第45話 月明かりの光景
2階に上がると、
廊下の窓辺に立っていた小鳥遊が、
私に気付いて小さく手を振った。
「遅かったね」
「う、うん・・」
私はそっとグラスを後ろに隠しつつ、
小鳥遊の隣に立った。
「・・今ね。
あの人が下に行ったでしょ?」
「笠原さん?」
小鳥遊は無言で頷いた。
「あの人。
すれ違う時・・。
一度も私の方を見なかったのよ」
そう言った小鳥遊の横顔は
やや沈んで見えた。
そんな彼女の表情を見て、
ある考えが浮かんだ。
小鳥遊は今でも笠原のことを・・。
私は目を閉じて大きく深呼吸をした。
1、2、3、4・・。
私の意識は次第に現実から離れていった。
いつの間にか。
濃い霧が一面を覆いつくしていた。
前も後ろも右も左も上も下も
わからない。
私は霧の中に立ち尽くしていた。
霧が私の全身を包み込んでいた。
私はその中から抜け出そうと足掻いた。
その時。
霧が目や口、そして耳や鼻の奥へと
染み込んでくるのを感じた。
私は咄嗟に目と口を閉じて耳を塞いだ。
すぐに息苦しさを覚えた。
呼吸ができない。
徐々に意識が遠のく中、
ふいに肺が空気で満たされるのを
感じた。
私は恐る恐る目を開いた。
霧が晴れていた。
真っ暗な廊下に
月明かりが射し込んでいた。
廊下の窓辺に
小鳥遊が立っているのが見えた。
彼女は窓から外を眺めていた。
月明かりが彼女を照らしていた。
彼女の頬は僅かに赤く染まっていた。
その時。
ふと小鳥遊が窓から離れた。
そして。
彼女はフラフラとおぼつかない足取りで、
奥から2番目にある部屋の前に立った。
それから彼女はそっとドアを開けた。
「ダメっ・・!」
女の声が部屋の中から廊下へ抜けた。
「今更どうしたんだよ。
俺のことが欲しかったんだろ?
ずっと俺を見てたからな。
お前の視線には気付いてたぜ」
続いて聞こえてきたのは、
笠原の声だった。
小鳥遊が音を立てずに
部屋の中へと足を踏み入れるのが見えた。
「でも・・ダメですっ!
あっ・・嫌っ・・」
「はっは。
男っていう生き物はな。
女に抵抗されると逆に興奮するんだぜ」
「ま、待って・・ダメっ・・。
隣の部屋に聞こえます・・」
「心配するな。
どういうわけか。
この建物は
すべての部屋が防音になってるんだ。
ドアを閉めれば中で何が起ころうと、
外には漏れないさ。
好きなだけ声を出していいんだぜ」
「で、でも・・。
わ、私・・。
初めて・・。
いやっ・・ダメっ・・あんっ・・」
「そうかそうか。
俺が初めての男で良かったな。
処女の扱いには慣れてるんだ。
やっぱり女は10代に限るな。
はっは」
笠原の高笑いが闇に響いた。
「・・ちゃん?
結女ちゃん?」
その声で私は現実に引き戻された。
小鳥遊が訝しげに私を見ていた。
「あ、ご、ごめんなさい」
私は慌てて取り繕ったものの、
胸は激しく波打っていた。
体が小さく震えていた。




