第6-2話 幕間
小さなランプが一つだけの光源の薄暗い第五連隊の執務室で、ジークとイザベラが応接用の机を前に差し向かいでソファに腰掛けている。
「……後始末は、したよ」
「……」
レオンハルト・ベッカーに危害を加えた第五連隊の騎士十二名は、九名がアキラ・キサラギの手で処断された。残る三名は軍階級を剥奪され、近く除隊の見通しだ。
それらの委細を記した書類を確認しながら、イザベラは静かに頷く。
この一件に関し、アキラ・キサラギは沈黙を貫いている。レオンハルト・ベッカーについても同様だ。そのため、本来ならば軍警察の介入を免れ得ないこの一件に関してジークとイザベラに裁量が委ねられている。
「守りが固いね……」
だるそうに呟くジークから漂う、強いアルコールの臭気にイザベラは眉を寄せる。
「あんた、酔っ払ってんの?」
「それ、答えないと駄目……?」
質問に対し、質問で返すジークの赤い瞳は、どんよりと暗く淀んでいる。彼女の求婚の返答が芳しくない件については、この『猫目石』の中では有名な噂だ。
「次は、どうしようか……?」
「何が?」
だらしなくテーブルの上に足を投げ出すジークに、イザベラは用心深く問い返す。
「正面から行っても駄目……罠を張っても駄目……ねえ、イザベラ……何かいい案はない……?」
「あんた、いいかげんにしなさいよ……」
この茶番劇の首謀者がジークであることなど、アキラ・キサラギにはお見通しだ。表ざたになってまずいのは、外ならぬジークだ。
後始末は勝手にやれ。
多数の死者を出したこの一件に関し、無視を決め込んでいるのはそういうことだ。
「ねえ、イザベラなら、レオを、うんって言わせるいい方法が――」
イザベラは、やにわに立ち上がるとテーブル越しにジークの銀色の髪を乱暴に掴み、引き寄せた。
「あうっ!」
「しつこい……ああ、しつこい……!」
ジークの銀髪がぶちぶちと音を立てて千切れるのもおかまいなしに、イザベラは更に引っ張る。
ぴんと立ったジークの耳をひっ掴み、低く押し出すように言う。
「いいかげんになさい、このバカ犬……。蛆虫や百足を、あんたの頭に放り込んであげようか……!」
「あ、ああ……イザベラ、ごめん……ごめん……」
ジークの顔に、はっきりとした恐怖が浮かぶ。
幼なじみ故に、関係深き故に、ジークはイザベラを恐れる。イザベラの使う『呪術』を恐れる。
イザベラ・フォン・バックハウスが『やる』と言えば、必ずそうすることを、ジークは知っている。
この事件の顛末がイザベラに喚起したものは、制御しようのない怒りだ。
強く美しいアキラ・キサラギに嫉妬した己に。
レオンハルト・ベッカーの浮かべた笑みに、満足してしまった己に。
そして何より――何も変えることの出来なかった己に。
イザベラは、投げ捨てるようにしてジークの頭を解放すると、その場を後にした。