反論さえ飲み込んで。
小動物って、可愛すぎてつい弄りすぎてしまいませんか?
2.反論さえ呑み込んで。
チリリン。
今日も隣室から響くベルの音。
あたしは一瞬ピクリと動きを止めて、扉の方を見つめた。
…仕事だと解っていても、何となく行きたくない。
しばらくじっとしていると、催促するように再びベルが鳴った。
チリリン。
「…はぁ〜…」
また遊ばれちゃうのかな…。
あたしは大きく息を吐き出し、意を決して扉を開けた。
「お待たせいたしました、ご主人様」
「遅かったね、ミズキ。忙しいの?」
やんわりと虫も殺さないような笑顔で、ちくりとイヤミを言うご主人様。
「いえ、申し訳ございません」
ご主人様の相手をするのが面倒だからです。
…とは言えず、あたしはただ謝るしかない。
「ご用をお申し付けくださいませ」
声を掛けられても顔を上げないあたしに軽くため息をついたご主人様は、仕方なくといった様子で用事を言いつけた。
「少し眩しいから、カーテンを閉めてくれる?」
「かしこまりました」
あたしは出来るだけご主人様に近づかないように、そっと壁の方から窓辺へ移動した。
この部屋の大きな窓を覆うカーテンは、薄いレースとはいえ小柄なあたしが扱うには少し力とコツがいる。
少し背伸びをしながら勢いよく引っ張らないと、途中で引っ掛かってしまうのだ。
そちらに気をとられていたあたしは、背後に気を配ることを失念していたらしい。
「油断は禁物だよ、子うさぎちゃん?」
「あっ…」
と思った時にはもう、頭一つ分以上背の高いご主人様に、背中から抱きしめられていた。
「罠にかかった黒うさぎ」
「放してください〜…」
クスクスと楽しそうに笑うご主人様は、じたばたともがくあたしを難なく押さえ込み、こめかみに軽くキスを落とした。
「ひゃっ」
くすぐったくて首をすくめると、ますます楽しそうに耳元に頬をすり寄せられる。
あああぁ〜…、やっぱり〜。
だからご主人様に近づきたくなかったのに…。
あたしはもがくのをあきらめて、じっと嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
ご主人様はあまり物事に動じないあたしが慌てる様子を楽しんでるだけなんだから、大人しくしてればそのうち飽きるだろう。
「…あれ?もう抵抗やめちゃうの?」
つまんない、とでも言いたげな口調のご主人様は、大人しくなったあたしをくるりと反転させて、正面から顔を覗き込んだ。
「もしかして、大人しくしてたら僕が飽きて放り出すだろう、とか思ってる?」
う…。その通りです。
「甘いなぁ、ミズキ。こんな可愛い生き物を、僕が放っておく訳ないじゃない」
うぅ…。やっぱりペット扱いなのね。
ご主人様はにんまりと猫のような笑みを浮かべると、あたしを軽々と抱えあげてソファーに運ぶ。
ストンと下ろされたと思ったら、またしてもご主人様の膝の上で…。
ふにふにとあたしの手を弄ぶご主人様が、こめかみからまぶた、頬にと唇を寄せてくるから、あたしは何だかお腹の辺りがきゅんとこそばゆくなってきた。
「あの…」
「何?」
少しだけ顔を背けるように遠慮がちに声をかけると、ご主人様の吐息が首筋を掠めた。
く、くすぐったい…。
「お、お仕事中では…」
あたしは何とかご主人様の気をそらそうと、机に山積みの書類を指差した。
「うん。でも、息抜きも必要でしょ」
お忙しいはずのご主人様はまったく悪びれる様子もなく、そちらに目を向けようともしない。
ああぁ、執事さんのお怒りの表情が目に浮かぶ…。
「息抜きならお茶を入れて参りますから、メイドをからかう暇があったら…」
「ミズキ?」
あたしを呼ぶご主人様の声のトーンが少し下がった。
「はい…」
あたしは反射的にビクッと背筋を伸ばす。
「そんな可愛くないことを言う唇は、塞いでしまった方がいいね」
「え、あの…」
言うが早いか、ご主人様はあたしの反論さえ呑み込んで、食むように唇を重ねた。
「ぅん、ん……」
頭の後ろを片手で固定され、逃げることの出来ないあたしの中に深く侵入される。
うまく息が出来ず、甘く柔らかいご主人様の唇があたしの正気を奪ってゆく…。
くったりとご主人様に体を預けるように力が抜けてしまったあたしに満足したのか、ゆっくりと唇が離れていった。
「さくらんぼみたいだね」
あたしの唇を指でなぞって艶っぽく微笑むご主人様に、あたしは思わず真っ赤になった。
「ああ、さくらんぼじゃなくてトマトだ」
あたしを抱きしめながら耳元でくすくす笑うご主人様は、結局そのあとしばらくあたしを放してはくれなかった…。
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罠に掛かった黒ウサギ〜。
警戒されると余計に捕まえて、うりゃうりゃ〜っ、てしたくなるんですよね〜(変態発言は止めましょう)。