第6-2話 怒り5
九人のアキラ・キサラギが繰り出した必殺の斬撃は、瞬時にして九つの命を奪った。
首が舞い、鮮血の噴水が辺りを染め上げる中、アキラは返り血に塗れながらも、怯むことなく納刀する。
「お、おお……ア、アキラ……」
呻くように言ったレオは、口元を抑え、よろよろと九人のアキラの元へ歩みよる。
「は、はわ……」
「ひ、ひぃ」
レオンハルト・ベッカーを囲んでいた第五連隊の騎士たちは一二名。その内の三名が未だ存命中だが既に戦意はなく、腰を抜かしてその場にへたりこんでいる。
周囲の死体は、ある者は立ち尽くし、ある者は地に伏している。皆一様に首が無く、歪んだ形の笑みを浮かべている。それらは覚悟すらなく、悲鳴を上げることすらなく死を迎えたのだ。
返り血による壮絶な血化粧で身を飾る九人のアキラ・キサラギたちは、小さな手のひらに折り鶴を乗せ、レオに差し出した。
「これ……」
レオは、九人のアキラの中から唯一折り鶴を持たない、そして一番血に塗れた者を選び、抱き寄せた。
「アキラ……なんてことを……」
ここは第12旅団『猫目石』の兵舎だ。戦場ではないそこで彼の上官が躊躇うことなく手にかけたのは、外ならぬ自身の部下である。
アキラ・キサラギたちは少し驚いたようだ。一人が言った。
「すごい、なんで本物がわかったの?」
「そりゃまあ、カレには当然のことさ」
「けど、黙っていなくなるなんて、ちょっと酷いんじゃない?」
「罰が必要だね」
「この折り鶴は嬉しかったよ。少し、胸が暖まった」
「勝手に出歩けないようにしないとね」
「まだ三人も残ってるね」
「それじゃあ――」
本体であるアキラはレオに抱きとめられている。残りの八人のアキラが、がちがちと歯を鳴らす第五連隊の騎士たちに、異口同音に言った。
「「「「「「「「死んでもらおうか!」」」」」」」」
◇ ◇ ◇ ◇
怒りだ。
イザベラの胸にはそれしかない。
うっすらと開いた扉の向こうでは、壮絶な血化粧で身を飾ったアキラ・キサラギが、レオンハルト・ベッカーに抱きしめられている。
イザベラの胸は、怒りに悶え、捩れる。
何よりイザベラが腹立たしいのは、周囲に咲く鮮血の中で血に塗れ、レオに抱き締められたまま動かないアキラを、『羨ましい』と思ってしまったことだ。
死を撒き散らし、顔色一つ変えないアキラを、『美しい』と思ってしまったことだ。
本来は、イザベラこそが美しく血化粧で身を飾り、レオンハルト・ベッカーに抱き締められていたはずなのだ。
そして理解する。
イザベラの能力は、猫の獣人の血を引くアキラとは相性が悪すぎる。躊躇せず、死を振り撒くアキラとイザベラの対峙を、レオは恐れたのだ。
イザベラからは、背中しか見えないが、レオが消え入りそうな声で呟く。
「アキラ……お願いします。もう、やめてください……。あなたの手を、これ以上味方の血で汚さないでください……」
イザベラには分かる。レオンハルト・ベッカーが声もなく、涙も見せず、泣いている。
誰も皆、彼に己の都合を押し付ける。
「いいよ……キミの意志を、尊重してあげる……」
アキラ・キサラギが、レオに肢体を絡ませ、貪るようにして口づけている。
イザベラは、きりきりと唇を噛み締める。
見ているより、ほかない。これ以上、レオンハルト・ベッカーに余計なものを押し付けたくない。
息を殺し、見守るだけのイザベラと、アキラの視線が合う。
「…………」
アキラ・キサラギは、嘲笑っていた。
イザベラは、がりっと額を掻き毟る。流れ出した血が瞳に入り、視界を赤く染め上げても、それでも合わせた視線を外さない。
ここで怒りに任せ飛び出す行為は、レオの意思を無にする行為だ。それだけはしない。
あの忌ま忌ましいアキラ・キサラギの挑発になど乗ってやるものか。
イザベラは動かない。
そして――
何も、変わらない。