第二話:放蕩息子、家に帰る
そしてマストロ家の人たちに見送られ、パターラの下宿に着いたら、
何故か俺の部屋にいた老人と小娘に親父と兄の死を知らされ、今に至る。
「…わかったよ、帰りゃいいんだろ、帰りゃ」
「馬車はすでに用意しております、急いでお乗りください。」
そう言って、老人もとい、マーゼン伯爵家の家令である、エアハルトは
急かすように言った。
「そうしたいのはやまやまだが、俺はパターラ大学の助手になる予定なんだ、いったん実家に帰ることを先生に伝えないといけねぇ。あと下宿のおばちゃんにも、開けてる間の家賃とか、その他もろもろのことを…」
「それらは私がやっておきます、クラウス様はイルーゼと一緒にマーゼン領にお帰り下さい、イルーゼ、くれぐれもクラウス様と喧嘩をするなよ」
そう言ってエアハルトは出ていった。
「あっ、待てエアハルト、痛てぇ、痛てぇ、引っ張るなイルーゼ」
「マーゼン伯爵家にとっての緊急事態なんですよ、おじい様の言う通り、急いで戻らないといけないんです、まだわからないのですか」
「ただ、単に俺を黙らせたいだけだろお前は。」
エアハルトの孫であるイルーゼとは幼いころからの知り合いだが、どうにもそりが合わない仲だ、なんでエアハルトはこいつを連れてきたんだ。
その後イルーゼに引っ張られながら、俺は馬車に叩き込まれパターラを後にした。
俺はイルーゼからマーゼン伯爵家の現状について改めて聞くことにした。
「それで、今マーゼン領の状況はどうなっている?」
「伯爵家の私兵と配下の騎士達が、コルネリウス様指揮の下、治安維持にあたっています。市場も普通に開けていますし、街道も特に問題ありません、また主家のヴュンデンバッハ公爵家からの応援も来ています。」
「そうか、コルネリウス叔父上が、しかし俺と同じで叔父上はあまり、軍事の才能はないほうだとおもっていたんがな。」
コルネリウス叔父上は親父の弟で、有力な貴族の家庭教師をしている傍ら古代史の調査を趣味でやっている人だ、俺も叔父上から古代史や哲学等様々な学問を教わり、パターラへの留学の際も助けてくれた。
「ええ、コルネリウス様は良くも悪くも、ご自身の才能を客観的に見れる方ですから、ベルント様やクルト様の助言を受け入れながら、兵の采配を行っています。」
なるほど、そういうことか、ベルントは伯爵家直属の私兵を束ねる隊長で、クルトは伯爵家の家臣でも戦いの経験が最もある老臣だ。2人の補佐があれば、大丈夫だろう
「なんだ、それなら急いで帰ることは無いじゃないか、なんなら叔父上がそのまま当主代行としてやっててくれれば、いいんじゃね?」
イルーゼは表情一つ変えず、俺の顔に、その拳を叩きつけた。
「お前、本当に家臣としての自覚あんのか?主をなんの躊躇いもなく殴る奴がどこにいる。」
「クラウス様こそ、ご自身が伯爵家の当主になる自覚があるのですが、伯爵家の皆様や、使用人の方々、そして伯爵家の領民の人生がクラウス様の判断一つで変わってしまうということを。」
イルーゼはそういって、俺をきつく睨んだ。
「いきなり、そんなこと言われてもわかんねぇに決まってんだろ。そもそもこんなことが無ければ実家に帰る気も無かったんだ。」
「え…?そんなの聞いていませんよ。卒業したら、領地に戻られるはずだったんじゃ…」
イルーゼはその細い目を見開いた。
「何が悲しくて、あのクソ親父の下に帰らなけりゃいけねぇんだよ、そもそも兄貴にアルが生まれた時点で、スペアの必要性はない、それで一生部屋住みになるくらいなら、学者にでもなった方がましだ。」
「スペアって…アルブレヒト様もハインツ様もそんなことは一言も」
「そりゃ、直接言うことは無いだろうよ、ただ、貴族の次男や三男ってもんはそんなもんだ、跡継ぎのスペアとして、育てられ、長男に子供が生まれたら、他の家の養子になるか、職を探さなきゃいけねぇ。」
さらに俺の場合、貴族としての剣術や兵の指揮の才能は、ほとんど無く、兄貴にひどく劣る。
兄貴にはたくさんの恩があるが、こればっかは比べられることが多かったんで恨みたくなる気持ちもあったな。
「わざわざ口減らしに協力してやったんだ、それで今更兄貴と親父が死んだからって当主としての自覚を持てだ。そんなもん持てるわけないだろ。」
そういうとイルーゼは黙り込んでしまった。なんだ、こいつがそこまで黙るなんて珍しいな。
少し気まずいので話題を変える。
「ところでべネト領は駅が多いから、国境までは夕暮れまでには付けるだろうが、帝国に入ってからはどうなっているんだ?」
「あっ、はい、国境からは公爵様からの護衛の部隊と合流した後、一緒にノイトバルク城に向かう予定になったいます。」
「おい、なんで護衛の部隊なんてもんがつくんだ?しかもわざわざ公爵家から?」
そういうとイルーゼは言葉を選んでいるかのように少しの間、黙り込み返答した。
「申し訳ありませんが、私の口からは言えません、詳しくは城に戻ってから奥さまやコルネリウス様からお話があるかと」
なんか、きな臭くなってきたな、一体何が起きているんだ。
マーゼン伯爵家は神聖帝国の有力諸侯であるヴュンデンバッハ公爵家の家臣に当たる、そして今のヴュンデンバッハ公爵は俺の母の兄、つまり伯父に当たる。
しかしいくら、主君で縁戚関係があるからといって、一家臣の親族が領地に戻るだけで、護衛なんてつけるか?嫌な予感がしてならない
そう考えていると国境の駅までついた。
「近くの宿に護衛の方が待機しているとのことなので呼びに行ってきます」
イルーゼは走って、宿の方に向かった。
「しかし、一体どうなっているんだ。やけに物々しいな」
ここはべネト共和国と神聖帝の領地との境目にある駅のため、ふだんから大量の馬車が行き交う所だ、にも関わらずほどんど馬車が見当たらない、むしろ槍や剣をもった兵士の方が多い、おそらくべネト共和国の傭兵達だろう。
「少し、酒場でも覗いてみるかなっと」
情報収集のため、近くの酒場に行くことにした。
「ほとんど客がいねぇな」
駅の状況から察していたが、ほとんど客がいない、いても地元の人が少しいるだけだ。
俺は店主にのおっちゃんに話を聞いてみることにした。
「なぁ、おっちゃん少し用事があってここに来たんだけどさ、前に比べてひっそりとしている気がするんだけど、なにか事件でもあったの?」
「いや、それが分かんねぇんだよ、1か月くらい前かな?急に帝国領側の関所が閉じて、べネトの商人たちが困っているのを見たんだ、あいつらいつもの常連だから、良く愚痴っていてさ、それで商売にならないってんで、来なくなっちまったのさ」
関所が閉じた?それじゃあマーゼン領に戻れないじゃないか。
どうしたものかと考えていると、外が騒がしくなった。
「なんだ、喧嘩か泥棒か?」
そう言っておっちゃんが外に行こうとしていたら、鎧を着た騎士達が入ってきた。
「なっ⁈なんなんだ、あんた等」
「ワレワレハ、ヒトヲサガシテイル。カクストタタキキルゾ」
「何言ってんだ、人探しか?おい、その剣をしまえ。」
片言のディータリア語で物騒なこと言ってんな。
人探し?あれ、もしかして
「クラウス様、急にいなくならないでください、おかげで騎士団の皆さんに迷惑かけているじゃないですか」
そういって騎士たちの後ろからイルーゼが出てきた。あっ、こいつらヴュンデンバッハ家の騎士団か、
しかし叩き切るとかいうんじゃねぇ、国際問題になりかねんからやめろ。
「おい、探しているのは俺だろ、その剣を下ろしてくれ」
「皆さん、この方がクラウス様です、無事に見つかったので剣を下ろしてください」
俺たちはどうにか帝国語で説明して、事なきを得た。
そして俺は騎士達に抑えられて、駅に戻った。
「あっ、隊長様、主を見つけましたので、直ぐ出発できます。」
イルーゼが話しかけた男が、どうやらこの騎士団の隊長らしい。
「それは良かった、何かあれば厳罰に処される所だった。」
俺の扱いどうなってんだ。どうやら公爵から、俺の身の安全を厳命されてたらしい。
もしかしたらこの隊長なら何か知っているのかもしれん。
「あんたが、この騎士団の隊長か、今、マーゼン伯爵領はどうなっているんだ、なんでここの関所は止まっているんだ」
「申し訳ありませんが、あなたの質問には、我々は答えられません、とにかくあなたを傷一つなく城まで連れて行けというのが、公爵閣下からの命令です、それ以外は我々は聞かされていません。」
きな臭い予感が確信に変わった。
関所は隊長が門番に何らかの紙を見せるだけで、直ぐに通れた、また数か所他家の関所も例の紙を見せて通ったのち、ヴュンデンバッハ家の領土に入ってからは、どこにもよらずただひたすら馬を走らせ続けた。その後、ようやく、マーゼン伯爵家が住むノイトバルク城に入ることが出来た、パターラを出て5日経っていた。