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猫とワルツを  作者: ピジョン
第4章 猫とワルツを
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第17話 狂騒

 ノルドラインを亡国の危機に追い込んだ『猫目石』傭兵団襲撃の報に、サクソンの宮殿内は俄に混乱の様相を呈した。

 ジーリクンデ・フォン・アスペルマイヤー主催の園遊会には、このサクソンに駐在する高級将官の殆どが参加している。

 襲撃の報を告げる騎士たちが続々とジークの居住区に訪れ、口々に大声で自らの部隊の指揮官の名前を叫んでいる。


 ジーリクンデ・フォン・アスペルマイヤーは大将である。フォン・カロッサ元帥亡き今、この首都サクソンに駐在する武官の中で最も強い指揮権を持つのはほかならぬ彼女だ。

 ジークは叫んだ。


「慌てるな、静まれ!」


 『救国の英雄』の一喝に、皆一様に注目した。


「猫目石がいかに優れた指揮官の元に動く部隊とは言え、その数は寡兵である! 落ち着いて対処すれば恐れるに足らず! 冷静な判断を旨とせよ!」


 感嘆の溜め息と共に落ち着きを取り戻し始めた周囲の対応に、ジークは一つ頷く。

 アキラ・キサラギが来るのは分かっていたことだ。慌てることは何もない。

 対応策は既に出来てある。

 彼女がレオを狙うことは分かりきっている。軍を率い、彼を死守していれば、自ら望んで死地に飛び込んで来るだろう。

 数を頼りに待ち受けるだけでよいのだ。

 弱り切ったところで、ジークが自ら処刑する。それでアキラ・キサラギとの宿命にも似た腐れ縁もここまでだ。

 一応、皇帝の守護のため一軍を回し、宮殿奥に下がるよう指示した後、ジークは自らの私室に一度引き取る。


 そして――。


 ジークは棒立ちになった。

 白を基調とした室内は血に汚れ、家具は壊され、住人の激しい抵抗の痕跡を知らせるように床にも引きずったような血の跡がある。


 なんだ、これは?


 血の気を失い、最早涙さえ浮かべたジークは、慌てて寝室に飛び込む。


「う……」


 ぐらり――と、ジークは足元が傾いたような感覚に襲われた。

 さんざん抵抗したのだろう。足元にはメイドが口から血を吐き倒れ、レオが寝ていたベッドには飛び散った返り血の痕跡が生々しい。


「レオは、何処に行ったの……?」


 ほんの数時間ほど前までジークが掛けていた椅子は横倒しに倒れ、そこには二人のメイドが折り重なるようにして倒れている。

 ジークが確信できるのはただ一つ。


 これは――アキラ・キサラギの仕業ではない。


 同じ男を愛したのだ。あのアキラ・キサラギがいくら狂っているとは言え、こんなことをするはずがないのだ。それだけは請け合ってもよい。


「……ジーク、リンデさま……」


 放心したままのジークは、声のする方向に視線を向ける。

 口から血を吐き、絶命していると思われたメイドが、途切れがちに言葉を紡ぐ。


「……バウマイスターで、ございます……あの、痴れ者が、恥知らずにも、白いお方さまに、暴行を働いたあげく、連れ去ったのです……」

「バウ、マイスター?」


 ぼんやりと反芻し、未だ我に返らぬジークは、本当におかしなことだが、アキラに申し訳なく思った。


 間抜けにも、己が望みもしない祝杯を挙げている間に賊の侵入を許し、狼藉を許したあげく、レオンハルト・ベッカーは連れ去られたのだ。


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーは、自らの行いを恥じたことはない。

 戦友であり、幼馴染みであるイザベラを背後から手に掛けたことも、一騎打ちにて騙し討ちに近い形でアキラを退けたことも、全ては愛深きゆえにしたことだ。恥じるべき何物もない。


 だが今、ジークは恥じていた。


 寡兵にてこのサクソンに乗り込んだアキラ・キサラギには捨て身の覚悟があるだろう。その彼女に、どの口で同じ男を愛したと言えるのだ。

 恐らくは己を目印にレオを目指すであろう彼女に、何と言い訳すればよいのだ。

 後先の順番や、運不運は関係ない。

 レオがアキラ・キサラギを愛したのは必然だったのではないか?


「アアアアーーーーッ!」


 認めない!


 ジークは全身で吠えた。

 握り締めた両の拳が、めきめきと音を立て、身体中から吹き出した怒気で辺りの空間が歪むかのようだった。


「バウマイスター……!」


 唸るように呟くや否や、ジークは稲妻のようなスピードで窓ガラスを突き破り、屋外へ飛び出した。

 大気に漂う焦げ臭い匂いが、ジークの鼻控を擽る。

 宙空に放たれた狼の女が目にしたものは、きらめく星々と赤々と燃えるサクソンの町並みだった。


 胸一杯に大気を取り込み、ジークは咆哮した。


 赤い瞳を新なる怒りに染め上げて、ジークは狼の本性に立ち返り、着地と同時に四本の手足で駆け出す。


 ジークリンデ・フォン・アスペルマイヤーの誇り高く、気高い愛は踏み躙られた。


 今はただ、純然たる怒りだけが胸を突く。


 そのジークに、狼の純粋な血が囁くのだ。

 踏み躙られたのなら、食い破ればよい。

 それによってのみ、失われた道は開かれる。

 昏きを拓くのは、いつの時も――――力のみ。


 真の強者のみが進むべき道を切り開く。ジークにとって、当然のことだった。


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苛烈に生きる弟の話を……
『アスクラピアの子』
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