第三十二鎚 転移門と"夜の兆し"
転移門。
アインやツヴァイといった数字を冠する街の、中心部の広場に位置する、円形の大きな門。
円の内側は渦巻くような青や黒や紫といった色に満たされ、渦巻の中にはキラキラと星のように光が輝いている、綺麗なそれら。
プレイヤーたちは、その門を潜り抜けて、門の内部の異空間のようなところで行きたい街を選択することでその街に飛ぶことができる。
転移門とは、旅人たちがEILの世界に降り立つにあたって、白神がこの世界の住人たちの命じて造らせた、旅人専用のファストトラベル機能である。
同時に、この世界の住人にとっては完全なるオーバーテクノロジーなものらしい。
通常この世界での転移魔法というのは難易度の極々高いものであり、常人で使えるものはまずいない。……なんか一人見たことあるけど、まずいないらしい。
あのピンク髪の同族は例外だよ。というかなんなのあの人、息をするように最高難易度の魔法を使わないで欲しい。
転移魔法以外の転移の方法であれば、この世界に存在する転移魔法陣の刻印された魔道具というものもあるが、高価かつバカにならない魔力を消費するし、そもそもの素材が手に入りづらいんだとか。
転移の魔道具といえば、レーティアさんが持っていたらしいというものや、聖女ちゃんに襲撃を仕掛けてきた黒ローブたちの使っていたものが思い浮かぶね。
魔法陣に転移先の座標を刻み込んで使う、使用回数は一回きりで、使えば崩れるように壊れるものたち。もちろん相互の行き来はできないし、使用時には高濃度の魔力のこもった魔石か大量の魔力が必要で、使い勝手がとても悪いらしい。
そんなものたちがこの世界のこの時代での最先端技術だった中で、プレイヤーたちには、街と街の間をなんの代償もなく、自由に、何度でも行き来できる転移門がある……と。
ゲーム的なシステムと片付けるのも可能だけど、多分このゲームのことだから色々と設定が絡んでたんだりするんだろうね。
いろいろと攻略サイトなんかを見ていると、いろいろと面白いことが書いてあったりするし。
例えば、こんな話。
この転移門を作るにあたっては、白神の命と聖女の呼びかけのもと、たくさんの名のある建築士などなどが集まったらしい。しかし、そうして集まった人々には、その製法なんかは突飛すぎて理解できなかったらしい。
しかしその中の幾人かの住人さんたちが製法を記録しようとしたのだ。まあ、白神が提供する技術なんだから、残しておくのは必然だよね。
……でも、完成した瞬間にそう言った記録は全て幻のように消え去ってしまったらしい。
工事に携わった人たちも、目をかっ開いて製法を見て覚えたはずなのに、どうやって作ったのかは曖昧にしか覚えていないとかなんとか。
……すっごく怪しい。絶対なんかあったでしょ。というか神様ズが記憶消したりしたのかな。
でも、わざわざ教えた記憶を消すなんて。彼らは世界を急激に外部からの力で発展させることを嫌ったのだろうか?旅人たちが来るから転移門は各地に造らせたけど、それは例外だー、的な?
まあ、そういう経緯もあるのだろうが、確かに転移門はすごい。
前述したように、謎原理で円の内部は宇宙色に渦巻いているし、外のリングの部分も白と水色の幾何学模様が走っている感じだ。
周りの街が、純白とはいえ中世チックな感じなだけに、ちょっと浮いている感じはするんだけど。
何はともあれ、私たちプレイヤーはそんなありがたい機能を使える訳だし、存分に使ってこの世界を駆け巡っていけるわけだね。
で、今は転移門に向かっているわけだけど、そういえばこの街で何かやり残したことがあった気が……
「……あ、スキルセンター行かないと」
スキルスクロールを買うのを忘れていた。あぶないあぶない。
ここから転移門に行く途中にちょうどあるし、寄っていこう。
でも、なんのスクロールを買おうかな…?順当にいけばDEXなんだけれども。それかVITっていう手もあるかな?防具系のVITアップにも補正値がかかるし。いやー、でも普通にDEXかなー。
フードの中でもぞもぞと動いている茶々丸に手を伸ばして撫でながら、程なくしてたどり着いたスキルセンターの扉を開けて中に入る。……うん、相も変わらず中は殺風景だった。
スキルのスクロールを買う時は受付の人に声をかければいいらしいし、とりあえずさっさと買っちゃいますか。
「すいませーん」
「はい、何か御用でしょうか。スキルクリエイト等でしたら500Gに…」
「あ、いえそうじゃなくて。スキルスクロールを買いたくて」
「ああ、すいません。どちらのスクロールをお求めですか?」
受付の、これまた真っ白な服を着た人が言った途端、目の前にウィンドウが現れた。
というか、スキルを作りに来た時にはあんまり気にもならなかったんだけど、受付の人、あんまり特徴がない感じの顔をしているね。
目鼻立ちは端正で、ニコニコ笑っているけれど、記憶に残りづらいっていうか。存在感が希薄だ。
ま、そんなことはどうでもいいか。
ウィンドウをスクロールしてみれば、結構な数の項目がある。中には、例えば鎚術みたいなちょっと『行動』すれば取得可能スキル欄に生えてくるようなものまで様々だ。こんなものまで取り揃える必要あるのかな…?
ちなみに〇〇補正系スキルは一番下の方にあった。いつまでも見つからなかったから思い切って下の方まですっ飛ばしたら見つけた感じだね。
そうそう、この〇〇補正系スキルは同ステータスのもの、例えば筋力値補正を二つ取得するようなことはできないんだって。ま、それができるんだったら、極振りのとんがりビルドがゲーム内に蔓延るようになっちゃうからだろうけど。
んー、まあ、DEXでいっか。
《器用値補正 Lv.1 のスキルスクロール》 100,000G
使用することで取得可能スキル欄にスキル《器用値補正 Lv.1》が出現する
注1:同系統スキルはレベル30ごとに一つしか取得できません
注2:このアイテムは、一度購入すると返品ができません
注3:このアイテムは、購入後の売却・譲渡などの所持者の変更ができません
え、返品できないの。そう言われちゃうと悩んじゃうけども……というか、十万Gもするのか…所持金ギリギリですわ……。
それに、別にすぐさま習得できるわけでもなくて、スキルポイントは結局1使うことになるんだね。まあそれはいいんだけれども。
うーん……
そんな風にどうしようもないことで悩んでいたら、後ろから髪の毛を引っ張られた。
「キュウ」
「…はぁ、わかった、すぐ買うね。というか、髪の毛食べないの。手入れが大変なんだから……いや、こっちではその必要はないんだけれども」
急かされてしまった。まあ、同伴する人がいるとこういう決断も早くなるからいいことだね。
「これください」
「かしこまりました。一度ご購入すると再度のご購入・返品ができませんが……」
「うん、大丈夫です」
ことわれば、その人は少しお待ちくださいと言ってカウンターの後ろの扉から別の部屋に入っていき、すぐさま一つの巻物のようなものを持って戻ってきた。
その巻物は、街の色と同じ純白だったけど、紙媒体のはずなのに表面がどこか艶がかっていて、所々に走る幾何学的な水色の線も相まってすごく近未来的な雰囲気を漂わせていた。
このゲームの世界観にはそぐわないような先鋭的なデザインだけど、でもこのスキルセンターの無機質な真っ白な壁とはマッチしているように感じた。
重心操作を作った時は、人が結構いたしスキルクリエイトが楽しみだったしで、周りをあんまり見てなかったんだよね。こうして改めて見回して見れば、いろいろ発見があるよね。
十万Gを具現化させて受付の人に渡し、代わりに受け取ったスキルスクロールは、やっぱりどこか無機質で近未来的だった。
近未来的……?いや、あるいは古代の文明の遺物……?
一瞬、既視感がよぎった。このスクロール、何かに似ている気がする。
…そうだ、転移門の雰囲気に似ているんだ。
こいつがもし古代の遺物、古代の技術の結晶だというのならば、転移門もそういうことになるね。
ソリッドロック岩石地帯で見かけた遺跡が示す通り、大昔には別の文明があったらしいけれど、その産物なのだろうか。でも、『転移門』なんていうバカみたいに高効率のものを作れるような文明が、易々と崩壊した原因はなんなのだろうか……?
まあ、考えても仕方がないか。さっさとスキルスクロールを使ってしまおう。
街に向かいつつ、スクロールを広げれば、さっと光の粒子のようになってあっという間に消えた。いやー、ファンタジー……この場合はSFなのか?
そうして取得可能スキル欄に生えてきた器用値補正Lv.1を取得したりしていたら、ちょうど転移門のある広場に辿り着いた。
いやー、久しぶりのアインの街。楽しみだなー。必ず会う予定なのはレイバンさんフィニーちゃんだけど、アイクさんとかゴヴニュさんとかにも久しぶりに会いたいかな。
特にゴヴニュさんには武器の修繕をお願いしないとね。すぐさま壊れるというほどではないけど、エルデさんにフル出力の一撃をぶち込んだりしたし、耐久値はそれなりに削れている。
考え事をしながら転移門の前に辿り着いて、その不思議な色合いの威容を見上げた。
そういや私、転移門は使ったことないんだよねー。だから、ちょっと緊張するかも。というか、茶々丸は大丈夫なのかな?流石に大丈夫だよね??
「……茶々丸、大丈夫そ?」
「キュ!」
「あ、そうなの」
大丈夫だよ!だって。……心配だから茶々丸は胸に抱えて行こう。それで危険度が変わるのかは知らないけど。
さて、準備はできた。ならばもう早速行ってしまおうか。
「じゃ、れっつらご〜」
「……キュ?」
「そこは乗ろうよ……」
小首を傾げて疑問を示す仕草をした茶々丸に突っ込みつつ、私は渦巻の中に飛び込んだ。
◆ ◆ ◆
は、は、と自らの息の切れる音がする。
なんてことだ、一応恩もあるあいつの頼みで軽い気持ちで調査をしていたのが、まさかこんなことになるなんて。
あたしの後ろには何かいるわけでもなく、故に別に何かに追われているというわけではないけれども。
強いていえば、時間に追われているといっていいだろうか。とにかく、一刻も早く状況を伝達しなければならない。
それによって起こりうることと、対処のための戦力集めも。
幸いそれはすぐに起こるというわけではなさそうだが。あの黒いモヤを被ったモンスターどもが完全に消え去ったあたりが潮時だろうか。
たまたま出会った、どこか親しみやすい半龍人の少女に手伝ってもらったこともあって、少々早めに事態を掴むことができたし、彼女にも感謝しないといけないだろう。
体格ゆえに歩幅が小さいのが悔やまれる。あたし自身の脚力は平均以上とはいえ、長距離を走るのには向いていないな。
とはいえ、もうすぐフィーアの街が見えてくる頃だ。あの鉄臭い機械の街からアインの街まで……一週間で行ければ早いほうだろうか。
ここまで逼迫した事態になるとは思っていなかったため、転移魔法陣なんかは持っていない。まったく、自身の見通しの甘さが憎らしい。地龍のところで悠長にしている暇はなかったか。
こんな風に必死に走りながら、ふと考える。
あの頃は、これだけ必死になることがあっただろうか。
ましてや、世界を守るため、だなんていう子供騙しの伽話が題材にするような理由で。
……ないだろうな。
でも、そんな感性は昔の私のものだ。
今の私には、愛しい人がいるし、くだらないことを言い合える仲間がいる。最近では、まだまだ未熟な可愛らしい弟子もできたか。
何はともあれ、今の私ができることは、走ることだけだ。
夕日が世界を赤く照らして、やがて日は沈み、夜の時間がやってくる。
際限のない狂気が渦巻き、呪われた運命に侵されし闇の時間が。