第22話 ワルツの鳴る方へ
「おやすみなさいませ……レオンハルトさま」
エルが、そっと俺の髪を指で梳く。
レオンハルトさま……俺は、レオンハルトをやってもいいのだろうか……わからない。
ジークは、俺は、レオンハルト・ベッカー以外の何者でもない。と言っていた。レオンハルト・ベッカーでいていいとも……。
意識の境が、曖昧になる。
………………
……………
…………
………
……
…
エーデルシュタインの宮殿……ジークの寝室……。
いつも堂々として凛々しいジークだが、閨ではいつも余裕がない。
馬乗りになって、俺の顔に大きな胸を押し付け、息を荒げて言う。
「レオ、レオ……動いちゃだめだ……動いちゃだめだ……!」
背筋に沿って生えている美しい銀の鬣を撫でてやると、それだけでジークは、
「ぅぅ―――――」
静かに、深く、果てる――。
狼の女は、その生涯に於いて、一人しか番を持たないと言われている。
愛されるのは、悪い気分じゃない。だが、こうも思う。
俺の気持ちは……?
ランプの薄暗い明かりの中で、知らない女を抱いている。
「レオンハルトさま……もっと、もっと……エルを溶かしてください……」
……エルは、辱められたと言っていたが、この夢の中では、積極的に俺を求めている。
首筋に噛み付いたり、背中を引っ掻いたりと忙しい。頻りに口づけをねだり、耳元で、
「少佐、しょうさぁ……愛してるんですよう……!」
と、囁いた。
エルを抱く俺の胸の内は、ただひたすらに息苦しい。
一度でいいから、この女を、心から笑わせてやりたい。
生きることの素晴らしさを、教えてやりたい。
でも、それは俺にはできなくて……
俺はエルに、返しきれない大きな負債があるようだ。
だが、こうも思っている。
決して心を許すことのないこの女を、なんて陰気な女だろうと、疎ましく思っている。
とても大切に思う反面で、この女の絡み付くような性根を、俺は、快く思っていない。
……もう、終わったか?
蛇の食い残しは、もうないか……?
エルの記憶は、蛇にとって、とても不味いものであるようだ。
耳の奥から、ワルツの旋律が聞こえる。
蛇の食い残しは、まだあるようだ。
どんなに不味いものを残したのだろう……。
「おまえは黙って、ボクを受け入れたらいいんだ」
だれだ……?
「ボクの指をやろう!」
彼女は、いかれてる。
「どうしてボクを拒絶するんだ! どうしてボクを恐れる!」
彼女は、いかれてる。
「足を切るぞ! 足を切って飼ってやる!」
彼女は、いかれてる。
「卑怯者……このうすらとんかちの唐変木め……」
でも、どうしようもなく愛しくて……
「ボクを抱いていると、夢のようか……」
俺の大事な風雲児……キラ・キサラギ……。
「愛してる。愛してるんだよ、キミだけを……」
彼女は、いかれてる。
「気に入らないなら、焼き払ってあげるよ?」
耳の奥で鳴り響くワルツの旋律が、不協和音のように、俺の神経を苛み続ける。
愛深きゆえに、狂ってしまった俺の風雲児……ア……キ……ラ……
――――アキラ・キサラギ。
「おまえの全てはボクのものだ。流れる血も、今正に打つ鼓動の一つですらも、ボクのものであるべきだ」
アキラの狂愛が、俺を掌握しだしたのは、いつからだ?
わからない……わからないが……行かなければ……。
アキラの狂愛が、今もまだ、俺の胸を焼いているから。
でも、何処へ向かえばいい……?
決まってる。
ワルツの鳴る方へ。