第三十話 雑談好きの受付嬢
教官と受付嬢が去り、リノが審査案内書を読み込んでいると、カウンターの陰からひょこっと顔をのぞかせる人物がいた。ギルドの受付でよく見かける、雑談好きの受付嬢だ。
「ねぇリノくん、聞いちゃったよ~。ポイズンスネーク倒したんだって?」
ひそひそ声のはずなのに、声の端が弾んでいる。
「……たまたま遭遇したので。倒せたのは運もありますけど」
「それを倒せるのが凄いのよ~。ギルド内でも噂になってるよ」
「え、そうなんですか……」
「そりゃそうだよ。Fランクでポイズンスネークなんて、普通は命がいくつあっても足りないからね。さっきの教官さん、めちゃくちゃ興奮してたよ?」
受付嬢は笑いをこらえきれず、口元を手で押さえた。彼女はさらに身を寄せて耳元で囁く。
「明後日の試験、緊張しなくていいからね。形式上はDランクの昇格試験とCランク推薦試験だけど、教官たちはほとんど"Cランク扱い"で見てるわよ。魔力操作のテストはね、魔法を暴発しないかを見るだけだから。あ、実技の方は教官が手加減するから本気で心配しなくていいからね」
リノは小さく息を飲んだ。審査内容をここまで具体的に教えてくれる人はいない。
「ありがとう……助かります」
「ううん、応援してるから!あ、あと……明日はゆっくり休むのが一番よ?実技試験は体力より"集中力"だからね~」
そう言ってウインクした彼女は、ちょうど後ろを通った上司の視線にビクッとして、慌てて持ち場に戻っていった。
リノは思わず笑顔になり、ギルドを後にした。
外は夕暮れ色に染まり、街灯がポツポツと灯り始めていた。
こもれび亭に入り、受付で宿泊費の銀貨2枚を支払う。
夕食を済ませ、部屋に戻ると、
審査案内書をアイテムボックスにしまい、椅子に座って深く息をついた。
(……明後日が、試験……早すぎる)
緊張はある。しかしそれ以上にランクアップすることが嬉しい。
(今日でEランクになれたんだ。カードも銅みたいな色に変わってる)
気持ちを落ち着けるように、リノは手を軽く前に出し、魔力を流す。
(形を変える、細かい制御を今回試してみようかな)
「ウォーター」
ポタリ、と水が手のひらに生まれる。
その水は薄い膜のように広がり、ゆっくりと形を変えていく。
リノは魔力をほんの少し流し込んで形を変えてみた。
水はゆらりと伸び、細い糸のようになった。
さらに集中すると、その糸が輪になり、小さな水の輪っかが浮かび上がった。
「わ……」
初めての操作とは思えないほど素直に動いてくれる。
調子に乗って魔力を追加して、
(そうだ……!花を咲かせてみよう!)
輪っかは花びらのように分かれ、透明な水の花がふわりと咲いた。
「凄い……こんなことも出来るんだ……!」
水の花は光を反射してキラキラと揺れ、やがて重力に負けてポチャリと崩れた。
リノは夢中になって、鳥の形、雫を重ねた小さな塔、雫玉を並べた光のカーテンのようなもの--
色々な形を作って遊んだ。
(こんな風に魔法を使うの、初めてかも)
胸の奥が少し温かくなる。
審査への不安はまだある。
けれど、それ以上に「魔法が好き」という気持ちが大きく膨らんでいた。
水の雫をそっと消し、リノはベッドに横になる。
(あさって……がんばろう)
静かな夜が、ゆっくりと更けていった。




