向井浩介の一日2
「たのもー」
いつもの自販機で、我ながら間抜けなセリフを叫ぶ。
颯機械システムの監視網の直結、見た目は自動販売機の入り口で叫べば開いてくれる秘密の入り口。
「お疲れ様浩介君。いつも、教授の代わりに美味しいお米を配達してきてくれてありがとう」
「いやいや、僕は精米屋ではなくてプログラム書いた設計図の配達人なだけです」
学校の帰り道、父さんに渡されていた設計図を颯機械システムに配達する。
死の商人とか悪の組織なんて陰口を叩いてはいるオレだが、ちゃっかり親父様の知識を売ってお金を稼いでいる。パーツ屋の収入なんて微々たるものなので、意地を張らずに母さんが居た時からやればよかった気がする。
「飲み物はコーヒーと紅茶どっちにする? それともお砂糖たっぷりの栄養ドリンク行ってみる?」
「いや、普通のアイスコーヒー下さい」
葎香さんは、ここの秘書兼受付などをしている研究者だ。
なんでも、叔父の八哉さんの従兄妹で希沙紀とは遠縁にあたるらしい。その割に希沙紀とは大違いの明るい性格で突然怒鳴ってきたりしないのが大変ありがたい。
「はいどうぞ、よく冷えてるわよ」
この研究所に、給湯室という物は無いのかそれとも手抜きなのか、手渡された缶コーヒーを渋々開けて飲み始める。
そういえばソファーも簡素だし、社内も閑散としている気がする。
成長したのも最近と聞くし、まだまだ発展途中の中小企業なのかもしれない。
「希沙紀ちゃんとは、うまく行きそうなの? まだ一緒には住んでないみたいだけど、仲は程ほどな感じ?」
「とりあえず分かった事があるなら。妥協って言葉と、女の子としては特殊って言葉を学んだ事かな」
オレが女の子に慣れてない事を置いても、アレはちょっとおかしいと思う。
突発性の癇癪持ちというか、沸点が通常の三倍以上というか、何回か親父様と一緒に出掛けただけで世の中にはこんな女性もいるんだなと思い知らさせてくれた次第である。
「ま、まあ。同じ年頃の女の子と一緒に暮らせてドキドキな展開も心配もなさそうで、安心したというか、なんだそりゃというか」
「予定では来週からだけど、まずは浩介の傷害保険と医療保険に加入しておいたから何があっても大丈夫だろう。って、親父様が言ってた」
「…………」
「八哉さんが真面目に教育していれば、まだマシだったんだけど」
「うん、それは元々の性格だから直すの無理だと思う」
「やれやれ、荷物が増えたな……」
自販機を出て扉を閉め、抱えきれないほどのキサキの荷物を持ち上げる。
この会社に郵送するという発想は無いのだろうか、せめて宅配でもいいので近場とはいえこれだけの荷物なのだから金を石神井市に落として貰いたいものだ。
着替えに下着に学校道具。意外な所でお人形やコンパクトなんかもしまってある。
何とか痺れ始めた指を動かし、紙袋を持ち直して歩き始める。
ご丁寧にケーキの詰め合わせというお土産まで渡されたんだが、思い出してみると奥で八哉さんがニヤっと笑っていたような気がする。
可愛い姪っ子を毒牙にかけかねない狼に対する嫌がらせ。の、つもりだろうな。
普通ならここまで積まれたら大丈夫とか、車出そうかとか一声かけるのが当たり前なんだが。
そこまで大した距離でもないし、辛い試練とでも思ってこのまま帰るとしよう。
「……お前、やられたな」
颯機械システムと大きく書かれた紙袋に状況を把握したのか、親父様はいつもの店番をしながらやっぱり手伝おうともしなかった。
「ああ見えて、八哉は意外と陰険だからな。これからも色々な攻撃がお前を襲うであろうとかそんな感じだ」
「予言が現実になろない事を祈るよ、切実に」
一つずつ階段において運び、バケツリレーみたいに部屋へと投げ込んでいく。
希沙紀が住む部屋は、母さんが以前使っていた書斎を改築した場所。
まだ母親の匂いのようなものも感じるのでちょっと切ない物があるが、静かなままでいるよりも騒がしくなってくれた方がありがたい。着替えの類は中身を見ないで紙袋をベッドの上に置き、本や学用品を机に置いておく。
「上手な人との付き合い方」
「異性との接し方 思春期編」
「……………」
見てはいけないもののタイトルが飛び込む。
おいおい、何だよ。照れ屋さんな頑張り屋さんのキャラクター持ち。なのか?
「まずは、女の子が好むような料理の勉強でもしておくか」
何も見なかったことにして簡単に片づけ、部屋にはもう立ち入らないようにしようと心に誓う。
ちょっと緊張してたりイヤだなと思っていた自分が情けない。相手は女の子で、こっちが抱えるより悩みが満載なんだ。
「八哉さんも素直に頭を下げてお願いした方が、良かったんじゃないですか」
「さあて何のことか、オレが言う事は何もないだろ」
二人の意地っ張りの男たちが争い、一人のうら若き男の子に面倒事を押し付けた。
だが男たちは嫉妬深くて逆恨みをしまくるので、うら若き男の子はこれからも苦労し続けるだろう。




