第二十一鎚 古ぼけた魔法具店
ちょっと興味が湧いたから。
アドラウネさんが私と行動を共にしようとした理由はそれだけだったらしい。結構気分屋さんなんだなー。
まあ、ともかく。私にも利益のある話だ。彼女の提案を断る理由はないし、ちょうど街でどこにいけばいいのか迷っていたところだし。まあ、彼女は私が断っても無理やり連れていくつもりだったみたいだけど。
「というか、なんで急に街巡りなんて」
「あん?あー、あたしもこの街に来たのは久しぶりだからな、ちょっと古い知人に会いにいくんだよ。お前もついでに会ってけ。それと、この町に来た目的は素材集めと…調査、ってのもあるか。町巡りが終わって昼飯食った後は山登りでもすっかな」
「そうですかー」
調査?ってなんのだろ。
素材集めに関してはもう終わったらしい。このへんで取れる希少な鉱石をとりにきてたんだって。そういえば、アイクがそんなようなことを言ってたような気がしないでもない。
山登り…ってのは、ゼニス大山のことだよね。
あの山は山頂にやべー奴がいるらしいけど、アドラウネさんなら大丈夫だったりするのかな。
私もアドラウネさんとの街巡りが終わったら鉱山の方に行こうっと。あそこもあそこでフィールド扱いらしいんだよね。坑道内は坑道内で外とはまた違ったモンスターが出るんだって。
「サソリ食べます?」
「お、気が利くじゃねえか」
だってさっきからチラチラ見てたじゃん。
鋏の片方をバキッと折って手渡してみれば、片手に持って食べ始めた。うーん、可愛い……肩にハルバード担いでるから違和感がすごいけど。このハルバード2mは優にあるんだよね……
これがあのゴヴニュさんの奥さんかー。あんまり詳しくは聞いてなかったけど、こんなにギャップがすごい人だったなんて。
ギャップがある人ってかっこいいし可愛いよね。
あ。そういえば。
「アドラウネさんって、ゴヴニュさんとどうやって結婚したんですか?」
「そりゃ普通にドカンと結婚式挙げてだが。あと、アドラでいい。私もニナって呼ぶ」
「いえ、そうじゃなくて」
アドラさんか、可愛いあだ名だね。
こつこつと長靴と石の地面とがぶつかる音を聞きながら、アドラの先導で大通りから逸れて路地裏へ入った。
……ん?路地裏?
「馴れ初めとかー…聞きたかったんですけど……」
「んなもん初対面の奴に話すもんじゃねえだろ」
「……しょぼん」
「口で言うなよ……まぁ、プロポーズは向こうからだったとだけ言っておこう」
「おぉ!」
少し意外……?アドラさんは結構勝気な人だけど、それと同時に可愛らしさも兼ね備えている人だし。会ってからまだ時間はたっていないけど、その可愛らしさは私にもわかった。
…いつもは強気な頬を染めて可愛らしく求婚……いや、強気なままに強引に婚姻を結ぶ…うん、どっちも想像できる。
そんでもって、ゴヴニュさんがあの巨体を縮めて健気にプロポーズ、ってのも……うーん、想像しづらい。
「…先に好きになったのは、多分あたしの方だけどな」
「?アドラさん、何か言いました?」
「いや、なんでもねえ……ほら、着いた」
アドラさんが指さしたのは、苔むして罅の入りまくった今にも崩れそうな薄暗い建物……
「え、ここ?」
アドラさんは何も言わずに中に入って行った。
まじでここなんですかそうですか……ええ……
見るからに誰も住んでいなさそうな感じ。廃屋、と言う言葉がよく似合うだろうか。そもそも立地がこの街の居住区画の多分一番空き家が多くて人気がない辺りだし。
……あ、目を凝らしてよく見てみれば、入り口の上になんとなく看板らしきものが見えないこともない。
……お店なのここ??
まあ、いつまでもボケッと外で突っ立っているわけにもいかないので、私は恐る恐るその薄暗い建物の中へと踏み込んでみた。
内部は天井から吊るされた魔石のランプが灯っているだけで、しかしそれでも店内に所狭しと置かれた棚とその上に置かれた薬品のようなものは見ることができた。
アドラさんは、誰もいない店内をぐるりと見まわしたあと、口を開いて店の奥の方へと声をかけた。
「リーリャ、いるかー?」
「………」
「……ああ、ニナ。後ろだ」
「へ?」
うしろ?
言われて、振り向いてみた。
「ばあ♡」
「うにゃぁ!?」
すごく近くにひとの顔があった。
私が慌てて地面を蹴って距離をとってみれば、その人は別に追いかけてくるでもなく、その場でニヤニヤしているだけだった。
薄明かりに照らされて、だけども。
彼女への第一印象は、『すごく綺麗な人』というものだった。
「おいリーリャ、てめえそれやめろって何度言ったらわかるんだ」
「にゃははーアドラちゃん、それは無理ってものさー。そこに隙だらけの人がいたら脅かしたくなる、っていうのが人の性だよ〜。ましてや、同族だもんね⭐︎」
その綺麗な人……リーリャさん?は、セリフの最後で自分の右手で目の横でピースを作りながらウィンクをして、ポーズを決めていた。
なんだか芝居がかったような人だね。
「チッ。ちゃん付けすんじゃねえよ気持ち悪い」
先ほどよりもアドラさんの口調がだいぶ荒い。相性悪いのかな?
っていうか、同族、と言われて気づいたけど、確かに彼女の頭には私のものと同じ……というにはいささかサイズ感に違いのありすぎる、大きな2本の角が生えていた。
それと……瞳孔が縦長だね。私の目は普通の人間の目なので違う……というか、これは私がハーフだからなのかな。
普通の龍人は、ハーフよりも角が大きくて、かつ瞳孔が縦長、と。
「んん〜?あー、ハーフちゃんなのかー。ハーフで竜化までできるっていうのはなかなか珍しいというか、最近よく見かける旅人ってやつかにゃー?」
「あー、はい。旅人のニナって言います」
「うんうん⭐︎礼儀正しい子は嫌いじゃないよー。私は龍人のエストリーリャっていうの。ちょっと事情があってこんな辺鄙なところで魔法具店なんてやってるよ⭐︎ちなみにアドラちゃんとは大親友なのさー。ねー♡」
「ひっつくな……ったく、そういうことだ。こいつもこいつで悪いやつじゃねえから、仲良くしてやってやれ」
「わ!そんなふうに思ってくれてたの?嬉しいな♡」
「……前言撤回だ。普通の街の道具屋使ったほうがマシだからそっち使えや」
なんだか、とても面白い掛け合いだな……
エストリーリャさん、愛称はリーリャさんというらしい彼女は、どうしてか戦闘向けで血の気の多い種族である龍人であるにもかかわらず、こんなところで魔法具店なんてやっているらしい。
魔法具店、っていうのは、魔法関連の色々なものを売っているお店のことだ。
例えば魔石を使用した魔道具、例えば魔法の詠唱を封じ込めたスクロール、例えば特製のポーションやバフ効果の得られる薬等々。基本的に引退した魔術師が趣味で経営しているか、現役の魔術師が副業としてやっているのがほとんどで、店ごとに結構な特色があるから見て回ると面白かったりするのだ。
それはそれとして、どうやらこのリーリャさんの魔法具店はその中でもとてもレベルが高い方らしかった。ちらりと見ただけでも、例えばMPポーションなんかも他の店で見たやつと同じ値段なのに効果が1.5倍ほど違う。……えぇ…
そのことについて彼女に聞いてみたけど、リーリャさんはそのことについてはあまり気にしていないらしい。
「私自身別に利益出そうなんて思ってないからねー。楽しんでいければいっかなー⭐︎って。元々このお店やってた人もそんな感じのスタンスだったしねー」
「そうなんですか……じゃあ、遠慮なく色々買わせていただきますね!」
「うんうん、それがいいと思うよー。あ、ちなみにぃ、結構いろんな街にこのお店はあるから見つけたら寄ってねー?」
「?どういうことですか?」
「こいつの店同士は転移魔法陣同士で繋がってんだよ」
「え、つよい」
なんて思ったんだけど、どうやらそれはそんな便利なものではないらしかった。
プレイヤーのファストトラベルと同じ感じのものじゃないか、とは思ったけど、使う時は魔力を消費するし、そもそも特定の人物以外では使用できないらしい。曰く、魔術の制限を増やして代わりに効果をあげている、とかなんとか。
それでも結構便利でしょ。
彼女がいきなり私の後ろに現れたのも、その転移魔法陣でとんできたのが原因だろうな。
「あ、ニナちゃーん、こんなお薬買いませんか?」
「……なんですか、これ?」
「性転換のお薬♡」
「いりませんて」
「効果時間は3時間!私の力作さー⭐︎」
「だからいりま…」
「身長が一時的に高くなるかも?」
「……」
「今ならなんと一本700G!」
「……まぁ?どうしてもっていうなら?一本だけなら買ってあげなくもないと言いますか?」
別に身長に惹かれたわけではないので。
彼女は終始とても明るかった。笑顔絶やさず、言葉途切れず、馴れ馴れしく。不思議な、というか若干ふざけたようなその口調も相まって、敬遠する人は敬遠するんだろうけど、私はあまり不快には思わず、むしろ好感を持ったほどだ。
先ほどリーリャさんが言った、このお店たちはとある人から預かっているんだということ。アドラさんの言っていた、事情があって戦闘向きなのに細々と魔法屋なんてやっているんだということ。
色々と邪推できてしまうけど、これに関しては自分で自分の気分を悪くするだけなので、ちょっと考えてからすっぱりやめた。アドラさんにもあまり口外しないように釘を刺されたしね。
リーリャさんは終始、別にいいって〜、なんてヘラヘラしながらニコニコしていた。
私がその後ふらりふらりと店内を彷徨っていたら、アドラさんとリーリャさんが何やらコソコソと話していたようだけど、おそらくプライベートな話だろうから私はちょっと視線を向けるだけに留めておいた。
「はい、これだね⭐︎」
「ああ、さんきゅ……ニナ、そろそろ行くぞー」
「あ、はーい」
結局この日は幾らかのポーションを買っただけに留めた。
色々と面白そうなものはあったんだけど、実は装備とか野営道具とか買い込んだからお金があんまりなかったりするんだよね……
まあでも、彼女のお店はこう言った小さな町にあることが多いらしいし、いつかまた立ち寄ることがあるだろう。買うのは、その時でもいい。
「んじゃ、ばいな〜⭐︎」
「はい、また来ます」
アドラさんは特に挨拶はしなかったけど、離れる時に少しだけ空いている方の左手をあげて別れの意を示していた。
この世界は出会いが多い。住人ではなく、私たちが身一つでどこまでも行けてしまうような文字通りの命知らずだからというのもあるけれど、それにしても人々の仲が思ったよりいいんだよね。
そのあとは、彼女と色々なところに向かった。
例えば、この街のギルド。そこへ行って道中手にはいったモンスターの素材の買取やツヴァイで受注しておいたクエストの完了報告なんかを済ませたり。
例えば、街の中心にある尖塔に登って、石造りの無骨な街々を眺めおろしたり。
私はもちろん、アドラさんも結構楽しんでいたようでだった。
「よーし、昼飯だ」
「さっき蠍食べましたよね…?」
「あれじゃ腹の足しにもなんねえよ」
そのあとは、そんなアドラさんの提案で近くの石造りのレストランで昼食を食べた。私もさっき蠍を食べたけど、確かにちょっとまた空腹感が出てきた……く、食いしん坊じゃないからね!
出てきた料理は、どうやら鉱山内で出てくるモンスターを調理したものらしいのだが……
「こうもり…」
「結構うまいぞ、食え食え」
「むむむ……」
結構美味しかった。
今日のタンパク質は蠍と蝙蝠でした。まる。どこの蛮族だよ……こう言っちゃ失礼だけどさ。
さて、これで彼女との街巡りはおしまいだ。短い付き合いだったけど、結構楽しかった。
流石にゼニス大山へは私も行けない。行きたいのは山々だけど、鉱山に行く予定もあるし。楽しそうだけどね……普通に高レベルモンスターがいっぱいいるんだって。怖いねー。
「じゃ、これでお別れですかね。私はこの後鉱山に行ってきます。ワクワク!」
「あ?何言ってんだ。ゼニス大山にはお前も行くんだよ」
「えー……」
あのゼニス大山に??
通常のモンスターの平均レベルが45とからしいし、私なんかが行くのは死にに行くのと同義だ。
いくら私が旅人だからといって、ポンポンと死んでいいはずがないからね。この世界に来てから雷神様とアイクに怒られたばっかだし。
ねー、雷神様ー。
……じゃなくてさ。
「私も行くんですか」
「当たり前だろ」
「私そんなレベル高くないですし……」
「これも修行だ。あと、山入ったらあたしのハルバード使っていいから、満足に使えるようになっとけ」
ハルバード!使ってみたかったんだよねー。
「はーい」
そんなこんなで、私たちは、遙かな天頂までその威容を聳え立たせるゼニス大山の登山口の入り口へと、一緒に向かって行ったのだった。
その頂に、地龍の待ち受ける大山へと。
・tips
・魔法具店『ひとりのまほうつかい』現店主エストリーリャについて
ピンクっぽい赤髪ツインテールに、翡翠色のわずかに色素の薄い目の色。
キャピキャピ、という言葉が似合う程度にはいつも星を飛ばしている。芝居がかった口調、芝居がかった仕草は多いが、いい人。事情があってそうしていたわけだが、やってるうちに楽しくなってきてしまった。
龍化はもちろんできる。
戦闘ももちろんできる。
でも、今は魔法具店やってまーす。
みんなも、これからよろしくね⭐︎
にゃはは〜。