7話
前回を読まれなかった方のための前回の説明
リマの義父レーベンが、自分の所へ捜査の手が伸びたのはリマが訴えたからだと言って、リマの山と子爵位を脅し取りに来る。ジェラルドが助けに入ってレーベンは捕らえられるが、その過程でジェラルドが実は侯爵家の出身で、小説家ラドレグだということがわかる。
夜が明け、リマは宿泊客の朝食の用意や見送りをして(通報してくれたご夫婦には幾重にもお礼を言って手土産を渡した)、それからジェラルドと一緒に警備隊の詰め所へ向かった。聞き取り調査のためだ。
事件直後にも説明したが、改めて細かい部分まで説明させられた。昨夜の内容と齟齬がないかもチェックするのだろう。
「ありがとうございました。お聞きすることはこれで全部です」
警備隊の隊員がそう言ってペンをペン立てに立てた。
「あの、それで義父レーベンはどうなるのでしょうか」
リマが聞くと「気になりますよね」と隊員が手元の書類をぱらりとめくった。
「尋問が始まっていますが、今のところは何も話していないようですね。かなり態度は横柄ですが、まあ遠からずいろいろ白状するでしょうね。ああいう手合いはそれほどもたない――ああいえ、それでですね、お義父上はまだまだですが、ミーチャムが白状しました」
「ミーチャムが? 何をですか?」
「貴女の借金についてです。どうやらレーベンと共謀してでっち上げた嘘の借金だったようです。借金があると嘘をついて、貴女所有の山を取り上げるのが目的だったようです。ただ、ミーチャムはどうしてあの山をレーベンがほしがっているのかは知らないようでした。またわかり次第お伝えします」
「――借金が、ない?」
なるほど、すべてはミーチャムの嘘だったのか。リマは急に肩の力が抜けた気がした。オデットがリマに借金のことを伝えなかったのはこれが理由か。元々借金なんてなかったのだから。
「つまり詐欺だったということですか」
「まだこれから証拠を捜査しますが、そういうことですね」
「よかったね、リマ」
ジェラルドがねぎらいの言葉を掛ける。本当に嬉しくて、大きく頷いて見せた。
警備隊の詰め所を出て、帰り道で軽く昼食をとってから海森亭へ戻ってくると、馬車が一台待っている。リマ達が戻って来たことに気づいたのだろう、馬車の扉が開いてルイが降りてきた。
「ルイさん」
「やあリマさん、ジェラルド。珍しいな、デート?」
「違います! 実は」
リマは昨夜の出来事を話そうとして言葉を止めた。こんな公の場所で話すことではない。
それにちらりと見えた馬車の中に、他に数名乗っているのが見えたからだ。
「申し訳ありません、気が利きませんでした。どうぞ、中へお入りください。お連れ様もよろしければどうぞ」
そう言って玄関の鍵を開けようとしていると――
「お姉様?」
馬車の中から小さく高い声がした。
お姉様。
リマをそう呼ぶのは世界でただひとりしかいない。
馬車から可憐なドレス姿の少女がこちらを見ている。溶かしたバターのような金色の髪、愛らしい顔立ち。面影がある。
「エレクトラ……?」
「お姉様、ですよね! お会いしたかった……!」
ルイの手を借りてひらりと馬車から飛び降りて、リマにぎゅっと抱きついてきた。
「エレクトラ、エレクトラなの? 大きくなって」
「お姉様!」
抱きついているエレクトラの髪をそっと撫でた。手入れの行き届いた、艶々とした髪だ。レーベンはあんな男だけれど、エレクトラのことは大事にしていたんだろうと胸をなで下ろす。
「今更だけどエレクトラ、貴女を放っておいたこと、本当にごめんなさい。赦してもらえないとは思うけど」
「どうして? 私の方こそお義父様の言いなりになってお姉様のために何も出来なかったっていうのに。逆にお姉様に嫌われているんじゃないかって」
「そんなわけないわ! エレクトラは大切な私の妹よ。それに別れたとき貴女はまだ幼かったわ」
「お姉様――」
思わずじわりと涙が瞳をにじませる。抱き合ったまま2人で顔を見合わせ、またぎゅっと抱きしめ合う。
馬車の軋む音がして、中からもう2人の男性が降りてきた。ひとりは弁護士のウェイド、もうひとりは茶色い髪の青年だ。
青年が口を開いた。
「フェリマーサ嬢、久しぶりだね」
「え?」
「お姉様、アラン様よ」
昔リマの婚約者だったアランだ。あの時はまだお互い子供で、親の言いなりになるしかなくて婚約破棄をせざるを得なかった。アランはエレクトラと婚約し直したが、リマはそれでアランやエレクトラに嫉妬や失望は感じなかったのを思い出す。婚約していたときもアランとリマは仲が良かったが、恋とかいう感情ではなく、兄弟や友達に抱く愛情だったのだなと今になれば理解できる。
リマはスカートを軽く摘まみ、淑女の礼をとった。
「お久しぶりでございます、アラン=ドナシアン伯爵令息。ようこそ海森亭へ」
「構わないから以前のように話してくれないか? 貴女は私にとっても未来の義姉なんだから」
「私の方が年下ですけれどね」
3人で笑い合った。まるで昔に戻ったようだった。
「今回の事件――事件と言って差し支えないでしょう。これは元々レーベン氏が子爵家を乗っ取ろうとしたのが発端です」
全員を食堂に集め、話が始まった。ルイが話し始めた。
食堂なんて場所にエレクトラとアランを案内するのをリマはためらったが、2人が全く気にしない風だったので、結局一度に人数が入れるここになったのだ。
ルイがファイルから取り出した書類に目を落としながら説明を続ける。
「リマさんを追放した後、レーベン氏はリマさんの除籍を届け出たけれど受理されず、子爵位が宙ぶらりんのままになってました。王宮側の届け出を受け付ける役人が彼から賄賂を受け取っていたせいで追及されることなく8年が過ぎてしまった。そして今年に入ってエレクトラ嬢が成人し、いよいよ子爵位を彼女に継がせたくなったが、調べてみると後継者が継ぐはずの山がリマさんの名義になっていた。まあ、山がなくても後継者にはなれるんですけどね」
ルイがリマにウインクしてみせた、ジェラルドがリマの横でむっとした顔をしている。
「そして山についてですが、レーベン氏は何かの拍子にその資産価値に気がついてしまったんでしょうね。二束三文なんてとんでもない。あそこには宝石の鉱脈が見つかったんです」
「えっ? 宝石?」
「はい、サファイアの鉱脈です。部下に調べに行かせたら、原石が落ちている場所が見つかりまして。正式な鉱脈の規模などはまだ調査中ですが、資産価値は跳ね上がります」
サンプルとしてひとつ持ち帰らせました、とルイが鞄から箱を取り出した。箱の中で綿に包まれていたのは青い石だ。アクセサリーに嵌められた宝石のような透明感はないけれど、鮮やかな青い色をした小石だ。
「あら、これ、おうちにあるのと同じね。お姉様覚えていらっしゃらない? 宝物庫にこっそり入ったときに見たじゃないですか。あの山で拾ってきた石だよとお爺さまから聞かされたのを覚えています」
「これが――?」
箱に入った石を手渡され(拾ってきましたがお返しします、とルイは言っていた)、ためつすがめつして見ていると、確かにごろんと石が入った箱が置いてあったなあとぼんやり思い出した。
今手にしている石よりもはるかに大きい青い石だ。
「ひょっとしてレーベンは宝物庫でこの石を見つけてサファイアだと気がついたんじゃないだろうか」
今まで黙っていたジェラルドがぽつりとつぶやいた。ルイもそれに同意する。
「おそらくそうでしょうね。それで子飼いで汚れ仕事をさせていたミーチャムを使ってリマさんの山を手に入れようと計画したんでしょう。
ミーチャムはサファイアの鉱脈の話は聞いていなかったようで、それを聞いて激高していましたよ。『そんなすごいものが手に入るネタだったのに、あんなはした金で俺を使う気だったのか!』ってね。借金の証文を偽造して、リマさんと直接交渉するいわば実行役だったのに割に合わないと感じたんでしょう。いろいろペラペラと白状してくれました」
おそらくいろいろな罪状が積み上がってレーベンは罪を償うことになるだろう。少なくとも子爵代理のままでいさせるわけにはいかない。
ふとリマは考えた。祖父はサファイアがあの山にあることを知っていたのだろう。だからこそ宝物庫にあの石が入れてあった。ルクシオ子爵家の嫡子にあの山が受け継がれていくのは、何かあったときにサファイアか、あの山自体を売って危機をしのげるようにだったのではないだろうか。
嫡子にのみその話が伝わっていて、こんな形で山を相続したから、元の持ち主であったソフィアからリマには伝えることができなかったのかもしれない。
本当にそうなのかどうかはもうわからないが、もしそうだったら素敵だなあ、とリマは思った。
そんなことを考えていたら、話に加わっていたウェイドがリマに話しかけてきた。
「フェリマーサ様。子爵位を継ぐことを考えて頂けましたか?」
確かにレーベンがルクシオ子爵家からいなくなれば、子爵家を継ぐべきなのはリマとなる。あれからリマもいろいろ考えた。考えて考えて、答えの方向性は決まっている。
リマはエレクトラを振り返った。
「エレクトラ、アラン様。相談があるのですが」