作戦』が決行されたのはこの時期だ。


 その『ある貴族』の名をテオドール・フォン・アスペルマイヤーと言った。


 貴族たちの『浄化』は徹底を極めた。

 この浄化作戦の指揮を執ったのが『ある貴族』であったため、『浄化』は執拗かつ悪辣を極めた。

 住処は人の所在の有無に拘わらず焼かれ、捕まった者は問答無用で暴行を受け、切り殺された。

 未だ幼く十になるならずだったアキラも、捕まった者の一人。

 遊び半分で小突かれ、殴り倒され、その小柄故か性別を勘違いされたようで最悪の暴行こそ受けなかったが、尻尾を持って振り回された際、根本から尻尾が取れてしまった。


「おらぁ! この汚らしい、小僧が!」


 小さなアキラは蹴り飛ばされ、外壁に身体を叩き付けられた。

 胸の奥で鈍い音が響き、口中が鉄の味で溢れ返った。

 殴られ、蹴られ、路地の奥まった場所へ追い立てられる。


 もうだめ……


 ついに絶望と痛みに屈したアキラが、全てを投げ出そうとした瞬間、狭い路地から一本の手が伸びて来て、暗闇にその小さな身体を引っ張り込んだ。


「大丈夫か、ぼく?」

「…ボク…?」


 路地に引き込んだ少年の身体からは、教会で嗅いだことのあるお香の匂いがした。

「くそっ、ここに居ちゃ、俺もまずいぞ」

「……」

 少年の年の頃は、自分と五つも変わらないだろう。身なりは割と、しっかりしているが、浮浪児と強弁できないこともない。ここに居ては彼も『浄化』の対象になるだろう。


「畜生、貴族のぼんくらどもめ。なんてことしやがる。こんな小さな子にまで……」


 甘ったれたことを言うやつだ。きっと、この少年の親も、とびっきり甘いのだろう。苦痛に喘ぎながら、アキラはそのように考える。


「キミ、酷い出血だぞ。どこを………………あの、くそ共…!」

「……」


 アキラの頬を、熱い水滴が打つ。

 どうやら、少年は泣いていて、熱い水滴の正体は、彼の流した涙であるようだ。


「大丈夫……。大丈夫だ。俺が治してやるからな…」


 少年は、必死に袖で目元を拭いながら、悔しそうに言う。

 頬を伝う水滴が落ちて来て、アキラの唇に触れる。

 それを、こくんと、飲み込んだ。


「いたぞ! こっちに二匹いる!」


 喧噪から一際大きな声が上がる。


「行くんだ……」


 少年は、青ざめた表情で、そっとアキラの背中を押す。


「俺は、あんまり、強くない。このままじゃ、キミを守れない……」


 息も切れ切れに呟く少年に、アキラは頷き掛ける。

 最後に聞いた。


「名前…」

「……? レオ、しがない傭兵さ……」


 この辺りでは『レオ』というのはペットによく付ける名前だ。

 アキラは、その場を駆け去る。何故か身体の痛みは消えていて、その足取りは軽い。



 ホビットの奇運という言葉がある。

 ホビットという種族は、器用さと愛嬌。そして類い希なる強運とを持っている。

 ホビットの持つ不思議な運命は『奇運』とも呼ばれており、その行く末が不幸か幸福かは分からないが、その奇妙な運命がアキラに味方したのは確かだ。


 その後、アキラには幸運が幾つかあった。

 逃げ込んだ先の『キサラギ』の名を持つ老夫婦が、晩年まで子供に恵まれず跡継ぎを探していたこと。東方の名を持つ老夫婦が、自分たちと同じように、やはり東方の血を引く跡継ぎを求めていたこと。


 『キサラギ』の家は『名誉貴族』の出身で世襲による爵位の譲渡こそ許されるものの、個有の領地はなく、貴族の家柄としては下級だった。そして、代々続く職業軍人の家系であり、そこでアキラは厳しい習練を積むことになる。

 必殺必倒の抜刀術『居合』。東方の格闘技『空手』。特殊な歩法術も身につけたものの一つだ。元々、猫の獣人の血を引くアキラは、並ならぬ才能を発揮し、それらを真綿が真水を吸い取るように習得した。そして、ついに『キサラギ』を名乗ることを許された。

 老夫婦は厳しくも優しくアキラを育て上げたが、アキラが『キサラギ』を好いたことは一度もない。『空手』も『居合』もキサラギのお仕着せであったからだ。アキラが厳しい習練を好んだことなど一度もない。元々、彼女には酷い怠惰の悪癖がある。

 家名を継ぐと同時に、アキラは『キサラギ』を飛び出し、幼年学校を飛び級で卒業した後、『エミーリア騎士団』に所属することになる。

 老夫婦の悲願である家名の復古を果たすためだ。『キサラギ』を好いたことのないアキラだが、恩は感じていた。


 かくしてアキラ・キサラギは世に出ることと相成った。


 『キサラギ』は武門の名門で、それ故アキラ・キサラギは『中尉』の階級からはじまることとなった。

 門閥貴族の出身でないアキラは、貴族であるにも関わらず前線に配されることが多かった。そのため武勲に恵まれ、苦労せず『中佐』の階級まで進む。

 折しも、北の大国『アルフリード』との間に結ばれていた不可侵条約が破棄され、大幅な騎士の増員が議会により可決された。

 アキラは中佐として『第七連隊』を指揮することとなり、そこに配属されるであろう新入りの騎士たちの叙勲式に参加せねばならなかった。

 忌ま忌ましいことだ。アキラはそのように考えていた。

 『第七連隊』は、傭兵上がりと従騎士スティクスの寄せ集めだ。それを押し付けられる自分は、いい面の皮ではないか。

 貴族の家柄としては下級である『キサラギ』にはやむを得ないことなのかもしれない。

 やむを得ず出席した叙勲式。

 だが、そこでアキラは思いもよらぬ運命の再会を果たすことになる。


「ああ、レオ。マントの留め金がずれているよ。これからは正騎士になるんだ。きちんとしなければいけない。これが終わったら、晴れて私の部下だよ」


 耳に飛び込んだその名に反応したアキラは、視線を滑らせる。

 八頭身の優れた体躯に銀色の長い髪。知っている。有名人だ。


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーだ。


 こいつは、今、なんと言ったのだ? レオ? 


 あの日、路地裏で会った少年の名前は、遊びで呼んでいい名ではない。


 アスペルマイヤーの前に立つ、ちょっと惚けた青年の顔を、アキラは見てしまう。


 ――あいつだ。


 今、この瞬間までは朧げだった過去に、眩しいほどの光が当たる。

 なんで、こいつがここに居る。


 彼を手に入れることが出来れば、理由は何でもよかった。


 アキラはそう考え、実際、そのようにした。


 必死だった。恥も見栄も外聞も何も無い。アキラは、ただひたすら、それを掴んだ。


 レオを殴るアキラの拳は怒りに満ちていた。


(おまえは、なんだ!? 何故、アスペルマイヤーの玩具になっている!)


「二人きりのときは、ボクのことはアキラって呼べ」


 アキラが『キサラギ』を好いたことは一度もない。


 そして、出会いから十年の時を経て、路地裏の少女は、ついにレオと結ばれる。


 ホビットの『奇運』がアキラ・キサラギをどこまで運ぶのか。


 知る者はいない。




◇ ◇ ◇ ◇



 質の良いシルクのシーツに破瓜の痕跡を残し、アキラ・キサラギが俺の身体に、肢体を絡ませるようにして、健やかな眠りについている。

 小さな出窓から薄暗く青い朝の光が射して来て、新しい一日の始まりを告げようとしている。

 だが、俺の胸にはついぞ晴れ渡ることを知らぬ曇り空のように、どんよりと暗く、重苦しい灰色の雲が垂れ込めていた。


 この日から、アキラ・キサラギは変わった。


 闇雲に癇癪を起こし暴挙に至ることはなくなり、執務においても冷静沈着。殊更、俺を気遣うようなこともなくなり、以前と同じように様々な雑務を押し付けて来るようになった。以降は何事も騒動を起こすことなく、第12旅団――改め、クリソベリルキャッツアイの運営に励んでいる。


 さて、この『クリソベリルキャッツアイ』であるが、時を於いて、その名称の長さから、或いは、ごろの悪さからか、『猫目石』または単純に『猫』と呼ばれるようになった。

 軍事法制も詰めの部分に入り、『猫目石』は、日々濃くなる戦乱の気配に、ぴりぴりと神経を尖らせている。


 ジークからは、俺の元へ毎日のように書状が送り届けられる。

 以前の求婚の返事、食事やパーティ等への勧誘が主な内容だ。

 先の伯爵の暗殺未遂の一件による因果を含め、俺はその全ての回答に拒絶の意思表示をした。

 だが、毎日のように求婚やパーティ勧誘の書状が届く。狼の求愛は気高く、やはり、しつこい。


「耐えられない」


「苦しい」


 それらの文言が書状に見え隠れするようになった頃、息苦しさから、俺は、ジークの手紙を読まずに破棄するようになった。

 その俺の態度に、アキラは概ね満足なようで、最初こそ敏感に反応していたものの、しばらくして、気に止める素振りすら見せなくなった。

 定期的に開かれる佐官級の会議には、俺は出席を見合わせることになった。これは、ジークを避けているのではなく、団長であるアキラの仕事が忙しくなって来たためだ。副長として、俺は雑務をこなす一方で、アキラの補佐もせねばならない。

 第七連隊からは大隊長の三人のみが会議に出席し、自由な討論の結果が書面の形で提出され、それをアキラが見聞、吟味する形になった。

 右足は、毎晩マッサージをしてくれるエルの献身的な介護のお陰か、日に日に具合がよくなり、今では歩くくらいなら杖の補助を必要としないほど回復している。


「少佐、これを」


 そう言って、エルが差し出して来たのは片眼鏡モノクルだった。

 騎士である俺は、見た目の迫力から軍用の眼帯を希望したが、それは残った目によくないらしく、少しの押し問答の末、結局はこのモノクルを着用することになった。


「……まあまあ、でございます」


 とはエルの談だ。

 人の顔を捕まえて、まあまあとは何事だろう。


「……キミには、それが似合うよ」


 俺と結ばれて以降、アキラは劇的に変化した。その最も顕著な変化が言葉遣いだ。

 人目がある場所や執務の際は、やはり以前と同じように乱暴な言葉遣いをするが、それから離れると、借りて来た猫のように大人しく、年頃の娘となんら変わらぬ可愛らしいものになる。


 不吉だ。


 この余裕とも取れる間隙が損なわれた際、アキラはどのような変貌を見せるのだろう。俺は、それが怖くてたまらない。


 馬鹿共の意見は賛否両論だった。


「おお、神父の息子。少しだけ賢そうに見えるが、気のせいか?」


 少しだけとは何事だ。


「うはっ、副長! ますます弱っちく見えますよ?」


 ますます弱いとは何事だ。まったく、けしからんやつらだ。

 だが馬鹿共とは真面目な話もする。


「副長、おまえさんには、『あれ』をやらん。死ぬまで猫の懐刀でいてもらう。覚悟するんだな」


 『あれ』――引き際を見失った傭兵にやる最後の通過儀礼だ。腕利き十人と腕試し――まあ、早い話がリンチだ。

 いいやつだった、過去形でそう言わないために、手っ取り早く叩き出す。

 杖もいらなくなったし、そろそろかとは思って備えていたのだが……。

「覚悟は出来ているぞ?」

「言うな」

 馬鹿共の話ではこうだ。

 俺の不在時、アキラの人格は豹変するらしい。

 軍規に厳しくなり、度々癇癪を起こしては下級士官に当たり散らし、その態度は平騎士たちにも同様のようだ。

 それが、俺が居ると、ぴたりと止む。

 以前から、その傾向はあったらしいが、俺の負傷療養、長期の不在という結果を経て、その傾向はより一層顕著に、激しくなったらしい。


「おまえさんが、この『猫』のアキレス腱だ。身体は気遣えよ」

「……わかった」


 複雑な気分だった。

 俺とアキラは、もう切っても切れぬ間柄であると再確認したかのようだった。


「第五連隊の連中に気をつけろよ。やっこさん、大将が復活して、盛り返して来てるからな。色々とあるかもしれん。出歩く際は、俺らに一声掛けろ。一個小隊くらい護衛に付けた方がいい」

「一個小隊……?」


 その忠告に、俺は思わず笑ってしまう。

 一個小隊と言えば、三十人程の集団だ。そんなにぞろぞろ連れて、兵舎の中を歩き回る馬鹿は見たことがない。


「馬鹿馬鹿しい」

「そう言うがな、今のおまえさんの価値を考えると――って、ベッカー! 待て!」


 遠足に行くのでもあるまいし。

 背後で馬鹿共が喚き立てるが、それを無視して歩きだす。




 夜。


 アキラと関係を持ってからの俺は帰宅することが少なくなり、アキラの邸宅にて寝泊まりすることが多くなった。


「少佐、どうぞ」


 エルもアキラの許可を得て、この邸宅に入り浸るようになっている。元居たメイドは、暇を出されたらしい。気の毒なことだ。

 そのエルの注いだ茶を飲みながら、ベッドの上で寝返りをうつアキラに視線を向ける。


「ねえ……そろそろキミもおいでよ」


 俺とアキラの関係は、既に『猫目石』の中では暗黙の了解だ。風紀部の連中も、団長であるアキラからの圧力を恐れ、口を噤んでいる。

 俺は傭兵上がりのぼんくらだ。のんびりやっていて、士官学校出の士官連中について行けるほど上等じゃない。夜は貴重な時間だ。過去の戦術書や戦略書を読む等、読書か思索の時間に充てている。

 アキラが全裸で、手を後ろに組み、お尻をふりふりやって来る。


「何をしてるの?」

「……シュヴァルツブルク要塞攻略の計画を立てています」


 ふうん、とアキラは感心したように鼻を鳴らす。

 俺が要塞攻略の計画を立てることに、特に不思議はない。アルフリード側に攻め入るのであれば、戦略上の要衝となる『シュヴァルツブルク要塞』を陥落させることは自明の理であるからだ。


「まだ出征の目処も立っていないのに」

「……予想できることは、早めにやっておけって言ったのはアキラですよね」

「それにしたって、年が明けてからになると思うけどね」


 アキラは機嫌が良さそうに、ぺたりぺたりと足音を響かせながら、ぐるりと俺の回りを一周する。

 ……しかし、まあ、見事なくらいの少年体型だ。これに欲情しているのかと思うと、俺は自分が情けなくなる。


「でも、そうやって夜遅くまで仕事をするキミは、嫌いじゃないな」

「そいつはどうも」

「こっちの、なに? 見ていいかな?」

「そっちのは失敗案です。見てもいいですけど、笑わないで下さいよ」


 アキラは俺が却下した案の書類を片手に、ベッドの方へ歩いて行く。


 しばらくして、くすくすと含み笑いが聞こえて来た。


「ぷっ……空からって、キミ、頭でも打ったのかい?」

「だから……」


 見せるんじゃなかった。俺は頭を抱える。また馬鹿扱いか、とうんざりする。


「重装騎士……」

「だから、それも――」


 いらっと来て振り向くと、厳しい表情のアキラの顔が目の前にあった。


「このグライダーって、なんだ?」


 口調が変わった。


「それでしたら、過去の文献にあって。まあ、風向きやら、高さを利用して空を飛ぶ物らしいんですが……」

「過去の戦術書や戦略書は、ボクも読んだ。でも、こんなものの存在は知らない」


 だろうな。

 暇つぶしに読んだ子供向け童話が、その策の原案だって、言ったら、きっと怒るんだろうな……。


「それと、この重装騎士。こいつは面白い。上手く行けば、戦いの常識が変わる発想だ。なぜ、こんなことを考えた?」

「それでしたら……今の戦闘って、騎兵と歩兵じゃ、騎兵が圧倒的に有利じゃないですか。じゃ、思いっきり歩兵を強くしたら……まあ、これはどちらかと言えば、呆れるという類いのものですよ。ただ、装備を強くするだけのものですから……」

「そんなことはない!」


 とアキラは声を荒らげて言うが、全裸では少し迫力に欠ける。


「面白い! しかし、おまえと来たら、本当に馬鹿だな。こんな面白い案をボツにして、詰まらない案ばかりを立案しやがって」

「すいませんね…」


 その詰まらない案ばかりを採用していたのは、どこのどいつだ。そう耳元で叫んでやりたい。


「もっと失敗案はないのか?」

「いや……失敗をねだられても困るんですが……」


 その後、アキラは「面白い!」を連発しながら、右手をやたら振り回した。タクトを持たせたら面白そうだったが、全裸なので止めておいた。


 こうして、また一日が終わる。



◇ ◇ ◇ ◇



 この日のアキラは何か思いついたらしく、俺の失敗案ばかりを纏めた書類を持って『第八連隊』へ向かった。


「おまえはここにいろ。性悪女とは、ボクが一対一でケリをつける」

「決闘するんじゃないんでしょ? グライダーが製作可能かどうかの質疑に行くだけなんだから、物騒な言い方しないで下さいよ」

「よし、おまえはこの失敗案をもっと煮詰めろ。これも……ああ、これも面白い。こいつもだ」


 煮詰まらないから、失敗案なんだが……。


 アキラが行ってしまい、そんなことを考える俺は、勿論、執務の時間を持て余す。

 未処理の棚から未開封の手紙を取り、封を切る。

 宛て名は俺になっているが、差出人が不明だ。


 インクが赤黒い。


 血?


 ごくり、と息を飲む。明らかに異質な感を漂わせるその手紙を開封する。


「う…うわわわっ!」


 俺は悲鳴を上げた。


 そ こ に は――


逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい


 手紙の最後の括りに、


 私は、もう、耐えられない。


 と書いてあった。


「こ、これ、ジークか……?」


 差出人は不明だ。確証はない。宛て名は俺になっている。

 流れ出した冷や汗が止まらない。

 この手紙の差出人がジークなら、アスペルマイヤーの家紋が押印してあるはず。だが、それはない。

 だとすると、イザベラか?


 ジークだ。根拠はないが確信がある。


 頬を伝った汗が、ぽたりと紙面に落ち、赤黒いインクが流れ出す。


 今は、アキラがいない。俺、一人だ――。


 その事実に、歯の音が、がちがちと鳴る。

 モノクルを外し、手のひらで汗を拭う。と、その時――


 トン、トン


 とノック音がする。思わず、びくりとするが、礼儀正しく続くノック音に、平静を取り戻す。


「だ、誰だ?」

「第五連隊の者です」


 耳に入った若い男の声に、長く細い息を吐く。動悸が収まり、冷たい汗が引いて行く。

 しかし、なぜ俺が男の声を聞いて安心しなければならないのだろう。おかしな話だ。


「入れ」

「はい……あれ? 開きませんよ?」

「そうか。すまん、今開けるから待ってくれ」


 鍵を掛けたのはアキラだろう。用心深いことだ。ノックでもしない無粋な来客でもあったのだろうか。そんなことを考えながら、ノブに手を掛ける。


「……?」


 開かない。なぜだ? ドアのこちら側にあるはずの、鍵が――ない!


「お、おお、俺は、アキラに監禁されているのか?」


 いつから?


 また、冷たい汗が吹き出す。頭痛、吐き気、目眩、様々な不具合が俺を襲う。


「す、すまん。こちらからは、開かないようだ。そっちで何とかならんか?」

「……」


 返答がない。ややあって、


「……悪い猫の考えそうなことだね」


 と低いハスキーな声で応答があった。



◇ ◇ ◇ ◇



「ジーク? なぜ貴女がここにいるんです?」

 開かない扉に向かい、話しかける。

「もう耐えられないって、手紙に書いたよね……?」

 低く、どこまでも暗い声で返答があった。


 冷たい汗が止まらない。運動しなくても、人間というものは汗が流れるのだ。それを痛感する。


 めきめきっ


 とドアが鈍い音を起てる。

 『猫目石』の団長であるアキラの執務室は、有事の際は司令室に該当する。そのため、扉は大砲の直撃でも受けない限り、破損の恐れはない。

 その扉のノブが、ごがんっ、と大きく音を起てて丁番ごと弾け飛んだ。

 扉そのものでなく、その接続部分がジークの膂力に屈したのだ。


 もう、おしまいだ……。


 扉の向こうに居るのは勇者などではない。怪物だ。

 ジークが外れた扉を丁寧に壁に立て掛け、ゆっくりと室内に入って来る。切れ長の赤い瞳が、瞬きすらせず、俺を見つめている。


「大丈夫? すごい汗だよ? 悪い猫に、ひどいことをされたんだね」


 そう言って、ぺろりと長い舌で俺の頬をなめ上げる。


「モノクル……可愛いね」

「ジーク……」

「なに?」


 空気になって消えてしまいたい。それが俺の心境だ。だが、言わねばならない。いつも手紙に書いた文言を口にする。


「俺は、ジークの求愛を受けることはできません」

「父上だよね。あれは、もういいんだ。今頃は星になって、きっと私たちのことを認めてくれているよ」

「帰ってください。お願いします……」


 その言葉に、ジークは薄い笑みを浮かべ、首を振る。


「もう焦らさないでほしいんだ。さあ、一緒に帰ろう。暖かいベッドを用意してある。勇者と姫は、愛し合うべきなんだ」


 勇者と姫……壊れていたときと、言ってることが一緒だ。

 それは……まだ、壊れたままということなんだろうか。


 室外から鎧や盾の擦れ合う音が響いて来る。『第七連隊』の騎士たちだろう。この気配からする限り、武装している。


 震えと冷や汗が止まらない……。


 異常な緊張のせいか、残った目の視力が低下したのか、視界がぼやける。


「疲れたんだね。寝てて、いいよ。その間に、全部終わらせておくからね」


 ジークの薦めに従い、俺は一つきりの目を閉じる。これはもう、俺の手を遥かに越えた出来事だ。


 暗闇の向こうから、ジークの狂ったような哄笑が聞こえる。

 激しい剣戟の音が響き渡り、悲鳴と轟音とが尽きぬ怨嗟のように耳に絡み付いて来る。


 薄れ行く意識の中、俺は、世界の終わりを連想した。



◇ ◇ ◇ ◇



 宵闇。

 薄暗い室内の中で、アキラとエルが、ひそひそと密談している。


「すごかったよ。やつは狂ってる。いっそ、清々しいくらいだった」

「……」

「……それは、ボクが悪かった。反省してる。もうしないよ……でも、だからと言って、キミもひどいな。ヤツに告げ口するなんて……」

「……」

「そうなんだ。それは朗報だね」


 何を話している?


「こっちはまあまあだ。うん、年内には……」

「イザベラ……バックハウス……」

「面白いね。ぜひ、やりなよ」


 エルとアキラ。酷い胸騒ぎがする。


「うん……うん……それは、レオも連れて行こうと思ってる。危ないからな」

「……」

「うん、キミも来てくれ」

「……!」

「レオ! 目を覚ましたのか!?」


 この二人……。



 第七連隊の兵舎で乱闘を起こしたジークは、無期限の謹慎処分となった。

 事態を重く見たアキラは自らによる裁定を避け、事を軍警察に委譲した。

 ジークは拘束こそされないものの、今後は所轄の兵舎以外への立ち入りを一切禁止された。そこには俺個人への接触禁止令も含まれている。

 彼女の家柄と軍階級、幸い死者が出なかったこと、最後は自らの意志で投降したことなど、その他諸々の事情を考慮した結果の裁定らしい。


「殺しても殺し足りないやつだが、まだ利用価値がある」


 アキラはそのように述懐した。


 自ら騒乱を引き起こしておきながら、最終的に投降を選んだジークは、笑っていたらしい。

 あっさり諦めるとは、狼らしくない。

 おそらく、ジークは現状の不利を認めたのだ。きっと、今は雌伏の時で、機会を待つに違いない。俺への狂愛ゆえに、誇りを捨てた赤い目の飢狼となって。



 そして、この大き過ぎる騒動を吹き消す嵐の到来が『猫目石』に訪れる。


 皇帝からの勅命だ。


 猫目石に『シュヴァルツブルク要塞』攻略の勅命が下ったのだ。


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