エピローグ いつかの青
出征を控え、慌ただしい雰囲気の旅団を見下ろし、第八連隊の兵舎の屋上にて、俺とイザベラの二人は呑気にお茶を楽しんでいる。
「ねえ、私のこと……どう思ってんの?」
「好きですよ?」
嘘は言ってない。猟奇趣味にはうんざりしているが。
「そ、そう……」
ぷいっと視線を逸らしたイザベラの長い耳は、気の毒なくらい赤かった。
「猫は、いいの……?」
「今日は、あなたに会いに来たんです。アキラは関係ありません」
「そ、そう……」
そして俺たちは沈黙を選ぶ。
冬の到来を感じさせる秋の風が吹く。イザベラは落ち着かないのか、頻りに髪をかきあげる仕草を繰り返していたが、
「ねえ、今からでも遅くない。私のものに――」
「おことわりします」
キスを交わしてから、この手のやり取りは嫌というほどした。
イザベラは、どうしても俺を行かせたくないらしい。
「死んじゃうわよ……?」
その言葉は、俺の心までは届かない。
イザベラが俺に向ける感情は同情だ。可哀想、ただそれだけ。
好きだから、可哀想だから、この二つの感情はよく似ていて混同しやすい。
イザベラは好意と同情を履き違えているだけだ。
空を見る。
青、青、青。
無関心の青。
残酷な青。
俺が死のうが生きようが、変わらずきっと、青いのだ。
隣ではエルフの女が苦しそうに胸を抑え、こちらを見つめている。喉に茶菓子でも閊えたのだろうか。
青い瞳の女。名前も知らない女のことを思い出す。
不意に、イザベラが言った。
「ねえ、あんた……絶対死なないって、約束なさい」
「それで気が済むんでしたら」
「ばかっ! 真面目に言ってんのよ! 何をやってもいいから、絶対死なないって約束しなさいよ!」
「…………」
これは……参った。
参ったぞ……。
無関心の青、残酷な青……そんなことはないのかもしれない。イザベラの青い瞳をのぞき込み、途方に暮れる。
「な、なによ? 私の顔に、なにか付いてんの?」
同情ではないのかもしれない。
羞恥に頬を染めたイザベラを見つめながら、そんなことを考えた。