第二十三鎚 呪われた石人形
昨日ちらっとランキングを見てみたら、一瞬VRゲームジャンルの日刊ランキングの1位になってました。ありがとうございます!!
新年度が始まって、色々と忙しくなってきまして。投稿が隔日、あるいは二日開けて行われることも度々出て来るかもしれません。
その分1話1話の完成度を上げられるといいですね。
ストーンゴーレム。
ソリッドロック岩石地帯と、ゼニス大山南西エリアに多く出現する、全身が岩石で形作られた人に似た形の異形のモンスター。主に魔法攻撃と斬撃・刺突系統の攻撃に対して高い耐性を持ち、同時に高い防御力と攻撃力、体力を持った、基本フィジカルタイプのモンスターだ。
反面、遠距離攻撃の手段にやや乏しく、鈍足で動きが大ぶりなんていう弱点はあるものの、その高威力の攻撃当たれば、私などワンパンで消し飛ばされる運命が見えている。
……まあ、先ほど『こいつは鈍足で動きが鈍い』なんて言ったけど、それはあくまで同レベル帯に限った話なんだよね。あいつのレベルは40……黒もやの強化のせいで今は48になっているし、ついでに言えばそれ以上の何かしらの強化もかかっているようにも見えるし。
まあ、つまりだ。そのくらいのレベル帯でのろま、ということでも、レベル27の今の私からすると……
「うにゃっ!?……く、ちょっと掠った…やば、HP半分削れた……」
避けるのがギリギリになる程度には、素早い敵ということになってしまう。
今は基本アドラさんが正面張って抑えてくれているけれど、タイマンなら無理だねこれ……竜化を使わない限り、だろうけど。
どうしよっかなー、竜化。最近使ってないし、あのスキルまだレベル3のままなんだよね……
というか、最後に発動したのはゴブジェネの時だし、結構前だ。うーむ。この後想定される戦闘は、地龍とのやつかなー……そもそも戦うと決まったわけじゃないけどねー。
ゴーレムから距離を取ったところで、そんなふうにどうでもいいことに思考を割いていたからだろうか。
ゴーレムは常に視界に収めていたけれど、どうせこいつには遠距離攻撃はないし、じっくり回復でもしようかな、なんてちょっとだけ視線を手元のUIウィンドウに向けてしまって。
だから、それに気付くのが致命的に遅れた。
「っ!おいニナ、避けろ!」
「え?……うわ!?」
視界に真っ黒の影が走って、なんとか顔面とかへの直撃は避けはしたものの、ゴーレムから放たれたその謎の攻撃は、私の右肩をしっかりと抉ってから背後の岩に直撃して霧散した。
避けた衝撃で取り出していたポーションを取り落としてしまった。勿体無いとは思うけど、まずは現状の確認だ。
……HPは、問題はなし。いや、謎の攻撃の前のゴーレムの腕を叩きつける攻撃が掠っていたせいで元々半分には減っていたんだけど、そこからあまり削れていない……具体的には、まだ4割ほど残っているという状況。
ほとんど減っていない。よくわからない攻撃だったけど、これだけなら拍子抜けもいいところだ……っ!?
「んぐっ……!?」
「ニナ!?どうした!」
「グォォ!」
「チッ……たかがストーンゴーレムの癖して…なんとまあお強いことだなぁ!ッラァ!!」
「……ガ…」
攻撃を喰らってから少し経ってからだった。
唐突に呼吸が詰まって、四肢から力が抜けて、踏ん張ろうとしてもあっけなく地面に頽れてしまう。
(なん…これ……)
視界が暗く染まりだす。思考が、纏まらない。
それでも、なんとか、なんとかと、散り散りに散らばって行きたがる思考の尻尾を引っ掴んで、意識を途切れさせはしないとする。
そうして頭脳を酷使させていけば、遅々としてだが自ずと考えは浮かび上がってきた。
(黒……攻撃……)
あれが当たった時、私はゴーレムから距離を取っていて、実際視界の端に映った
(…遠距離攻撃…?なんで……いや)
ゴーレムには、ストーンゴーレムに限らず、直接的な遠距離攻撃はない。ゼニス山脈の北東エリアとブラムダスト砂漠に出現するらしいサンドゴーレム然り、この特徴は今現在確認されている全てのゴーレム系モンスターに該当する弱点の一つだ。
彼らがするものといえば、せいぜいが足を大きく踏み鳴らすことによる振動攻撃。プレイヤーの脚技スキルのアーツのうちの一つである《震脚》と同じく、直接的なダメージを目的としたものではなく、せいぜいが動作妨害の能力しかないようなもののはずだ。
だとしたら、別の要因。
このゴーレムが別の個体と明らかに違う点はただ一つ、自明も自明だ。
(……黒いモヤの影響……だとしたら……)
結論が出る前の、まだまとめている最中の段階だ。……でも、どうせやる動作は変わらない。
私は全くもって動こうとしない腕に鞭を打って、なんとか指先だけを動かしてインベントリの欄を開く。
……下、下…あった。
タップして、目の前に現れたのは、白色のと水色の模様で雅に装飾された小さめの瓶。
聖都で買っておいた、聖水のうちの一つ。
(多分、聖女ちゃんの時と同じ状況……だけど…)
おそらく、私のこのモヤ…呪いへの耐性が低いのか、そもそもの呪いとしての質、あるいは純度が高いのか。
どちらにせよ、私の体で今現在言うことを聞くのは、指の筋肉と眼球を動かす筋肉だけで、だからその瓶に触れて使用することはどうしてもかなわない。
聖女クリムは少なくとも黒ローブから逃げ出すだけの体力は残っていただろうし、その後も自力で聖水を使用していたはずだ。聖女ちゃんだからかな。聖女ちゃん補正。体に聖なる気が溜まってるから……とか。うん、ありそうだねー。
…いや、ちょっと洒落にならないんだけども。
あ、まずい。視界が暗くなってきた……
むに。
むにむに。
「……んむ。……ゆきたかぁ?……あ、あさごはんね…いまおきまぁす……」
「誰だそれ。おらニナ、さっさと起きやがれ」
「……んあ、あれ、あどらさん……。おはようございますぅ」
「おう、こんばんは」
なぜアドラさんが?と思ってみれば、寝る前の記憶が続々と蘇ってきた。
……ああ、結局気を失ってたのか。
まだ気だるさの残る体を起こして周りを見渡してみれば、そこは小さな石造の建物の中という雰囲気で、奥には小さな石像が鎮座していて。それ以外だと、部屋の中には例えば魔石ランプや少しの食料らしきものといったような、細々とした、しかしある程度の日数はここで生活できそうなくらいの量の生活用品が揃っているようだった。
「ここは……」
「7合目の祠の中だ。あたしら愛好会メンバーの仮宿みたいなとこだな」
「7合目…あ、そうだ。あのゴーレムはどうなりました?」
「てめーが聖水取り出したあたりくらいでぶっ潰したよ」
聞けば、あのゴーレム自体は、アドラさんならそれなりの時間をかければ一人でも倒せたらしい。その後に、今にも死にそうになっていた私に無理やり聖水を使ってくれたんだそうな。ありがたやありがたや。
「お前が聖水を出しといてくれたからなんとかなったんだよ。飲ませるのはちと苦労したが」
「…?どうやって飲ませたんですか?」
「口移し」
「………………ふぇ」
「なんか問題あったか?」
「……いえ」
や、まあ……ね?
既婚者のアドラさんが気にしてないならいいや。これは医療行為、これは医療行為。別に意識するようなことでもなんでもな〜い。
…よし。
「さて、あのゴーレムについて色々と話して行きたいところだが…まずはメシだ」
「えと、これから夜ご飯ですか?」
「おう。あたしがとっておきを作ってやるよ」
「え、料理できたんですね」
「主婦舐めてんのか」
主婦……?
だめだ。アドラさんと「主婦」という単語が絶妙に結びつかない……
何はともあれ、今日の晩御飯はアドラさんが作ってくれるんだそうな。
いそいそと部屋の奥の方から大きめの鍋を取り出してきて、手際よく火起こしやら何やらの準備を始め出した。そう言えばそうだよね、アドラさん、フィニーちゃんのお母さんのレーティアさんとおんなじ感じで世界中歩き回ってたんだし、料理の知識くらいあるか。
鍋を火にかけて、水を投入。作る料理はやっぱり鍋料理らしい。まあ、旅の最中の料理と言ったら単純な焼く系の料理か、あるいは鍋料理くらいだよね。
煮立ってきと思ったら、アドラさんは早速何か変なものを投入し出した。
ほんと石ころと同じくらいのサイズの、実際石ころみたいな色をしてる……ちっちゃいけど、カニ?
「え、なんですか、それ?」
「ミニマムロッククラブだ。殻は硬いし身は小さいしで、いいとこなしの毒にも薬にもならねえ奴らだが、出汁は結構取れる。ちなみにこいつら、こんな熱湯でも耐える」
ちゃぽんちゃぽんと音を立てて、煮立つ水底にあっという間に沈んでいった。たまに気泡に押されて水面まで浮かび上がってくるものもあるけど、石ころのような見た目の通り結構重たいらしい。
水底を覗き込んで見れば、確かにアドラさんのいった通りに動き回っているようだった。
「こういった祠の周りにいてな、具体的にはひとの痕跡に集まる小さな虫どもを主食にしてるから、この部屋みたいに食料とかを保管しててもこいつらが勝手に守ってくれるんだ。あたしらにとっての益獣って感じだな。ほら、そこにもいる」
言われて振り向けば、焚き火の灯りでできた私の影の中に、見えずらいけれど確かに小さな蟹らしきものが見えた。
「……おいで?」
「………」
「いや、目の前で同胞が熱湯に入れられてるのにくるわけねえだろ」
「あ、来た」
「来んのかよ」
むふふ、可愛いから君はお鍋に入れないでおいてあげよう。
自分たちという枠組みから外れたものはいくらでも酷使しまくって、それでいて自分の気に入ったものは、その酷使しているものたちとなんら変わり無いのにそれらと違って圧倒的に重宝する。
これも人間のエゴイズム。
手の中で可愛らしく動き回るカニさん可愛いねー。よし、君の名前は今から蟹左衛門三郎だ!ほーら、目の前で君のお仲間がぐつぐつ煮立ってるよー。
…アドラさんにめっちゃ変な目で見られた。
十分に煮立ったら、アドラさんはカニたちを鍋の外に掬い出した。
てくてくと、先ほどまで熱湯の中だったのが嘘のように元気に動き回っている。最強か??
ほーら、君たちもこっちおいでー……って。
「あっつ!!」
「そりゃそうだろ……」
次に入れ始めたのは、祠に保管されたままだった穀物と、アドラさんが街で買っておいたらしい野菜たち。穀物は、ちらりと見た感じはなんだかお米のようだった。この世界、ちゃんとお米とかあるんだね。
ちょっと経ってから、次に入れ始めるのはなんとガーゴイルのお肉たちを入れて蓋を閉じる。
ガーゴイルは、ロック・ボマーやストーンゴーレムと違ってまともな肉を落とす。鶏肉っぽい見た目の、別に球形だったり真っ黒だったりするわけでもない、至って普通のお肉。
いやまあ、ガーゴイルの元々の外観がなんというか、醜い大きな犬?のような悪魔のような感じの胴体に、大きな蝙蝠の羽をつけた感じのそれなので、特別食欲が湧くとかそういうわけでは無いのだけれども。
でもそれは、アドラさんが再び鍋の蓋を取るまでのことだった。
「よし、そろそろだな……そら」
「……おお!」
湯気がもわりと舞って、それが晴れれば美味しそうな鍋の中身が見えた。
ふっくらとして既に雑炊のようになっている、完璧に仕上がったお米のような雑穀類。申し訳程度の彩である白菜や人参・大根っぽい野菜と、そのど真ん中に鎮座するガーゴイルのお肉。
香りたつ匂いも出汁の匂いがして、何もかもが美味しそうだった。
アドラさんが取り出したお皿に私の分と彼女の分を装って、一つのお皿を私の方へ渡してきた。
「いただきまーす!」
「おう、召し上がれ」
「はむはむ……んー!」
まずは雑穀から、というふうに口にしてみたけど、やっぱりお米だった。このカニの出汁、リアルではあんまり口にしたことない感じだけれど、結構甘めな感じかな?お米がその出汁をよく吸っていてめちゃくちゃ美味しい。
では、お次はお肉……いや、野菜かな?
……うん、普通に白菜は白菜だね。人参っぽい野菜は……あれ、大根っぽい感じがする。じゃあ大根っぽい方は……あ、人参だ。そこは普通に見た目通りでよくない??
じゃあ、お待ちかねのお肉だね。
見た目は鶏肉。完全に鶏肉。まあ食べてみればわかるかな。
そう思って口にしてみる。
うん、食感も鶏肉で……ん!
味が鶏肉じゃない!!なんだろ、豚肉と牛肉の中間みたいな味がする。それが甘めの出汁と合わさって結構美味しい……あ、蟹座右衛門三郎、お前も食べる?いらない?そっかー。
「さて、じゃあ本題に入ろうか。昼間のゴーレムのことだが……」
「あ、あの黒いもやについてなら私みたことあります」
「お、そうか。あたしもアイクのやつからそういった噂があるらしいからちょっくら調査してくれって頼まれてな。あたしも素材集めに遠出するつもりだったから引き受けたんだが、見つかってよかった」
アイクさんから?へー。アドラさんもアイクさんも、おんなじアインの街に住んでるしそういうこともあるか。
っていうか、『ア』で始まる名前多くない?
その後、私はアドラさんにツヴァイの街であった出来事を話した。
どうやら聖女襲撃の報はベルグヴェルグの街までは届いていなかったらしい……というか、多分ツヴァイの街の住人も一部しか知らないんじゃないかな。すぐさま揉み消されてそうだし。
「ふーん、黒神が、か?……そいつはどうだろうな……」
「やっぱり引っかかります?」
「そうだな。……ま、その辺のことは任せる。さて、明日も早いしあたしらもさっさと寝んぞ。明日は地龍のやつのすぐ近くまで行くからな。場合によっちゃ殴り合いだ。そうなりゃ逃げ帰るが、どっちにしろ体力は温存しとけや」
「ん、はーい」
焚き火の火を消して、ついている明かりは魔石ランプのごく小さな灯りだけだ。これもじきに、魔石の魔力が切れて消えるだろう。
とりあえず装備品は寝にくいので取り外してインベントリにしまう。代わりに寝袋を取り出して、アドラさんからちょっとだけ離れたところに横になった。
アドラさんも小さめの寝袋に包まって体を横たえていた。
そうそう、さっきアドラさんはちゃんと寝巻きに着替えていた。髪色とは対照的な水色の寝やすそうな生地もので、アドラさんの外見も相待って大層可愛らしかった。
口に出したら怒られそうだから言わなかったけど。
私もメイクレアさんにパジャマ作ってもらおうかな……いや、そんなことで彼女の手を煩わせるのは申し訳ないか。
ちょっとだけ話を切り出してみて、彼女が興味を持っていなさそうだったらNPCショップのものを買おうっと。
寝気が訪れてきて、でも完全に目を閉じ切る前に。
ふと、唐突に気になったことを聞いておく。そういえば、ゴヴニュさんは白神教とその教会関連の人間が嫌いだっていってたな、なんて思いつつ。
「アドラさんって、主神様たちのことってどう思ってます?」
「んん?そうだな…いや、別にあいつらが私たちの生みの親、ってわけでもないから、私は別になんとも。……ただまあ、実際に私をこの世界で生きるようにさせた奴がいるなら、一発ぶん殴った後に、感謝するかな」
「……?そう…ですか……」
この世界に私たちを、つまりは住人を生み出したのは主神たちではない?
てっきりこの世界では、創世神話的なものがあって、人間たちのような生物は白の神に、モンスターは黒の神に生み出されたと解釈していたんだけど、違うのだろうか……
それに、一発ぶん殴った後に感謝するって…行動が……チグハグすぎないですか……
あ、だめだ。お昼、気絶してたからたくさん寝てたのに、もう寝ちゃいそう。
結構重要な話をしてくれてたと思うんだ…けど……
そうして、私の意識は闇に落ちた。
《称号『呪いを受けしもの』を獲得しました》
《称号『解呪に成功せしもの』を獲得しました》
《称号『歴史の真実?』を獲得しました》
・tips
・主神たちと、私たち
彼らふたりは、私たちをいつの間にか治めてくれていたようだった。いつからだったかはわからないけど、そのふたりは暖かな光と、それを際立たせる闇によって、わたしたちに平穏と刺激、発展と復興をもたらしてくれた。
あれで崩れ去ったわたしたちにとって、それは何よりの助けだった——
・口移し
口移しってえっちいよね。作者は時にこれらは普通のせっ……よりもえっちいと感じます。
地球上のあらゆる生物の中で、口元に性的興奮を見出すのは人間だけだと聞きます。まあそういった生きるのに余計なことも人間の繁栄と天敵に怯えることの少ない自然界での安定的な地位の証なんですかね。