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6話

間が空いてしまい申し訳ありません。

うまくいけば今日中にあと2話投稿して完結できると思います(仮定)


今回、暴力的なシーンがあります。苦手な方は飛ばしてお読みください。

話がつながるよう、次話の前書きにざっくりと今回のあらすじを載せておきます。

 ルイに手紙を託したその晩。


 リマは眠れない夜を過ごしていた。エレクトラのことが心配で、そして今までの不義理を後悔して。

 手紙には今まで会えなくて申し訳ない気持ち、心配で会いに行きたいが今更そんな資格はないかもしれない、それでも会ってくれるなら何を置いても会いに行くというような内容をしたためた。

 これで返事がなかったり、あっても拒否されたら諦めるしかないだろう。


「自分のことばっかりね、私ーー情けない」


 ベッドから起き上がって少しだけカーテンを開けて外を見る。よく晴れた夜の海に月が映っている。儚くて揺れて、まるで自分の不安な心のようだ。

 エレクトラのこと、借金のこと、子爵位のこと、そしてジェラルドのこと。もちろん宿泊客がいる限り、海森亭の仕事もしなければならない。


 リマはショールを羽織り、キッチンへ降りていった。カモミールを煮出してお茶でも飲んで落ち着こうと、鍋に水を汲んで火にかけると裏口から庭に出た。この裏庭にはハーブがたくさん植えてあっていい香りがしている。月明かりの中、手にランプを持ってカモミールが生えているあたりを照らし摘み始めた。ついでにミントも入れようかと手を伸ばした時だった。


「フェリマーサ」


 ビクッと伸ばした手が止まった。

 すっかり忘れて気がしていたが、一度聞いたら脳裏に蘇ってしまう声。何度も聞いて、恐怖心と結びついている声。


 恐る恐る振り向いたリマのすぐ後ろに、月を背にした男が立っていた。

 いつもならびっちりと整えている髪は乱れ、服も着崩れている。表情は見えないが、荒い息をついて手を握り締め、怒りに震えているのがわかる。


「お義父様ーー」

「おまえが、おまえが私を訴えたのか」

「それは」


 いいかけたリマの襟をレーベンが掴んでねじり上げる。襟で首を絞められて苦しい。


「やめ、けほっ」

「温情をかけておまえを生かしてやっていたというのに! 本来なら追放など手ぬるいことをせずに息の根を止めてやるところを、エレクトラがお前を好きだと言うから殺さないでやったんだ! 俺にもエレクトラにも這いつくばって感謝してもバチは当たらないというのに、俺を陥れるとは」


 リマが手に持っていたランプに照らされてレーベンの顔がやっと見えた。目が血走り、吊り上がっている。今までも怖いと思っていたが、これまで見たこともない、まるで悪鬼のような恐ろしい顔つきだ。

 レーベンは聴取をうけているはずじゃなかったか? こんなに怒っているのは取り調べを受けたことで子爵家の名に傷がついたと思ったからか?


「黙ってあの山の権利を寄越せ! あれはおまえなんかが持っていても宝の持ち腐れだ! おとなしくミーチャムに渡していればよかったものを!」


 ミーチャム? あの人とお義父様がつながっているかもって聞いていたけど、本当だったんだ……

 締め上げられて苦しい中、冷静にそう考えている自分がリマの中にいる。


「いいか、借金のカタに山を寄越すんだ。そして次の子爵に俺を指名すると手紙を書け。どちらもおまえなんかにはもったいない、俺が有効に使ってやる」


 首が苦しくて言葉も出せずただ口をはくはくと動かしていると、レーベンがかっとなって手を挙げた。


「何とか言ったらどうなんだ、この屑が!」


 バシッ! と音がして途端にリマの左頬がかあっと熱を帯びる。叩かれたのだ。その勢いで着ていた夜着が少し破れてリマは地面に転がり落ちた。幸いハーブ畑の上だったので怪我はない。が、叩かれた左頬はズキズキと痛み、衝撃で口の中が少し切れたらしく鉄臭い血の匂いがする。

 子爵家にいた頃の恐怖がフラッシュバックし、体がすくむ。あの頃はレーベンがまるで怪物のように黒く醜悪で巨大な存在に思えていた。今、ランプの明かりで足下から照らされたレーベンはますますそう見えてきてしまう。


「いいか、今からおまえは俺と一緒に来て子爵位と山を譲る手続きをする。何か聞かれたら病弱なのでずっと郊外で静養していたのでわからないと答えろ。子爵位は病弱な自分には荷が重すぎるとな。さあ、立て! 裏に馬車を待たせている」


 腕をひかれて無理矢理立たされ、庭の外へと引きずられていく。


「まったく、どこにいるのかと思ったらこんなチンケな宿で働いていたとはな。よくまあこんなボロ宿に客が来るもんだ――ああそうか、おまえが体で客をたらしこんでたのか?」


 レーベンが無遠慮にリマの体を眺める。気持ちが悪い。

 けれどそれ以上にリマの頭を占めているのはレーベンに対する怒りだ。

 確かに以前はレーベンの義理の娘という立場で、レーベンの言いなりに小さくなって暮らしていた。だが今のリマは海森亭のオーナーで、自分の足で立って生きているひとりの人間だ。海森亭のオーナーという自分の仕事に誇りを持っている。

 それをこの人は何といった? 

 リマはだんだん腹が立ってきた。必死にレーベンの腕を振りほどく。


「しゃ、謝罪を」

「なんだと?」

「謝罪を要求します! うちの宿はいかがわしい場所じゃありません! 勝手な思い込みでいいがかりをつけないでください!」


 オデットの残した大切な宿を売春宿扱いされたことに激高して思わず言い返していた。以前なら言い返すなんて考えられなかったけれど、今のリマは以前のリマとは違うのだ。それがはっきりとわかった。

 リマは言葉を続ける。


「私はこの海森亭に誇りを持っています。個人経営の小さな宿ですし、貴族の方が泊まれるような豪華さもありません。けれど利用して頂いたお客様に満足して、また来たいと思って頂けるような宿だと自負しています。何も知らないお義父様に馬鹿にされるいわれはありません」

「――よくぞ俺に対してそんな口をきけたものだ。躾が足りないか? もっと体に刻み込んでやらないとダメなようだな」


 レーベンが再びリマに掴みかかろうとしたとき、リマを呼ぶ声がした。


「リマ!」


 振り返るとジェラルドが裏庭に駆け出してきてくれたのが見えた。ジェラルドはリマをかばうようにレーベンとの間に入り、レーベンをにらみつけた。


「誰だおまえは! 俺はこいつの父親だぞ、口を挟むな!」


 尊大にレーベンが言い放った。


「僕はジェラルド=サットン、ここの宿泊客でリマの友人だ。それからリマのお父上はとっくに天に召されたことは知っている」

「実の父は、な。俺は義理の父親だが――」

「ふうん、義理の父親なら何をしてもいいと? 義理の娘を虐待して、継ぐべき子爵位を掠め取ろうとしても問題はないと?」

「ぐっ――き、貴様には関係ないだろう! なんなんだ!」

「そうですね、僕はしがない小説家です」

「小説家! 平民か! 平民の分際で貴族にもの申すとは、手打ちにされても文句は言えんな!」


 レーベンが腰に差していた剣を抜く。柄にごてごてと宝石や装飾のついた、いかにも実戦向きではないデザインだ。それにレーベンの構えも、素人のリマの目から見ても今ひとつ決まっていない。

 そして予想通り、斬りかかってきたレーベンをジェラルドがすっと避けてしまう。更に怒りを募らせたらしいレーベンが二度、三度と斬りかかるが、そのことごとくを避けられてしまう。


「くそっ、避けるな!」

「避けて当たり前だろう。そもそもそんな大振りじゃ避けてくださいと言ってるようなものだ」


ジェラルドが呆れた顔でまた避ける。

レーベンはついに怒りの余り大きく剣を振りかぶって突進してきた。ジェラルドは落ち着いた顔でひょい、と躱し、レーベンの前に片足を出した。それに躓いて転んでしまったレーベンが草むらの上に派手に転倒した。手にしていた装飾過多な剣はガランと音を立てて庭の小道に転がり、うつ伏せに倒れてしまったレーベンは痛みにうなっている。


「ずいぶんと頭に血が上っているようだな、レーベン=ルクシオ子爵代理」


 倒れ伏すレーベンの目の前にジェラルドの足が見えた。その足がどすんとレーベンの背中を踏んづけた。レーベンの頭上から声が降ってくる。


「僕は平民と名乗った記憶はないよ。血筋だけ言えば君よりちょっとばかり高位かもしれないな。侯爵家の出身だからね。ただ僕はそれよりも小説家であることに誇りを持っていてね、幸いなことに読んでくれる人もたくさんいるんだ」


 何の話だ、と怪訝な顔でルーベンがジェラルドを見上げている。ジェラルドはリマを自分の方へそっと引き寄せた。


「部外者である僕が口を出してはいけないと思ったから少しばかり手伝う程度に留めておいたけど、リマに手を出すなら話は別だ」

「はっ、貴様のような若造に何が出来る! 社会的な実績のある俺と、物書き風情のどちらが信用があると思っている! トリスタンやデラクルス、ラドレグくらいにならないと世間からの信用など」


 レーベンが挙げたのはいずれも知らない人はいないほど有名な作家ばかり。本を出版すれば必ず話題に上り、どの作品も群を抜いた売り上げを記録するような小説家ばかりだ。

 しかしジェラルドは落ち着いたままだ。そして呆れたようにため息をついた。


「あいにく僕がそのラドレグだ」

「――は?」


 レーベンが間抜けな声を出す。そしてジェラルドの隣に寄り添っていたリマもまた目を見開いてジェラルドを見た。ジェラルドはそんなリマに優しく笑いかけてから再びレーベンに視線を向けた。


「別に信じなくても結構。幸いなことに僕の書いたものをほしがる出版社はたくさんあるからね。それに新聞社も」

「な……」

「これでもね、僕は人生最高に怒っているんですよ」


 ジェラルドがレーベンの背中を踏みつけた足に更に力を入れる。


「ぐへっ」

「もうしばらくここでこうしていてもらおうか。そうだな、新聞社に送るものを書くのに少し当事者であるあなたにインタビューさせてもらおうか――ああいや、残念だ。もう来ちゃった」


 来た? とリマが意識を庭の外へ向ける。すると遠くから馬の蹄の音が近づいてくるのが聞こえてきた。


「物音が聞こえてすぐに隣室のご夫婦に警備隊を呼びに行ってくれるよう頼んだんだ。早く来てくれて助かった」


 警備隊と聞いてレーベンが暴れ出したが、ジェラルドががっちりと押さえてしまったので動けないようだ。すぐに現れた警備隊が話を聞いてレーベンを捕らえた。数名が宿に残り、リマとジェラルドに話を聞いたり、現場を調べたりするようだ。

 その後聞いたのだが、宿から少し離れた森の中に逃亡用の馬車がいて、馬車には少なくない貴金属や金貨が積まれていたという。

 そして馬車の御者台にはミーチャムがいたそうだ。レーベンがリマを襲うのを手伝ったと言うことで彼も捕らえられた。


 それでは借金はどうなるのだろう、とリマは場違いな感想を抱いていた。


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