第六話:放蕩息子、父を思い出す
「だーーーー、一向につかまらん」
あれから一か月くらいたったが、小物の盗賊があちこちで領民や商人に襲い掛かってきて、その対応に追われている。伯爵家としても、私兵を動員して、対応しているが、東で襲撃の知らせが出て、向かったら、今度は西でやられて、やっと捕まえた盗賊も親父たちを襲った盗賊やその噂を聞いた奴等から吹き込まれて動いているといった具合で、手掛かりにならん。今日も盗賊たちを捕まえるために動いていたが…
「申し訳ありません、何人か逃げられました。」
撃退することはできても、何人かには逃げられてしまう、そして俺達もほぼ毎日盗賊退治に動いているため、疲労がたまっている。
「やむを得ん、今日はここまでだ、城に戻るぞ」
このまま、動いてもろくなことにならん、一旦城に戻って、休息しないといけないな。
「おい、伯爵家のやつらだ。」
「もう帰ってきたのかよ、早くねぇか?」
「領内で盗賊による被害が増えているってのに、やる気あんのか?」
一人一人は小さい声だが、それが10人、100人となると民衆の意思とみてもいい、この状況だからだろうが、やはり領民の目は厳しい、今まで頼れる領主だった、親父たちが突然死んで、その代わりとなっているのが、今まで領民に顔を見せることなんてほとんどなかった。俺なのだから。
「注意した方がよろしいでしょうか。」
ベルントが俺に噂している領民達をどうするか聞いてきてる。
「放っておけ、武力で領民を従えるのはマーゼン伯爵家のやり方ではない。」
「失礼しました。」
まぁ、私兵達もイラついてきてるな、あまりいい状況とは言えない。
「こんなことなら、キルベンガー伯爵様の方がいいんじゃないか?」
「キルベンガー伯爵って、ハインツ様の奥様のお父上か?」
「なんでも、皇帝陛下の信任も厚いらしいぜ」
もうキルベンガー伯爵の噂が領民に知れ渡っているのか。いくら伯爵家が俺を認めても、領民から認められなければ領主失格だ。そろそろけりを付けなければならない。
「おかえりなさいませ、クラウス様」
城に戻ると、エアハルトが出迎えてくれた、
「城内は変わりないか。」
「はい、特に変わりなく。」
伯爵家の使用人たちの動きは、見た限りでは、特に問題なそうにみえるが、よく見ると表情は硬い。
親父たちが死んでからすっと、緊張が抜けないのだろう。
「着替え次第、執務室にお願いします、私の方でやれるところはやったのですが…」
「いや、十分助かっている、お前がいなければ昨日にでも倒れているところだった」
城に戻ってからは、エアハルトが整理してくれた書類の決裁や報告を聞く。
伯爵家内の業務や私兵の巡回などは滞りなく行えているが、痛いのが関税の減少だ、マーゼン伯爵領は北の商人たちの品物がミンへやべネトへもっていくにあたって、丁度いい位置にあり、治安もいいため、商人たちからの関税がたくさん入っていた。しかし親父たちの死と盗賊の出没で商人の出入りが激減したため、関税もほとんど入ってこなくなった。すぐに伯爵家の金庫が空になるわけではないが、使用人や私兵達の不安は高まるだろう。
「現時点では伯爵家の貯えもあるので、問題ありませんが、この状況が続くようであれば、伯爵領を維持することが出来ません。」
エアハルトも同じ意見のようだ、
「それと、ニールベルクにいるキルベンガー伯爵ですが、領内の商人たちと面会しているようです。どのような内容を話しているかは不明ですが。」
少しずつ、外堀を埋めに来ているな。まぁ、だからといって、俺がおとなしくする理由は何処にもない。
「例のやつらだが、居場所は分かったか?」
「イルーゼに探らさせていますが、どうやら、転々としているようです。居場所を突き止めるにはまだかかりそうです。」
「そうか、イルーゼには引き続き捜索するように頼む」
「しかし、彼らは密偵としては優秀でしたが、過去の所業から伯爵家内でも反対の声は多かったです。
また召し抱えるとなると、反対している者たちをどう説得するおつもりですか」
「簡単なことだ、彼らを召し抱える実績を作ればいい、あの時もそうして親父に認めさせたからな。」
「あの後アルブレヒト様が珍しく、家人たちを説得していたのは、今でも覚えてますよ」
「親父が?そんなの見たことないぞ」
「クラウス様は部屋に籠っていましたから、ご存じないようですが、あの後も彼らを不安に思う者たちは多かったんですよ、そしてそれを危惧なされたアルブレヒト様が、直接説得したのです。」
あの脳味噌まで筋肉でできているような堅物の親父がそんな繊細な気遣いが出来ていたのか?
「…………考えていることは、お察しできますが、クラウス様が思っておられるよりアルブレヒト様は、思いやりあふれる方でありました。今一度、アルブレヒト様について振り返られてもよろしいかと」
親父を振り返るなぁ…………俺が親父に持ってる印象と言えば、ことあるごとに剣を振り、上裸で体を鍛えることだけにしか頭が無いといったところだ、周囲からは神聖帝国の模範的な貴族とか称えられていたが、俺から見たら領主というよりは傭兵隊長といわれてもおかしくないような人間だった。
「その顔では考えを改めるのは難しいようですな、少し昔話をしませんか。」
そういうと、エアハルトは立ち上がり、執務室を出て、俺についてくるように出た。
エアハルトについてきて入ったのは、古い物置部屋だった。
「物置の割には随分、きれいにしているな。」
「ええ、私が定期的に掃除していますので」
執事長であるエアハルト自らが掃除するとは、そんなに重要な部屋なのか、画板と本が少し置かれているように見えないが。
「確か、こちらに…おっと、ありました」
そういうとエアハルトが見せたのは、細身の美少年が描かれた画板だった。
「なんだ?その絵は、べネトの劇場で俳優でもやってそうな顔だが。」
「これはアルブレヒト様が自ら描かれた自画像でございます。」
何言ってんだこいつ?あの古代の蛮族のような顔をしていた親父な訳ないだろうが。
「あまり、信じられないかもしれませんが、アルブレヒト様は幼少期は病弱で、小食なお方でした、そのせいで家を出ることがあまりなく、毎日絵を描いているような方でした。」
そういうと、エアハルトはいくつもの絵を見せてきた、人物画だったり、植物だったり、どれもなかなかの出来だ、べネトでも売れるだろう。
「そのためか、アルブレヒト様はとても繊細なお方で、お守り役だった私は、常に体を鍛えるように言っていたものです。」
エアハルトは朗らかな表情で懐かしい思い出を話した。
「しかし、あの大内乱で、ヴュンデンバッハ公爵の命に従い、マーゼン家は北の大地に出征することになり、アルブレヒト様も先代…いえ、先々代と共に行かれました。」今から40年前におきた大内乱、もともとは当時の皇帝の死を契機とした、有力諸侯による皇位争いだったが、隣国までも巻き込んで、帝国どころか、エウロパ大陸を巻き込んだ大戦争となった争いだ。
このとき数か所の農村しかなかったマーゼン家は、
この戦いで目覚ましい活躍を見せ、傍流の血を引いていたのにも関わらず、
交流のなかったヴュンデンバッハ公爵家に認められ、当時のマーゼン家当主の祖父は騎士から伯爵へ昇進し、まだ跡継ぎだった父の婚約者として公爵の娘、俺の母が選ばれた。そのためエウロパ大陸にとっては悲劇であったこの戦はマーゼン家が躍進するきっかけとなった出来事でもある。
「私もアルブレヒト様と共に戦いましたが、あの血を血で洗う戦いは、とても思い出したくはありません、それでも夢に出る日もあります。」
そういうと、エアハルトはかつての戦場を思い出すように遠くを見つめた。
「そして、それはアルブレヒト様も同じでした、とにかく生き残るために、ひたすら戦い続けました、その結果、クラウス様がお知りになるアルブレヒト様になられたのです」
エアハルトは話を続ける
「アルブレヒト様は大内乱が終わった後も鍛錬を怠らず、ハインツ様を始めとしたお子様方が戦に巻き込まれても生き残るようにと願い、厳しく接されたのです。」
そう親父の思い出話を終えると、エアハルトは姿勢を改めて、俺の前に立った。
「そうであるからこそ、クラウス様にはぜひ、アルブレヒト様の思いを継ぎこのマーゼン伯爵領を守っていただきたいのです。」
「言われなくても、分かっている、クソ親父はともかく、家族のため、領民のために俺は当主代理としてこの伯爵領を守る。それだけのことだ」
さすがにそれだけで親父のことを全て正当化できるわけがないだろ,
まぁ、それでも少しは考えを改めるべきか。
「…………ただ、親父の思いは覚えておくようにするよ。」
そういうと、不満げな顔をしていたエアハルトは、笑みを浮かべた。
そんな話をしていると、誰か走ってくる足音が聞こえた。
扉をたたく音がしたので、開けてみるとイルーゼがいた
「失礼します、クラウス様、おじい様も、ここにいたんですが、探しましたよ」
そういうとイルーゼ、すこしの間、呼吸を整えた
「彼らの居場所が分かりました。ニールベルクの居酒屋にいるとのことです」
「でかした、イルーゼ、礼を言う」
「クラウス様、一人で行こうとしないでください、せめてイルーゼを護衛に」
「俺も腐ってもマーゼンの人間だ、小娘に、守られることは…………」
そういおうとしたら、首に冷たい感触がした。
「小娘が、なんですって?」
「冗談だ、冗談、頼むからその剣をしまえ」
「イルーゼ!!、いくら幼いころからの付き合いといえども主に向かって失礼だろ」
俺の謝罪とエアハルトの注意を聞いて、イルーゼは渋々、剣を納めた。
「悪かった、護衛を頼む。」
「最初からそう言ってください」
イルーゼから詳細な居場所を聞いた俺はイルーゼと共に城を出て、馬に乗った。