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妖の館  作者: 秋月蓮
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妖の館1

午前零時、血の門が開き、あなたは強制的に「招待」される。妖の館が耳元であなたの真名を囁く、「生き残りたければ、まず誰を裏切るか考えろ」と。社畜の清水彰隆は無人バスに連れ去られ、漆黒の館へ。祈雨村(きうむら) の呪われた雨、古宅の幽霊、灯影寺の影が次々と現れ、死のゲームが参加者をふるい落としていく。唯一の彼女と共に九死に一生の策を尽くし、彼は“妖の館”の真相―牢獄なのか、光への鍵なのか―へ迫っていく。信頼が崩壊し恐怖が心を蝕む時、彼を支える言葉はただ一つ、「誰も信じるな、鏡の中の自分さえも」。理性崩壊のカウントダウンは既に始まった。終局まで…あなたは生き残れるか?


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第1章 大型バス


 ……濃霧の中、一台の使い古された大型バスが、果てしなく続く公道をゆっくりと進んでくる。

 バスの中には乗客が七人。女が三人、男が四人。

 彼らは座席に腰掛け、窓ガラス越しに外の濃霧を眺めていた。その表情は一様ではない。

 戸惑い、迷い、恐怖……。

 だがそれとは別に、彼らの顔色は一様に青白かった。

 まるで道中、何か恐ろしい目に遭ったかのようだ。

 バスはひたすら前進を続け、やがて古びた別荘の前にたどり着くと、ようやく停車した。

 別荘は周囲を濃霧に包まれ、全体が黒く、神秘的で不気味な雰囲気を醸し出している。

 プシューッ、とバスのドアが開く。中の乗客たちに、「降りろ」と告げているかのようだ。

 七人はゆっくりとバスを降り、振り返った。その瞳には、言葉にできない恐怖の色が浮かんでいた。

 バスの運転席。本来そこにあるべき運転手の姿が、どこにもない。

 そう、このバスには、運転手がいなかったのだ。

 最後の乗客が降りると、バスのドアは自動で閉まり、再び走り出した。そして、霧の奥深くへと消えていった……。

 黒い別荘の前にたたずむ七人は、互いの顔を見合わせた。皆、この世の終わりのような顔色をしている。

「行くか……。「俺たちに、もう選択肢はないと思う」

 肝心なところで、一人の痩せた男が口を開いた。深い褐色の木製フレームの眼鏡をかけ、端正な顔立ちには、他の者とは違う冷静さが窺える。

「ほん……ほんとに、入るの?」

 金のピアスをつけた綺麗な女が、声を震わせた。

 彼女は薄着で、寒そうに両腕を抱き、さすり続けている。

「もし中が……安全じゃなかったら?」

 他の者たちは黙り込んでいる。

 初めは、何かの悪戯か、あるいは誰かが仕組んだリアリティショーの撮影か何かだと思っていた。

 だが、バスに運転手がいないと気づいた瞬間、彼らは深い恐怖の底に突き落とされたのだ。

 ここにいる誰もが、かつては揺るぎない唯物論者だった。しかし、先ほど起こった出来事は、あまりにも常軌を逸していた。

「じゃあ、あんたはあの霧の中に入っていくつもりか?」

 清水彰隆は深呼吸し、努めて平静を装った。

 実のところ、胸の鼓動が急に早まっている。

 あの謎めいた手紙を受け取ってから、この場所にたどり着くまで、一時間も経っていない。

 しかし、この一時間は、彼の世界観を根底から覆すには十分すぎた。

「忘れたのか? さっき交差点で、自分で車から飛び降りていった、あの太田のことを……」

 太田宏の名が出た途端、女の美しい瞳に、途端に底知れぬ恐怖が広がった。

 彼女は膝から力が抜け、危うく倒れそうになる。

 先ほどまで、バスには八人の乗客がいた。

 誰もが眠っている間に、突如としてこのバスの中に現れたのだ。

 その中の一人、太田は、道中ずっと悪態をついていた。ろくでもない番組制作会社が、リアリティショーを撮るために自分たちを拉致したに違いない、と。

 携帯は偽物とすり替えられ、運転手は実は床下でバスを操縦しており、濃霧はドライアイスで作り出したものだ、などと不満げにまくし立てた。

 そして、バスがある交差点で一時停止した時、太田は窓をこじ開けて飛び降り、一人で霧の中へ歩いて行った……。

 そこまでは、まだ正常の範囲内だったかもしれない。

 だが、次の交差点に差しかかった時、彼らは霧に覆われた信号機から何かがぶら下がっているのを目にした。


 バスがゆっくりと近づくにつれ、それがはっきりと見えてきた。信号機でひらひらと揺れていたのは、紛れもなく、先ほどバスを飛び降りた太田の、血まみれの皮だった。

 その皮は綺麗に一枚剥がされており、死の直前に何かとてつもなく恐ろしいものを見たのであろう、極度の恐怖に歪んだ表情さえ見て取れた。

 そして信号機の柱からは、おびただしい量の真っ赤な血が絶えず滴り落ちていた。

 その光景に、車内の乗客たちは度肝を抜かれた。

 誰かが「信じられない」と窓を開けると、むせ返るような血生臭い匂いが、車内いっぱいに流れ込んできた。

 


 太田の件を思い出し、皆の顔色が一層悪くなった。中には吐き気を催す者もいる。

「あの霧の中に足を踏み入れる勇気がある者はいない。なら、俺たちに残された道は、この黒い別荘に入ることだけだ……」

 清水は、再び深呼吸をした。

 彼もまた、恐ろしかった。

 だがなぜか、信号機にぶら下がる血まみれの皮を見ても、あの血の匂いを嗅いでも、他の者たちほど大きな反応は示さなかった。

 それに、彼は先ほどの謎の手紙に興味を惹かれていた。

 手紙の主は、一体、自分に何を伝えようとしているのだろうか?

 清水が先陣を切ると、他の者たちも彼の後につき、黒い別荘の鉄門を押し開け、庭へと入った。


 ——辺りは静まり返っている。 恐ろしいほどに。


 人々は寄り添うように固まって歩いた。中央にいた金のピアスをした女は、誰かが自分の体に触れているのを感じたが、眉をひそめるだけで何も言わなかった。

 痴漢されるくらい、なんだっていうの。訳も分からず皮を剥がされるよりはマシ。

 そうして、一行は黒い別荘の玄関の前にたどり着いた。清水がドアをノックする。

 コン、コン、コン——。

 すると、すぐに中から足音が聞こえてきた。後ろにいた者たちは思わず数歩後ずさり、緊張した面持ちでドアを睨みつける。

 

キーッ——。

 ドアが開かれた。

 しかし、彼らが想像していたような恐怖の光景は現れなかった。

 ドアを開けたのは、精巧な人形のように美しい、一人の若者だった。

 年は十五、六歳といったところだろうか。

「着いた?入って」

 その若者が口を開くと、そこで初めて一行は、その若者が男の子であることに気づいた。

 ぞっとするほど美しい少年だ。

 だが、その声はひどく冷淡だった。

 感情というものが、まるで感じられない。

 清水がその少年について中へ入っていくのを見て、他の者たちは顔を見合わせ、後についていくべきか迷った。

「さっさと入った方がいい」

 躊躇する一行に、部屋の中から再び少年の声が聞こえてきた。

「あの霧は、安全じゃない」

 霧、という言葉に、皆は先ほどの太田の無残な死を思い出し、ぶるりと震え上がると、先を争って部屋の中へ駆け込んだ。

 別荘のホールは広々としており、装飾は落ち着いたクラシック調になっている。。左手には整然と並んだ本棚、右手には二階へ続く木製の階段があり、中央の休憩スペースには大きなソファが三つ置かれている。

 ソファの中央には、燃え盛る火鉢があった。

 部屋の中では、四人の人間が火鉢を囲んでいる。

 彼らは火鉢の中の炎を見つめ、呆然と物思いに耽っており、口を利く様子はない。

 雰囲気は、そんな沈黙の中、ますます冷え込んでいく。

「すみません、ここはどこなんですか?

俺たちはなぜここに?外の霧とバスは一体何だったんですか?」


「……」


 しばし考えた後、清水がようやく三つの質問を口にした。

 しかし、誰も彼に答えようとしない。

 火に当たっている四人は、彼に一瞥さえくれなかった。

 その時、清水の後ろにいた、顎鬚を生やした男、柳 高志が痺れを切らした。

「おい、聞いてんのか!お前ら、全員だんまりかよ?」

 彼の声はひどく大きく、部屋中に轟き、鼓膜が痛くなるほどだった。

 ようやく、清水の真正面のソファで火に当たっていたスーツ姿の男が口を開いた。

「疑問が多いことは分かっています……

もしあなた方が、最初の『血の扉』から生きて帰れたなら、それらの問いの答えを教えて差し上げましょう」

 それを聞いた一行の心に、不吉な予感が広がった。

「血の扉? それは何です?」

 清水の心に何かが引っかかった。以前、謎の女からかかってきた電話を思い出し、問いかけた。

 スーツ姿の男は顔も上げず、指で別荘の三階を指し示した。

「あなた方に残された時間は少ない。あと五分もしないうちに血の扉は開きます。そうなれば、あなた方は血の扉の中の恐怖の世界に入り、扉に書かれた任務を遂行することになる。任務を完了すれば、大型バスがあなた方を迎えに来ます」

 彼が言い終えると、一行の中から、ツインテールにした小柄な女、岩本花音がおずおずと尋ねた。

「もし……任務を完了できなかったら、どうなるんですか?」

 スーツ姿の男はそれを聞くと、ゆっくりと顔を上げ、視線を合わせた。

 その穏やかで冷たい瞳に、彼女の心は震えた。

「死にます。

それも……非常に、悲惨な死に方をね」

 その言葉を聞き、皆、体から力が抜けていくのを感じた。

 ただの冗談だと思いたかった。

 しかし、スーツ姿の男の真剣な表情が、彼らの心に残っていた最後の希望さえも打ち砕いた。

「行かなくても……いいんですか?」

 別の、髪を金色に染めた若い男が、ごくりと唾を飲み込んで尋ねた。

 スーツ姿の男は彼にちらりと目をやった。

「ええ、構いませんよ。

ただし、今後、一切眠らない方がいいでしょうね」

 金髪の男は呆然とした。

「な、なんでですか?」

 スーツ姿の男は、笑っているのかいないのか分からない表情で言った。

「なぜなら、もしあなたが血の扉の中へ行って任務を完了しなければ、血の扉の向こうから、『何か』があなたを探しに出てきますから。

あなたがどこへ逃げようと、それらは必ずあなたを見つけ出す。

そして……」

 スーツ姿の男はそれ以上続けなかったが、一行にはその結末が分かってしまった。

 清水は三階を一瞥し、最後にその男に向かって尋ねた。

「俺たちが入る前に、何か忠告はありますか?」

 男はわずかに驚いた様子を見せ、視線を清水に移した。

他の者たちとは違う冷静さを見て、彼の目の底に、見過ごされがちな賞賛の色がかすかに浮かんだ。

「忠告、ですか。ありますよ。血の扉の向こう側は、確かに危険極まりない。しかし、生還の道は一つとは限らない。それを見つけさえすれば、任務を完了し、生きて帰ることは……そう難しくはありません」

 清水は頷いた。

「どうも」

 彼はそう言うと、なんと率先して歩き出し、階段を上っていった。


 顎鬚の柳は、清水のあまりの決断の早さに、心の中で激しく葛藤した後、歯を食いしばって後を追った。

「ちくしょう、兄ちゃん……あんた、肝が据わりすぎだろ!」

 清水の背後に追いつくと、柳は小声で言った。

 道中、実はもう清水に気づいていた。

 気づかない方が難しい。

 太田の皮を見つけた時も、あの濃い血の匂いを嗅いだ時も、清水は大して反応を示さなかったのだ。


「肝が据わってる?」

 清水は自嘲気味に笑った。

「あんたは、俺たちに選択肢があると思うか?」

 柳は背が高いため、清水より一段低い位置にいても、身長は少ししか変わらない。

「さっき太田の皮を見た時、兄ちゃんは眉一つ動かさなかった。もしかして昔……そっちの仕事を?」

「どっちの?」

「殺し屋」

「小説の読みすぎだ。現実にそんな殺し屋がうじゃうじゃいるかよ」

「えっ、じゃあ……」

「医者だ」

「おお~なるほど、法医学者か?」

「まあ、似たようなもんだ。獣医だけどな」

 柳は言葉を失った。


 二人が話しているうちに、別荘の三階にたどり着いた。

 三階に上がった途端、二人の会話は途絶えた。

 濃い血の匂いと、腐った木の匂いが混じり合って漂ってくる。

 別荘の三階には、何もない。ただ、血で赤く染まった、一枚の木の扉があるだけだった。

 木の扉には、真っ赤な血文字で一行、こう書かれていた。


 【ベッドに寝たきりの老人を五日間介護せよ】


「老人を介護……これが、今回の俺たちの任務か」

 清水の目がきらりと光った。

 他の者たちもぞろぞろと上がってきて、木の扉の血文字を見て、一様に呆然とした。

「ただ、こんなに簡単なこと?」

 金のピアスをした女、雨宮 望美 は信じられないといった様子だった。

 皆がひそひそと話していると、突然、全員が口を閉ざした。同じ何かを感じ取ったかのように、一斉に木の扉へと視線を向ける。

 ギギッ——。

 木の扉の向こうで、何かがドアを押しているような音がする。

 やがて、木の扉は一対の青白い手によって押し開けられた。

 血で染まった木の扉がゆっくりと開くと同時に、彼らの目の前が突然暗転し、意識が途切れた……。


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