第18話
仕事が終わった後、また佐藤に電話をした。
「夏生君、忙しいのにごめんね。心配させちゃって……」
「いや、それより今どこにいる? 大丈夫?」
「今は家……。あ、私ちょっと今外に出にくくて……軽く何か食べられるもの買ってきてくれると助かる」
佐藤の精神的なダメージが、ひしひしと伝わる。
家の大体の場所を聞いて、コンビニで多めに食料を買って持って行った。
佐藤の家の周辺に車を停めて、電話をした。
そしたら、近くのアパートから佐藤が出てきた。
別人のように、虚だった。
「少し話したいんだけど……家、来てもらっていいかな」
友達の家だとしても、佐藤は女だ。
かなり悩んだが、断れるような様子ではなかった。
玄関に入り、買ったものを渡した。
「ありがとう……すごいたくさん。夏生君は優しいね」
少し笑顔が見えて安心した。
「今日、どうだった……?」
「えーとね……まず、夏生君に電話かける前に、不倫相手の奥さんから電話がかかってきて……かなりヤバかった。それから、朝校長に呼び出されて、色々聞かれた。正直に全部話した。今は自宅謹慎って感じかな……」
淡々と言っている佐藤の事実が、現実を突き付けてくる。
「たぶん、学校中にバレるかもしれないし、最悪慰謝料も請求されるかもしれない」
佐藤は、どこかよくわからない一点を見ていた。
「私、何してるんだろう……」
俺はそのまま動けないでいた。
かける言葉も見つからない。
今俺が言えるのは、安っぽい気休めな言葉しかない。
佐藤がこちらを見た。
「あ、もしかして夏生君、あの子となんかあった?」
「え?」
……なんでバレた。
「なんとなく直感で言ったんだけど、図星だよね?」
「……うん。言ったよ。俺の本当の気持ちを」
「そうか……言えてよかったね」
よかったかは、まだわからない。
「夏生君とその子はさ、もう教師と生徒じゃないんだからさ。もっと堂々としてなよ」
佐藤の無理に作った笑顔が痛々しかった。
「私、もう教員やめようかな……」
今の状況で、佐藤が教師として同じ学校にいるのは、かなり難しい。
長い沈黙が、二人の間に流れる。
「夏生君、今日だけでいい。今夜一緒にいてほしい」
──それは……色々とまずい。
でも、このまま佐藤を放っておけない。
今にも消えてしまいそうなこの姿を見ると。
「……わかった」
軽率だと思う。
ただ、俺が辛かった時、佐藤のおかげで救われた。
今度は、俺が返す番だ。
俺たちはただ、長い夜を無言で過ごしていた。
朝に怯えるように。
しかし、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
──スズメの鳴き声が聞こえる。
早く仕事に行かないと。
その前に、一旦家に帰らないと……。
その時、唇に柔らかい感触があった。
驚いて起きたら、佐藤が俺の顔を覗き込んでいた。
「ごめん。つい……」
……一体なんで。
何が何だかわからない。
「なんか夏生君、無防備すぎるんだよ」
佐藤は少し照れている。
「なんであの子に好かれてるのか、なんとなくわかったよ」
悲しくも、残酷に部屋の中を照らす朝日。
「……大事にしてあげなよ」
その笑顔を最後に、佐藤はいなくなった。
連絡をしても、電話番号を捨てていた。
家は夜でも、暗かった。
……俺は、何か返せたのか?
何も救えなかった気がする。
ただ――
無事であることを祈った。




