第12話 ラスト・ワルツ1
フェルトブルガー砦の炎上から僅か半月。
今や、ノルドライン領内に於いて、小柄な悪魔、アキラ・キサラギの名を知らぬ者はない。
ノルドラインは、アキラの狂気に燃え尽くされ、国家としての体を為さぬようになっている。
「すべて燃やせ! すべて奪え! すべて殺せ!」
最早、アキラは何者の存在も許さぬ。
ノルドラインの国境沿いに、ニーダーサクソンの首都を目指すアキラは、周囲の全てを焼き払い、奪い、殺しながら、狂気の進軍を続ける。
けらけらと笑いに噎せながら、アキラは馬上にて燃え盛る都市群を見つめている。
猫目石――元第七連隊を基幹とする旅団クラスのこの軍勢は、その大半が野盗と傭兵から成り立っている。
個々の武勇も比類ないが、秘めた残虐性も比類ない。
アキラ・キサラギという強力なリーダーがあってこそ、軍隊としての体を為していたのだ。その強力なリーダーの狂気が今の猫目石の求心力だ。
アキラは、逃げ惑う民間人を老若男女の区別なく、公平に切り捨てた。手にしたそれ――妖刀とも呼ばれている『菊一文字』の紫の刀身は血に塗れながらも、燃え盛る炎に一層妖しく照り返り、その輝きを増すかのようだった。
アキラは、さんざん虐殺を行った後、『猫目石』を細かく分解した。
猫目石は先ず、三個連隊に別れ、個別に進行し、それは更に九個大隊に別れた。最終的には二~三〇人の小集団……一個小隊ほどに散開した猫目石は、一〇〇以上の小集団となって、ニーダーサクソン領内に侵入した。
再集結の場所は、首都『サクソン』である。
アキラの強力な指導力を持ってしても、再集結後に元の戦力を保つことは難しい。
現在の『猫目石』は、人殺しのならず者集団だ。そのならず者集団をして、アキラの凶行は恐怖の対象だった。
そのアキラの命令を受け付けず、脱落者を多く出すのは自然の成り行きだと言える。
猫目石は、ここで篩にかけられる。
アキラの命に従い、再び集結した『猫目石』は彼女の意志に忠実な殺戮集団として機能するだろう。
首都サクソンに集結しようとしているのは、少数でも強力で残酷な殺戮集団だ。
一個連隊……いや、二個大隊でよい。それだけの集結に成功すれば、徹底的にサクソンを蹂躙する自信がある。
アキラはそのように考えている。
アキラの愛は、破滅に向かって進む愛だ。
自らを焼き、対象を焼き、それでも足らず周囲すべてを焼き払わずにおかない地獄の業火だ。
かつて、レオンハルト・ベッカーという男は、これを命懸けで愛した。
その彼の、壮絶なアスクラピアの『絞り出し』を見ても、アキラは、まだ足らない。
もっと、もっと愛してほしい。
その命、燃え尽きてなお――。
漆黒の衣を纏った小柄な悪魔、アキラ・キサラギは、夜陰に乗じてついに首都『サクソン』への侵入を成功させる。
同時にアキラは『猫目石』の人員、約五千人の内、三千人の再集結に成功した。彼女自身が想像していたのより、ずっと多い兵員だ。やはり、彼女の想像を上回る破壊と殺戮を行うだろう。
アキラはこの兵力を一か所に集めず、サクソンには三方向から放火と虐殺を行いながら攻め入るという作戦を立てた。
この全てが陽動だ。
アキラ自身は、単騎にてサクソン宮殿を目指す。