第三十鎚 召喚……成功?
「じゃ、またね!メイクレアさん」
「またなー!」
「装備ができたあたりでもう一回伺いますね」
「楽しみにしてるわ」
「その時には僕らの装備もお願いします」
「ええ!いつでもお越しください!!」
各々それぞれお代を支払って、店の扉を開けて目に痛いくらいの白色の眩しい外に出る。
ぶんぶん手を振るメイクレアさんに別れを告げて、私たちはその真っ白な街の中を歩き出した。
まだ時間帯としては午前中で、朝の気怠さの振り払われた後の活発な雰囲気が街を取り巻いている。太陽の位置も上がってきて、どうやら気温も上がってきたようだった。
そういえば、この世界には季節とかあるのかな?昼と夜の時間がずっと同じってことは、季節なんて物なさそうだけども。
この世界に来てまだ日が浅いから気温の大きな変化とかにも出会ってないし、わからないなー。
「ニナはこの後どうするんだ?」
集団の先頭をいくダイキ君が振り返りながら尋ねてきた。
「んー、ギルドに用事があるからそっちに行くかなー?ベルグヴェルグに行く前に受けておいた依頼の完了報告とかもまだだし」
やりたいこともあるし。
そういえば、この前ステータス欄を見てたらいくつかのスキルが進化可能ってなってたんだよね。あれはスキルセンターでやる必要もないみたいだし、さっさとやっちゃいたい。
あと、それとは別にスキルセンターで筋力値補正に続く二つ目のステータス補正系スキルのスクロールも買わないとなぁ。レベル30になると色々できるようになることが増えて大変だね……
あ、でも。そのスクロール、すごくお値段が張るって聞くんだよね。
とはいえ他のスキルみたく特定の動作を繰り返したら取得可能スキル欄に生えてくるわけでもないし。買うしかないんだよねぇ。
「ベルグヴェルグの街…確か、フィーアまでの中継地点としての街の一つで、ゼニス大山への北西側登山口がある街、だったかしら」
「ゼニス大山の資源を利用した鉱業が盛んなんだったっけ」
「そうだねー。みんなは次はそっちの方行く感じ?」
「いえ、私たちは素直に東側の砂漠です。前衛二人の装備が剣で、後衛の私たちも適正レベルより下の魔法使いなので、バカみたいに真正面から岩石系モンスターの装甲を抜けないのですよ」
「あれ、今私バカって言われた??」
そんな他愛のない話に花を咲かせて、幾らか歩けばツヴァイの街の真っ白な冒険者ギルドの建物にたどり着いた。
この建物も真っ白で他と区別がつきにくけど、他よりも大きくて無骨な作りだから意外とわかりやすかったりするのだ。
中に入れば、やっぱりギルドらしい、そしてこの清純で潔い聖都にはちょっと似合わない感じの粗野な雰囲気が私を包んだ。午前中だから人は少ないけどねー。
うーん、建物の中と外の雰囲気のギャップが激しいね!
ギルドの買取カウンターに行って、ベルグヴェルグの街までの往復で手に入れた素材たちを売却して行く。
というか、やっぱりここの買取カウンターの人も目の下にクマがあって痩せ細っていた。どこでもブラックなのかな、ここ……
半ば放心したような力の入っていない動作で、受付の人がしかし高速で素材を捌いていく。完全に体に染みついた、それこそ機械みたいな、社会の歯車みたいな感慨も無駄もない突き詰められた効率的な動き。
……何だか申し訳なくなってきた。手数料は多めに受け取ってもらおう……
お金が増えてく増えてく〜。
これなら食材もステータス補正スキルのスクロールも買えるかもしれないね。ホクホクだぁ。
買取を全て終わらせてから、私はギルドの演習室の一室を借りる。
何のためかって?いやー、人目につくところじゃできないからさー。
ガチャリと演習室の扉の鍵を内側からしっかりかけて、部屋の中心に移動する。
ちらりと腕輪に目を向けて見れば、メイクレアさんに整形されて宝石のようになった茶色っぽい黒色の石が光を反射してそこにあった。
「ふぅー……」
召喚の手順は、簡単だ。
関連する召喚スキルは必要だけど、テイムスキルなんかは必要ない。
もし召喚スキルがないのならそういったものを教えてくれるNPCに弟子入りするか、スキルセンターでスクロールを買う必要があるけど、私はもう《眷属竜召喚》があるからそういうのは要らなかった。
後必要なものは、触媒か、もしくは魔法陣。それと、自身の魔力。
結構多くの魔力を必要とするらしいから、私の今の上限で足りるかわからなかったので、MPポーションをがぶ飲みする準備はできてます。ぶい。
「さてと、手順は……」
龍翼の腕輪の、一つだけ嵌められた角のかけらから削り出した石に手を当ててみれば、唐突に目の前にウィンドウが現れた。
えーっと、なになに?
あ、これ読めってこと?え、いつも以上に厨二臭い……あ、眷属竜召喚の固有詠唱なの?……仕方ないなぁ……
「……我が血が導く最強の系譜よ」
淡く宝石が輝いて、ドクンと心の臓が大きく脈打った。
…む、MPがすんごい削れてく。MPポーション一本目〜。
「我の目指す最強たる姿の末端よ」
リズムは崩すことはなく、でもMPが切れないようにところどころでMPポーションを飲みつつ。
このMPポーション、飲んだ分だけ即座に回復するんだよね。何本も続けて飲んだりすると中毒症状が出てスリップダメージが入ったりするんだけど、こういった仕様は今はありがたい。
ちなみに、スリップダメージを無視してポーションを飲み続けると突然死するんだって。怖いね。
「その最強たる力の一抹を持って我が行く道を共に照らし、」
あっという間に五本目のMPポーションも飲み干した。これ以上はスリップダメージを喰らうかもしれないけど……どうやらこれでいけそうだ。
いやー、戦闘中とかにする奥義の詠唱も結構な恥ずかしさがあると思うけど、あれは戦闘中の高揚感で誤魔化してるだけなんだよねー。
今みたいに素面でこんな小っ恥ずかしいセリフを連発するのは、なんだか、その……とてもむず痒い。
でも、だんだんとこれから何が現れるのか気になって興奮している自分がいる。
いやー、楽しみだな。どんなのがきてくれるんだろう。
エルデさんの角から呼び出すんだし、さぞ強そうでかっこいいのが……!(フラグ)
「我が前に立ちはだかる壁を乗り越え、打ち砕く一助となれ」
腕輪の石から漏れる光はもはや直視できないほどで、眩い光が密閉されたこの部屋を明るく照らしだす。
私は最後の一節を口にすべく、息を少しだけ吸った。
「今ここに顕現せよ、龍翼の守護者の末裔よ!!」
カッ、と光が強まって、思わず目を覆う。
瞼の向こうで暴れ回っているのだろう光の奔流が、固く閉じた目蓋を通り抜けて目に入ってくる。
やがて光が収まって、私は恐る恐る目を開ける。
「……ん…」
目を開けてみれば、そこには……
何も、いなかった。
「んみゅ?」
え、失敗した?
体から魔力が抜け出して、同時に何かと繋がる感覚がしたから、確実に何か出てきた気がしたんだけd……
「キュゥ」
「……ん?」
「キュゥーン!」
「んぎゃ!」
足元から何かの声が聞こえて、そちらに意識を向けようとした矢先で、視界外から現れた、よくは見えなかったが白っぽい影に視界を塞がれてしまった。
「ちょ……やめ…」
「キュァ〜」
「くっそ……あれ、意外と小さい……」
手をその影がいるであろうところに持っていけば、その手に触れたのは、存外に小さめで、あまり硬くない羽毛のようなものに覆われている感じの感触だった。
もふもふする感じを持つその生物を何とか掴み上げて顔から引き剥がして、目の前に持っていく。
「キュ!」
「………」
「キュゥ?」
白っぽい毛皮に、長めの尻尾の先端や耳の先端、足先。それに、小さめの二対の翼の先はオレンジ色っぽくグラデーションになっている。
竜、という名詞とはあまり結びつきづらいようなもふっとした感触に、可愛らしくくりっとした目。
頭頂部に申し訳程度にちょこんと生えた小さめの角と、少し開かれた口の端から覗く鋭い犬歯だけが、今手に持つ温かな存在が『竜』という種族であるということを証明していた。
「……」
「キュゥ〜♪」
………。
なんか、思ってたんと違う……!!
いや、可愛いけどさ。
あれだけ仰々しい口上を言わされたんだからさ、もうちょっとデカくて尖ってそうな感じのが出てくると思うじゃん……それこそエルデさんみたいな。いや、あれだけでかいと逆に手に負えないからこの小型犬サイズはちょうどいいかもしれないけどさ……
《眷属竜(地):名前を決めてください》
え、あー、うん。名前、名前ね……かっこいい感じのなら何となくは考えてたんだけど、それだと全くイメージに合わないしなー……
「…きみ、名前はどんなのがいい?」
「キュゥ!」
「あ、そう」
何でもいいのね。
というか、当たり前のように相手の意思がわかるようになってら。相手は全く人間の言葉を発していないのに、結構はっきりとした感じの雰囲気は伝わってくるなぁ……すごいね、これ。
「うーん、名前、名前ねぇ……」
思い悩んでいたら、手の中からそのもふもふが飛び立って私の体の周りを飛び始めた。
へー、飛べるんだ。そんな小さな翼とも言えないような翼で……あれかな、魔力やら魔法的なアレやらで飛んでたりするのかな。ファンタジーの竜の設定でよくあるやつ。
そんな可愛らしい姿を見ていたら、何だか真剣に悩むのがバカらしくなってきた。
うーん、色合いは白と橙だけど、属性としては地竜の系譜何だよね……地といえば、茶色?茶、茶……
「茶々丸、とか……」
「キュゥン!」
「うにゃ!」
ボソリと口に出せば、その眷属竜……改め、茶々丸は勢いよく飛びついてきた。
あ、こら、くすぐったい!舐めるんじゃないの!
まんま犬じゃないか……
というかこんな感じで単調に名前つけて行ってたら、もし雷属性の眷属竜が仲間になった時とかも雷丸とか名付けそうだな……いや、これはこれで統一するのもありかもなー。
「んもう……よろしくね、茶々丸」
「キュウ!」
抱き留めて撫でてみれば、やっぱり竜らしからぬ可愛らしい声ともふもふの手触りが返ってきた。
もう何も言うまい……
・tips
・りゅうのすがた
この世界には、結構な数の竜と龍がいます。彼らの姿、実は結構個体差がありまして。たまたま最初に出会った龍である地龍エルデはザ・龍!って感じの見た目ですが、例えば日本っぽい伝統的な鰻みたいに細長い姿形の龍だったり、恐竜っぽい四足歩行の竜だったり、あるいは……
だから、今回出てきたみたいなもっふもふの竜が居ないとも限らない。そうだろう?そうだと言え。