表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫とワルツを  作者: ピジョン
第4章 猫とワルツを
24/42

最終話 あなたとワルツが踊りたい

 

 八方からジークに襲い掛かる分身を、アキラは少し離れた距離で見つめていた。

 この時点でアキラは、己の勝利を確信していたが、万が一の危険を避けるための行動だった。ジークに近づくことはしない。

 決着するまで安心できない。一度は慢心から不覚を取ったアキラだが、二度はない。


 その慢心のないアキラが、夜空に見上げたのは、炎のエレメンタルと化したイザベラが、熔岩の流星群を打ち出すところだった。


 それはとてつもない轟音を伴って、決着寸前のアキラとジークを中心に、エーデルシュタイン宮殿を含めた広範囲に渡って降り注いだ。

 熔岩の流星は、瞬く間に周囲を煉獄の炎の海に変え、その内の幾つかはジークに命中し、その内の一つはアキラの右の脇腹に命中した。


 アキラの八人の分身はかき消え、宮殿前に集結していたニーダーサクソンの騎士たちの大半は既に潰走していたが、決闘を見守っていた者は、この流星群の犠牲になり、殆どが死傷した。


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは、腹、胸、足に三つもの流星の直撃を受けたが、まだ立っていた。

 その表情は、苦痛と困惑と――そして絶望とで歪んでいる。


 アキラ・キサラギも右の脇腹から吹き出す血を圧え、立っている。


 アキラは荒い息を吐く。

 右の脇腹が、もう一つの心臓のように痛みを伴う鼓動を続けている。


 ――やられた。


 かしゃり、と音を立てて、アキラの足元に愛刀菊一文字が転がった。その直後、ととっ、と二、三歩後退する。自らの意志による後退ではない。


 ジークは、剣を杖替わりに立っている。撃った流星は、身体を貫通して夥しい出血を見せているが、それでも彼女は立っている。


 ……こいつもいよいよ化け物だ。アキラは内心、毒づいた。自分も負けていられない。


 身を焦がすような狂愛の行く末に、二人はここに立っている。


 先に倒れてなるものか。だが、身体はアキラの意志を裏切って、引っ張られたように、よろよろと後退を繰り返す。

 アキラはその度に立ち止まり、歯を食いしばってジークを睨む。


 まだだ、まだ止まっていられない。だが、どうしようもなく身体から力が抜けて行く。

 アキラは涙を流し、食いしばった唇からは血を流した。


 認めない。


 ここで独りきりで果てることを認めない。


 大地を踏み締める足元が震え、脂汗が吹き出すが、それでもアキラは倒れない。自らの流した血を踏み締め、自らの意志でない後退を繰り返しながら、それでもアキラは前を向く。

 ここで倒れてしまえば、アキラの全てが嘘になる。


 だが――


 全てを地獄の業火で焼き払うアキラの愛を裏切って、身体が意志を拒絶する。


「あ、あ……、い、いやだ。

ボクは……ボクは……」


 命も、愛も、終わりがある。

 運命の女神は残酷だ。この両者の糸を同時には断ち切らない。

 アキラはそれを認めない。

 小さな身体で踏ん張って、精一杯に拒絶する。

 運命の女神は残酷だ。アキラに、いつも耐え難い現実を押し付けた。


 アキラはまたしても耐え難い現実を押し付けられようとしている。



 そして――



 終に、力尽き、アキラが皮肉な運命に膝を屈する正にその瞬間――


 ぽすっ、と暖かい何かに、アキラは背後から包み込まれた。


 ここに至り、アキラは悟った。

 運命の女神は皮肉を好むのではない。

 いつも、真実だけを選び取るのだ。



「アキラ……」


 暖かく呼ぶ声。

 アキラはそのためだったら、何だってやって来た。


 振り返り、弱り果てた白い髪の男の笑顔が目に入り、アキラのコバルトブルーの瞳から、尽きることのない涙が溢れ出る。


「レオ……」

「……俺がいますからね、もう、心配いりませんよ……」


 この火の海を渡って来たのだろう。レオの白い髪は所々黒く煤け、マントもトーガも端が焦げはじめている。

 じんわりと暖かい癒しの力に包まれて、アキラは、ひたすら涙に濡れる。


 求め――与えられたのだ。


「キミを……迎えに来たんだ」


 アキラは、なんとかそれだけ吐き出して、胸を突き上げる思いに涙を流す。


「はい……ですが……もう、何も見えません……」


 レオは笑む。

 全ての迷いや苦しみから解放されたような笑みだった。

 煉獄の炎の眩しさが、残された一つの瞳を焼いてしまったのだ。今はもう、開け放たれたその瞳は、白く濁り、用を為さなくなっている。


 アキラの愛は、未だ燃え盛る炎の中、完結しようとしている。


「そう……それは残念だね」


「はい……」


「いま、すごく綺麗なんだよ……?」


「はい、知ってます……」


「ボクが、キミのためにやったんだ」


「ありがとうございます。ですが、もう、アキラのお役に立てそうもありません……」


「いいさ、そんなこと。それより、ボクと踊ってくれないか?」


「目は潰れ、足もあまり良くはありませんが、それでよければ、喜んで」



 そして二人は踊りだす。

 手に手を取って、抱き合いながら、体を合わせて踊りだす。

 炎に巻かれ、時々はつっかえながらも不器用に。


「ワルツが聞こえるんだ」


「奇遇ですね。俺もです」


「それはよかった。ボクだけが聞こえるのかと思って、不安だったんだ」





 最後に、二人は言った。





「「愛してる」」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苛烈に生きる弟の話を……
『アスクラピアの子』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ