恋の味を教えよう。
登場人物達は完全に作者の趣味です。可愛がっていただけるか心配…。
1.恋の味を教えよう。
チリリン。
軽やかなベルの音が響き、花瓶の水を入れ替えていたあたしは、手を止めて隣室の扉をノックした。
コンコン。
「失礼いたします。お呼びでしょうか、ご主人様」
頭を軽く下げたまま、主人の許可が下りるまで開けた扉の側に控えて待つ。
使用人はむやみに主人と目を合わしてはいけない、それは暗黙の了解。
窓際の机で書類とにらめっこしている人物が、先月からあたしのご主人様。
ふわっと柔らかそうな栗色の髪が陽に透けてキラキラと輝き、その天使のような美貌を縁取っている。
小柄で髪も目も黒くて、表情の乏しいあたしとは大違い(比べる方が間違ってるけど)。
「ああ、ミズキ。お茶のお代わりをお願いするよ」
ご主人様はあたしの姿を認めると、眉間のシワをほどいてふわりと微笑んだ。
「かしこまりました」
あたしは茶器を下げるため、静かに机へと近づいた。
すると、
「あっ…」
カチャンッ。
カップに伸ばした手をご主人様に掴まれ、引き寄せられたかと思うと、
「捕まえた」
あたしは何故か楽しそうに笑うご主人の膝の上に…。
「あの…、放してください」
あたしは内心あわあわしながらも、悲しいかな仕事柄鍛えたポーカーフェイスはピクリとも動かない。
「ダメ。放したら逃げちゃうでしょう」
…当然です。
片手をお腹の辺りに回し、もう片方の手はあたしの手をやんわりと握ったまま、ご主人様は滑りのよいあたしの頭にすりすりと頬を寄せる。
あたしはため息をついて、しばらく大人しく黙っていた。
何だかなぁ…。
このご主人様はあたしをペットか小さな子供みたいに思ってるんじゃないだろうか。
いくらあたしが小柄で童顔で、どう見ても十五以上に見えなくても?手もちっちゃくてぷにぷにしてるからって、一応成人してるんですが?
年だって見た目は十以上離れてるみたいだけど、実際は五つも離れちゃいないのに…。
女中頭からご主人様のすることに逆らってはいけません、と言われている手前、無下に振り払うことも出来ず…。
「ご主人様、これじゃ仕事が出来ません」
あたしは無駄な足掻きと知りつつも、ちんまりと膝の上に収まったまま一応不満を訴えてみた。
「…ミズキは僕に構われるの、嫌なの?」
悲しそうに目を伏せて呟かれると、演技だと解っていても胸が騒ぐ。
「嫌とかそういうんじゃ…」
あたしは十五の頃からお仕事一筋で、こういう状況には慣れていない。
…というか、こんな無愛想で見た目お子様なメイドを可愛がろうとする物好きは、ご主人様くらいなもんだろう。
どう対処していいものやら、困ってしまうというのが正直なところだ。
「ミズキ?」
「はい」
うつむいて考え込んでしまったあたしの顎を、ついと指先で上向けたご主人様は、
「僕のことが嫌いじゃないなら、これから好きになって」
おねだりするように小首をかしげると、目をぱちくりと見開いたあたしについばむようなキスをした。
「…え?」
「あ、驚いてる。可愛いなぁ」
ふふふ。と花がほころぶように笑ったご主人様は、びっくりして固まるあたしの唇に再び口付けて囁いた。
「いろいろ教えてあげるから、ね?」
天使のような微笑みなのに、背筋が寒いような気がするのはなぜだろう…。
あれ〜…?
ご主人様から与えられる口付けは甘く芳しい紅茶のようで、何も考えられずぼんやりしてるうちに、何だかおかしなことになってしまっていた。
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ゴーイングマイウェイなご主人様。
頑張れ、ミズキ!負けるな、ミズキ!