第二十二鎚 ハルバード修行
ゼニス大山。
その昔、大地の神がこの世に生まれ落ちた時。彼がそれを自らの象徴とし、自らの眷属たる地龍に守らせたという逸話の残る地。
大量の鉱石資源の眠る、人間にとってはまさしく夢のような地という言葉を体現したその土地には、その成り立ちが逸話の通りであることを示すものがいくつもある。
山の至る所には小さな祠のようなものが、山頂には巨大な神殿と、そこを守護する地龍がいるという。
プレイヤーにとって、割と序盤の方にあるということもあってか、ここを登ってみようとしたプレイヤーは何人もいる。
普通にゲームを進めていくならばこんな街もないような、モンスターが強いだけの場所なんて普通立ち寄らないけど、レベルキャップ到達間近だとか、腕試しがしたいというプレイヤー、単純に好奇心に駆られたプレイヤーがここにくるんだそうな。
そんでもって、その中にはもちろん登頂に成功した人も結構いるらしい。
でも、話はそこまでだ。そのほとんどが地龍に挑みに行ってワンパンされた。数少ないコミュニケーションを試みようとした者たちも失敗してすごすごと下山して、あるいはこっそり神殿に忍び込もうとして地龍に見つかってワンパンされたりと、バリエーションには事欠かない。
ああ、でも。コミュニケーションを取ろうとした話には続きがあるんだってさ。
ネットの情報だと、とある『資格』を持った人が行けば、会話するくらいはしてくれるそうな。実際そのパターンが一人分あって——というか、ジェイドなんだけども。
まあ察するに、彼の持つ『地神の寵児』の称号が効いたんだろうね。私の場合はどうなんだろう?雷神の寵児だけど、お話ししてくれたりするのかなー?
それはそれとして、その『地神の寵児』を持つジェイドでさえ、会話だけで終わった。ここから先は彼に直接聞いたわけではなく、掲示板からの情報だけれど、なんでも地龍から一つの質問を投げかけられたのだそうだ。
曰く、『人とはなにか。人とはどのような存在か』
正直これを聞いた時は、拍子抜けという気分だった。誤解を招かずに言うと、少し失望したかもしれない。
おかしなことだ。
ひとよりも遥かに大きな力を持った生物が、ひとのことを気にする。実に滑稽で、実に無意味なことだ。言葉は悪いが、ばかと言い換えてもいいのかもしれない。
人とは何かなんて、実際人にもわからないんだもの。そんなことを聞いたところでなんになるわけでもなしに、なぜその地龍はそんな質問をするのだろうか。
そして、ジェイドはなんと答えたのだろうか。どう言った回答を受けて、彼の地龍はジェイドを認めなかったのか。……まあ、ジェイドは少し口下手なところもあるし、それが関係しているのかもしれないね。
変に真剣なことを考えてしまったけれど、まあこれも私の今現在の状況からの逃避行なんだよね。
束の間の休憩にと意識を遥彼方へと飛ばしていたが、直後に隣の地面に突き刺さる。流石は地面まで全て岩というだけあって、突き刺さって砕けた魔法もチラリと見た限りでは、くらったらひとたまりもなさそうな岩槍だった。
「おら、気張らねえと死ぬぞ!」
「ひいいいい!」
場所は、ゼニス大山西部登山口から入って、さっき3合目の看板を過ぎたあたりのところ。
「ゴガァァ!」
「やめ……くっ《重突撃》!あ、当たっ……」
「ガァァ!」
「やっぱり効いてない!」
私、ニナちゃん15さい。
現在進行形でアドラさんのハルバードを持ちながら、三体のガーゴイルに追いかけまわされてます。タスケテ。
そんな私の切実な願いなど聞き届けられるはずもなく、ガーゴイル共の猛攻は止む気配もない。
ちくしょう……持ってるのがアドラさんのハルバードだし、いつもと違う感覚で対応しなきゃいけないのが結構辛い!《竜化》は……いや、ダメだ。まだここは山の半分よりも下のところだ。こんなところで全ブッパしてもあとが絶望的になるだけだ。
今持ってるスキルで、なんとか隙を見つけて差し込んでいくしかないかな。
相手の連携はすごくいいけど、多分今前に出てきてるやつが一番連携が拙くて攻め一辺倒になってきてる。そうやって、頭の中を攻めることだけに集中させて、周りが見えなくなってくれれば……!
そんなふうになれと念じていたこともあったのだろう。
件の前衛を張っていたガーゴイルが、他二体の支援攻撃を待たずに逃げ回る私を仕留めるべく大きく突出してきた。
あらら、ありがと。
「……ん…《連撃強化》……ここ!《大回転》!」
「グガッ……!?」
「おう、一体やったじゃねえか。その調子だ!もっと腰使って攻撃放ってけよー」
「スパルタめぇ!」
連続して相手に攻撃を当てるとダメージの上昇するスキルと、タイミングさえ合えば相手に多段ヒットしてくれるアーツ。
今回はそれらがいい感じに噛み合って、一体のガーゴイルを仕留め切ることに成功した。
アドラさんはというと、近くの大岩の上に立ってこちらを観戦していて。ニヤニヤとしながら、時折アドバイスとも野次とも取れないような言葉をかけてくる。
そんな彼女の手には私のハンマーズが握られてます。人質……いや、物質だね。この人でなしめ!!
でも実際、私のハルバードの扱いがだんだん良くなっていくのだから癪にさわる。
同時に『重心操作』のスキルも結構な勢いで上がっていくから、今では結構隙を晒さずに攻撃を繋げることができるようになってきていた。
重心操作のスキルを作ってからかれこれ結構経つけど、その間でこのスキルについてはそれなりに理解が進んだ。
まず、重心操作、という名前の通り、操作できるのは自分の体と装備品の重心。体の動きの支点、と言い換えてもいいかもしれない。そして、その副産物か、重心だけでなく体の体感質量の分布?のようなものもある程度変えられるようだった。
そういうことで、このハルバードの体感質量も私はこのスキルで操作して重心を体の方に持ってきて、体感質量が軽くなるように操作しているから、割と難なく振れている。
操作している、といっても、100kgの武器の重量を全て体に移したから、武器が超軽々振れるけど全く威力が出ないよー!なんてわけではなく、体感質量、と言っているように、あくまで見かけ上の質量が変わるだけだ。
早い話が、私が100kgの武器を重心操作で質量を操作して80kg程度に感じられるようになっていても、その攻撃を受ける物体はちゃんと100kgの武器の攻撃を受けてる、ってことだね。壊れスキルや……
たとえば重い武器を振っている最中に重心の位置を武器の先端に移動すれば、武器の代わりに私の体が振り回されることになる。たとえば重心の位置を限りなく武器の先端から離せば、高威力の攻撃を繰り出すことができる。
たとえば体の質量分布を細かく操作するようなことができるようになれば……それこそ、武器だけにとどまらず、動作の節々で質量分布を調節できれば、圧倒的に素早く、重い攻撃を繰り出せるようになる。
でもそれだけの効果を受ける分、非常に扱いの難しい、微調整の必要なスキルなのだ。ミスると体が武器を中心に宙を舞ったり、その場でバランスを崩して尻餅をついたりする。走ってる途中でミスれば頭を勢いよく地面に叩きつけて地面のシミになることもあるかも……
あの黒ローブたちの時にもぶっつけ本番で使ってたけど、あれはスキルレベルが低かったから雑に使っても大丈夫だったんだよね。スキルレベルが低いと、重心の位置をあまり動かせないし、体の質量の調節できる割合もだいぶ少ない。
今ではもうあのスキルもレベルが4まで上がってきてるから、そんな雑に使ってると色々と大変なことになる。
だから、こうした極限状況下でも最大限の力を発揮できるようにスキルの調整に気を遣いつつ、未だ慣れないハルバードで2体のガーゴイルの魔法攻撃と格闘攻撃を捌く。
くぅ……!本来ならこのゲームで何も考えずに力だけで全てを叩き潰すために頑張ってきたのに、色々と細々とした考えることが多過ぎる……くそう、自分で自分の首を絞めてる。
体がスキルの操作方法を無意識のうちに覚えて無意識のうちに全て操作できるようになってしまえば、楽になれたりするかなぁ。
ともかく、今は目の前の敵の処理だ。
ガーゴイルは、端的に言って仕舞えば石製の鳥である。鳥、と言っても、姿形は醜い悪魔に羽が生えたような見た目だけど。
元々の起源は西洋建築における雨樋の役割をもつ怪物などを模った彫刻で、魔除けの効果もあった……なんていうのは今はどうでもいい話か。
先ほども言ったように、こいつの攻撃手段は遠距離あるいは上空からの魔法攻撃か、突進してからの格闘攻撃である。そう、魔法攻撃。
「こらー!降りてこーい!!」
「ゲギャギャ!*****……『***』!!」
「うひゃ!?……くっそ、2体になった途端に空飛んで魔法攻撃ばっかり飛ばしてきやがってぇ……!」
そうなのだ。こいつら、三体の時は普通に前衛と後衛に分かれて攻撃してきてたのに、2体になってからしばらくして、距離をとって魔法のみで攻撃してくるようになりやがった。これまでの戦闘で私が近距離しか攻撃手段がないことに気づいたんだろうなー……普通に賢いAI積んでる。レベルも32と33だし……私まだ21ぞ??
「そういうことならこっちも……我が親愛なる雷神よ、其の御技でもって我が敵を穿ち滅ぼしたまえ!『ライトニング・レイ』!」
「ゴガァッ!?」
「よし、当たっ……」
「ガァァ!!」
「効いてない?!まさか魔法耐性……く、と、《投擲》!」
「ガッ…」
「あ、おいこらてめえ私のハルバード投げんじゃねえ!」
「ご、ごめんなさーい!」
咄嗟の判断で…許してください……
その後、一体になったガーゴイルを散々に追いかけ回して、なんとか戦闘を終わらせることができた。
倒したのはたったの3体なのに、私のレベルはもう24だ。一体につき1レベル上がった計算になる。流石にあれだけレベル差があるとレベルが上がるのも早いね。
「おし、いい感じだな」
「……はぁ、はぁ。……どこがですか」
「レベル差が10もある奴らを倒せたんだから、上出来だろ」
「いや……そうですけど。というか、アドラさんのハルバードの攻撃力、高くないですか?」
「あん?そりゃそうだろ。120ある……つーか、お前が振れてることの方がおかしいんだけどな。装備条件とかもあったし、クリアしてないとだいぶ重いはずなんだが……」
「あー、まあ、そういうのを軽減する感じのスキルがあるので……」
まじか、『重心操作』。装備条件を満たしてないことによるデバフまで軽減できるのか……地味なんて言ってごめん。めっちゃ強いじゃん……
とりあえず、ハルバードはアドラさんに返しておいた。ぶっ壊したりしてないし、大丈夫なはずだ。私も彼女から2本のハンマーを返してもらったし、これで元通り。
アドラさん曰く、今日はこの山のどこかの祠を借りて一泊するそうだ。具体的には、7合目あたりのアドラさんがこの山に登る時にたまに使ったりしてるやつらしい。
他にも真・重武器愛好会の人たちが使ったりしてるんだって。入ってる人数は少ないけど、結構いろんなところにいるんだな、愛好会の人たち。
それからしばらくトコトコ歩いて、5合目の看板をすぎてからだいたい10分ほど登ったあたりのこと。
それまでは基本アドラさんがメインアタッカーで、私がサポートみたいな感じでやっていて、私もレベルが27まで来て結構ホクホクしてた頃。
なんだか違和感と、少しの寒気と既視感を感じて、辺りを見回してみる。
っと、すぐ近くにあった岩の影から、なんか出てくるね。
最初に出てきたのは大きな岩の手。んー、ゴーレムかな?それも、リトルじゃないおっきい方のやつかなー。アドラさんも気づいてるっぽいし、警告はいらないかな……ん?
姿を現したのは、やはりリトルストーンゴーレムよりも大きい、5mほどあるストーンゴーレムだった。文字通り見上げんばかりのその巨体は、自身が凶悪なモンスターであることを証明していて——でも、今私たちの目を惹きつけたのはその巨体ではなかった。
いや、見ているのはそのゴーレムだけども。一番に目を引いたのは、彼が身体中から迸らせていた、黒色の不気味なオーラ。
聖都で、何度か見かけた。
クリムちゃんの傷口にまとわりついていたものと、あの黒ローブのナイフから出ていたものと同じ、黒紫色のモヤ。
「アドラさん!」
「ああ、わかってる!」
その不気味なゴーレムの頭の上に、モンスターの名前が表示された。
《ストーンゴーレム》 Lv.40(+8)
5400/5400(+1600)
状態:cursed
「私が引きつけっから、てめえは好きに動け!」
「わかりました!」
ゴーレムがその目を不気味に赤く光らせながら、私たちの方へと襲いかかってきた。
・tips
・アドラちゃんのハルバード
〈不屈の大槍斧 愛玲煉夢〉 攻撃値:120 耐久2500/2500 レア度:9
装備条件:STR120,DEX40,TEC40
装備効果:STR+40,DEX+10,AGI+15
特殊スキル:特定の装備者との親和性向上,ATK1.5倍
ドワーフの鍛治師ゴヴニュとその妻、女傑アドラウネが協力して作った大槍斧。
素材集めから鉱石の精錬、合成、武器の鋳造に至るまで協力して作られており、女傑アドラウネが使用するとき、圧倒的な性能を発揮する。
不器用な彼から、不器用な彼女へ。
信頼と親愛、決して違えぬあの日の約束の証。
・重心操作くん
流石にスキルポイント8も使ったんだから、ただ単に重心を動かすだけのスキルだと思ってもらっちゃ困ります。……ってことで、色々性能説明。
まず純粋な性能として、重心操作。
体の動作の最重要要素の一つである重心を操作できる。物理学でいうところの物体の全ての質量が集まる点を操作できるのだから、色々と使い道はある。基本的に、移動された重心から遠い位置の部位は動きが遅めに、近い位置は動きが速くなる。
次に副産物として、体感質量操作。
スキル使用時に、自分で体感できる質量を操作できる。例えば100kg
の物を持ち上げるときに、体感80kgで持ち上げることができる、動かすことができる、など。この100kgのものを投げるときは、80kgのものを投げる感覚で投げられるけど、その物体がぶつかったところは100kg分の衝撃が走る。壊れスキル。
またまた副産物として、ある程度の装備条件無視。
体感質量操作の副産物。通常装備条件を満たしていない物を装備すると、AGIやDEX,TEC,INT等に大幅なデバフがかかるが、それを軽減できる。つおい。
他プレイヤーの持つ創造スキルも概ねこんな感じの結構な壊れがあると思ってくれれば。当然壊れ具合によっては必要スキルポイント、発動時のコスト共に高くなるけど、プレイヤーはそれぞれ自分に合った、ナンバーワンかつオンリーワンな創造スキルを持っている。