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3話

 翌日リマはジェラルドと相談して、ジェラルドは調査を依頼しに、リマはお金を用立てる算段をしに出かけた。

 ひとりで銀行や商業ギルドを訪ねたが、やはり海森亭くらいしか担保にするものがなく、銀行でも商業ギルドでも「そもそも土地と建物を担保にして元の借金もしているのでは」と貸し渋られた。そもそも借りられたとしても返済額には届かないとも言われてしまった。

 例えば山を買い戻してくれるようレーベンに頼むのもひとつの手だが、追い出された身で山を持ち逃げ? したと泥棒呼ばわりされて無理矢理山を奪い取られる未来しか見えなくて、怖くて子爵家には近寄れない。


 海森亭も山も手放さなくていい方法はやはり見つからず、リマは砂浜の端にある大きな岩に腰掛けてため息をついた。


「八方塞がりってこのことねえ」


 どうやら諦めて山を手放すしかなさそうだ。

 母や先祖には申し訳ないが、今の自分にとっては海森亭が一番大切なのだ。きっと空の上で母もわかってくれるだろう。

 諦めないと頭では考えているけれど、心の奥ではもう半ば諦めてしまっている。

 それでもジェラルドがいろいろ調べてくれているようだから、その結果を聞いてから完全に諦めることになるだろう――


「サットン様、かぁ」


 ふっと気になった。

 宿帳に書いてあるので、名前と年齢、住所そして職業は知っている。ジェラルドは小説家だそうだ。長期滞在している間は執筆していることが多く、時々ランチにサンドイッチなどを注文されて届けたりするので知っていた。ただし、どんな作品を書いているのかは知らない。聞いても教えてもらえないのだ。本屋でも「ジェラルド=サットン」の本はなく、違う名前で書いているのかもしれないが、一度聞いてみた時は「恥ずかしいからペンネームも内緒」と言われてしまった。


 更に彼が庶民なのか貴族なのかも知らない。ただ、あの物腰や作法を見ていると、正直言って庶民には見えない。


「やっぱり貴族なのかなあ」


 どこか裕福な貴族の次男、三男あたりだろうか。想像でしかないが。

 ただ、彼がとても流麗な字を書くことだけは知っている。宿帳の字がきれいだから。あれだけ整った字を書けるということはそれだけ教育を受けているということ、やはり貴族か、とても裕福な商家の息子とかなのだろうか。

 これだけ何も知らないのによく悩みを打ち明けて相談なんてしているなあ、と思う。けれどジェラルドを疑う気にはこれっぽっちもなれない。彼に好意を持っているせいもあるだろうが、心のどこかで彼は信じられる人だと感じているからだ。


「リマさん」


 海を見ながらそんなことを考えていたら声を掛けられた。振り向くと少し離れた砂浜にジェラルドが立っている。たった今考えていた本人の登場に思わず挙動不審になってしまう。


「さ、サットン様。いつからそこに」

「たった今ですよ。知人と会ってきましたから、リマさんに報告をと思いまして」

「また早いですね……」


 岩から降りてジェラルドと向かい合った。いつも通りの笑顔ではなく、少し難しい顔をしているので、良くない報告なんだろうかと身構えた。


「査定の方は時間がかかるようなので、少し待ってくださいね。それ以外のことはこんなところで話すことではないので、申し訳ないけど海森亭に戻りませんか。それにリマさんに会ってほしい人も来ているんです」




 海森亭に戻ってくると、ロビーの椅子に男性が2人腰掛けて待っていた。ひとりはジェラルドと同年代の銀髪の青年、もうひとりは中年の紳士だ。その中年の紳士にリマはとても見覚えがあった。

 母が亡くなる前に訪ねてきていた弁護士のウェイドだ。


「ウェイド先生……!」

「フェリマーサ様、ご無沙汰しております」


 ウェイドはリマの本名で呼びかけ挨拶した。彼はグレーの髪をきちんとオールバックにした眼鏡の紳士で、飴色の革製鞄を椅子の横に置いている。すっと立ち上がり会釈をするその優しげな笑顔は記憶にあるとおりだが、記憶の彼はもう少し髪が濃い茶色だったなと思い出した。


「お探ししておりましたよ。お元気そうなお顔を拝見できてほっといたしました」

「それはお手数をおかけしたようで――でも私を探すって、どうして?」


 自分は子爵家から縁を切られた娘、今は平民で宿屋の女将だ。そんな自分に何の用があるというのだろう? リマは理由に思い当たらず首をひねった。


「初めまして、フェリマーサ様。私はジェラルド=サットン氏の知人でルイ=バランドと申します。リマさんとお呼びしても?」


 ウェイドと一緒にいた銀髪の青年がそう言って会釈した。リマは挨拶を返し、リマと呼ぶことを了承した。


「ありがとうございます。では私のこともルイとお呼びください」


 にこやかに言われてとりあえず了承はした。初対面の男性を名前呼びなど出来そうにないが。

 そんなリマに笑いかけつつルイは話を続けた。


「彼の依頼で調査をする過程でウェイド先生と行き当たりまして、今回お連れした次第です――少し長いお話になります。よろしければ座ってお話しさせていただいても?」


 ルイの申し出で、全員で食堂へと移動し、リマが全員にコーヒーを淹れるのを待って話が始まった。ルイが話の口火を切った。


「まずは調査の経緯から。リマさんがミーチャム氏から海森亭に関わる借金の返済を迫られた。その後、ミーチャム氏がリマさん所有の山があることに気がついて、山と交換で借金を帳消しにすると申し出てきた。合っていますか?」

「はい、その通りです」

「ありがとうございます。ではまずミーチャム氏ですが、評判はすこぶる悪かったです。後ろ暗いことをたくさんやってきているようですね。危険なので、今後はリマさんひとりでミーチャムとは会わないようにしてください」

「は、はい」

「本題はここからです。その後の調査で、ちょっと意外なことがわかりました。単刀直入に申し上げますと、リマさんは次期ルクシオ子爵となっています」

「はい?」


 思わず変な声が上がってしまって、慌てて口をつぐんだ。ルイもジェラルドも微笑ましい物を見たような視線を向けるので、ちょっとばかりいたたまれない。

 そうしてルイの説明はこうだった。


 山の所有者を調べた段階で、所有者名が「フェリマーサ=ルクシオ」と確認できた。つまり、リマだ。

 けれど家から放逐されたということは貴族籍を抹消されていると考えていたのに、未だにルクシオ姓のままなのが腑に落ちず、更に調べていくと、フェリマーサは未だに子爵家の嫡子のままになっている。リマが家を追い出された経緯はジェラルドから聞いていたので子爵家へ直接聞きに行くわけに行かず、ルイはルクシオ子爵家の顧問弁護士ウェイドに連絡を取ったのだ。


「そこから先は私がご説明しましょう」


 ウェイドがルイの説明を引き継ぐ。


「お義父上レーベン様は、確かにフェリマーサ様の除籍届を提出なされました。ところが届は不受理で戻って来たのです。理由はフェリマーサ様がその時点でもう15歳になられていたことです。我が国の成人年齢は15歳、届けを出した段階で既に成人なされていたフェリマーサ様は、本来であれば成人と同時に子爵を引き継ぐはずだったのです。ですがレーベン様は除籍届は出しても子爵を継ぐための届をなさらなかった。なぜならフェリマーサ様が正式に子爵になってしまえば、お母様のサマンサ様からフェリマーサ様に引き継ぐまでの間つなぎとして任されていた子爵代理としての立場がなくなってしまうからでしょう」


 ウェイドはリマが淹れたコーヒーにミルクを落として一口飲み「とても美味しいです」と相好を崩していた。


「それでレーベン様は結局除籍の手続きをできなかったのです。本来なら子爵であるフェリマーサ様を、子爵代理のレーベン様がそのように追い出すことはできませんし、そんな手続きが受理されることはありませんから」

「じゃあそれで私の除籍も子爵になるのも手続きができないまま、お義父様は放置しているということですか?」

「そういうことです。ですが、今年に入って動きがあったのです。妹君のエレクトラ様が15歳になられまして」


 つまりエレクトラが成人して、子爵を継げる年齢になったということだ。


「先だってレーベン様に呼ばれまして、エレクトラ様を子爵にすることはできないかと相談されました」

「エレクトラは……あの子は? あの子はどうしたいって?」

「直接はお話しできておりません。レーベン様からはエレクトラ様が子爵を継ぐのが当然で、エレクトラ様もそれを望んでいると聞いております。ただ、妹君の普段のご様子を聞いていると、レーベン様のいいなりのようで」

「そんな」


 エレクトラがどうしているのか心配はしていたけれど、自分が生きるのに精一杯で不義理をしてしまっていた。当然子爵家へ訪れるわけにもいかず、ただただ心配していたけれど、何か行動を起こすべきだったのだろうか。


「リマさんが未だ子爵家の人間だということはわかりました。それが今回のミーチャム氏の件とどう関わりが?」


 リマがぐるぐると妹のことを考えている横でジェラルドがウェイドに聞いてきた。そういえばそうだ。

 するとウェイドは途端に苦々しい顔になった。

中途半端なところですが次話に続きます。本日中に続きを更新いたします。

切れる箇所が上手く見つからず、申し訳ありません。

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