第九話 男装して宿を出る
朝の宿は、まだ薄い霧のような冷気が漂っていた。
小さな窓から差し込む光が、淡い金色に揺れている。
リノはゆっくりと身を起こし、軽く伸びをした。
「……よし。今日は、街まで歩くぞ!」
昨日のうちに汲んでもらった水で顔を洗い、身体を軽く拭く。
それだけでも、ぐっと目が覚めていく。
部屋の端に畳んでおいていた"ゼルファから授かった服一式"を手に取る。
その服はとても軽く、手触りは柔らかいのに、しっかりした生地だった。
地味な灰青色のズボンタイプで、クリーム色のシャツには、脱ぎ着しやすいボタンがつき、帽子も同素材でセットになっている。
「これ……やっぱりすごく着やすい。普通の服じゃないよね」
着てみると、サイズがぴたりと合う。
シャツを整え、前を閉じた。鏡代わりの分厚い窓ガラスに映る自分を見て、リノは少しだけ笑った。
長い髪は後ろでまとめ、帽子の中にすっぽりと押し込んだ。
どこからどう見ても"細い少年"にしか見えなくなる。
「うん。これなら、あまり怪しまれないはず」
目元にかかる前髪を指で直し、中性的で幼い顔立ちがさらに少年らしくなる。
次に--昨夜売らなかった森の果実を数個、袋から取り出す。
丸くて柔らかいオレンジ色の果実--"森蜜果"と呼ばれるみかんの見た目の果実だ。
ひと口かじると、少しの蜂蜜と蜜柑を混ぜたような、とろりとした甘味が口の中に広がる。
「この蜜柑みたいなの、美味しい!あまーい!!」
宿の朝食は高そうだし、量も少ないそうだ。
こうした森の果実の方がよほど助かる。
軽く腹を満たし、バッグを確認し、ベルトを整え部屋を出る。
受付の女性が、朝から帳簿をつけていた。
「あら、坊や。もう出発するの?」
「はい。街まで行こうと思います。ありがとうございました」
子供らしい丁寧な礼に、女性は微笑む。
「気をつけるんだよ。一人で旅をするなんて大したもんだ。立派な冒険者になれるよ、きっと」
「はい」
その言葉に胸が温かくなる。軽く会釈をし、宿の扉を開けた。
カラン……と鈴が鳴り、朝の空気が流れ込む。




