閑話 夏の日の。
ニナちゃんが弟くんの野球応援する話。本編には全く関係ありません。
描きたくなったから書いた、それだけです。時系列的にはソリッドロック岩石地帯に出かける前くらい。
「よし!行くぞー!!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
幼なくはあるが、それでもしっかりと芯の通った可憐な声が響いた後に、その何倍も大きな、それでいて先ほどの可憐な声とは似ても似つかぬ野太い声がスタンドを揺らした。
グラウンドの土の上で、別なユニフォームを着た各々二十名が審判の合図で帽子を取って頭を下げて、元気な挨拶の声が響き渡る。
「礼!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
都内、某球場。
晴れ渡る青々とした空の下。
土と芝生、白線のコントラストが鮮やかなダイヤモンドの上で。今年のリトルシニア関東連盟夏季大会の、東関東Aブロック決勝が、今ここに開幕した。
両チームともに注目選手が所属しているだけあって、スタンドはほどほどに埋まっている。よく見回してみれば、選手を視察しにきたであろう強豪高校のスカウトがちらほら見えるし、中には多分プロ野球のスカウトなんかも来ているようだった。
しかし、観客たちがまず注目したのは、グラウンドで簡単なキャッチボールで体を温め始めた野手たちでもなく、投球練習を始めたピッチャーでもなく、打席の横で素振りを始めた一番打者でもなく。
ほとんどの観客の視線は、選手たちではなく、燦々と日の照りつけるライト側アルプスへと向けられていて。もう少し詳しく言って仕舞えば、その最前で少々丈のあっていない学ランを着て赤い鉢巻を巻き、白手袋をはめて声を張りあげる小さな少女——仁菜へと向けられていた。
「神楽坂リトルシニア、先攻の初回攻撃!打者は秋山くんね!開幕から飛ばしていくよ!準備はいい!?」
「「「「おう!!」」」」
「よーし!じゃあブラバン!『必殺仕事人』と『ラ・マカレナ』!」
元気なその声を合図に、太陽の光を反射してキラキラと光る楽器たちが音楽を奏で始める。
「何あれ」
「あれだろ?神楽坂のとこの名物応援」
「あー、選手の誰かの姉……いや、妹?だっけか」
「あの身長にしちゃ胸デカくね?」
「小さな娘が学ラン着て応援!ギャップ!!いいですね!!!」
「む、また発症したか」
「あっちー……ったく、なんでまたこんな暑い日に試合なんてやんだよ……」
「あんたが自分の後輩が出るから見に行きたいって言い出したんでしょうが」
「むむむ、あそこで応援している人、どこかで見たことがあるような気がしますね……」
「そうなのかい、梨鈴?」
「あの身長、元気なところ、よく通る声……気のせいですかね」
観客の関心はよそに、相手側、錦木ボーイズのピッチャーの七球の投球練習が終わって、神楽坂のリードオフマン、一番秋山が打席に入った。
バットを短めに持ってやや水平に近い形に構える、塁に出ることが仕事の彼の編み出した、バットの始動が早くなる構え方。
初球。相手の投手がおおきく振りかぶって放った球は、振り切られたバットの上を通って、構えられた捕手のミットにズドンと収まった。一つ頷いた錦木ボーイズの捕手が、ピッチャーへとボールを投げ返す。
「はっや……」
「140km!?本当に中学生かよ、あのピッチャー……」
「こらこら!そんなんで盛り下がんないのー!バット振れてるよ、秋山くん!!」
電光掲示板に表示された『140』という数字を見て、スタンドにどよめきが広がる。
相手側のピッチャーの名前は鏑木。最速145kmの伸びのある速球と、曲がり幅の大きいキレのあるスライダーが持ち味の、大会最注目の選手の一人。これまでの試合で打たれたヒットの数はたったの5本、取られた点数は圧巻の『0』。完全なる錦木ボーイズのエースピッチャーだった。
しかし、神楽坂リトルシニアの一番打者秋山も負けてはいない。
まだ試合が始まったばかりで、相手のエースもコントロールがまだ定まりきっていない段階。それが隙だと言わんばかりに、秋山は執拗に直球に喰らい付いて、ボールカウントを増やしていく。そして。
「やった!フォアボール!」
「やるなぁ」
「これでノーアウト一塁…なんとか立ち上がり捉えて点数とっておきたいな……」
しかし、その願い虚しく、神楽坂の二番、三番のバッターが続々と三振とボテボテのサードゴロに打ち取られた。
一塁走者だった秋山は三番のサードゴロの間に二塁までは進んだものの、完全に鏑木が調子を出し初めて、流れは向こう側。
しかし、神楽坂の次の打者は、大会注目の四番、戦部幸隆。
「きた……幸隆!」
「姐さん!応援歌は!」
「あ、うん。……よし出し惜しみなしって言ったからね。チャンスだし、『突撃のテーマ』!」
瞬間、ライト側アルプスから軽快で勇ましい吹奏楽が流れ出した。
音楽を聴いたものも、自然と体を揺らしたくなるような勇ましい音楽。
二死二塁、打席に立ってバットを構える神楽坂の四番は、声を張り上げ応援する仁菜の弟の、幸隆。
初球。ピッチャーから投げられた球は、目の覚めるような直球——ではなく、中途でガクンと曲がる変化球だった。しかし、そこは四番打者。天性の読みと直感で、初級は変化球だろうということはしっかりと読んでいて——しかし、結果は空振り。
「スライダー……!」
「惜しい!タイミングは合ってる!」
「でも、それで空振りってことはそれだけキレがあるってことだよな……」
その後、ストライク先行の形になり勢いに乗ったピッチャーの投球によって、幸隆は追い込まれた。
カウント2-2。投げられた球は、ストレート。
「ぐ……あ、空振り……」
「…ね、姐さん!元気出してくだせえ!まだ初回です!」
「そうです姐さん!あと、しっかり水分は摂ってください!あんたに倒れられたらうちの大黒柱も気が気じゃないでしょうから!」
「…そだね。よーし、気を取り直して頑張っていくぞー!!」
一回裏の守り。
神楽坂のピッチャーは、こちらも背番号1の左腕エース、乾 海斗。
ストレートの球速は最速125kmと平凡だが、武器はキレのあるスライダー、落ち幅の大きいドロップカーブ、打者の手元で鋭く沈むスプリット。そして決め球に急速差20kmのチェンジアップ。変化球主体の、幸隆とこの三年間共にバッテリーを組んで成長してきた好投手だ。
錦木の一番打者は、粘り強くゴロを飛ばし、俊足を生かして塁に出ることができる打者。
しかし、それもバットに当たらなければ意味のないこと。
乾の投げたストレートを相手打者がファールにして、カウント1-2。放られた球は、決め球のチェンジアップ。完全にタイミングを崩された相手の一番打者が降ったバットが、虚しく空を切った。
「よし!三振!どんどんいけー!」
その後、二番、三番と順調に打ち取っていき、一回裏の守りは終了。
神楽坂のピッチャー乾は、前述したとおり多彩な変化球が持ち味のピッチャーだが、それを最大限引き出し、活かすのは捕手の仕事である。
多彩な変化球も、キャッチャーの取り方が悪ければボール判定になるし、単純な配球だと容赦なく打たれる。投手と捕手の息が合わないと、やはり満足な結果は得られない。
今こうして淡々と投げているように見えても、その裏には幸隆の巧みなリードと、長年の二人の経験の積み重ねと篤い信頼があったのだった。
しかし、その後の試合は平行線を辿り始めた。
神楽坂の方は、一回に秋山が四球で塁に出たきり、打線は沈黙。ポロポロと思い出したように塁に出ることはあっても、錦木の投手にほとんど完璧に抑えられて、苦しい状況が続く。
対して錦木の方も、乾の変化球に対応して、何度か塁にランナーを置くことはあっても、幸隆の巧みなリードもあって、後一本がなかなか出ずに、どちらのスコアボードにも0が並んでいく。
完全な投手戦にもつれ込み、そのままずるずると回の数字だけが増えていった。
そして、試合が動いたのは7回のこと。
——7回の、その裏。錦木ボーイズの攻撃でのことだった。
一番打者から始まったその回は、その一番がきっちりと仕事を果たし、レフトの頭上を超える二塁打でいきなり無死二塁とした。
そして、続く二番は三振に打ち取るも、その次の三番は内野手のエラーで出塁され、その後の四番には四球を許してしまった。
「ワンアウト……満塁…」
次の五番は、錦木ボーイズのエースナンバーを背負う、この試合でも好投を続けてきた鏑木。
投じられた、初球のことだった。ピッチャーの手からボールが離れてすぐ、幸隆がマスクの奥でわずかに目を見張った。
他の人が見えたかはわからないけれど、自らの弟の姿をじっと見続けていた仁菜にだけは、その姿が嫌にはっきりと見えた。
ボールの軌道に、バットが重なる。
きいんという、ひどく耳に残る音を残して、白球は空に舞い上がった。
伸びていく打球を、レフトが後ろ向きに全力で追いかける。仁菜には、ただ「スタンドには入らないでくれ」と願うことしかできなかった。
無情にも伸び続けた打球は、レフトの頭上を軽々超え——外野フェンスの上段にあたって跳ね返った。
スタンドには入らなかったけれど、それでも大量に点が入ることには変わりない。
一人、二人、三人と帰って、打った鏑木は二塁ベースに悠々と到達し、中継の内野手にボールが返ってくるのを見届けた後、沸き立つ錦木ボーイズのベンチに向かって勢いよく拳を振り上げた。
「くそ…あの状況であんな棒球投げたらダメだろ……」
応援席のどこからかそんな声が聞こえてくる。
(……いや、違う)
「サインミス……」
「え?」
投げた瞬間に、幸隆が目を見開いたのは、乾が投げたボールが自身が要求したものと違ったからだろう。
長年バッテリーを組んできた彼らにあってはならないような、致命的なバッテリーミス。
大きな舞台でこうした重大な過失が起こることはままあるけれど、何も別に今じゃなくていいじゃないか、なんて思うけれど、起こったことはもう変えられない。
その後の錦木の六番と七番は、ピッチャー乾の気迫の投球によって抑え込んで、7回の裏の守りは終わった。
そのすぐ後の8回表の神楽坂リトルシニアの攻撃も不発に終わり、いよいよ後がなくなる。
8回の裏は、神楽坂のピッチャーが変わり、乾から別の三年生へとバトンが渡される。コントロールは荒いが、140前半の勢いのあるストレートが武器のピッチャー。
8番を三振に仕留め、続く9番に四球を許したものの、1、2番ときっちり打ち取って、舞台は9回の攻撃へと移る。
ビハインドは三点、神楽坂は8番からの攻撃。
幸隆まで打順が回るには、少なくとも三人はランナーを出さなければいけない。
投げるピッチャーはそのまま鏑木。神楽坂リトルシニアの8番に座る2年生が打席に立った。
「く…ここまでなのか」
「あ、こらー!弱気にならないの!」
「う、すいません姐さん」
「うん。……さぁ!ここで逆転するよ!そのためには私たちの応援が不可欠なの!ってことで……ブラバン!『アフリカン・シンフォニー』!」
トランペットの音色とドラムのリズムがスタンドに響き渡って、選手たちの奮起を促す。
背中を押されるようにして打席に入った8番打者。バットを大きく構え、さぞかし打つ気満々というように見える。
錦木の投手の鏑木ももう100球を超えるし、息が上がってきているようだった。
鏑木が変わらずおおきく振りかぶって、第一球を投じると、その瞬間、8番打者がバットを水平に倒した。
「バント!上手い!」
コツンと音を立てて転がった打球は、塁線上を点々と転がり、虚をつかれた三塁手がボールを掴んだ頃には、すでにバントを決めた8番打者は一塁に到達していた。
これで、ノーアウト一塁。反撃のチャンスが回ってきた……と考えた仁菜の耳に、ズドン!という大きな音が聞こえてきた。
「ストライク!バッターアウト!」
「……え」
三振……?
まだ20秒も経っていない。そんなふうに思うけれど、9番がストレートを空振りして打席を終えたのは事実だった。これで、1アウト。
……でも、次は今日2回塁に出ている、絶好調の一番秋山だ。
「うん、みんな!『必殺仕事人』!」
トランペットの高音が伸びやかに響き渡って、その一番秋山はバッターボックスに脱力した構えで立つ。
初球、ボール。二球目、ファール、三球目、ファール、四球目、ボール。
そして、五球目。鏑木も疲れ始めたのか、ややコントロールが甘くなり出して。
その矢先の、甘く入ってきた変化球を、秋山はきっちり捉えてセンターの前に運んだ。1アウト一、二塁。
続く2番の、初球。
「あっ!?」
「デッドボール!」
汗で滑ったか、握力が無くなり出した故か。指にしっかりとかからずに抜けたボールが2番の脇腹に直撃して、デッドボール。
諸に直撃したためか、次の打者が抱え起こしにいくものの、件の2番は自力で立ち上がり、白い歯を見せて笑って、そのまま一塁へと走っていった。……1アウト、満塁。長打が出れば同点。一発出れば逆転。
錦木ボーイズの内野陣とベンチからの伝令がマウンドに集まって、議論を始めた。
おそらく、ピッチャーを変えるかどうかだろう。
しかし、長く続くと思われたその時間は、あっという間に打ち切られた。白球を握りしめる鏑木が、決意の籠った目で、一言二言口をひらく。
それを見た他の錦木ボーイズの面々がポカンと呆気に取られたような顔を見せた後、相好を崩して笑い合う。バシバシと注意を引く背中を叩かれた鏑木も険しかった顔を綻ばせる。鏑木以外の面々が元の場所に戻れば、マウンドの上にはとてつもない気迫を漂わせる鏑木だけが残された。
ボールを握って、グローブと共に胸の前に持ってくる。
睨みつけるは、神楽坂リトルシニアの3番バッター。
初球。投じられたボールは、グン、という効果音がつきそうなほどに変化し、キャッチャーのミットに収まった。バットを繰り出していた打者は当然空振りで、完全に体制を崩された故か尻餅をつく。
続く第二球目、今度はストレート。もうすでに限界も近いだろうに、今日一番に近い出来のそれに対して、3番打者は大きく踏み込んでバットを繰り出した。
がきん、と鈍い音を立てて、ボールが空に舞い上がり……
「……ぐ、ダメか…」
結果はサードフライ。ランナーも動くことができず、ただ悪戯にアウトカウントを一つ増やすだけの結果にとどまった。
これでツーアウト満塁。迎えるバッターは、四番。
『バッター、四番、戦部 幸隆くん』
アナウンスの声も、いつもと変わらないだろう声音なのに、どこか高揚しているようにも感じられた。
「ここ、いくよ!!『You are スラッガー』!!」
勇ましい音楽を背景に、幸隆がバッターボックスに入って、バットを構える。
(む、あいつ……)
心なしか、顔色が悪いようにも見える。いや、当然か。こんな大舞台、緊張しない方がおかしい、と仁菜は考える。
初球、変化球。
完全に始動の遅れてしまった幸隆は、バットを動かすこともできずに見送ってしまい、審判がストライクのコールをした。
そのまま、二球目のボールも見送って、これは運良くボール。しかし、その後の三球目はストレートで手が出ずにストライクだった。
……むむむ。
「あのやろ…ガチガチじゃねえか……。ん?ね、姐さん、何を?」
「スゥ…」
息を大きく吸い込んで口をひらく。
「ゆーきーたーかー!」
大声で呼びかけてみれば、幸孝がこちらを向く。
それ以上、何かを言うことはない。ぐっと親指を立てて、笑顔を彼の方へ向けた。
フッと笑った幸隆は、視線を仁菜から外し、再びバットを構えた。
先ほどまでの余計に力の入った状態とは違う、リラックスした体勢。
((ここで決める))
幸隆と、鏑木の思考がリンクした。
鏑木が、大きく振りかぶる。
投げられた球は、内角低め、ストレート。
文句なしの、今日一番。150にも届くのではないかという豪速球。
迎え撃つのは、幸隆の一振り。
きいん、と言う澄んだ音ひとつ残して、白球が太陽の方向へと飛び上がった。
夏の、雲ひとつない空に打ち上がった打球は、そのままぐんぐんと高度を下げていき、やがて。
大歓声の元、幸孝がダイヤモンドを周り切って、ホームベースを踏み締めた。
◆ ◆ ◆
「ナイスバッティング!」
「……おう」
「なんだよー、もっとテンション上げてかないと!」
「こんな往来で抱きつくなよ…あと多分汗臭い」
「気にしないからいーの!」
「俺が気にするんだよ……」
別に試合が終わった後に着替えているのだから、多少の汗の匂いはあれど別にそこまで気にするものでもないさ。それよりも、褒めてあげるほうが大事だもん。
周りを見てみても、たくさんの選手が身内に祝福されたりしてるんだし、別に目立つものでも……あれ、結構見られてる。
……流石に恥ずかしかったので、抱きつくのはやめてあげることにした。
「全く、恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」
「ねーちゃんはもっと恥じらいを持てよ」
そんないつも通りの調子の返事。もうちょっと照れたりしてくれた方が可愛いのになー。
周りでは、私たちと同じように神楽坂ナインの面々が全国大会出場を決めたことへの祝福を受けているようだった。
「おう、秋山!大活躍だったじゃねえか!」
「あ!大輝先輩、見にきてくれてたんスね!柏尾先輩に倉良先輩、山村先輩も!」
「凄かったじゃない、立派に勝利に貢献してたわ。私はあんまり詳しくないけれど、すごいと思う」
「そうだね。誇っていいことだと思うよ」
「あなた普段は結構お調子者と言いますか、うざったいと言いますか、ともかくそんな感じなのに。あんなに冷静に戦う姿は、結構カッコよかったと思いますよ」
「ありがとうございますっス、山村先輩……げ」
「……(ニコッ)」
一番バッターだった秋山くんの周りに集まる、高校生くらいの四人組。四人揃って後輩をいじったり祝福したりしているようだった。
……あ、背がちっちゃい大人しそうなこと目があった。なんだろ、すごい見てくる……とりあえず手を振り返してみようかな。……あ、目を逸らされた。
「海斗!すごかったね!」
「あ、麗亜姉さん。それに、影山さんも」
「ああ、ナイスピッチングだったな、海斗」
「お姉ちゃんびっくりしちゃった。いいもの見れたよー!創作意欲が湧いてくるね!」
「姉ちゃんなんでも創作意欲に結びつけるよね……」
「これからも精進していけ」
「ありがとうございます!影山さん!」
試合の先発を務めた乾くんが、大人の男女に褒められていたり。
……あれ、なんか女の人の方が目を爛々と光らせてこっちにすごい勢いで向かってくる……と、思いきや、そばにいた男の人に止められていた。なんだろ、見たことない人たちなのに見たことある感じがするな……
「ちょっと!ちょっとだけでいいですから!」
「お前の場合服を作り出して無理やり押し付けるまで止まらんだろう……」
「普段はいい人なのに突然こんなふうに豹変するのどうにかしてくれないかなこの姉……」
試合後はみんなとても幸せそうで、賑やかだった。
「戦部」
「…ん」
苗字を呼ばれて二人揃って振り返ってみれば、そこにいたのは錦木ボーイズのエース、鏑木くんだった。…私はお暇しといた方がいいかな。
そのあとは、存外あっさりとしたものだった。
一言二言言葉を交わして、ガッチリと握手をしてから鏑木はさっていった。その顔は晴れやかだったし、悔いはなさそうだった。どうせ高校でも野球は続けるんだろうし、これからまた会う機会もあるだろうね。
話が終わったあたりで、私も幸隆のところに戻る。
「おねーちゃんの激励は、効きましたか?」
「……ああ、効いた。ちょー利いた」
「うんうん、それはよかったよ」
素直な子は嫌いじゃないさ。
さて、じゃあ今日は、祝勝にステーキでも焼きますかね!
そんなことを考えながら、私たちは帰路についた。
今更だけど、なんでこのタイミングで野球の閑話なんて書いたのだろうか……
ちなみに作者の好きな高校野球の応援は大阪桐蔭のやつと慶應義塾のやつです。
どっちも気分が高まるので大好きです。
仁菜ちゃんは今回部員たちの超超過保護な監視と体調管理、日射管理等のお世話のもと応援してました。なので熱中症とかの心配はありません。
・一応人物関係
・乾 海斗くん
幸隆くんの同級生。社会人のお姉さん一人を持ち、近所のカフェのマスターで、お姉さんの恋人の男の人が試合を見にきていた。お察しだが、麗亜さんはどこぞの二重人格で、影山さんはどこぞの最前線マン。
・秋山くん
典型的仲良し幼馴染高校生四人組の、典型的『っス』口調後輩。チームのムードメーカーだけど、試合だと冷静沈着。
こいつらは多分もう出てこない……はず。




