第七話:放蕩息子、試される
イルーゼに案内されていったのは、ニールベルクの寂れてるように見える酒場だった。
なるほど、確かに奴等が好みそうな場所だ。
「彼らの一員がここを出入りしていたのは確かなようなのですが。本当にいるのでしょうか?」
「いや、あいつらは町の中央部にいて且つ目立ちにくいこういうところを根城にする傾向がある。
まず、間違いないだろう」
入ろうとした、そのときイルーゼが俺の肩に触れた。
「どうした?さっさと入るぞ」
「…ベルント様程ではありませんが、私も正直言って、彼らを信じられません。そもそも私たちを助けてくれるのでしょうか?」
エアハルトの話は本当だったみたいだな、親父たちが死ぬ前にマーゼン伯爵領に帰るべきだったな、今更後悔してもしょうがないが。
「なぁに、俺に任せておけ、必ず味方につけるさ」
そう言って俺は酒場の扉を開けた。中は屈強な男たちが静かに酒を飲んでいた。そして、空いた扉から入ってきた、俺たちを睨みつけた。
「……………………」
イルーゼも男たちの不穏な気配に殺気を立てた。
「よせ、殺し合いをしに来たんじゃない、話し合いに来たんだ」
初っ端からトラブルを起こしたくないので、イルーゼの殺気を抑えるように言った。
イルーゼは一旦は殺気を抑えてくれた。
「は、こんなしけた酒場に貴族のぼっちやんが女連れて何の用だよ」
「ここで逢引するってか、いい趣味してんな」
「俺に紹介してくれよ、ぜってぇ満足させてやるからよ」
男たちは思い思いの罵声を俺たちに浴びせた。
しかし、俺達がそんな仲に見えるって目が腐ってるんじゃないか、ここの客は
イルーゼの奴に落ち着くよう言っとくか、ここで剣を抜かれるわけにはいかないし
「…イルーゼ、余り気にする」
後ろを振り返っていると、顔を赤くしたイルーゼがいた。
そういえばこいつ、生まれも育ちもほとんど、ノイトバルク城の中だから、こんな連中と接する機会は、ほとんどなかったな。まぁ、おとなしくしてるならいいか、俺はイルーゼを置いといて、店主の前に向かった。
「なぁ、若旦那、ここはあまり、あんたのような貴族様がくるようなところじゃ…」
「生きのいい猪を狩ったんだが、見てくれないか?」
そう、俺が言うと、店主の雰囲気が変わった
「1頭だけなら、うちはいらないぜ」
「3頭だ」
「…………こっちへ来な」
そういうと店主は、店の裏側に来るよう手招きをした。
「ここで待っていろ」
店主に案内されたのは店の裏側だった。ひとまずここで待つよう言われたので、椅子に座って待つとする。
…………十分くらいして、店主が戻ってきた、何人かの男を連れて、そしてその男たちの一番後ろにいる
隻眼の老人が俺を睨みつけながら、俺の前にある椅子に座りこんだ。
「手下たちから聞いていたが、本当に帰ってきてるとは思いませんでしたぜ、坊っちゃん」
老人の名前はユルゲンといい、かっては、神聖帝国でも、一、二を争う腕利きの傭兵団、猪団の隊長だった男だ。しかし、大内乱が皇帝側の勝利で終わり、傭兵としての仕事が無くなったため、マーゼン伯爵領で盗賊を働くようになっていた。
まぁ盗賊と言っても娼婦の警護や賭博場を開いていたりとかで、本業の盗賊業はそこまで、盛んではなかった。そんな中猪団の噂を聞いた俺は、実際に会ってみようと思い、のこのことニールベルクの裏町に会いに行った。いきなり物見遊山でやってきた貴族のドラ息子に対する当然の対応として、猪団の連中は俺を縛り付けて、身代金を要求しようとした。
しかし伯爵家からやってきたのは、身代金を抱えた使用人ではなく、重武装の兄上と親父だった。
出迎えた盗賊団も知らせを聞いた俺も二人で、二十人を相手にするとか馬鹿じゃないのかと思ったが。二人はあっという間に、盗賊団を叩きのめしてしまった。
身内とはいえ、親父たちの強さと同時に自分の目のなさに呆れたものだ。
盗賊団から俺を救助した後、親父は当然、猪団を全員処刑すると言ったが、俺は助命した上で、伯爵家の家人として働かせるべきだと反対した。というのも俺が猪団に会いに行った理由が、猪団を伯爵家で召し抱えられないかと考えたからだ。
当時騎士から伯爵へと、神聖帝国の貴族社会ではありえない出世をしたマーゼン家は、様々な家から妬み、恨まれていた。無論主家である、ヴュンデンバッハ公爵に頼るということもできたが、皇帝を選ぶ選帝侯の立場にある公爵の評判を下げることにもなりかねないため、マーゼン家自身でどうにかしなければいけなかった。
そのため俺は、神聖帝国各地に情報網を築き、それによっていくつもの戦いで活躍してきた猪団をマーゼン家の配下にすることで、マーゼン家を誹謗中傷する貴族に対抗できたないかと考えた。
無論親父に猛反対されたが、兄上がうまいこと取りなしてくれて、当時新たにマーゼン家の領土になった町でマーゼン家を中傷した噂や張り紙を張った犯人を見つけるのと引き換えにマーゼン伯爵家に召し抱えることになった。
その後ユルゲン達の調査によって犯人はマーゼン伯爵家の出世を妬んでいた、貴族の家人であることが判明し、犯人をボコボコにしばいて、町の広場に晒した上で、裏で犯人を動かしていた、貴族に「次同じ真似をしたら、ただじゃ済まさないからな」という意味を丁寧に書いた手紙を渡し、
マーゼン家を誹謗中傷していた連中を黙らせた。その結果猪団はマーゼン伯爵家の密偵部隊として召し抱えられ、ユルゲンはマーゼン伯爵家の密偵頭となった。
その後、陰に陽に猪団の連中はマーゼン家を危険にさらす奴を排除し、マーゼン家が帝国でも有力な貴族として認められるようになった。
しかし兄上と親父の死を防げなかったのと
盗賊上がりの連中を信用してはならないとベルント達に吹き込んだキルベンガー伯爵のせいで。
解雇されてしまった。親父たちを殺した連中を探すためにも再び、マーゼン家に仕えてほしい。
「まずは、うちの使用人たちの非礼を詫びよう、すまなかった、それで今日の本題だが」
「その前に聞きたいことがある。」
ユルゲンの目は厳しく俺を見つめていた。
「なんで、戻ってきたんだ?」
「なんでって、そりゃ親父たちが死んで、俺しか当主代理をやれる人間がいないから」
「自分しか?少なくとも親父が死ぬまで戻らないって言ってた、あんたよりも当主代理をやれそうなやつはいたぜ、まだ成人してすらいない、あんたの弟とかな」
まぁ、諸手を挙げて歓迎されるとは思っていなかったが、こうして面と向かって言われるときついな。
「ハインツ様はあんたのことで随分と悩んでいたよ、父親とあんたを仲直りさせるにはどうしたらいいのかってな」
そこからユルゲンは俺がいない間の兄上について話し始めた。俺が留学した後も兄上は変わらず父上の跡継ぎとして、領地を回り、常に領民のことを思いやり、剣の試合でも、他の高位貴族は配下の騎士や傭兵を出すのに関わらず、自ら出て、勝つことでマーゼン伯爵家の評判を高めるための努力を惜しまないでいた。しかし、領地のことで相談する俺がいなくなったことで、自分だけで考えなければならなくなって、その心労に押しつぶされそうだったらしい。
「あんたがいればどれほど良かったかって、俺に散々愚痴ってたよ。」
兄上は俺のことをそんなに頼りにしていたのか、正直そんな兄上の姿は想像できなかった。
「それでもハインツ様は死ぬまで、伯爵領のために尽力した、そんなハインツ様の代わりを、あんたが務めることができるのか?べネトに逃げたあんたが?」
「⁈」
なるほど、ユルゲンは自分と部下達が信頼できる主かどうか、俺を試しているのか?確かにべネトに行ってた俺が今更戻ってきて、また仕えてくれなんて言っても虫がいい。
しかしどうしたら、認めてもらえるのだろうか?