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第三十三鎚 アインの住人




 転移門の向こう側に広がっていたのは、かつて私を迎え入れた賑やかな喧騒と温かい色合いの街並みだった。

 うん、ツヴァイの街の清廉潔白!って感じを全面に押し出した感じの街もいいけど、私はこのアインの街の持つレンガ屋根や不揃いな石のタイルの、どことなくヨーロッパ南部って感じがする柔らかな雰囲気の方が好きかな。


 ツヴァイの街はどことなくアウェーな感じを感じるんだよね。視界一面真っ白で、その威容は見るものを魅了するけど、一方で刺々しい感じもする。

 白神教っていう一大宗教の総本山だから、そういったことは仕方がないのかもしれないけど。

 ちなみに、その白神教の中身が黒々くなり始めている……っていうのは、皮肉かなー。


「キュ〜」

「気に入った?まあ、こっちの街の方がとっつきやすいよねー」


 茶々丸がフードから首を出してキョロキョロし出すのを横目で見ながら、私は転移門のある台座から降りた。


 転移門から『夕焼けの残り香』亭まではだいたい歩いて5分くらい。意外に立地がいいんだよね、あそこ。

 あ、でもそっちに行く前にちょっとゴヴニュさんのとこに寄ろう。連星鎚の耐久値を回復してもらわないと。



 そのあとは、もうすぐ夜だし、フィニーちゃんのところはそろそろ忙しくなる時間帯かな?ちょっと覗いてみて手伝えることがあったらお手伝いしようかな。

 茶々丸は……まあ、マスコット的な感じで。

 頑張ってね、という思いを視線に乗せて後ろのフードの中を見やれば、なんだ、とでも言いたげに茶々丸は首を傾げた。


 ゴヴニュさんのお店は『夕焼けの残り香』亭とは反対方向にあるから、行くのはちょっとだけ面倒なんだけど。でも、街自体それほど大きくないし、特段騒ぐことでもない。


 遂に我慢しきれなくなった茶々丸がフードから飛び出して私の周囲を飛び回り始めてしまった。

 まあ、第二陣の新規プレイヤーのほとんどはもう次の街へ向かったりしてるので人は少ないし、見られても困ることでもないか。


 なんて思ってたら、すごく初心者感あふれる感じの男女二人組に声をかけられてしまった。


「あの、その子!もしかしてテイムスキルですか?」

「……あー、うん、そんな感じ」

「わぁ!私も職業テイマーなんですよ!いいなぁ、可愛いなぁ!」

「そうなんだ。このゲーム、いろんなモンスターがいるから、仲間には恵まれると思うよ!」


 私は別にこの子をテイムしたわけではないけどね。このゲームの広義ではテイマーにはなるか。

 見られたのが初心者の子達でよかった。だいぶ攻略を進めている人達だと何を言われるかわかんないしね。


 基本私とショートカットの女の子の方だけで会話が進んで、男の子の方は合間合間で相槌を打つだけだった。

 男の子の方は近接型みたいだけど、どうやら遠距離からのサポートもできるステータス構成らしい。テイマーのサポートができるように、かなー?……ふむふむ?


 ちらりと男の子の方に視線を向けたら、ちょっとばつが悪そうにしていた。

 ふーん?


「頑張ってね⭐︎」

「……言われずとも」

「?」


 ぱちっとウィンクを送って激励してやれば、何とも頼もしい返事が返ってきた。女の子の方は小首を傾げていたけど。


 二人して珍しい茶々丸を撫で回して、一通り撫でられた茶々丸は、ぐったりして私のフードの中へ潜り込んでしまった。

 女の子の方は遠慮なく、男の子の方は恐る恐るだったけど、満足してもらえたのなら何よりです……満足させたのは茶々丸だけども。


 そのあとは、ちょっとした自己紹介だけして別れた。その足で私はもう目前まで迫っていたゴヴニュさんのお店の方へ向かっていく。

 女の子の方がリンちゃんで、男の子はカイトくんで……と、ついたね。


 って、あれ。


「アイク?」

「…んお、嬢ちゃん。おう、久しぶりだな」

「どうしたのさ?こんなとこで」

「こんなとこ、ってのは失礼じゃあねえか?ニナの嬢ちゃんよぉ」

「う……すいません…」


 アイクがゴヴニュさんのお店の前で黄昏ていたから声をかけたら、バッチリゴヴニュさんにも聞かれてお説教を受けました。ゴメンナサイ。

 相変わらずゴヴニュさんの片目は潰れていて、ずんぐりむっくり渋ーい感じがしてていい感じだね。アイクも相棒の大剣をいつもの定位置である肩に担いでいた。


「あ、そういえば、アドラさんに会いましたよ」

「お、そうか。どうだった?」

「何というか…とてもかわいらしい人でした!!」

「え、まじか」

「……おう、ニナの嬢ちゃんはやっぱり息があったか」

「ああ、どっちもアレだもんな」

「ちょ、アレってなにさアレって!」

「キュ〜」


 騒いでいたら、フードの中で丸まっていた茶々丸が肩口から顔を出した。

 そっちの方へ手を差し出したら、そのまま指にパクりと噛みつかれてしまった。お腹減ったのかな……?後でフィニーちゃんのとこで美味しいご飯を食べようねー?


「何だそいつ?」

「……竜か?」

「そうですよ。ねー?」

「キュ!」

「にしても、随分見ないうちに様変わりしたな?」

「でしょ?どう?」

「……まぁ、いいんじゃねえか?」

「こらー!そこでちゃんと具体的に褒めないと……」

「…褒めないと?」


 褒めないと……



「モテないぞ!」

「るっせぇ余計なお世話だ」

「………。」

「あ、ゴヴニュさん、連星鎚の修繕いいですか?」

「……おう、任せろ」


 ……?

 なんか引っ掛かりがあるな…?


 そんな違和感はすぐに流れ去ってしまって、私はとりあえずゴヴニュさんに錬成鎚を渡したら、『夕焼けの残り香』亭の方へと向かおうとしたら、その前にアイクに声をかけられた。


「嬢ちゃん、一応こいつを持ってけ」

「…?あ、これって…」


 渡されたのは、黒っぽい木で作られた立方体の箱。

 両の手のひらに収まるくらいのその無機質な箱の表面にはうっすらと魔法陣らしき幾何学模様が浮かんでいた。

 黒ローブが持っていたのと同じやつだね。転移の魔道具。


 アイクはポイっとそれだけ渡して、さっさと行ってしまった。


 アイクも『夕焼けの残り香』亭についてこないかと聞いたら、どうやらこの後も夜なのに用事があるんだって。どうやら最近忙しいらしい。アドラさんに頼んでた調査ってのもその一環なのかなー?




 んー……これは、近々何かありそうかな?

 龍骸山脈に行くのを早めた方がいいかな。





  ◆  ◆  ◆




「失礼しまーす……?」

「…あ!ニナさん!」

「フィニーちゃん!こんばんは〜。今大丈夫?」

「はい!…あ、でも、もうすぐ開店時間なので……」

「じゃあ何かお手伝いするよ!」

「わぁ!ありがとうございます!」


 と言っても、私の料理スキルのレベルだとお店の評判を落とすことになりかねないので、私は主にフロアの方を担当した。

 リアルでもちょっとだけバイトしたことがあるけど、ゲーム内とはいえ一人でのフロア周りは結構大変だった。


 とはいえ引き受けた手前投げ出すわけにもいかないし、頑張ったけどね。

 レイバンさんも笑顔で任せてくれたことだし。


「わー!可愛い!」

「キュ〜」


 あ、茶々丸が子供たちのおもちゃにされてる…かわいそ……




 やがて客足も収まって、大体9時くらいになった頃に、私たちは店じまいをした。

 EILの内部は朝夕の6時できっかり朝と夜が入れ替わるから、ゲーム内の住人の人たちの生活のサイクルもリアルよりもちょっと早いんだよね。だから、9時くらいにはもう店じまいをするんだって。


 お店を閉じた後に、レイバンさんに雪山対策の料理を作りたいという事情を説明したら、おう!と言って快く台所を貸してくれた。


 さらに、フィニーちゃんも隣で手伝ってくれるんだって。ありがたいね。

 茶々丸は危ないかもしれないので食堂の方で自由に遊んでもらってる。フィニーちゃんがチラチラあのもふもふの方を見ていたりしたので、多分気になってたんだろうけど、私の用事の方を優先してくれたようだった。いい子。


 取り出すのは、ツヴァイの街の交易店で買ったラカの実の粉末香辛料と、他にはお肉とか野菜とか。ガーゴイルとかストーンゴーレムとかのお肉もちょっとだけ残ってたしね。それも使うつもりだ。


「ラカの実ですか……それなら、やっぱりガーゴイルのお肉がいいですかね……ポトフ系になっちゃいますけど。それか、チャーハンとかパスタとかの麺類でもいいですけど……どうします?足りない材料はお出ししますけど……」

「んー、一通り作りたいかな…あと、ラーメンとかも作りたい!」

「いいですね!では、まずは時間のかかるスープ系のものからで……」


 やっぱり出来上がる料理は結構辛さの強いものだったけど、レイバンさんのレシピ本から得られる豊富な知識と、フィニーちゃんのアドバイスとお手伝いのおかげですごく美味しいものが出来上がった。

 時折香辛料の粉が舞い上がったりして目に入ってすごく痛かったりしたけど。



 出来上がった料理をインベントリに温かいうちにしまって、寝るための準備を始めた。


「キュウ〜」

「ぐ…か、可愛い……!」


 オレンジ色の髪のフィニーちゃんが茶々丸を胸に抱えながらそんなふうに苦しげに(?)うめいた。

 もふもふを抱きしめてる天使の方が可愛いよ。うん。


 お風呂にも入って、さっさと寝巻きに着替えた私たちは、前にもあったようにベッドの上でお話をしていた。

 お風呂には茶々丸も一緒に入ったんだけど、どうやらお風呂は嫌いではないらしい。綺麗な毛並みが水に濡れてペタッとなっていたのは違った可愛さがあったね。


 その茶々丸を胸に抱えたフィニーちゃんはさらに可愛いけども。


 というか、なんでうめいてるのさ。え?自分よりも可愛いから?


 ……フィニーちゃんって、何というか、ちょっとナルシストな感じというか、小悪魔っぽい感じあるよね?片鱗が見えてるよ?将来はどんな子になるのかな?


「ニナさん、この子ください」

「いや、大真面目に言われましても……」

「ま、それはいいんですよ。……明日にはもう行くんですか?」

「……うん、そうだね。流石にそろそろいかないと、レーティアさんも待ちくたびれちゃうでしょ?」

「いえ、お母さんは結構のんびりやな人だったのでそんなことはないですけど」

「あ、そうなの」


 アドラさんと仲良かったみたいなこと聞いたし、もっとバイオレンスな感じかと思ってたんだけども。

 いや、穏やかな人だからこそあの男前なアドラさんと息があったのかな?私も話してみたかったかも。


「ともかく、必ず見つけてくるから、待っててね?」

「はい!」

「キュ〜」


 そんなこんなで、私は翌日からの龍骸山脈への遠征のために、深い深い眠りへと落ちて行ったのだった。

・tips


・テイマー系のあれこれに関して

 このゲームでのテイマーは、基本的に職業が調教師(テイマー)召喚士(サモナー)、もしくはそれに連なるものをとっているプレイヤーのみならず、スキルとしてテイムスキルや召喚系スキルを持ってモンスターを従えている人全般に対して言ったりしています。

 有体に言えば、ガイコツでもオタマジャクシでも何でもいいから、ペットがいればテイマー、ってことですね。


 このゲームにおいて、本格的なテイマーの人たちはそれこそポ○モンが如く何体ものモンスターを連れ歩いているそうです。流石にボスモンスターとかはテイムさせる予定はないですけど、希少種とかユニークモンスターとかをテイムすることができれば、大きな戦力になることは間違い無いですからね。

 こういう感じで、ある程度進めていけばテイマーはだいぶ強力になりはするものの、序盤は最弱も最弱で、今回出てきた初心者男女二人組のように、他プレイヤーのサポートがないとうまく戦えないって感じになってます。

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