第二鎚 いい男との戦闘訓練。あと竜化。
前の話をちょこちょこっとサイレント修正することがあります。
最新話を読んで設定の齟齬を感じたら、もしかしたら前話以前で書き直していることがあるかもしれません。
そんなマッチョさんことアイクさんは、どうやら狼の獣人らしかった。
狼というと先ほどのグラスウルフを思い浮かべるけど、あの黒色の狼とは違って彼の体毛は全体的に燻った銀色で、私の髪色に近い色だった。頭には犬っぽい耳が生えていて、腰にはそれなりの長さの尻尾。ムキムキな体にすごくマッチしていて、重厚そうな体なのにしなやかさがあって、なんというか、すごくいいと思います(性癖暴露)。
さっき絡んできたチャラ男さんとの落差で余計によく感じる。
…と、冗談は置いておいて。
どうやらこのアイクさんが私の講習を担当してくれる教官だそうだ。私が重武器を使うということもあって、彼は肩に身長よりも大きな大剣を担いでいた。…鈍器じゃないんだ…
「早速だが、講習を始めさせてもらうぞ。時間がねえからな」
「はい…って、そんなに時間ないんですか?」
「あ?あぁ、主神様から告知があった通り、ここ最近旅人が増えてきたからな。とは言ってもお前らがここに来始めたのは大体半年前ってところだが、その時と同じくらいの多さの人が来てやがる。ったく、どうなってやがんだか」
…まぁ、400万とか言ってたしね。
冷静に考えてみれば不思議なことだ。この街のマップの大きさからして、そんなに大きな人数が入るべくもない。他にも街があるとしても、たった半年の間にそれだけの人が押し寄せたらパンクどころの騒ぎじゃないだろう。おそらく運営している側で色々捌いたり大変なんだろうなぁ…
「つっても、嬢ちゃんに割ける時間は三時間はある。まあ俺も明日は休むつもりで夜にわざわざ教官に来てるから、俺自身の時間はあるんだが…ギルドが空間魔法で用意している部屋の数が足りてねえから、三時間だ。わりいな嬢ちゃん」
「あ、いえ。時間を割いて頂けるだけありがたいです…」
「おう。…それと、俺も堅苦しいのは苦手でな。よければ敬語外してくれや」
「…うん、わかった」
そんなこんなで、アイクさんとの長い長い夜は始まった。…変な意味じゃないからね?
早速戦闘訓練…というわけではなく、まずは座学?のようなものからだった。私に全く知識がないという話をすると、彼は丁寧に自分を例に出して説明を始めてくれた。
まず最初に聞いたのは、レベルについてだった。
レベルというのは、この世界での魂の位階。何か経験を得るごとにそれは上がっていって、高くなればなるほど体は頑強に、体力や魔力は多く、身体能力は圧倒的に向上する。
彼のレベルは52で、この街だとトップクラスに高い方らしい。52…ほぇぇ。そんな彼の武器は2mを軽々超えるロングソード。刃の厚さも一番真ん中は20cmくらいあって、そのくせ縁はちゃんと鋭くて刃こぼれ一つない。許可を得て試しに持ち上げようとしてみて、なんとか動きはするけど軽々しく振り回すなんて無理だったから、この世界でのレベルとステータスの重要性がよくわかった。
次に、スキルとアーツのこと。
そういえば狼戦では、そう言った類のことを全く意識もせず戦っていた。…ちょっと視野狭窄に陥っていたね。反省反省。
スキルとは、個人個人が鍛え上げた技能が、魂に刻まれて形となったもの。それは基本衰えることはないし、勝手に変質することもない、努力の結晶だ。…きちんと努力が反映されるというのは、素晴らしいことだと思う。いろんな行動をすると結構な頻度で手に入るものらしいと、アイクが言っていた。
そしてアーツ。アーツに関しては、私が初めて耳にするものだ。
曰く、スキルや自分の行動に応じて芽生える、技のようなものらしい。例えば純粋に攻撃力を上げるもの、例えば、攻撃に属性を付与するもの。攻撃系の技だけでなく、生産系?のスキルで取得できるらしい技能も、ここに分類されるらしい。
かくいう私も持っていて、スキル〈鎚術Lv.1〉で芽生える《重撃》、純粋に鈍器系の武器の攻撃力を一時的に引き上げるもので、一番基本にして一番使いやすいアーツだ。
そしてそれとは別に、闘気のスキル。これに関しては、アーツはないらしい。
闘気のスキルはアイクも持っていると言っていた。このスキルはどうやら近接戦闘職の人は大体持っているらしく、慣れれば攻撃に守備に、時には身体能力の向上にと万能な使い方ができるらしい。纏い方はちょっと教えてもらえて、薄くなら纏えるようになったけれど、まだまだ自由自在というわけにはいかない。…それでもアイクには筋がいいと褒めてもらえました。えへへ。
ちなみにだけどこのスキル、少しだけどMPを消費するらしい。纏ってるだけなら消費は緩やかなんだけど、激しく使うと結構消耗する。MPが切れるとHPもゴリゴリ削れ始めるらしいから、注意が必要だ。
色々と雑談もして、この世界に関する知識が深まったところで、彼の方から話を振ってきた。
「んじゃ、そろそろ本題だ。…嬢ちゃんが目指したいもの…なんつーかな、自分の最終形態って感じについてのイメージ、あるか?」
「鈍器と力で世界征服」
「即答かよオイ。ってか脳筋すぎだろもうちょっとなんかねえのかよ」
「…いやまあ、世界征服は冗談だけど」
「じゃないと困るわ…」
盛大に突っ込まれて、アイクが発していた割と真剣な雰囲気は空の彼方へ吹っ飛んでいってしまった。今頃あの大きな月の上でスヤスヤ眠っている頃だろう。
「…まあ、純粋な力…腕力とか武力とかが欲しいってのは事実だよ。…とある事情で今までそういう類のものが全く手に入らない環境にいたからね。その反動、みたいな」
「…そーかよ。…んじゃま、その夢にお前さんが届くように、しっかり面倒見てやるよ。…そういや嬢ちゃん、主神様からの戒め喰らってるみたいだけど、どうしたんだそれ?」
「…戒め…?」
戒め、戒めか。…ああ、デスペナルティのことだろうか。
なるほど、ペナルティと銘打っているが確かに戒めのようなものかもしれない。しかし、主神様からの戒めだったとは…そういえば、この世界に来てからずっと胸の奥に鼓動している暖かい雰囲気が、先ほどから心なしか怒っているような気配がする。…ごめんなさい、雷神さま。
謝ったら、ちょっとだけ許してくれたような気がした。
…それはそれとして、デスペナルティはしっかり残ってるけど。
「まあ、さっきちょっと外に出て戦ってみようと思ったら、思いっきり狼に返り討ちにされて…」
「…オイオイ、嬢ちゃん。お前さんまだレベル1だろ?夜の外はまだ危険すぎるぞ…」
「一撃入れたんだけど相手の体力は全く削れてなくて…そのままガブリと」
「そのレベルで一撃入れられたのはすげえとは思うが、体は大切にしやがれ。お前達旅人はいくらでも蘇生できるとはいえ、見ているこっちは割とキツい」
「…う、気をつける」
確かに、ゲームだから、と軽々しく死んでもいいと考えるのはダメだ。
私たちにとってはゲームだとしても、彼らは確かにこの電子の世界で息づいていて、私たちはそこにお邪魔しているのだから、死を軽んじることは、彼らの世界を軽んじることになる。…それは、彼らにとって無礼な行為だ。…そのための、戒めなんだろうか。
「んじゃま、わかったところで…戦闘訓練、はじめっか!」
「おー!」
立ち上がって彼は、肩にその長大な豪剣を担いで告げる。
その彼に対し、私もまた彼の武器に比べてみれば随分貧弱なメイスを構えて応じるのだった。…私も早く、あれくらい大きな武器を持てるようになりたいな…
彼が、くいくいと手招きする。
「お前さんの方から打ってこい。こっちは防御に徹するが、たまに反撃するからな。その都度対応すること」
「…うん!」
彼が余裕を持った姿勢で構えるのを見て、私も自分の内部に意識を集中する。
闘気は、臍の下あたりの丹田にたまっているというようなイメージだ。…ちょっとあれな言い方だけど、子宮のあたり。それを手繰り寄せて、練って、纏う。私の考えだと、闘気はおそらく魔力——MPの変質した形だ。だからなんだって話だけれど、イメージできる材料は多ければ多いほどいい。そうしていけば、薄くだけれど私の体が金色のような、銀色のようなオーラを纏い始める。
…せっかくあっちは受けに回ってくれているんだから、初っ端から飛ばしていこうか。
まだ不慣れな闘気の操作で、だけど最大限までメイスを持つ両の手に集中する。視界の端のMPゲージが半分ほどまで削れて…後のこともあるし、これくらいでいいか。
アイクはまだまだ余裕の表情だ。
まあ、たかだかレベル1の全力なんてそんなものだろうけど。…その余裕の表情、ちょっとでも崩してやりたい!
「…ほっ」
地面を蹴って、駆け出す。
ぐんぐん縮まる彼我の距離に、精神が高揚していくのがわかる。
「アーツ…」
メイスを最大限振りかぶって、足から腰、胴、腕と、力を伝達させる。
これまでの人生で、やったことがない動き。やりたかったけど、できなくて。でもイメージだけは何回もしてきた、最大限の力でぶっ叩くための動作。
「…《重撃》ィ!」
ガァァンと、私のメイスとアイクの大剣の腹がぶつかり合って、音の波が鼓膜をぶっ叩いた。煩わしいほど大きな音だけど、今はそれすら心地いい。
アイクは私の全力を真正面から受け止めて、しかしその場から全く動いていない。
私のメイスの重さは6kgはある。調べた限り、現実世界でのメイスの重さは大体2kgほどで、その3倍だ。単純に持つだけならともかく振り回すともなれば相当な筋力を要するこれを、しかし私はゲーム内の現実を超越するほどの筋力で振り回して、なおもアイクは倒れない。…すごいことだ。え?アイクの大剣の重さ?…彼の大剣は、多分80kgくらいあんじゃないかな…
完全に受けに回っている彼に、構わず連撃を叩き込む。
時に愚直に真正面から、少しずらして側面から。大きく回り込んで背後をとるべく動いて、時にはフェイントも交えて攻撃しているのに、彼は全くその場から動かずに対応している。そんな彼に攻撃を叩き込むごとに、私自身の動きが洗練されていくのがわかる。
攻撃を、途切れさせるな。相手の動きを全て視界に収めろ。動き出しを制せ。
——もっとはやく、——もっと強く、——もっと大きく、——もっと、もっと!!
意識が漂白されそうなほど高揚した中で、ふと、胸の鼓動がドクンと大きく鳴り響いた。
視線を上げて見れば、視界の端に映るMPバーがもう尽きかけている。
…これで、終わり?
…そんなのは、いやだ。——いやだ!!
《一定以上の激情を感知しました》
《MP値、HP値参照——HP値より必要分の魔力を抽出します》
《抽出完了——スキル〈竜化Lv.1〉を起動します》
『…我の力を望むか。…これも契約、存分に振え』
《竜化——雷神眷属:雷龍》
◆ ◆ ◆
その女旅人を最初に見た時には、賢そうな目を持った少女という印象だった。
話してみればその通りで、礼儀正しく、理解も早く、それでいていい具合に相槌を打ってくるものだから、他の色々と残念な旅人どもに比べると、随分教えるのが楽で楽しかった。銀髪に青色の綺麗な角はよく映えていて、オレンジ色の少し冷たい目の色も相まって、独特の雰囲気を持っている、でも親しみの持てる少女だった。
…彼女が一発で闘気を纏った時は、随分な逸材がいたもんだと驚いた。…まあ俺も習得したのは教えられてすぐだったけどな!
とはいえそんな小柄でクールな雰囲気の少女の口から、『鈍器と力で世界征服』なんて言葉が出てきたもんだから、なんの冗談かと思ったもんだ。…残念ながら、半分は冗談じゃなかったようだが。
少女はその小柄な体に似合わず、鈍器をはじめとした重武器を使いたいと言っていた。…まあ、旅人は体に合わない武器を振るう奴も多くいるが、これほどアンバランスな組み合わせは彼女が龍人とのハーフとはいえ初めてで…しかしどうにも少女がメイスを担いだ姿は、なんというか、様になっていた。
…これは近い将来、大物になるに違いないと確信して、少しワクワクしながら色々教えてやって、少女にかかっていた主神様の戒めが消えたあたりで、やっとこさ戦闘訓練に入ることになった。
初っ端でアーツも載せてかまして来やがった時には、なんて思い切りのいい奴だとますます楽しくなった。正面から受け止めてみれば、教えたばかりとは思えないレベルで練られた闘気も相まって、腕が少し痺れたほどだ。
…でも、本当に凄まじいのはその後からだった。
最初はぎこちなかったメイスの扱いも、どんどん洗練されていって。
生来の賢さから来るだろうフェイントや攻撃の組み立て方は鋭かったが、真に驚愕したのは、少女の攻撃の繋ぎ目の無さと先読みの力だった。
こちらが力を抑えていたとはいえ、未だに反撃ができていない。
…それも、彼女の攻撃の繋ぎ目がない故だった。最初は一撃一撃にこだわっていたが徐々に威力はそのまま、攻撃の終わりを次の攻撃の初めにするようになってきやがった。空ぶった勢いをそのままに、弾かれた勢いをそのままに、攻撃を叩き込んで、自分のペースを押し付ける。
一撃一撃が鈍器ならではの重さで、それが繋ぎ目なく飛んでくるのだからたまらない。
レベル差があるから余裕で持ち堪えられはするが、同レベルだったら今頃どうなっていることか、想像したくもない。
加えて、こちらがそろそろ強引にでも反撃に出ようと思うと、その機先を制すようにメイスが飛んでくる。最初は偶然かと思ったが、どうもそういう類ではないらしい。
無意識か意識的は知らないが、こちらの初動をことごとく潰される。
恐るべき戦闘勘。ある事情で力を振るったことがないと言っていたが、こんなものを見てしまうとまるで、主神様のような人智を超えた何かがこの恐ろしくも美しいこの才能を、世に出さないように独り占めにしていたのではないかというようにすら、感じてしまう。
でもまあ、レベル1はレベル1。
もっと力を込めれば、反撃には出れる。向こうもそろそろ魔力が尽きかける頃だろうし、反撃が来た時の対処も学ばせないといけないから、動き出そうとして。
ぐわりと膨れ上がった少女の闘気に、無理やり力を込めて少女を弾き飛ばした。
「おい!お前その闘気の使い方は体力削ってんだろ!止めろ!」
しかしその闘気は留まるところを知らずになおも膨れ上がっていく。
…これは、いや、まさか。
魔力が、若干変質していやがる。
「竜化かよ…!?」
竜化。
それは、龍人とそれに連なる系譜の種族が持つ固有のスキルだ。似たようなスキルは、獣人にも、エルフやドワーフの亜人にも、魔族にだってあるけれど。
龍人の竜化は、数あるそれらの中で最も発動しづらく、最も制約が多くて……そして最も強力だ。
龍人の中には一生を竜化・龍化を発動せずに終わる奴もザラだと聞くし、それだけこの竜化は難しい。…それを、今、なんたってこんなところで。…まさか戦いが楽しすぎてプッツンしたとか言わねえよな?それじゃ戦闘狂すぎて笑えねえぜ…
ぐわりと魔力の霧が晴れて、土埃と共に少女が姿を現す。
背には竜の翼が生えて、体の一部を鱗が覆う。こちらを見据える瞳孔は縦長で、爬虫類のそれを思わせるその眼には、とても理性が宿っているようには見えなかった。
龍人の竜化や獣人の獣化なんかは、何も体全部が龍や獣に変化するわけではなく、出てくる特徴が多くなるだけだ。それだけの違いでも、振るう力は何倍にも膨れ上がる。これは、そんな力だ。
…そんでもって、初めて発動した時なんかは大抵、理性が吹っ飛んで収拾がつかなくなる。俺も初めて獣化した時は暴れ回って、そん時の師匠にぶん殴られて正気に戻ったもんだぜ。
「ったく、本当に世話の焼ける嬢ちゃんだな…いいぜ、相手してやるよ!」
こいつはちょっくら本気を出して眠らせないと無理そうだ。
紫電を纏ったその少女は、メイスをその竜の圧倒的な膂力で持って振りかぶりながら、翼で加速しつつ襲いかかってくる。
その勇ましく、美しい姿に対して俺も自らの大剣を振りかぶった。
・tips
○化について
正式名称は種族覚醒
人間:〇○覚醒(〇〇には主神の名前が入る)
龍人/人間:竜化(主神の属性に応じた龍をモデルにした変化)
獣人:獣化(元となった動物と主神の属性に応じた変化)
エルフやドワーフ等亜人:霊化(亜人としての性質と主神の属性)
魔人や妖魔族:魔化・妖化(主神としての属性と色々。魔族は個体差が大きい)
あとは精霊/人間と言った龍人/人間に似たような感じの種族もあって、そいつらは精霊化と言う種族覚醒をします。
『EIL』のサービス開始はだいたい半年前(つまりリアルで二ヶ月前)。
今現在最前線の攻略組は五つ目の街まで開放しているそうですよ?
もうそろそろ、新しく入ってきた新規ユーザーのために大規模なイベントが開かれるとか開かれないとか。