エピローグ 猫とワルツを
もう何も見えない。
何も感じない。
今はただ、この心に流れる猫のワルツに身を任せ、踊る。
人は何ゆえ、生きるのか。――愛ゆえに。
人は何ゆえ、死ぬのか。――愛なきゆえに。
代償を求めて止まぬアスクラピアの蛇も、この身に受けた小柄な悪魔の愛を喰らい尽くすことはできなかった。
今もこの胸に抱く、小柄な悪魔の愛が、欠点であるか、美徳であるか。
過ぎた愛は、治らぬ病に似ている。本来なら健やかなものであるそれを、返って危険なものにしてしまう。
どうやら俺も、治らぬ病に罹ってしまったようだ。
全てを奪い、殺し、焼き尽くすアキラの愛が、今は愛しくて――たまらない。
「アキラ、キスしたい」
「いいよ……」
燃え盛る炎の熱に負けないくらい、熱く激しく求め合う。
「れ、レオ……あ、愛の営みは、もっと優しくするもんだよ……」
アキラが息も絶え絶えに呟く。
「まだまだ、こんなもんじゃない。俺が本気を出せば、腰が抜けますよ、アキラなんて」
「んん……」
震えるアキラの腰を、ぐっと引き寄せ、再び唇を合わせる。
そろそろか――
「レオンハルトさま、お楽しみのところ申し訳ございません……」
やや、ふて腐れたように告げるエルの声に、俺は一つ頷く。
「ん、首尾は……?」
「万事、滞りなく……」
「そうか、こちらは目が焼けてしまった。すまんが手を引いてくれ」
「え? ええ!? なんで、エルがいるんだよ!?」
困惑気味に言うアキラは、もう一度キスで黙らせる。
「んん! ぅっはぁっ……! ずるい! キミは、ずるいぞ!」
「だから?」
俺は悲劇の主人公ではない。そんなのが似合うがらじゃない。
こんなところで燃え尽きるつもりは、さらさらない。
格好悪かろうが、見苦しかろうが、生きて、生きて、生き抜いてやる。
エルが言う。
「レオンハルトさま……まだ、輝かれますか……?」
「ああ」
俺は短く息を吐く。
そう、まだ続くのだ。俺は、踊り続けなければならない。
そして――
回る回る。
ワルツは回る。
俺は踊り続ける。
この二匹の猫と。
踊る踊る。
緩やかに、時折は激しく。
俺は踊り続けるのだ。
永遠に、このおかしくも悲しい、狂った猫のワルツを……。
猫とワルツを――――fin