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甘い熱だけ残して。

ミズキちゃんのぷにぷにはきっと手だけじゃなくて、ほっぺもぷにっとしてるはず。

…空気を読まない作者ですいません。



5.甘い熱だけ残して。




止まらない涙を拭うように、ご主人様の唇が優しくまぶたや頬に落ちる。


離れなきゃ、と思いながらもご主人様の腕の温もりが心地よくて、あたしはシャツを握りしめた手を離せない。


「ミズキ…。泣くほど嫌なら、叔父さんのもとへ行かせるの止めようか。ホントは僕だって一時も手放したくないんだから」


自分から行けと言っておきながら矛盾することを言うご主人様を、あたしは潤んだままの瞳で見つめる。


ご主人様は、あたしを厄介払いしたいんじゃないの…?


「…そんな顔で見つめられたら、今すぐ襲いたくなるから」


ご主人様は苦笑してもう一度あたしの唇をついばむと、


「ミズキに内緒にしてたことがあるんだけど、聞いてくれる?」


ソファーに導いたあたしを、もはや定位置となった膝の上に座らせた。


そっと手を握られて、正面から覗き込むように視線を合わせてくるご主人様。


茶色い瞳が愛しげに細められると、あたしはさっきとは違う意味で胸が苦しくなってくる。


「ミズキは元々フジタカのご令嬢だったよね?今は身寄りもなくなって、母方の姓を名乗ってるみたいだけど」


「どうして、それを…?」


ご主人様があたしの出自を知っていたことに、少なからず驚いた。



…よくある話だ。


確かにあたしは七年前まで、ご主人様ほどではないけど名家の娘として何不自由なく育った。


でも、父親が事業の失敗を苦に自殺。母娘で引き取られた母方の遠縁に冷遇され、気づけばお嬢様生活から一気に転落…。


母親も心労がたたったのか二年後に呆気なく亡くなり、あたしは結局そこを追い出された。


途方に暮れていたところを優しい老夫婦に拾われて、メイドとして働き始めたのが十五才になったばかりの頃。


ずっとそちらでお世話になってたんだけど、前のご主人様が亡くなったのをきっかけに、奥様から新しい働き口を紹介されたのがこちらのお屋敷だった。



でもまさか、ここで昔のあたしを知る人が出てくるとは思わなかった。


あたしが驚きを隠せないでいると、ご主人様はふふふと楽しそうに笑って種明かしをした。


「きっと覚えてないよね。昔モリのお屋敷で、僕らは会ったことあるんだよ?」


…覚えてます。あの頃からご主人様は天使のようだったから…。


父に連れられて行った初めての社交界。戸惑いと緊張の中、目の前にふいに現れた見目麗しい少年の印象は、そうそう消えるものじゃない。


でも十年も前に一度きりのことだし、あたしはまだほんの子供だったから、相手があたしのことを覚えてるなんて思いもしなかった。


「…飲み物を下さいました」


ほとんどアルコールしか出ないような場で困っていたあたしに、どこから用意してくれたのか彼は絞りたてのジュースを渡してくれた。


喉が渇いてたから、すごく嬉しかったのを覚えてる。


「すごく可愛いのにつまらなそうな顔してたから、笑顔が見たかったんだ」


ご主人様は目を輝かせて、懐かしむようにあたしの頬に触れた。


「フジタカがあんなことになって、君がどうしてるのかずっと気になってた。偶然新しい使用人の中にミズキを見つけた時は驚いたよ」


あたしも、あの時の少年が自分のご主人様になるとは夢にも思いませんでした。


「せっかく会えて嬉しかったのに、ミズキはまた笑わなくなってた。それで考えたんだ。この可愛らしい手がこれ以上傷つかないように、また笑ってくれるようにするにはどうしたらいいかなって」


ご主人様はあたしの子供みたいな手に口付けて、上目遣いにあたしを窺う。


あたしはまた勘違いして騒ぎだそうする胸を、空いてる手でぎゅっと押さえた。



「うちの養女にしてもよかったんだけど、それだと後々ややこしいし。だからクレハと相談した結果、一旦叔父さんに預けて後見人になってもらった後、改めて貰い受ければいいかと…」


「…えっと、あの…?」


ご主人様、何だか話が見えません…。


戸惑うあたしを置いてきぼりに、ご主人様はどんどん話を進める。


「だからね、お嫁にもらうならやっぱり形だけでもちゃんとした方がいいでしょ」


はい?…ええと、だってお嫁って…。ユキノ様との縁談に、どうしてあたしの後見人の話が出てくるの?


「叔父さんには顔見せだけで済ませればいいか。ユキノは妹が出来るって喜んでたんだけど…」


「ああ、あのっ…、ご主人様っ?」


「ん?何?」


「どうしてあたしが養女だとか後見人だとか、そういう話になるんですか?」


あたしは混乱した頭を整理したくて、一人納得顔のご主人様にストップをかけた。


「さっき言ったでしょ。お嫁にもらうからだって」


「それはユキノ様のお話でしょう?あたしとは何の関係もな…」


「ええっ?何言ってっ…。あ!もしかしてミズキ、それで勘違いして泣いてた?」


勘違い…?


あたしが首をかしげると、ご主人様は深々とため息をついた。


「あ〜、そうか…。僕の言葉が足りなかったんだね。最初から内緒になんかせずに、きちんと説明しとけばよかったよ…」


ごめんね、とご主人様はあたしと額を合わせるようにして、長いまつげを伏せた。


「ユキノはただの従妹だから。僕がずっと側にいてほしいのはミズキだけだよ」


…ご主人様の口説き文句は、どんな砂糖菓子より甘いかもしれない。


さっきまで胸を塞いでいた悲しみが、ご主人様の微笑みで一瞬にして春の雪のように溶けてしまう。


「…あたし、ご主人様の側にいていいんですか…?」


すぐには信じられなくて呆然としてしまうあたしに、ご主人様はいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「ミズキが側にいないと、僕は仕事しなくなっちゃうからね」


…それは困ります。


「だから、ミズキはこれからもこうやって、僕のこと見張っててくれなくちゃ」


そんな大役、あたしに勤まるんでしょうか…。


後から込み上げてきた思いに胸がいっぱいで、ただ何も言えずにご主人様を見つめるあたし。


「僕のお嫁さんになってくれるよね?」


念を押すようなご主人様の言葉にあたしは何度もうなずいた。


「…はい。はい、ご主人様」


返事と重なるように落ちてきた口付けは、あたしが待ち望んでいたもの。


この甘さを知ってしまったらもう引き返せない、それは甘美な麻薬のようで。


心まで溶かすような甘い熱だけを残してご主人様の唇が離れると、何だか訳もなく泣きそうになった。


「本当はずっとこうしていたいけど、もうすぐお邪魔虫が来る時間だから。…続きはまた夜にね」


耳元に落とし込まれたご主人様の艶っぽい囁きにのぼせたように真っ赤になったあたしは、その後すぐにやって来たクレハさんの顔がまともに見れなくて困ってしまった…。





終わり。



.

ここで終わらせてもよかったんですが、ちょっと書き足りなかったものですから。

ちょっとだけおまけがあります。


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